2 / 7
2
しおりを挟む
「捻木太輔、ちゅう警部を知っとうな」
大警視の執務室に入ってすぐ、藤田に投げかけられたのはそのような言葉だった。直接見知っているわけではないが、警視庁の剣道場で時折十人抜きだの二十人抜きだのと派手なことをしているのは把握している。
「たしか、薩摩者かと記憶していますが」
「そう、それが問題でなあ」
河路利良大警視は、明治政府幹部に多い、薩摩訛の強い言葉で嘆息して見せた。
「この間からの実業家殺し、どの程度知っとうか?」
「は、一般的な報道程度でしたら」
大警視は唐突に話を変えた。と、藤田には思われたが、おそらくは両者は同じ話題なのだろう。
内原製鋼の御曹司、内原玲二氏が何者かに惨殺されたのは、四月に入ってすぐのことだった。現場には何も残されていなかったため、怨恨にせよ物取りにせよ、個人的な動機による事件であろうと目されていた。玲二氏の私生活がやや荒れていたこともあって、捜査は初動から見当違いの方向へと進み、何の成果もあげられぬまま日々を浪費することとなった。次の事件が起きるまでは。
二件目の被害者は、南部有功氏だった。海南製糸創業者である氏は人望が厚く、また、北進一刀流免許皆伝の腕前であったところから、私怨や有象無象の物盗りによる犯行という線が消えることとなったのである。代わり、捜査線上に浮かんだのは不平士族の集団による犯行だった。先年に西南戦争が終結したとはいえ、不平士族らによる小規模な反乱や争乱、脅迫事件は今でも時折起きている。脅迫事件はとくに、西洋の文化に対して親和的と目された人士に対し行われることが多い。内原氏、南部氏ともに新興の実業家であったことからこれらの事件も、その類の犯人によるものであろうと目されたのだ。
続く三件目、四件目の被害者も同じく実業家であったため、この方針は変わることがなかった。ただし、捜査の上で何個か、過激派の不平士族集団を潰しはしたものの、肝心の犯人を挙げることは未だできていない。それが、藤田の知るかぎりの事件のあらましだった。
「その犯人がな、おそらく捻木じゃ」
「は」
「じゃけん、斬ってほしい」
黒檀の執務机の向こうで、大警視は端的に伝えるべきことを告げた。感情は、すこしもその顔から伺うことはできない。
「物証はなか。動機もわからん。ただ、何人かがな、あの剣筋は捻木じゃと。──それに加えて、事件と時を同じくして彼奴は姿を消しちょる。ほぼ、クロと見て間違いあるまい」
そのようなわけで、藤田は左腰に懐かしい重みを感じながら捻木の姿を探すこととなったのだった。
大警視の執務室に入ってすぐ、藤田に投げかけられたのはそのような言葉だった。直接見知っているわけではないが、警視庁の剣道場で時折十人抜きだの二十人抜きだのと派手なことをしているのは把握している。
「たしか、薩摩者かと記憶していますが」
「そう、それが問題でなあ」
河路利良大警視は、明治政府幹部に多い、薩摩訛の強い言葉で嘆息して見せた。
「この間からの実業家殺し、どの程度知っとうか?」
「は、一般的な報道程度でしたら」
大警視は唐突に話を変えた。と、藤田には思われたが、おそらくは両者は同じ話題なのだろう。
内原製鋼の御曹司、内原玲二氏が何者かに惨殺されたのは、四月に入ってすぐのことだった。現場には何も残されていなかったため、怨恨にせよ物取りにせよ、個人的な動機による事件であろうと目されていた。玲二氏の私生活がやや荒れていたこともあって、捜査は初動から見当違いの方向へと進み、何の成果もあげられぬまま日々を浪費することとなった。次の事件が起きるまでは。
二件目の被害者は、南部有功氏だった。海南製糸創業者である氏は人望が厚く、また、北進一刀流免許皆伝の腕前であったところから、私怨や有象無象の物盗りによる犯行という線が消えることとなったのである。代わり、捜査線上に浮かんだのは不平士族の集団による犯行だった。先年に西南戦争が終結したとはいえ、不平士族らによる小規模な反乱や争乱、脅迫事件は今でも時折起きている。脅迫事件はとくに、西洋の文化に対して親和的と目された人士に対し行われることが多い。内原氏、南部氏ともに新興の実業家であったことからこれらの事件も、その類の犯人によるものであろうと目されたのだ。
続く三件目、四件目の被害者も同じく実業家であったため、この方針は変わることがなかった。ただし、捜査の上で何個か、過激派の不平士族集団を潰しはしたものの、肝心の犯人を挙げることは未だできていない。それが、藤田の知るかぎりの事件のあらましだった。
「その犯人がな、おそらく捻木じゃ」
「は」
「じゃけん、斬ってほしい」
黒檀の執務机の向こうで、大警視は端的に伝えるべきことを告げた。感情は、すこしもその顔から伺うことはできない。
「物証はなか。動機もわからん。ただ、何人かがな、あの剣筋は捻木じゃと。──それに加えて、事件と時を同じくして彼奴は姿を消しちょる。ほぼ、クロと見て間違いあるまい」
そのようなわけで、藤田は左腰に懐かしい重みを感じながら捻木の姿を探すこととなったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる