明治不忍蓮華往生

No.37304

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 そしてかれは、上野公園に立っていた。その手には、内国勧業博覧会の広告がある。
 手がかりとなったのはその広告の裏、博覧会開催時の上野公園の地図と、そこに出展する企業の一覧だった。正確には、記された企業の名を塗りつぶす黒い墨が手がかりとなった、というべきか。
「……ん、なんだ。早いじゃないか」
 上野公園には、無数の施工中の建物や、整地中の土地がある。三年後、明治十四年に第二回の開催が決定されている第二回の内国勧業博覧会のため、工事が今から進んでいるのだ。
 捻木はそんな工事中の建物のうち、モルタルづくりの西洋建築で夜を明かしたようだった。この建物は三年後には、美術館として華やかな装いの客を受け入れ、第二回内国勧業博の目玉として揚州周延によって錦絵が描かれることになる。
「これでも遅いほうです。何せ、直接大久保利道を襲撃するものと思って、屋敷の側で一晩じゅう不寝番をしたんだ」
「そりゃあ見当違いだったな、体調は大丈夫かい」
 木材に腰掛けて刀の手入れを行っていた捻木は、相変わらずの軽い調子で立ち上がった。着流しだったいでたちは、警官姿になっている。大久保卿を油断させるための方策なのだろう。
 捻木がいままで斬ってきた無数の名士たち、政治家たち──かれらの共通点は、第一回の勧業博に出資もしくは出展を行っていた、ということだった。捜査班がその共通点に気づいていないのか、あるいは気づいていても犯人像を公にしたくない大警視の意向を受けて直接に動きはしないのかは、藤田の知ったことではない。ともかく、捻木は彼が手にしていた広告の裏に書かれた名前をもとに、標的を決定していたのだ。
 順当に行けば次は池田某というどこぞの実業家が捻木の手にかかっていたのだろう。だが、藤田がかれの元を訪れた。それで、犯行の順番が繰り上がったのだ。おそらくは最後にとっておくはずだった最後の大物――勧業博の立案者であり、西南戦争のときの政府首班でもある、大久保利道の順番が。
「さて。分かるだろうが──大久保さんがここに着いたら、あんたの負けだ。俺はあの人の動きを止めて、なにがあろうと斬り伏せるからな」
 一晩中大久保卿の屋敷周辺で張り込みを続けて、夜が白み始めたころ、藤田は見当を間違えていることに気がついた。そこで、屋敷の警護にあたっている警官に大久保卿が普段立ち寄る場所はないか尋ねたところ、返ってきた答えが、この工事現場だったのだ。
「と、言っても、ここじゃあ少し狭すぎるな」
 作りかけの建物は、壁こそないものの、無数の木材や張り巡らされた布といったものに満ちている。互いに、手にしているのは打刀、長さ二尺二寸、六十センチあまりの長物だ。斬り合うに向いていない場所であることは明白だった。
 そのようなわけで、彼らは不忍池周辺の平地にて向き合うこととなり──そして、冒頭に至るのである。
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