うらぶれビストロ料理店、美大生四人組が手伝います

佐倉涼

文字の大きさ
9 / 43

出会いはビーフシチューの味わいと共に⑧

しおりを挟む
「っあああああ!! 明美いいぃいいいいい!!」

 語り尽くした進藤は当時の事を思い出したらしく、より一層激しく慟哭した。

「僕の何がいけなかったというんだ⁉︎ あんなに愛し合ったというのに、僕を裏切るなんて……! あぁ、これは夢だと言ってくれっ、あれから半年以上経ったのに僕は未だに毎晩うなされてるんだ!!」
「成る程、つまり進藤さんはプロポーズした女性に逃げられたばかりか大切にしていたレシピまでも盗まれたというわけですね」
「そうだ!!」
「すっごい間抜けですね」
「うわあああ!」

 進藤は椅子から滑り落ち、再び床を転がり出した。
 なんというか、ものすごい間抜けだなと思うと同時に進藤が少し可哀想に思えてくる。
 愛した女性に裏切られたのか。しかもその西黒 明美という名前に一花は聞き覚えがあった。つい数時間前にニュースで見た……中目黒のビストロ店。
 しかも看板メニューはビーフシチュー。まさかね、と思うと同時に嫌な予感が胸をよぎる。振り払うように頭を振ると、床をのたうちまわる進藤に一花は話しかけた。

「話はわかりました。失恋と盗難のショックで進藤さんが今の状態になっているのも、まあ納得です。それで、お店いつから開けてないんですか?」
「言っただろう、僕がフランスから帰国したのが半年以上前……それからずっとさ」
 進藤は体を起こし、くたびれ果てた顔を左右に振って言う。
「そんなに……?」

 お父さんは? と聞こうとして一花は思い留まった。もし先代シェフが現状を知っていれば黙っているはずがない。きっとデリケートな問題があるのだろう。病気で引退したか、あるいは……。
 そこまで考えた一花が聞こうとした質問を飲み込むと、しょげかえった進藤が床に人差し指で「の」の字を書きながら何やら言い訳を始める。

「一応これでも、店を開けようと努力はしたんだよ……食材を仕入れたり、仕込みをしたり、メニューを考えたり。だが、駄目なんだ。いざ店を開けようとすると足がすくむ。……帰国してしばらくして耳にしたニュースによると、明美は中目黒で店を始めたらしい。その店のメニューが逐一この店のものと被っていて。中には僕が考えたオリジナルのレシピまでもあった……どんどん有名になっていく明美の店は、今や行列の絶えない人気店らしい。そんな中、僕の店が開いて、メニューが酷似している事に気がつく人がいたらどうなる? 最悪僕の方が訴えられるかもしれない」
「でもレシピを盗んだのは明美さんの方でしょう」
「そうだとしても、その証拠はどこにもない!」

 進藤は床に座り込んだまま、絶望に満ちた眼差しで一花を見上げた。

「明美の事だ、僕の手書きのレシピノートなんてとっくに捨てたに決まっている。そうしたら僕の店は、人気店の模倣をしているだけの二流店に成り下がってしまうんだ。そんなのは我慢がならない……せっかくここまで親父とお袋が守り抜いてきた店に、僕のせいで汚名が着せられる事だけは断じて許せない! そんな事になるくらいなら、僕はこの店を閉じる!!」

 進藤の強い決心を目の当たりにし、一花はたじろいだ。進藤が言ってる事は彼のネガティブな妄想が生み出したただの仮定話である。だからと言って、馬鹿にできたものでは無い。進藤は、大切な店に変な評判がつくくらいなら閉店した方がマシだと断言している。店を愛する気持ちが痛いほど伝わってきて……一花は心を動かされた。
 と、一花が進藤を見直した次の瞬間、進藤が再び情けない声を出した。

「あうううう……とはいえ、やっぱり、この店を閉じるのは嫌だあああ」

 グスグスと鼻をすする進藤。呆れた一花は声をかけた。

「進藤さん」
「……何だろう……」
「店を閉じる前に、私にビーフシチューを作ってくれませんか」
「……え……だが……」
「だが、じゃなくて。ビーフシチュー作ってくださいよ。私、このお店のビーフシチューが好きなんです。久々に食べたくなって来たんですから。いいじゃないですか、店を開けなくても私に一皿、出してくれればそれでいいんです。勿論お代はきちんと払います」
「だが……僕はもう随分と、人に出せるような料理を作っていなくて……」
「じゃあ、丁度いいリハビリじゃないですか。実験台だと思って作って出して下さい」
「材料、無いし……仕込みに時間かかるし……今すぐ、って言われても、無理だし……っていうか店もこんなに汚いし、お客さんを入れる状態じゃ無いというか……」
「あーっ、もう!!」

 できない理由を探してウジウジしている進藤にしびれを切らした一花はテーブルを思いっきり叩いて立ち上がった。それから怒りのままに言葉を発する。

「いつまで燻ってるつもりなんですか⁉︎ 料理人なんですから、料理作って出して下さいよ!」
「は、はひっ」
「仕込み⁉ 材料⁉︎ どんくらい待てば、ビーフシチューを提供出来る様になるんですか⁉︎」
「あ、よ、四日ですっ!」
「よろしい! それじゃあ四日後の十三時、もう一度このお店に来ますからね! 絶対にビーフシチュー、用意しておいて下さいよね‼︎」
「はいっ、かしこまりましたっ!」
「約束ですよ、絶対ですからね‼︎」
「はいいぃー!」

 一花の勢いに押された進藤は情けない声で返事をする。かくして一花は進藤にビーフシチューを作らせるという約束を半ば無理やりに取り付け、そして冒頭へと至る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

処理中です...