12 / 43
レシピは同じでも込められた気持ちは異なって③
しおりを挟む
手渡されたメニューのトップ項目に乗っている料理名を見て一花は思わず鼻で笑った。
————Bistro Sept étoiles特製ビーフシチュー サラダとカリカリのバゲットを添えて
どこかで見た事のあるメニュー名に、せめてもうちょっと捻った名前を考えなさいよと心の中で嘲笑った。ちらりと向かいに座った進藤を見ると、彼はメニューではなく厨房の方ばかりを食い入るように見つめていた。彼は明美に会いたいのか、会いたくないのか。果たしてどっちなんだろうかと一花は疑問に思う。
「進藤さん、私、ビーフシチューにしますけど。進藤さんは何にします?」
「へっ? あ、ああ」
言われた進藤がハッとした顔をして慌ててメニューに視線を落とし、直後にその整った顔の眉間にしわを寄せた。
「……特製、ビーフシチュー? バゲットを添えて? それだけじゃない……これは親父が考えたメニュー名だし、こっちはお袋……あぁっ、これは僕がリヨンで思いついた、渾身の一皿じゃないか!」
「もしかしてメニュー名、全部そのまんまなんですか?」
こそりと一花が問いかけると進藤は小さく頷く。なんてこった。パクるにしたって少しは変えるべきだろうに、堂々としすぎている。
「お決まりでしょうか」
こそこそ会話をしていると店員が注文取りにやって来た。
「あ、はい。進藤さん決まりました?」
「僕は……特製ビーフシチュー」
「私も同じで」
「かしこまりました。セットでグラスワインが五百円でおつけできますが」
「どうします?」
一花が聞くと、進藤が首を横に振る。なので一花もお断りした。
二十歳になったとはいえあまり飲む機会もないし、まだ明るいうちからアルコールを飲むというのは何だか気が進まない。
料理を待っていると、もう最後の組だったからかどんどんと他の客がお会計をして帰っていくのが見える。
時間は既に十四時を回っているし当然だろう。進藤は相変わらず落ち着かなさげに厨房に視線を送り続けているし、そんな進藤を見て店員たちが何やら会話を始めていた。
一花は先にやって来たサラダを食べつつ両者間のやり取りを眺めた後に、ぽそりと言う。
「進藤さん、あんまキッチンばかり見ないほうがいいですよ」
「え、あ、そ、そんなに見ているかなっ⁉︎」
「めちゃめちゃ見てますよ。ガン見ですよ。見すぎてて穴開くんじゃないかってレベルで見てますよ」
「そうだったか……」
進藤は癖のある黒髪をくしゃりとかきあげてバツの悪そうな表情をする。
「これは私の善意からのアドバイスですけど、進藤さん顔がいいから。一箇所見つめ続けると変な噂が立ちますよ」
「ははは、まさかそんな僕なんかで」
「本当ですって。あ、ほらほら」
店員の一人が厨房へ引っ込み、そのすぐ後に一人の女性がひょこりと顔を出して来た。瞬間、進藤の顔が衝撃に歪む。一花もその顔には見覚えがあった———スマホのニュース記事で見た顔と寸分違わない。白シャツに黒いエプロンを締め、黒髪を前髪まで全てひとまとめにして後ろで結んだとんでもない美人。間違いない、西黒 明美だ。
「あっ、ああああああけあけ明美っ」
衝動的に彼女の名前を口にした進藤の顔を見て、明美の方もまた驚愕に顔を強張らせた。
事情が読めない店員が二人の顔を見比べ、一花はほら見たことかと内心で嘆息する。
しかし進藤が次の行動に出るより早く、明美は再び厨房へと引っ込んでしまう。なすすべのない進藤は「明美……」と力なくもう一度彼女の名前を呼ぶと、テーブルにうなだれた。
その脱力ぷりったるや、まるでナマコだ。
「進藤さん……めちゃくちゃ引きずってますね……」
「うぅ、もう帰りたい……」
ナマコと化した進藤はかろうじて体に力を入れるとガタリと椅子を引く。本気で帰ろうとする進藤の服の裾を一花は慌てて引っ張った。
「ちょっ、まだ何も食べてないじゃないですかっ。何を帰ろうとしてるんですかっ」
「これ以上僕のメンタルに傷をつけないでくれ……」
「せめてお料理頂いてからにしましょうよ!」
「食べたところで変わる事なんて何もないじゃないかっ。僕にとって慣れ親しんだ味を確認して、さらに絶望するだけだ!」
「そんなの、食べてみないとわからないでしょ⁉︎」
「あの、お客様……大変お待たせいたしました。特製ビーフシチューです」
服を引っ張りながら二人でわあわあ言い合っていると、大変声をかけづらそうに店員が料理を持ってテーブル前にやって来た。二人はもみ合いをやめ、ストンと椅子に座った。目の前に料理が置かれる。
細長い白磁器に盛り付けられたビーフシチュー。もうもうと湯気が立ち上り、濃厚な香りが鼻腔を刺激する。
一花はスプーンを手に、まずは角切りになった牛肉をすくった。
食べる。
口内に広がるのは何種ものスパイスや野菜とともに煮込まれた、複雑なデミグラスソースの味わい。それから舌で噛みつぶせるほどに柔らかい、肉。
続いて、面取りされた野菜。舌触りが滑らかなにんじん、じゃがいも。
薄くスライスされたバゲットに手を伸ばしてかじり取ると、カリリといい音がした。表面がきつね色になったバゲットはビーフシチューのおともにぴったりだ。
美味しい。
美味しいのだけれども。
一花は脳内で、つい一時間ほど前に食べた進藤のビーフシチューの味わいを思い出していた。
何というか、明美の作ったビーフシチューの方が、味わいが軽い気がした。
一花は料理のことはよくわからないが、このビーフシチューは「ただレシピを完璧に再現して作った」というそれだけの料理な気がする。進藤のビーフシチューは違う。あれにはもっと心がこもっていた。父から譲り受けた味を守ろうとする思い、美味しく作ろうとする、気概。準備に四日かけたビーフシチューは、その時間だけ愛情が注がれていた。
それは、一花が一皿の料理に込められた背景を知っているせいなのかもしれない。気のせいだ、と言われたらそれまでだ。だってレシピ上では、おそらくこの店で作っているビーフシチューも進藤が作ったビーフシチューも同じはずなのだから。
進藤はどう思っているのだろうかと視線を上げて、一花は目を見開いた。
————Bistro Sept étoiles特製ビーフシチュー サラダとカリカリのバゲットを添えて
どこかで見た事のあるメニュー名に、せめてもうちょっと捻った名前を考えなさいよと心の中で嘲笑った。ちらりと向かいに座った進藤を見ると、彼はメニューではなく厨房の方ばかりを食い入るように見つめていた。彼は明美に会いたいのか、会いたくないのか。果たしてどっちなんだろうかと一花は疑問に思う。
「進藤さん、私、ビーフシチューにしますけど。進藤さんは何にします?」
「へっ? あ、ああ」
言われた進藤がハッとした顔をして慌ててメニューに視線を落とし、直後にその整った顔の眉間にしわを寄せた。
「……特製、ビーフシチュー? バゲットを添えて? それだけじゃない……これは親父が考えたメニュー名だし、こっちはお袋……あぁっ、これは僕がリヨンで思いついた、渾身の一皿じゃないか!」
「もしかしてメニュー名、全部そのまんまなんですか?」
こそりと一花が問いかけると進藤は小さく頷く。なんてこった。パクるにしたって少しは変えるべきだろうに、堂々としすぎている。
「お決まりでしょうか」
こそこそ会話をしていると店員が注文取りにやって来た。
「あ、はい。進藤さん決まりました?」
「僕は……特製ビーフシチュー」
「私も同じで」
「かしこまりました。セットでグラスワインが五百円でおつけできますが」
「どうします?」
一花が聞くと、進藤が首を横に振る。なので一花もお断りした。
二十歳になったとはいえあまり飲む機会もないし、まだ明るいうちからアルコールを飲むというのは何だか気が進まない。
料理を待っていると、もう最後の組だったからかどんどんと他の客がお会計をして帰っていくのが見える。
時間は既に十四時を回っているし当然だろう。進藤は相変わらず落ち着かなさげに厨房に視線を送り続けているし、そんな進藤を見て店員たちが何やら会話を始めていた。
一花は先にやって来たサラダを食べつつ両者間のやり取りを眺めた後に、ぽそりと言う。
「進藤さん、あんまキッチンばかり見ないほうがいいですよ」
「え、あ、そ、そんなに見ているかなっ⁉︎」
「めちゃめちゃ見てますよ。ガン見ですよ。見すぎてて穴開くんじゃないかってレベルで見てますよ」
「そうだったか……」
進藤は癖のある黒髪をくしゃりとかきあげてバツの悪そうな表情をする。
「これは私の善意からのアドバイスですけど、進藤さん顔がいいから。一箇所見つめ続けると変な噂が立ちますよ」
「ははは、まさかそんな僕なんかで」
「本当ですって。あ、ほらほら」
店員の一人が厨房へ引っ込み、そのすぐ後に一人の女性がひょこりと顔を出して来た。瞬間、進藤の顔が衝撃に歪む。一花もその顔には見覚えがあった———スマホのニュース記事で見た顔と寸分違わない。白シャツに黒いエプロンを締め、黒髪を前髪まで全てひとまとめにして後ろで結んだとんでもない美人。間違いない、西黒 明美だ。
「あっ、ああああああけあけ明美っ」
衝動的に彼女の名前を口にした進藤の顔を見て、明美の方もまた驚愕に顔を強張らせた。
事情が読めない店員が二人の顔を見比べ、一花はほら見たことかと内心で嘆息する。
しかし進藤が次の行動に出るより早く、明美は再び厨房へと引っ込んでしまう。なすすべのない進藤は「明美……」と力なくもう一度彼女の名前を呼ぶと、テーブルにうなだれた。
その脱力ぷりったるや、まるでナマコだ。
「進藤さん……めちゃくちゃ引きずってますね……」
「うぅ、もう帰りたい……」
ナマコと化した進藤はかろうじて体に力を入れるとガタリと椅子を引く。本気で帰ろうとする進藤の服の裾を一花は慌てて引っ張った。
「ちょっ、まだ何も食べてないじゃないですかっ。何を帰ろうとしてるんですかっ」
「これ以上僕のメンタルに傷をつけないでくれ……」
「せめてお料理頂いてからにしましょうよ!」
「食べたところで変わる事なんて何もないじゃないかっ。僕にとって慣れ親しんだ味を確認して、さらに絶望するだけだ!」
「そんなの、食べてみないとわからないでしょ⁉︎」
「あの、お客様……大変お待たせいたしました。特製ビーフシチューです」
服を引っ張りながら二人でわあわあ言い合っていると、大変声をかけづらそうに店員が料理を持ってテーブル前にやって来た。二人はもみ合いをやめ、ストンと椅子に座った。目の前に料理が置かれる。
細長い白磁器に盛り付けられたビーフシチュー。もうもうと湯気が立ち上り、濃厚な香りが鼻腔を刺激する。
一花はスプーンを手に、まずは角切りになった牛肉をすくった。
食べる。
口内に広がるのは何種ものスパイスや野菜とともに煮込まれた、複雑なデミグラスソースの味わい。それから舌で噛みつぶせるほどに柔らかい、肉。
続いて、面取りされた野菜。舌触りが滑らかなにんじん、じゃがいも。
薄くスライスされたバゲットに手を伸ばしてかじり取ると、カリリといい音がした。表面がきつね色になったバゲットはビーフシチューのおともにぴったりだ。
美味しい。
美味しいのだけれども。
一花は脳内で、つい一時間ほど前に食べた進藤のビーフシチューの味わいを思い出していた。
何というか、明美の作ったビーフシチューの方が、味わいが軽い気がした。
一花は料理のことはよくわからないが、このビーフシチューは「ただレシピを完璧に再現して作った」というそれだけの料理な気がする。進藤のビーフシチューは違う。あれにはもっと心がこもっていた。父から譲り受けた味を守ろうとする思い、美味しく作ろうとする、気概。準備に四日かけたビーフシチューは、その時間だけ愛情が注がれていた。
それは、一花が一皿の料理に込められた背景を知っているせいなのかもしれない。気のせいだ、と言われたらそれまでだ。だってレシピ上では、おそらくこの店で作っているビーフシチューも進藤が作ったビーフシチューも同じはずなのだから。
進藤はどう思っているのだろうかと視線を上げて、一花は目を見開いた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる