うらぶれビストロ料理店、美大生四人組が手伝います

佐倉涼

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レシピは同じでも込められた気持ちは異なって③

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 手渡されたメニューのトップ項目に乗っている料理名を見て一花は思わず鼻で笑った。
 ————Bistro Sept étoiles特製ビーフシチュー サラダとカリカリのバゲットを添えて 
 どこかで見た事のあるメニュー名に、せめてもうちょっと捻った名前を考えなさいよと心の中で嘲笑った。ちらりと向かいに座った進藤を見ると、彼はメニューではなく厨房の方ばかりを食い入るように見つめていた。彼は明美に会いたいのか、会いたくないのか。果たしてどっちなんだろうかと一花は疑問に思う。

「進藤さん、私、ビーフシチューにしますけど。進藤さんは何にします?」
「へっ? あ、ああ」

 言われた進藤がハッとした顔をして慌ててメニューに視線を落とし、直後にその整った顔の眉間にしわを寄せた。

「……特製、ビーフシチュー? バゲットを添えて? それだけじゃない……これは親父が考えたメニュー名だし、こっちはお袋……あぁっ、これは僕がリヨンで思いついた、渾身の一皿じゃないか!」
「もしかしてメニュー名、全部そのまんまなんですか?」

 こそりと一花が問いかけると進藤は小さく頷く。なんてこった。パクるにしたって少しは変えるべきだろうに、堂々としすぎている。

「お決まりでしょうか」
 こそこそ会話をしていると店員が注文取りにやって来た。
「あ、はい。進藤さん決まりました?」
「僕は……特製ビーフシチュー」
「私も同じで」
「かしこまりました。セットでグラスワインが五百円でおつけできますが」
「どうします?」

 一花が聞くと、進藤が首を横に振る。なので一花もお断りした。
 二十歳になったとはいえあまり飲む機会もないし、まだ明るいうちからアルコールを飲むというのは何だか気が進まない。
 料理を待っていると、もう最後の組だったからかどんどんと他の客がお会計をして帰っていくのが見える。
 時間は既に十四時を回っているし当然だろう。進藤は相変わらず落ち着かなさげに厨房に視線を送り続けているし、そんな進藤を見て店員たちが何やら会話を始めていた。
 一花は先にやって来たサラダを食べつつ両者間のやり取りを眺めた後に、ぽそりと言う。

「進藤さん、あんまキッチンばかり見ないほうがいいですよ」
「え、あ、そ、そんなに見ているかなっ⁉︎」
「めちゃめちゃ見てますよ。ガン見ですよ。見すぎてて穴開くんじゃないかってレベルで見てますよ」
「そうだったか……」

 進藤は癖のある黒髪をくしゃりとかきあげてバツの悪そうな表情をする。

「これは私の善意からのアドバイスですけど、進藤さん顔がいいから。一箇所見つめ続けると変な噂が立ちますよ」
「ははは、まさかそんな僕なんかで」
「本当ですって。あ、ほらほら」

 店員の一人が厨房へ引っ込み、そのすぐ後に一人の女性がひょこりと顔を出して来た。瞬間、進藤の顔が衝撃に歪む。一花もその顔には見覚えがあった———スマホのニュース記事で見た顔と寸分違わない。白シャツに黒いエプロンを締め、黒髪を前髪まで全てひとまとめにして後ろで結んだとんでもない美人。間違いない、西黒 明美だ。

「あっ、ああああああけあけ明美っ」

 衝動的に彼女の名前を口にした進藤の顔を見て、明美の方もまた驚愕に顔を強張らせた。
 事情が読めない店員が二人の顔を見比べ、一花はほら見たことかと内心で嘆息する。
 しかし進藤が次の行動に出るより早く、明美は再び厨房へと引っ込んでしまう。なすすべのない進藤は「明美……」と力なくもう一度彼女の名前を呼ぶと、テーブルにうなだれた。
 その脱力ぷりったるや、まるでナマコだ。

「進藤さん……めちゃくちゃ引きずってますね……」
「うぅ、もう帰りたい……」

 ナマコと化した進藤はかろうじて体に力を入れるとガタリと椅子を引く。本気で帰ろうとする進藤の服の裾を一花は慌てて引っ張った。

「ちょっ、まだ何も食べてないじゃないですかっ。何を帰ろうとしてるんですかっ」
「これ以上僕のメンタルに傷をつけないでくれ……」
「せめてお料理頂いてからにしましょうよ!」
「食べたところで変わる事なんて何もないじゃないかっ。僕にとって慣れ親しんだ味を確認して、さらに絶望するだけだ!」
「そんなの、食べてみないとわからないでしょ⁉︎」
「あの、お客様……大変お待たせいたしました。特製ビーフシチューです」

 服を引っ張りながら二人でわあわあ言い合っていると、大変声をかけづらそうに店員が料理を持ってテーブル前にやって来た。二人はもみ合いをやめ、ストンと椅子に座った。目の前に料理が置かれる。
 細長い白磁器に盛り付けられたビーフシチュー。もうもうと湯気が立ち上り、濃厚な香りが鼻腔を刺激する。
 一花はスプーンを手に、まずは角切りになった牛肉をすくった。
 食べる。
 口内に広がるのは何種ものスパイスや野菜とともに煮込まれた、複雑なデミグラスソースの味わい。それから舌で噛みつぶせるほどに柔らかい、肉。
 続いて、面取りされた野菜。舌触りが滑らかなにんじん、じゃがいも。
 薄くスライスされたバゲットに手を伸ばしてかじり取ると、カリリといい音がした。表面がきつね色になったバゲットはビーフシチューのおともにぴったりだ。
 美味しい。
 美味しいのだけれども。
 一花は脳内で、つい一時間ほど前に食べた進藤のビーフシチューの味わいを思い出していた。
 何というか、明美の作ったビーフシチューの方が、味わいが軽い気がした。
 一花は料理のことはよくわからないが、このビーフシチューは「ただレシピを完璧に再現して作った」というそれだけの料理な気がする。進藤のビーフシチューは違う。あれにはもっと心がこもっていた。父から譲り受けた味を守ろうとする思い、美味しく作ろうとする、気概。準備に四日かけたビーフシチューは、その時間だけ愛情が注がれていた。
 それは、一花が一皿の料理に込められた背景を知っているせいなのかもしれない。気のせいだ、と言われたらそれまでだ。だってレシピ上では、おそらくこの店で作っているビーフシチューも進藤が作ったビーフシチューも同じはずなのだから。
 進藤はどう思っているのだろうかと視線を上げて、一花は目を見開いた。
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