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レシピは同じでも込められた気持ちは異なって②
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Bistro Sept étoiles。
紺色の看板に、七つの星とともに黄色の洒落た筆記体で店名が書かれたその店は、中目黒駅から徒歩八分ほどの場所に位置していた。目黒川沿いを池尻大橋駅方面に歩き、小道を進んだ先にある小さな店構え。駅から微妙に離れた場所にあるにも関わらず行列が絶えないという噂の店だったが、来てみれば成る程、十組ばかりの客が表に列を作っている。
「あううう、本当に入るのかい? あっ、店の人が来る!」
剣幕と迫力に押されて渋々一花に従い続けた進藤であったが、事ここに至って尚も抵抗しようとしていた。列に並ぶ客の数を数えるためにやって来た店の人間に見つからないように、一花の後ろに隠れて体をくの字に折り曲げる。一花の太もものあたりに進藤の膝がぶつかった。進藤の足が長すぎると一花は思う。
「進藤さん……そんな事しても全然隠れられませんし、ただの不審者だからやめてください。外では普通にしてくれませんか」
「そうは言っても……あ、明美じゃないか確認してくれないか」
「明美さんじゃないですよ。バイトの接客係じゃないですか?」
「本当かい?」
進藤は一花の両肩からそーっと視線を覗かせる。そんな進藤の様子に近づいて来た店員は面食らった後に、進藤の顔を二度見してから頬を少し赤らめた。いい歳した成人男性が年下女子の後ろに隠れているという奇行に驚いた後、その男が意外にも整った顔をしていたのでまたもやビックリしたのだろう。わかる。一花だって最初すごい驚かされた。
店員はチラチラと視線を進藤に送りつつ問いかけた。
「あの……お客様は、お二人様でお間違えないでしょうか?」
「はい」
進藤は全くもって使い物にならないので代わりに一花がハキハキ答えた。
「かしこまりました。店側に寄って、もうしばらくお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます」
答えていたのは一花だったが終始進藤ばかりを見つめていた店員は店の中へと去って行く。進藤はフゥと息をつくと、ようやく中腰をやめて一花の隣、道路側へと立った。
「あああ……来てしまった」
「もう諦めましょうよ」
未だブツブツと呟く進藤を、一花は若干苛立ちながら諭す。
「大体、本当に嫌なら私の手なんていつでも振り払えましたよね? そうしなかったって事は、進藤さんだって内心ではこの店に来たかったんじゃなかったんですか? 実は今日こうやって来られてよかったって思ってるんじゃないんですか?」
「そ、そんな事は……! というか君、僕に対してかなり容赦ないね」
「だって進藤さん、ヘタレすぎですよ」
「最近の若者は、怖い……」
進藤は何やらズゥンと暗くなる。が、一花は御構い無しで並ぶ客層を見定めた。
「見てくださいよ、進藤さん。お客さん、二十代か三十代の女子ばっかりですよ」
「ん、ああ。本当だ」
言って進藤は長身を生かして列の前から、最後尾の自分たちまでを確認し、それからガラス張りになっている店内にも視線を動かした。
「若い子が多いな。あ、厨房は見えないのか。これなら明美と顔を合わせなくて済むかもしれない」
「明美さんの事は一旦忘れましょう」
「店構えといい、本当に流行りの洒落た店って感じだ……明美のやつ、いつの間にこんな店を作るほどに金を貯めていたんだ? 僕とフランスにいた時には共に貧乏を嘆いていたというのに」
明美の事を全く忘れられない進藤はブツブツとそんな疑問を口にした。
「そもそも、まだ帰国してから半年だぞ。元々店を持っていた僕と違って、場所決めから内装決め、着工、オープン……全て一人でこなしていたらこんなスピードで店を出す事はできないだろう」
「進藤さん、それって……明美さん、フランスにいた時から日本での開店について考えてたって事じゃないですか?」
「な、何だって⁉︎」
「今の進藤さんの話だと、そうなるじゃないですか」
「確かに彼女は、ちょくちょく日本に帰っていたようだったけど……」
「ほらぁ」
「で、でも、明美は僕に一言もそんな話はしてくれなかった!」
「…………」
一花は考える。
進藤は明美に夢中だったようだが、明美の方はそうじゃなかったんじゃないかなと。
でなければそんな、プロポーズ翌日に姿をくらませるような不誠実な真似はすまい。嫌ならもっときちんと断るだろう。
一時間ほど待った挙句、ようやく店の中へと通された。
ちなみにランチタイムの営業がもう終わるらしく、一花と進藤の組が最後の客となったようで、後に並んだ人たちにはちょこちょこやって来る店員によりお断りされていた。
店の営業時間はランチタイムとディナータイムの二つに分かれているようだ。
店内は進藤の店と同程度の大きさで、テーブル席が五つにカウンター席が九つほどの小ぢんまりとした店だった。スタイリッシュな内装で、通りに面した壁はガラス張り、テーブルなどのインテリアはダークブラウン、棚や取っ手などには赤色が使用されている。
いかにも中目黒にやって来る女性客やデート向けの店といった趣で、まあここに連れて来られれば大体の女子はテンション上がるだろうな、と一花は思った。
「こちら、お冷やとメニューです」
紺色の看板に、七つの星とともに黄色の洒落た筆記体で店名が書かれたその店は、中目黒駅から徒歩八分ほどの場所に位置していた。目黒川沿いを池尻大橋駅方面に歩き、小道を進んだ先にある小さな店構え。駅から微妙に離れた場所にあるにも関わらず行列が絶えないという噂の店だったが、来てみれば成る程、十組ばかりの客が表に列を作っている。
「あううう、本当に入るのかい? あっ、店の人が来る!」
剣幕と迫力に押されて渋々一花に従い続けた進藤であったが、事ここに至って尚も抵抗しようとしていた。列に並ぶ客の数を数えるためにやって来た店の人間に見つからないように、一花の後ろに隠れて体をくの字に折り曲げる。一花の太もものあたりに進藤の膝がぶつかった。進藤の足が長すぎると一花は思う。
「進藤さん……そんな事しても全然隠れられませんし、ただの不審者だからやめてください。外では普通にしてくれませんか」
「そうは言っても……あ、明美じゃないか確認してくれないか」
「明美さんじゃないですよ。バイトの接客係じゃないですか?」
「本当かい?」
進藤は一花の両肩からそーっと視線を覗かせる。そんな進藤の様子に近づいて来た店員は面食らった後に、進藤の顔を二度見してから頬を少し赤らめた。いい歳した成人男性が年下女子の後ろに隠れているという奇行に驚いた後、その男が意外にも整った顔をしていたのでまたもやビックリしたのだろう。わかる。一花だって最初すごい驚かされた。
店員はチラチラと視線を進藤に送りつつ問いかけた。
「あの……お客様は、お二人様でお間違えないでしょうか?」
「はい」
進藤は全くもって使い物にならないので代わりに一花がハキハキ答えた。
「かしこまりました。店側に寄って、もうしばらくお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます」
答えていたのは一花だったが終始進藤ばかりを見つめていた店員は店の中へと去って行く。進藤はフゥと息をつくと、ようやく中腰をやめて一花の隣、道路側へと立った。
「あああ……来てしまった」
「もう諦めましょうよ」
未だブツブツと呟く進藤を、一花は若干苛立ちながら諭す。
「大体、本当に嫌なら私の手なんていつでも振り払えましたよね? そうしなかったって事は、進藤さんだって内心ではこの店に来たかったんじゃなかったんですか? 実は今日こうやって来られてよかったって思ってるんじゃないんですか?」
「そ、そんな事は……! というか君、僕に対してかなり容赦ないね」
「だって進藤さん、ヘタレすぎですよ」
「最近の若者は、怖い……」
進藤は何やらズゥンと暗くなる。が、一花は御構い無しで並ぶ客層を見定めた。
「見てくださいよ、進藤さん。お客さん、二十代か三十代の女子ばっかりですよ」
「ん、ああ。本当だ」
言って進藤は長身を生かして列の前から、最後尾の自分たちまでを確認し、それからガラス張りになっている店内にも視線を動かした。
「若い子が多いな。あ、厨房は見えないのか。これなら明美と顔を合わせなくて済むかもしれない」
「明美さんの事は一旦忘れましょう」
「店構えといい、本当に流行りの洒落た店って感じだ……明美のやつ、いつの間にこんな店を作るほどに金を貯めていたんだ? 僕とフランスにいた時には共に貧乏を嘆いていたというのに」
明美の事を全く忘れられない進藤はブツブツとそんな疑問を口にした。
「そもそも、まだ帰国してから半年だぞ。元々店を持っていた僕と違って、場所決めから内装決め、着工、オープン……全て一人でこなしていたらこんなスピードで店を出す事はできないだろう」
「進藤さん、それって……明美さん、フランスにいた時から日本での開店について考えてたって事じゃないですか?」
「な、何だって⁉︎」
「今の進藤さんの話だと、そうなるじゃないですか」
「確かに彼女は、ちょくちょく日本に帰っていたようだったけど……」
「ほらぁ」
「で、でも、明美は僕に一言もそんな話はしてくれなかった!」
「…………」
一花は考える。
進藤は明美に夢中だったようだが、明美の方はそうじゃなかったんじゃないかなと。
でなければそんな、プロポーズ翌日に姿をくらませるような不誠実な真似はすまい。嫌ならもっときちんと断るだろう。
一時間ほど待った挙句、ようやく店の中へと通された。
ちなみにランチタイムの営業がもう終わるらしく、一花と進藤の組が最後の客となったようで、後に並んだ人たちにはちょこちょこやって来る店員によりお断りされていた。
店の営業時間はランチタイムとディナータイムの二つに分かれているようだ。
店内は進藤の店と同程度の大きさで、テーブル席が五つにカウンター席が九つほどの小ぢんまりとした店だった。スタイリッシュな内装で、通りに面した壁はガラス張り、テーブルなどのインテリアはダークブラウン、棚や取っ手などには赤色が使用されている。
いかにも中目黒にやって来る女性客やデート向けの店といった趣で、まあここに連れて来られれば大体の女子はテンション上がるだろうな、と一花は思った。
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