うらぶれビストロ料理店、美大生四人組が手伝います

佐倉涼

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レシピは同じでも込められた気持ちは異なって⑤

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「…………」
「フランスに行って、修行して、あなたと出会って……私には料理の才能なんてないと思い知ったのよ! それでも私は、自分の店を持ちたかったの‼︎ それが私の夢だったから‼︎」
「僕のレシピを盗んでまでかい」
「そうよ‼︎」
 
 進藤の言葉を明美は即座に肯定する。声は荒げ、肩が上下し呼吸が激しく乱れていた。なんとか冷静になろうと努めたのか深呼吸を二、三度した後に先ほどよりも落ち着いた声音で言う。

「訴えたかったら、そうしてちょうだい。……どうせいつかはあなたが来るってわかっていたから」
「……僕は君を訴えない」
「情けなんて要らないわ」
「そんなんじゃないさ」

 進藤は困ったように髪をくしゃりとかきあげると、視線を彷徨わせた。

「何と言うか……まあ、この店のビーフシチューは確かに僕の店のレシピ通りの味わいだった。食べてないけど、他の料理もそうなんだろう。でも、だとしたら、言い方は悪いけど……それだけの事なんだ」
「それだけ……」
「うん。それだけさ。まあでも、メニュー名そっくりそのままはできれば変えて欲しかったところだね。じゃあ、僕はもう帰るよ」

 あっさりとそう言った進藤は、そのまま店を後にするべく出入り口へと向かった。キィと音がして扉が開き、進藤は外に出る。一花は少しだけ振り返る。見えた明美は、打ちのめされた表情をして呆然と佇んでいた。
 中目黒は賑やかだ。特に目黒川沿いはビジネスマンや学生たちが行き交っており活気にあふれている。吉祥寺とはまた異なる、もっと洗練された店が立ち並ぶ通りを一花は興味深く見つめた。実家も大学も都下にあるために中目黒には滅多に来ない。遊ぶなら吉祥寺か渋谷、行っても新宿。中央線沿いが多い。
 非常にすっきりとした顔で歩く進藤の横に並ぶと、彼の方から声をかけてきた。

「このまま帰るのかい?」
「バイトがあります」
「そうなんだ。場所は?」
「吉祥寺です」
「なら帰り道も一緒だね」

 駅まで歩くとホームで電車を待ち、来た時とは逆方向の電車に乗り込む。帰りの電車では会話は特になかった。
 渋谷で一旦降りて人混みに飲まれないよう気をつけつつ、井の頭線に乗り換えて吉祥寺まで戻った。

「じゃあ私、こっちなんで」
 改札を出ると立ち止まり一花は進藤の店とは反対の改札を指差した。すると進藤は歩みを止め、一花に向き直る。
「今日はありがとう」
「……いえ。立ち直ったみたいで何よりです」
「うん。君のおかげだよ」

 進藤は完全に吹っ切れたらしく、いい笑顔を浮かべている。

「お店、開けられそうですか?」
「そうだね、これなら大丈夫そうだ」
「それなら良かったです。ビーフシチュー、ごちそうさまでした。あ、そういえば、進藤さんが作ってくれた方のお代も払ってませんでしたね」
 
 言って一花がバッグを漁ると、進藤が再び手で押しとどめる。

「そっちも受け取れない」
「でも、あれはお店で頂いたものなのできちんと払った方が……」
「いいんだよ。僕のやる気を引き出してくれたお礼だと思ってくれ」

 一花は迷ったが、進藤に受け取ってくれる気配がない事を感じ取るとバッグの留め金をパチンと閉じる。それから進藤との身長差を埋めるべくめいいっぱい背筋を伸ばした。

「じゃあ、次に行った時にはきちんと支払いさせてください」
「わかった」
 進藤は口元を弛ませて頷く。その返事に一花は満足した。
「じゃ、私、バイト遅れるんでもう行きますね」
「頑張ってくれ。また店に来てくれるのを待っている」
「はい」
 
 じゃ、ともう一度だけ告げると一花は背を向けてエスカレーターをタタタタと駆けて下った。
 夕暮れ近い雑多な吉祥寺の町並みを抜けて行く。
 夏の香りを含んだ爽やかな風が吹き抜け、その気持ち良さに一花は思わず空を見上げた。
 雲間に斜陽が差し掛かり、オレンジの光が街を照らす。
 達成感と少しの胸の痛みを抱えながら、一花は吉祥寺の街並みを早足で駆け抜けた。
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