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変人シェフと美大生⑮
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言われた言葉の意味がわからず一花の思考が停止する。
家に寄る? 一体今度は何を言い出したんだ?
進藤は出会った時から意味不明な人間だったが、今回のこれはその中でもダントツに理解できない。
目の前の進藤はだらだらと冷や汗を垂らしながら一花の返事を待っている。
あまりの衝撃に錆び付いた脳みそを回転させ、一花は進藤の真意に思いを巡らせた。考えるんだ。この短くも濃い付き合いの中から、進藤が何を考えて一花を家へ誘ったのか。
そして一花は、ある一つの恐ろしい仮定に到達してハッとした。
「進藤さん、まさか……」
「……ははは……」
肩を下げて力なく笑う進藤に一花は確信した。立ち上がると拳を握りしめ、鋭い目つきで進藤を見据える。
「どこから二階に上がれるんですか」
「み、店の裏の外階段から」
「行きましょう」
一花は率先して店を出た。日が暮れつつある中、塗りたての外壁沿いにぐるりと裏に回って二人で鉄筋の階段をカンカンカンと音を立てながら上る。
進藤が家のドアに鍵を差し、回す。一花は緊張した面持ちでそれを見守った。
さながら事件現場に立ち会う刑事のような気持ちだ。ドアノブに手をかけ、進藤がゆっくりと扉を引き開けた。
「うっ……‼︎」
一花は思わず口元を手で覆い、後ずさった。かつての店の中のように、まるで冷凍庫の中のようにひんやりとした空気が家の中から流れて来た。玄関口には靴が散乱し、真夏だというのに冬物のコートが何着もハンガーにかかってぶら下がっている。まっすぐに伸びている決して広くは無い廊下に大量のダンボールが両脇に山積みになり、そのうちのいくつかは中身が空っぽにも関わらずそのまま放置されていた。
全体的に、異臭がする。
一花は予想と寸分違わない、いや、予想よりも数倍ひどい惨状に思わず叫んだ。
「きっっっったない家ですね‼︎」
「ごめん、片付け方がわからなくて……」
「そんな事だろうと思いましたよ‼︎ お邪魔します‼︎」
一花は進藤の家にズカズカと押し入った。ダンボールの山は廊下を超え、リビングまで到達しており、そのリビングはというと蓄積された埃とゴミと脱ぎ散らかされた服とでひどい有様となっている。テーブルに積み重なったハガキ類、開けたまま捨てられていない宅配便の袋、ソファに折り重なるようにして置かれた洋服たち、床は埃まみれ。
唯一の救いは、ここに食べ物の類が一切置かれていない事だろう。料理人である進藤は自炊をきっちりとしていたらしく、コンビニ弁当の空き容器やペットボトルという一人暮らしにありがちなゴミが全く見当たらない。リビングからキッチンに移動してみると、異様に綺麗に磨かれたキッチンが姿を現した。他の部屋とのギャップが激しすぎる。
一花はリビングに戻ると締め切られたカーテンをシャーッ! と勢いよく開け、窓を全開にした。
「進藤さん、生活能力なさすぎですよ! フランスにいた時は一体どうしてたんですか⁉︎」
「明美がやってくれていて……」
廊下とリビングの境目に佇む進藤は眉をハの字に下げながら小さな声でそう言った。
一花は呆れを通り越し、むしろこの場にいない明美に同情した。家事までやらされていたのか。
そりゃあ別れたくもなるはずだ。こんな生活能力皆無の男と結婚するのは嫌だろう。
「とりあえず……やり方教えるんで、自分の家くらい自分で綺麗にしてくださいよ⁉︎」
「うん、頑張るよ」
進藤は何度も頷いた。一花はまるで泥棒でも入ったかのように荒れ散らかった家をひと睨みした後、宣言する。
「じゃ、この山のようなダンボール解体から始めます!」
「う、うん」
二人掛かりでダンボール解体から取り掛かった。進藤がダンボールを二つに折りたたみ、一花がそれを重ねていく。よくもまあこんなにダンボールを溜め込んだものだと考え、ほとんど規格が同じことに気がついた。フランスから引っ越してきて、そのままにしておいたに違いない。なんということだ。だらしないにも程がある。
一花はふとそこまで考えると、思い立って進藤に問いかける。
「進藤さん、今はこの家に一人で暮らしているって言ってましたよね」
「ああ。前までは親父とお袋も住んでいたんだけど、今は一人だよ」
なんでもないことのように進藤は言ったが、一花は言葉に引っかかりを覚えた。ゴミで散らかった凄惨なリビングに視線を走らせてみるも位牌や仏壇の類は見当たらない。他の部屋にある可能性もあるけれど————病院や施設にいるという場合もある。
一花は優しい笑顔で料理を運んでくれたおばさんと、厨房で腕を振るい時々客席にも姿を見せていたおじさんの姿を思い出し胸が痛んだ。本来ならばこの店は三人で切り盛りしていてもおかしくはなかったはずなのに、二人揃っていなくなるとは。
一花の場合、父だけだ。それでもまだ時々夢に見るほどには心に穴が空いているのに、どちらもいなくなった進藤の心情は押して測れないものがある。
必死にダンボールを畳んでは手渡してくる進藤に一花は思わず質問した。
「寂しくないんですか?」
「何がだい?」
「ずっと三人で住んでいた家に一人で住んでいて」
すると進藤は目を丸くした後、あっけらかんと笑った。
「ははは! 面白い事を聞くね。僕はこう見えてもう二十八歳だよ。フランスでは一人で暮らしていたわけだし、寂しさを感じた事は無い」
そのフランスでは私生活で明美頼りだった事が明るみに出たわけなのだが、そこに関しては触れないようにしながら一花は会話を続ける。
「でも急に一人で取り残されたら、私だったら戸惑っちゃいそうで」
「まあ、最初に話を聞いた時には驚いたよ。でも今更どうこう言っても仕方がないし、僕に出来るのは店を立派に切り盛りする事くらいだ」
「切り盛り出来てませんでしたよね」
「そ、それはまぁ……これから頑張るよ」
曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す進藤からは寂しさや喪失感といったものが見受けられない。一花は受け取ったダンボールを押し付けつつ紐で縛りながら言った。
「私、出来る限り手伝いますんで。いいお店にしましょうね」
「うん、ありがとう。助かるよ」
家に寄る? 一体今度は何を言い出したんだ?
進藤は出会った時から意味不明な人間だったが、今回のこれはその中でもダントツに理解できない。
目の前の進藤はだらだらと冷や汗を垂らしながら一花の返事を待っている。
あまりの衝撃に錆び付いた脳みそを回転させ、一花は進藤の真意に思いを巡らせた。考えるんだ。この短くも濃い付き合いの中から、進藤が何を考えて一花を家へ誘ったのか。
そして一花は、ある一つの恐ろしい仮定に到達してハッとした。
「進藤さん、まさか……」
「……ははは……」
肩を下げて力なく笑う進藤に一花は確信した。立ち上がると拳を握りしめ、鋭い目つきで進藤を見据える。
「どこから二階に上がれるんですか」
「み、店の裏の外階段から」
「行きましょう」
一花は率先して店を出た。日が暮れつつある中、塗りたての外壁沿いにぐるりと裏に回って二人で鉄筋の階段をカンカンカンと音を立てながら上る。
進藤が家のドアに鍵を差し、回す。一花は緊張した面持ちでそれを見守った。
さながら事件現場に立ち会う刑事のような気持ちだ。ドアノブに手をかけ、進藤がゆっくりと扉を引き開けた。
「うっ……‼︎」
一花は思わず口元を手で覆い、後ずさった。かつての店の中のように、まるで冷凍庫の中のようにひんやりとした空気が家の中から流れて来た。玄関口には靴が散乱し、真夏だというのに冬物のコートが何着もハンガーにかかってぶら下がっている。まっすぐに伸びている決して広くは無い廊下に大量のダンボールが両脇に山積みになり、そのうちのいくつかは中身が空っぽにも関わらずそのまま放置されていた。
全体的に、異臭がする。
一花は予想と寸分違わない、いや、予想よりも数倍ひどい惨状に思わず叫んだ。
「きっっっったない家ですね‼︎」
「ごめん、片付け方がわからなくて……」
「そんな事だろうと思いましたよ‼︎ お邪魔します‼︎」
一花は進藤の家にズカズカと押し入った。ダンボールの山は廊下を超え、リビングまで到達しており、そのリビングはというと蓄積された埃とゴミと脱ぎ散らかされた服とでひどい有様となっている。テーブルに積み重なったハガキ類、開けたまま捨てられていない宅配便の袋、ソファに折り重なるようにして置かれた洋服たち、床は埃まみれ。
唯一の救いは、ここに食べ物の類が一切置かれていない事だろう。料理人である進藤は自炊をきっちりとしていたらしく、コンビニ弁当の空き容器やペットボトルという一人暮らしにありがちなゴミが全く見当たらない。リビングからキッチンに移動してみると、異様に綺麗に磨かれたキッチンが姿を現した。他の部屋とのギャップが激しすぎる。
一花はリビングに戻ると締め切られたカーテンをシャーッ! と勢いよく開け、窓を全開にした。
「進藤さん、生活能力なさすぎですよ! フランスにいた時は一体どうしてたんですか⁉︎」
「明美がやってくれていて……」
廊下とリビングの境目に佇む進藤は眉をハの字に下げながら小さな声でそう言った。
一花は呆れを通り越し、むしろこの場にいない明美に同情した。家事までやらされていたのか。
そりゃあ別れたくもなるはずだ。こんな生活能力皆無の男と結婚するのは嫌だろう。
「とりあえず……やり方教えるんで、自分の家くらい自分で綺麗にしてくださいよ⁉︎」
「うん、頑張るよ」
進藤は何度も頷いた。一花はまるで泥棒でも入ったかのように荒れ散らかった家をひと睨みした後、宣言する。
「じゃ、この山のようなダンボール解体から始めます!」
「う、うん」
二人掛かりでダンボール解体から取り掛かった。進藤がダンボールを二つに折りたたみ、一花がそれを重ねていく。よくもまあこんなにダンボールを溜め込んだものだと考え、ほとんど規格が同じことに気がついた。フランスから引っ越してきて、そのままにしておいたに違いない。なんということだ。だらしないにも程がある。
一花はふとそこまで考えると、思い立って進藤に問いかける。
「進藤さん、今はこの家に一人で暮らしているって言ってましたよね」
「ああ。前までは親父とお袋も住んでいたんだけど、今は一人だよ」
なんでもないことのように進藤は言ったが、一花は言葉に引っかかりを覚えた。ゴミで散らかった凄惨なリビングに視線を走らせてみるも位牌や仏壇の類は見当たらない。他の部屋にある可能性もあるけれど————病院や施設にいるという場合もある。
一花は優しい笑顔で料理を運んでくれたおばさんと、厨房で腕を振るい時々客席にも姿を見せていたおじさんの姿を思い出し胸が痛んだ。本来ならばこの店は三人で切り盛りしていてもおかしくはなかったはずなのに、二人揃っていなくなるとは。
一花の場合、父だけだ。それでもまだ時々夢に見るほどには心に穴が空いているのに、どちらもいなくなった進藤の心情は押して測れないものがある。
必死にダンボールを畳んでは手渡してくる進藤に一花は思わず質問した。
「寂しくないんですか?」
「何がだい?」
「ずっと三人で住んでいた家に一人で住んでいて」
すると進藤は目を丸くした後、あっけらかんと笑った。
「ははは! 面白い事を聞くね。僕はこう見えてもう二十八歳だよ。フランスでは一人で暮らしていたわけだし、寂しさを感じた事は無い」
そのフランスでは私生活で明美頼りだった事が明るみに出たわけなのだが、そこに関しては触れないようにしながら一花は会話を続ける。
「でも急に一人で取り残されたら、私だったら戸惑っちゃいそうで」
「まあ、最初に話を聞いた時には驚いたよ。でも今更どうこう言っても仕方がないし、僕に出来るのは店を立派に切り盛りする事くらいだ」
「切り盛り出来てませんでしたよね」
「そ、それはまぁ……これから頑張るよ」
曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す進藤からは寂しさや喪失感といったものが見受けられない。一花は受け取ったダンボールを押し付けつつ紐で縛りながら言った。
「私、出来る限り手伝いますんで。いいお店にしましょうね」
「うん、ありがとう。助かるよ」
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