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Bistro Gens joyeux、開店します⑥
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賄いを食べ終えた一花と流歌は、午後の準備を始めた進藤に「ありがとう、今日はもう上がって良いよ」と告げられて帰り支度を始めていた。
「流歌、この後どうするの?」
「俺? 大学行くよ。絵、もうちょいで仕上がりそうなんだ」
「そっか……」
「一花は?」
「私はちょっと、用事ある」
「フゥン」
言って流歌はバックヤードに立てかけられているイーゼルと真っ白なカンバスに目をやった。
こんなものを持ち込んで用事がある、などと言えば答えは一つだ。
流歌は頭にカラフルなバンダナを装着すると、笑った。
「いいな! 出来上がったら、見せてくれよ」
「うん、勿論」
数週間前に感じていた劣等感はどこかに消え失せていて、一花は自然にそう返事をしていた。
「じゃー、お疲れ様っす。進藤さん、午後も頑張ってください」
「お先に失礼しまーす」
「あぁ、ありがとう二人とも。お疲れ様!」
「進藤さん、私ちょっと、通りの向こうからお店をスケッチしても良いですか?」
「ん?」
流歌はもう店を出たが、一花は進藤に確認をとった。
進藤は振り向いて一花の持ち物に目を留めると合点がいった様子で頷く。
「それは勿論、構わないよ。学校の授業かい?」
「はい。夏休み明けに提出する制作課題がありまして。このお店を描きたいなって」
「それは嬉しい申し出だ。あ、そうだ。出来れば店内に飾る用にも一枚、何か描いてくれないかな。課題が終わってからで構わないから」
「え……私なんかの絵で良いんですか?」
思いがけない申し出に目を丸くする。
進藤は体ごと一花に向き直ると、進藤の肩よりも下に位置する一花と目線を合わせた。
「一花君の絵がいいんだよ。DMとメニューのデザインを見て、思ったんだ。僕は一花君の描く絵が好きだよ。柔らかくて優しい感じがして、店のイメージにもぴったりだ」
真正面から放たれたその言葉に、一花は思わず耳が熱くなるのを感じた。
最近では一花の絵が好きだと言われても、言葉通りに受け取れない自分がいた。
先生に褒められたり、コンクールで受賞したりしている他の才能ある学生たちと比べては、どうせ自分なんか、と卑屈になる気持ちを抑えきれなかった。自分には才能がない。人よりちょっと絵が上手いだけの、そこらへんにいる一般人だ。有名な芸術家やデザイナーになるなんて夢のまた夢だと。
けれど、進藤のこの言葉は素直に一花の心に届いてストンと落ちてくる。
それは、進藤が一花の絵を他の誰かと比較してないせいなのだろう。
一花の描く絵だけを見て純粋に好きだと言ってくれた。店に飾りたいと言ってくれた。
今の一花にとってたまらなく嬉しい言葉だ。
「わかりました」
だから一花は素直に頷く。進藤はいつもの情けない顔ではなく、綺麗な微笑みを見せる。
イーゼルとカンバス、折りたたみの椅子を手に、一花は言った。
「じゃあ、午後も頑張ってください」
「うん。一花君も無理しないように。暑くなったら店の裏で休んでいいから」
「はい」
店の前にできていた行列は途絶え、大正通りは人気が少ない。
また夕方の営業時間になったらお客さんが列を作るのだろうかと考えながら、一花はどの角度で書こうか考える。少し斜め、真正面。クリーム色の外壁の中で流歌の塗ったロゴが陽気な色を踊らせていた。センスあるなぁと思いつつ、これを再現できるよう頑張らなければ、と考える。行き詰まったら流歌自身に尋ねればいい。彼は快くアドバイスしてくれるはずだ。
結局正面から描く事に決め、通りの端でイーゼルを組み立てカンバスをセットした。
椅子を広げて座ると使い込んだ鉛筆を手に取り、店の外観を真剣に見つめる。ジーワジーワと鳴く蝉の声をどこか遠くに感じながら、一花は真っ白なカンバスに鉛筆を走らせた。
「流歌、この後どうするの?」
「俺? 大学行くよ。絵、もうちょいで仕上がりそうなんだ」
「そっか……」
「一花は?」
「私はちょっと、用事ある」
「フゥン」
言って流歌はバックヤードに立てかけられているイーゼルと真っ白なカンバスに目をやった。
こんなものを持ち込んで用事がある、などと言えば答えは一つだ。
流歌は頭にカラフルなバンダナを装着すると、笑った。
「いいな! 出来上がったら、見せてくれよ」
「うん、勿論」
数週間前に感じていた劣等感はどこかに消え失せていて、一花は自然にそう返事をしていた。
「じゃー、お疲れ様っす。進藤さん、午後も頑張ってください」
「お先に失礼しまーす」
「あぁ、ありがとう二人とも。お疲れ様!」
「進藤さん、私ちょっと、通りの向こうからお店をスケッチしても良いですか?」
「ん?」
流歌はもう店を出たが、一花は進藤に確認をとった。
進藤は振り向いて一花の持ち物に目を留めると合点がいった様子で頷く。
「それは勿論、構わないよ。学校の授業かい?」
「はい。夏休み明けに提出する制作課題がありまして。このお店を描きたいなって」
「それは嬉しい申し出だ。あ、そうだ。出来れば店内に飾る用にも一枚、何か描いてくれないかな。課題が終わってからで構わないから」
「え……私なんかの絵で良いんですか?」
思いがけない申し出に目を丸くする。
進藤は体ごと一花に向き直ると、進藤の肩よりも下に位置する一花と目線を合わせた。
「一花君の絵がいいんだよ。DMとメニューのデザインを見て、思ったんだ。僕は一花君の描く絵が好きだよ。柔らかくて優しい感じがして、店のイメージにもぴったりだ」
真正面から放たれたその言葉に、一花は思わず耳が熱くなるのを感じた。
最近では一花の絵が好きだと言われても、言葉通りに受け取れない自分がいた。
先生に褒められたり、コンクールで受賞したりしている他の才能ある学生たちと比べては、どうせ自分なんか、と卑屈になる気持ちを抑えきれなかった。自分には才能がない。人よりちょっと絵が上手いだけの、そこらへんにいる一般人だ。有名な芸術家やデザイナーになるなんて夢のまた夢だと。
けれど、進藤のこの言葉は素直に一花の心に届いてストンと落ちてくる。
それは、進藤が一花の絵を他の誰かと比較してないせいなのだろう。
一花の描く絵だけを見て純粋に好きだと言ってくれた。店に飾りたいと言ってくれた。
今の一花にとってたまらなく嬉しい言葉だ。
「わかりました」
だから一花は素直に頷く。進藤はいつもの情けない顔ではなく、綺麗な微笑みを見せる。
イーゼルとカンバス、折りたたみの椅子を手に、一花は言った。
「じゃあ、午後も頑張ってください」
「うん。一花君も無理しないように。暑くなったら店の裏で休んでいいから」
「はい」
店の前にできていた行列は途絶え、大正通りは人気が少ない。
また夕方の営業時間になったらお客さんが列を作るのだろうかと考えながら、一花はどの角度で書こうか考える。少し斜め、真正面。クリーム色の外壁の中で流歌の塗ったロゴが陽気な色を踊らせていた。センスあるなぁと思いつつ、これを再現できるよう頑張らなければ、と考える。行き詰まったら流歌自身に尋ねればいい。彼は快くアドバイスしてくれるはずだ。
結局正面から描く事に決め、通りの端でイーゼルを組み立てカンバスをセットした。
椅子を広げて座ると使い込んだ鉛筆を手に取り、店の外観を真剣に見つめる。ジーワジーワと鳴く蝉の声をどこか遠くに感じながら、一花は真っ白なカンバスに鉛筆を走らせた。
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