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チビの正体と自分の役割

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 思わず口に出してしまった言葉を訂正する前に、「じゃあ直ぐに行こう!」とチビに言われて冷や汗が出た。

「お前……隣の家に引っ越すとかじゃないんだぞ? 俺だって、それなりに準備が必要だ」
「でも荷物なんて殆どないじゃん。家具だってこの家の備え付けだし、荷物だって洋服くらいだし」

 確かに荷物は少ない。
 五年間で増やしたのは殆ど洋服だけだ。

「それでも色々と手伝いをしていたし、理由を言わずに引っ越すのは礼儀に反する。チビだけを先に引っ越しさせても、説明がないままじゃ無駄な心配をさせてしまうが……」

 俺の意見にバイラムは理解を示してくれたが、チビは俺が「やっぱり村に残る」と言うと思っているのか不服そうだった。
 しかしこれだけ色々と世話をしてくれた皆に理由も告げず、夜逃げ同然で引っ越すなんてことは出来ない。

「……それなら村の勘違いをそのまま使い回すのは? 尚志は〝元・闘技奴隷〟で〝色々あってこの村に逃げてきた〟ってことになってるでしょ? 俺が生き別れた旦那として『妻が世話になった』って言えば、色々想像して納得してくれるんじゃない?」
「それですと陛下のお姿が見えないことになりますので、やはり無用な不安を煽るだけかと……」
「バイラム、五歳くらいの俺の姿になれる?」
「なれますが、今までの陛下と全く同じになるかはわかりません。それならば、このまま私が陛下の色に近づけた方が、年齢的にもヒサシ様と釣り合うかと」
「うーん。かなり複雑だけど、俺が五歳の姿に戻った方が安心か……」

 魔法なら年齢操作や染髪も自由自在、ただし高い魔力を持った者には見破られるとのこと。
 この村には人族しかいないのでそこは全く問題ないらしい。
 しかし勘違いをそのまま転用する? どういうことだ? と考えている俺を尻目に、二人は〝愛し合う二人が引き離されてしまう悲劇〟のストーリーを考え出した。

 ――……数年前。
 俺こと、オンラーシは〝とある国〟で働いていたところを魔族バイラムに見初められた。
 だがバイラムはヴェルクトリ魔王国の貴族だった。
 身分違い、種族違い、更には同性……――それを理由に拒否をしても彼は諦めない。ついには国を捨てても良いとまで言われ、徐々に惹かれ始めるオンラーシ。
 だが身を捧げた後に待ち受けていたのは、同じ魔族の女性だった。彼女はバイラムの〝婚約者〟だと宣言し、オンラーシへ身を引くように強要する。
 このままでは命の危機かと不安や恐怖を感じる最中、オンラーシは子供を身籠っていることに気付いた。だがもうバイラムを頼ることは出来ない。せめてこの子だけは……決死の思いで逃げ出し辿り着いたのがこの村だった。
 そして五年の月日を経て、愛する人そっくりに育った息子の誕生日にバイラムが現れる。彼は何も告げずに消えたオンラーシをずっと探し続けていたのだ。
 あの時の女の言葉は全くのデタラメで「愛しているのはキミだけだ」と言うバイラム。ひたむきな愛に心打たれたオンラーシは今度こそ彼の国で一緒になることを誓う。

 ……――を前提として、バイラムが『ようやく見つけた妻子です、国に連れて帰ります』と宣言する。


「今の誤解と辻褄が合うと思わない?」
「なんでそんな恐ろしい嘘を重ねないといけないんだよ」
「嘘じゃないよ。ただ宣言するだけ。それだけで、皆はこんな悲劇を想像するの。……実際、尚志の過去話だって皆が勝手に想像しただけじゃん」

 それは俺が異世界から来たと説明が出来ず、のらりくらりとかわし続けた結果である。

「バイラムさんをこんな与太話に巻き込むのは可哀想だろう。相手が俺だぞ?!」
「いえ、ヒサシ様は大変に魅力的だと思いますよ?」
「それは駄目! この設定は今だけの緊急措置だからね。……尚志は俺にパンツを贈ってくれたし」

 パンツを贈るのは我が子の成長祈願なので他に意味はない。
 睨みつけるチビとそれに苦笑するバイラムを見ながら、もしかしたらシギやレオニダスに対するような嫉妬なのだろうかと当たりをつけた。
 手を出さないようになっただけ、チビも年相応に成長したのかもしれない。

「冗談です。ただ、私としましても可及的速やかに陛下を国へ送り届ける必要があるのですよ。時間を置けば置く程、こちらの村にご迷惑をお掛けする場合もありまして……」
「迷惑って?」
「そうですね。――……魔族の寿命は長いとは言え、十七年も王が不在となっております。血気盛んな者が強襲を仕掛ける可能性も無きにしもあらずと言ったところで……いやはやお恥ずかしい」

 さっき自分たちを平和主義者と評した癖に、武力行使も辞さない姿勢にゾッとした。
 笑いながら言っているのに、『そちらの都合を考慮する必要はない』なんて心の声が聞こえた気もする。

 俺の良心はチクチクと痛むが、円満な引っ越しの為にこの昼ドラ設定に乗るしかなかった。
 因みに。
 こう言った悲劇はこちらでも定番の設定で、古くから親しまれているらしい。
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