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墓から生まれた少女
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「屋上から見る空は気持ちがいいぞ」
誰かがそう言っていた。
だから、自分も行こうと思った。
それを言ったのは誰なんだとか、自分に向けられた言葉なのかとかは覚えてないが、そんなことどうでもいいと日向幸希は思った。
「ふぅ。気持ちいいなー」
心地よい風を一身に浴びながら空を見上げる。
夏休みを二週間前に控えた七月十五日の昼休みの屋上は雲ひとつない見事な晴天だった。
永遠と広がる青空は海のように広大で、そして爽やか。
校舎に植えられた樹木は緑葉を風に揺らし、成虫となったセミたちは今年も忙しなく夏の到来を告げていた。
暫くすると屋上のドアが開く音が聞こえた。
日向が目を向けると、そこには妹の日向苺と幼馴染みの菊池栞がお弁当を引っ提げて入って来るのを確認した。
「あ、幸希君やっぱりここに居たんだ。探したよ」
と、栞が安堵し、
「お兄ちゃんに弁当届けようと教室に行ったのに居ないからなんだと思えば……」
と、苺が不満を漏らしている。
「苺、お弁当ありがとな。それで、どうしてここが分かったんだ?」
妹から弁当を受け取り、栞に聞く。
「前にここで一緒に食べた時、幸希君晴れた日にまた来たいって言ってたから……」
「そういえば、そんなことも言ったっけ……」
日向は最近どうも物忘れが酷くなったと自分に言ってみるが、毎年そんなこと言ってる気もする。
「せっかくだし、久しぶりに三人で昼ご飯食べませんか?」
と、苺が誘って来た。
日向に関しては昼は栞、朝晩は苺と食べているので新鮮さは感じないが、苺にとって栞と食べるのは久しぶりだ。懐かしい思い出に浸りたいのかもしれない。
「いいよ、苺ちゃん。幸希君もいいよね?」
「ああ」
三人はベンチに移動する。日向は腰を下ろし苺の持ってきた弁当を開けた。弁当には梅干しのついた白米を基調に唐揚げ、ブロッコリー、ひじき、きんぴらごぼうが余白なく弁当に敷き詰められている。まさに理想のお弁当といった感じだ。
「苺ちゃん毎日二人分のお弁当作ってるの?」
「はい、そうですよ。お兄ちゃん料理下手なので……」
「俺が下手だというより苺が料理上手なだけだよ」
苺は唇を少し緩める。
「そういえば幸希君、さっき返却されたテストはどうだったの?」
食べ始めて早速、栞は一番突かれたくないところを突いてきた。
実の所、日向は勉強全般が得意ではない。中学までは得意だった国語も高校に入るとてんでダメになって、見事苦手科目と化した。というか苦手科目しかない。
「え、あ、いや~。まぁまぁ、かな?」
日向はなんとかやり過ごそうとするが、
「お兄ちゃんのことだからいつも通り赤点連発してるんでしょ。」
「幸希君、もう三年生で受験控えてるんだからもう少し頑張った方がいいと思うよ。幸希君はやればきっと伸びると思うし……」
やり過ごせる訳が無かった。日向は右からは嘲笑を、左からは哀れみの視線を浴びせられる。
そもそも。
二人の成績優秀者にはダメダメ人間の気持ちは分からない。分かるはずがないのだ。宿題はするのが当たり前です。毎日予習復習は欠かしません。板書は綺麗に写します。当然でしょ?
当然なわけがない。二人はそれを普通のことだと思っている。だが、日向にはそれがどうしても出来ない。頭の構造が根本的に違うのではないか?と、日向は思ってしまう。
「受験か……」
日向は現実から逃避するように空を見上げた。
見て何か変わるわけでもないという事は承知しながらも、どうしても空を見上げてしまうのは何故だろう?
日向は分からなかった。他人は自分と同じく漫然と生きてるように見えて、やりたいことや将来の目標ってやつをすんなり見つけて、それに向けて努力している。
どう生きればそんなもの見つかるのか、と。
「それはそうと幸希くん。明日私たちのクラスに転校生が来るんでしょう?」
栞が興味深い話題を振ってきた。
「なんだそれ、初耳だぞ」
「え、幸希君知らないの?今朝、教室でみんな話してたのに」
「いや、聞いてなかったな……」
「お兄ちゃんって周囲の人を野菜か何かだと思ってる節があるからねー。ていうか、人に興味を持っていない気がする」
「そんなこと思ってねぇよ!別に人に興味がない訳では無い。ただ、教室で話される世間話というもののほとんどが聞くに値しないだけだ」
「お兄ちゃんはそんなことだからまともに話せる友達が栞さんくらいしかいないんだよ」
傷心。
「ち、ちなみに何故こんな時期に転校なんだ?期末テストが終わってあと二週間で夏休みだっていうのに……」
「さぁ、私もよく分からないよ」
「そりゃそうか、まぁ明日には分かる事だしな」
日向は箸を置き、
「さて、食べ終わったことだし教室に戻るか」
と、言った。
三人は薄暗い屋上の階段を降り、日向と栞は三年三組に。苺は一年二組に向かう。
「またね、お兄ちゃん、栞さん」
「おう」
「またね、苺ちゃん」
苺は一年生教室行きの階段を降りていく。
授業開始五分前のチャイムが響いた。
日向は時計で確認しようとすると、先程まで身につけていた時計がないことに気づいた。
記憶を辿る。
確か、屋上に行く前にはつけていた記憶がある。
おそらく、屋上かその道のりに落ちているはずだ。次の授業までには少し時間がある。走っていけば間に合うだろう。
「栞、屋上に忘れ物したから先教室行っててくれ」
「え、何忘れたの?」
「時計」
「そう……授業までには帰ってきてね」
「ああ」
急いで屋上へ向かう。
二段飛ばしで階段を駆け上がり、屋上のドアを思いっきり開けると、そこには一人の女性が立って居た。
すらっとした体型に腰まで伸びた長い髪。端正な顔で空を見つめるその横顔は、どこか空虚な雰囲気を纏っていた。
――懐かしさ。それが彼女に抱いた第一の印象だった。日向は内側からふつふつと湧き上がる“何か”を感じ取った。しかし、口から言葉は出てこない。
日向の感じた“何か”はすぐに乾き果て、腹の底に落ちて消えていった。
日向が黙って立っていると、その女性は日向に気づき話しかけて来た。
「おや?君は日向幸希君だね?もしかして、この時計は君の忘れ物かい?」
「えっ、は、はい。そうです……」
日向は完全に不意を突かれ、ぎこちない答えを返してしまう。動揺丸出しだ。
すると同時に、ある疑問が湧いてくる。
何故彼女は自分の名前を知っているのか?
「はい、これ時計」
「えっと……ありがとうございます」
「じゃあね、幸希君」
彼女は時計を渡すと、すたすたと屋上を降りていってしまった。
それにしても綺麗な人だったなぁ……と、日向は上空を旋回するトンビを見ながら反芻していると、
キーンコーンカーンコーン。
授業開始のチャイムが日向の意識を連れ戻した。
急いで向かわないと。
日向は大急ぎで屋上を出ていった。
☆
放課後。授業を終えた日向たち三人はまっすぐ家路についていた。
部活に所属してない日向たちは帰りが早い。三人はグラウンドから轟く野球部員達の咆哮から逃げるように早歩きで校門の外に出た。
桜並木の坂道を下る。この桜並木は春になると満開の桜を咲かせ、校内の人間のみならず地域住民の憩いの場となっている。
ここに通う生徒たちは皆、入学時にこの桜並木に迎えられ、卒業時にこの桜並木に見送られる。
この桜並木は、幾年も生徒たちの成長を見届けてきた歴史そのものだ。
「そういえば、お父さんお母さんは元気にしてる?」
と、栞が聞く。
「まあ、二人とも元気にしてるよ」
日向の両親が海外で働いているため、日向は妹と二人暮しだ。
食事は妹、その他家事全般は日向がこなすことになっているので、部活はしなくてもそれなりに忙しい毎日だ。
太陽が山に近づき始め、カナカナと鳴くひぐらしの中を歩く。
静寂。
この時間帯になると自然と会話がなくなるが、日向はそんなに悪い気はしない。何を考えているんだろう。皆、今日一日の恥ずべき行動に懺悔でもしてるのだろうか。いやないか。
ふと時計を見ると、明らかに針がズレているのに気づいた。
スマホを取り出し時間を確認。針を元の位置に戻す。
すると、
「幸希君いつ見てもその時計つけてるよね」
「確かに、いつも大事そうにしてるよね。なんで?」
栞と苺が二人して聞いてくる。
「えっと……確か、その昔誰かに貰ったってのは覚えているんだが……それが誰か思い出せなくてな。けど、この時計が大事なモノだってのはなんとなく覚えてるんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
二度目の静寂。
「じゃ、私はここで。さよなら」
「おう、じゃあな」
「さようなら栞さん」
ここで栞と別れ、苺と二人で帰路に着く。
二人で歩き始めて寸刻、苺はおもむろに口を開いた。
「ねぇお兄ちゃん、最近私たちの間でよく話題に登る話があるんだけど……」
口調からして楽しい話題ではなさそうだった。
「なんだ? 話って?」
「あのね、私のクラスの友達がね、見たって言うの……」
「ん? 見たって、何を?」
少し息を呑んだ妹は、顔に似合わない神妙な表情でこう言った。
「幽霊」
☆
「おはよう、幸希君」
「おう。おはよう、栞」
翌朝。いつも通り栞と一緒に学校までの道を歩く。
その中で日向は昨日の話を思い出していた。
「幽霊って、またその手の話かお前は……」
日向は苦笑混じりに妹の話を聞く。実の所、妹の怖がり癖というのは今に始まったことではない。
苺は小学生の頃からひどく怖がりで、友達から学校の怪談を聞かされては兄に話を聞かせ、慰めてもらうことが多々あった。
最近は大人になって減ってきたと思っていたのだが……きっと仲のいい友達の話を聞いて、怖くなったから話を聞いて欲しくなったのだろう。
日向はこの手の話には1ミクロンも興味が湧かない性格だった。
それに対し妹は、見た後一人で寝れないと分かっていながら、毎年夏の心霊特番を熱心に観賞するタイプだった。日向は後悔するなら最初から観なければいいのにと、常々思っていた。
「――で、お前のお友達は具体的に何を見たと言っていたんだ?」
妹は淡々と話を続ける。
「友達はね、塾の帰り道に『あの向日葵畑』を歩いていたの。」
苺の言うあの向日葵畑とは、町外れの山の麓にあるものだ。面積はそれなりに広く、夏の向日葵が一斉に太陽に向けて花を咲かす景色は壮大のひと言。子供の頃はピクニックでよく行っていた記憶がある。
日向も苺もその向日葵畑は好きだったが、日向にはひとつ気になることもあった。
「あの向日葵畑、確かお墓があったでしょう?」
墓……そう、墓があるのだ。
向日葵畑の中に。ぽつんと。
その墓の周りには墓を隠さんとばかりに向日葵が咲き乱れている。子供の頃は全く気にも留めていなかったが、今思うとなんだか奇妙に感じてくる。
あの向日葵畑。
日向は今まで、妹の話してきたUFOやらUMAやら宇宙人など、荒唐無稽な話とは違う雰囲気を感じ取っていた。
墓と向日葵。死と憧れ。そんなふたつの組み合せがミスマッチを起こして変な奇妙さを演出している。
おそらく、昼に行っても墓はさして気にならないだろう。
しかし、夜に行った友達はさぞ何も言わずに佇む墓が気になって仕方がなかっただろう。と、日向は思った。
「あったな、それでそれがどうしたんだ?」
「友達がその墓を見るとね、出てきたの」
「何が?」
「白い手が……墓の上から出きたんだって……」
なんだそれ……と思う。
「白い……手?」
「うん、それで友達は驚いて走って逃げちゃったらしいんだけど。あれは確かに人の手だったって……」
「う~ん、なるほど……」
妹の持ってくる話は大概がお決まりのテンプレートだったが……身近な向日葵畑が例なだけあって少し面倒くさそうだ。
「まぁ、単純に考えるなら友達を驚かせようと思った何者かが墓から手を出して驚かせた。とかかな?」
「私もそう考えたよ。そうだけど、その娘はとても真面目な子で騙そうとする人なんているとは思えない。しかも夜遅くだし、気づいても貰えるか分からないドッキリを仕掛ける人なんて考えられないよ」
確かに。
「じゃあ、その何者かはその娘を狙うストーカーだったとか?」
「考えたくないけど、その可能性はあるかも……。だけど友達が言うには、手は白くて小さい子供の女の子みたいな手だったらしいの……」
「遠くから見たせいで小さく見えただけじゃないのか?それだけで、女の子だと断定はできないんじゃないか?」
「う~ん、そうなんだけどさぁ。そうなんだけどぉ……。」
苺はもどかしそうに唇を尖らせている。
白い手なんてただの見間違いだと切って捨てるのは簡単だ。
しかし、それで終わらせるのは少しつまらないし、妹は納得しなだろう。
正直、このまま妹が悩み続けるところはあまり見たくないのが本音。
「分かった。じゃあ明日の夜、お兄ちゃんが行ってその真相を確かめてこよう。」
「えっ! お兄ちゃんそんなことして大丈夫なの?」
苺は驚きと心配が混ざった眼差しを向けてきた。
「ああ、問題ない。そもそも俺は幽霊なんて信じないし怖くもない。きっと現場に行けば何が原因で人の手が出てきたように見えるのかが分かるかも知れないだろ?」
「でも、でもぉ……」
苺は心配そうな目でこちらを見つめてくる。
「大丈夫だって、お前も真相が分かったら怖くなくなるだろ?」
「う、うん。そう言うなら……」
この時、日向はある種の好奇心に駆られていた。
まぁ、行くだけ行って適当な理由でもつければ納得するだろう。と、その時は軽く考えていたのだった。
「幸希君どうかした? さっきから黙りこくっちゃって」
と、栞が聞いてくる。
「いや、なんでもないんだ。なんでも。」
栞には……別に言うほどのことでもないよな。
そうこうしているうちに日向たちは教室に着く。
……えっと、一限は数学かぁ。
今日はどうやって授業を乗り切ろうかと考えている内にホームルームが始まった。
違和感。
なんだかいつもと教室の雰囲気が違う。
日向は周りを見渡すと、日向以外のクラス全員が黒板を凝視し、噴火を今か今かと待ち望む活火山の如き異様な雰囲気が教室に蔓延し ていた。
日向は黒板を一瞥する。そこには昨日見た顔。
「四月一日柑奈です。よろしく。」
教室では生徒たちの歓声が湧き上がった。
☆
彼女曰く、四月一日と書いてわたぬきと読むそうだ。恐らく四月に綿を収穫することから来た名前なのだろう。
「なぁ、あの娘超美人じゃね」
「俺このクラスでよかったぁー」
「女神ってこの世にいたんだな」
休み時間。
クラスの男子達は教室の後ろに固まり、腕組みをしながら転校生を生暖かい目で見ている。
その視線を遮るかのように転校生の周りにはクラスの女子たちが陣形を組み、マシンガンのごとく質問の雨を浴びせている。
「どうしてこんな時期に転校してきたの?」
「昔はどこに住んでいたの?」
「髪ツヤツヤで綺麗ーなんのシャンプー使ってるの?」
転校生はひとつひとつの質問に丁寧に答えていく。あの感じだとクラスにはすぐに溶け込めるだろう。俺なんかとは大違いだな……と、日向が考えていると、
「元気出して幸希君!幸希君は友達少なくてもいい所はいっぱいあるんだから!」
栞が俺の席まで来て励ましの言葉を送る。
知らぬ間に読心術でも会得したのかと思う。
「余計なお世話だ」
「えへへ、そうだね」
すると授業の鐘が鳴り、騒いでいた連中は大人しく席に座る。遮る壁が居なくなりチラリと横目で転校生を見ると、
――目が、会った。すると、転校生は俺に向けて何か口を動かしている。
……か……た……る………ら…………
???全然分からない。
日向は後で何を言ってたのか聞こうと思ったが、休み時間のあのバリケードを破れる気がしないので諦めてしまった。
昼休み。
「凄かったねぇ転校生さん」
「ああ、それよりあんな質問されっぱなしで疲れてないかなぁ」
日向は栞と二人で昨日と同じく屋上で昼ご飯を食べていた。苺は同じクラスの友達と食べている。
「本当に美人さんって凄いよねぇ。休み時間もあんな大勢に囲まれて……はぁ、私もあれくらい美人だったらなぁ」
「いや、お前も転校生に負けず劣らずの美人さんだと思うけどな……」
「ふぇ、ふぇ!? な、なななななな、何言ってるのかな幸希君!? まったく……」
栞は真っ赤になった顔を隠そうと、そっぽを向いて前髪を弄っている。
栞が恥ずかしがってくれるおかげで、日向は小っ恥ずかしいことも言った甲斐があったと思う。
「実際、栞は転校生ほどの存在感はないかもしれないが、つくろうと思えばいくらでも彼氏になってくれる奴はいると思うぞ」
「そ、そんなこと……」
髪を弄っていた手が止まる。
「そんなことあるぞ。だってお前、高校入って数十人に告白されていたじゃないか」
全て断っていたが……
「も、もういいのこの話は!さぁ早くお弁当食べよ」
強引に話の矛先をずらされた。
意地悪もこのくらいにしておくか。
日向は弁当に箸を進めた。
☆
――よし、行くぞ。
日が沈み周りは鈴虫やコオロギの鳴き声が響いている。
午後19時30分。
日向は玄関で靴を履き向日葵畑に向かおうとすると、
「お兄ちゃん、やっぱり私も付いていいった方が……」
背後から苺の心配そうな声が聞こえてきた。
「いや、来なくていい。怖がりのお前が来たらきっと後悔するだろ?」
「そうだけど……」
苺にこんな顔は似合わない。
日向は振り返って妹の頭を撫でてやる。
「お前は帰ってきた時のためにそれはもう熱い風呂を沸かしておいてくれ」
「うん、分かった」
静かに頷く。苺も納得してくれたようだった。
日向は車庫で埃の被った自転車のサドルを雑に手で拭い、颯爽と夜道へ繰り出していった。
自転車をせっせとこいで数十分。
日向は例の向日葵畑に到着した。時計の針が20時を越えいる。
「さっさと終わらせて帰るか」
自転車を道路端に止め、墓のあった場所を歩いていく。
「お、あったあった」
墓はあっさりと見つかった。
墓の周りに所狭しと咲く向日葵たちは、東の方角に向けておしなべて顔を俯けていた。
なんとも陰気な雰囲気だ。と、日向は思う。
日向は顔を上げる。夏の夜空は陰気な向日葵とは対照的に煌々と輝きを放っていた。
昼に見る太陽に照らされた向日葵は圧巻の美しさだが、どうやら夜空は好みに合わないらしい。
色々と考える内に墓の前に立っていた。
しっかりしろと自分に言い聞かせ、墓の調査を開始した。
墓の大きさは日向より一回り小さい。150センチといったところか。
手入れはされてないかと思えば、よく見みると墓自体はそこまで汚れていない。
誰かが定期的に掃除に来ているのだろうか。
墓の年代的にもせいぜい十年かそこらだろう。
それから色々見てみるが、特段おかしいところは見つからなかった。
場所が変な以外は至って普通の墓でしかない。
「よし、これの出番だな。」
日向はおもむろに腰掛けバックから昨日ネットで注文した指紋採取キットを取り出した。
夏休みの自由研究に使われるようなおもちゃだが、指紋さえ見つかれば人が犯人だったことが判るので問題ないだろう。
もし、見つからなかったとしても何かしら理由をつけて誤魔化せばいい。
日向はさながら警察にでもなった気分で証言にあった墓の頂上辺りをライトで照らし、アルミニウム粉のついたポンポンを当てていく。
その後、粉の当てた所にセロハンテープをつける。そして、粉末のついたセロハンテープを黒い台紙につけて指の形が付着してたら当たりだ。
一連の作業を怪しい所から次々とやっていく。
そして、作業開始から二十分が経過した頃――
「……あった」
ライトで照らされた黒い台紙には明らかに人間の指紋が付着していた。
やはり、犯人は苺の友達を驚かせようとした何者か、それともストーカー?いや、その友達を好きな男子が話しかけようとしたが、話しかける直前で緊張して近くにある墓に隠れてしまっただけなのかもしれない……。と、日向の頭に数々の可能性が湧いて来る。
どちらにしろ人間が犯人であることは確かだ。
妹には幽霊なんてやっぱりいなかったと教えてやろう。
それと、妹とその友達に夜道は一人で歩かない方がいいことを伝えてこの問題は解決だ。
と、日向は思った。
妹が心配する前に家に帰ろうと荷物を片付け、墓に眠る者に手を合わせた後、墓を背にして歩き出したその時――
「……見つけた」
――っ!?
日向は後ろからの声に咄嗟に振り向く。
だがそこには、さっきと変わらない墓の姿。絶対におかしい。今、確かに人の声を聞いた。
すると、日向に新たな考えが生まれてくる。
そうだ、犯人はきっとひと夏の間に怪談を作ってやろうと考えた悪ガキが、向日葵畑に隠れて道行く人を驚かせていたんだ。
それが真相だ。そうに違いない、違いない。
「おい、そこに居るんなら出てこい。」
日向は少し強い、怒りを含んだ口調でそう言った。
すると、雲に隠れてた月が現れ月光が墓の周りを照らし出したと思えば、墓自身が何やら奇妙な光を放ち始めた。
「――ッッ!!」
昼間のように明るい光。
日向は声にもならない悲鳴をあげる。墓の発する光は段々と強さを増す。あまりの眩しさに日向は目を覆ってしまった。
寸刻。
光が弱まっていると感じた日向は目を開くと、
――墓の下で小さな女の子が地面に倒れていた。
……なんなんだこの状況。墓が突然光ったと思えば、少女が横で倒れている。
日向は一旦、状況を整理しようとする。
いや、状況を整理するより大事なことがある。
「あ、あのー大丈夫、ですか?」
とりあえず肩をトントンして少女が起きるか試してみる。すると、
「……ん、んん~。」
少女はおもむろに上体を起こす。
「……」
日向は目を丸くする。
少女は何も言わずにじっと日向を見つめてきた。
好奇心、親近感、不思議、期待、不安がごちゃ混ぜになったような目だった。
この子日本語が通じないのかな?と、思う。
人間離れした綺麗な顔立ち。地面につくほどの長い髪。何より墓から生まれた少女。
そもそも、この子は本当に人間なんだろうか?
「き……お……く……」
……記憶?今、記憶って言ったか?
「記憶が……ない……の」
日向は少女の透き通る声と完璧な容姿に目を奪われ、少女が何を言ったのかすぐには理解出来なかった。
誰かがそう言っていた。
だから、自分も行こうと思った。
それを言ったのは誰なんだとか、自分に向けられた言葉なのかとかは覚えてないが、そんなことどうでもいいと日向幸希は思った。
「ふぅ。気持ちいいなー」
心地よい風を一身に浴びながら空を見上げる。
夏休みを二週間前に控えた七月十五日の昼休みの屋上は雲ひとつない見事な晴天だった。
永遠と広がる青空は海のように広大で、そして爽やか。
校舎に植えられた樹木は緑葉を風に揺らし、成虫となったセミたちは今年も忙しなく夏の到来を告げていた。
暫くすると屋上のドアが開く音が聞こえた。
日向が目を向けると、そこには妹の日向苺と幼馴染みの菊池栞がお弁当を引っ提げて入って来るのを確認した。
「あ、幸希君やっぱりここに居たんだ。探したよ」
と、栞が安堵し、
「お兄ちゃんに弁当届けようと教室に行ったのに居ないからなんだと思えば……」
と、苺が不満を漏らしている。
「苺、お弁当ありがとな。それで、どうしてここが分かったんだ?」
妹から弁当を受け取り、栞に聞く。
「前にここで一緒に食べた時、幸希君晴れた日にまた来たいって言ってたから……」
「そういえば、そんなことも言ったっけ……」
日向は最近どうも物忘れが酷くなったと自分に言ってみるが、毎年そんなこと言ってる気もする。
「せっかくだし、久しぶりに三人で昼ご飯食べませんか?」
と、苺が誘って来た。
日向に関しては昼は栞、朝晩は苺と食べているので新鮮さは感じないが、苺にとって栞と食べるのは久しぶりだ。懐かしい思い出に浸りたいのかもしれない。
「いいよ、苺ちゃん。幸希君もいいよね?」
「ああ」
三人はベンチに移動する。日向は腰を下ろし苺の持ってきた弁当を開けた。弁当には梅干しのついた白米を基調に唐揚げ、ブロッコリー、ひじき、きんぴらごぼうが余白なく弁当に敷き詰められている。まさに理想のお弁当といった感じだ。
「苺ちゃん毎日二人分のお弁当作ってるの?」
「はい、そうですよ。お兄ちゃん料理下手なので……」
「俺が下手だというより苺が料理上手なだけだよ」
苺は唇を少し緩める。
「そういえば幸希君、さっき返却されたテストはどうだったの?」
食べ始めて早速、栞は一番突かれたくないところを突いてきた。
実の所、日向は勉強全般が得意ではない。中学までは得意だった国語も高校に入るとてんでダメになって、見事苦手科目と化した。というか苦手科目しかない。
「え、あ、いや~。まぁまぁ、かな?」
日向はなんとかやり過ごそうとするが、
「お兄ちゃんのことだからいつも通り赤点連発してるんでしょ。」
「幸希君、もう三年生で受験控えてるんだからもう少し頑張った方がいいと思うよ。幸希君はやればきっと伸びると思うし……」
やり過ごせる訳が無かった。日向は右からは嘲笑を、左からは哀れみの視線を浴びせられる。
そもそも。
二人の成績優秀者にはダメダメ人間の気持ちは分からない。分かるはずがないのだ。宿題はするのが当たり前です。毎日予習復習は欠かしません。板書は綺麗に写します。当然でしょ?
当然なわけがない。二人はそれを普通のことだと思っている。だが、日向にはそれがどうしても出来ない。頭の構造が根本的に違うのではないか?と、日向は思ってしまう。
「受験か……」
日向は現実から逃避するように空を見上げた。
見て何か変わるわけでもないという事は承知しながらも、どうしても空を見上げてしまうのは何故だろう?
日向は分からなかった。他人は自分と同じく漫然と生きてるように見えて、やりたいことや将来の目標ってやつをすんなり見つけて、それに向けて努力している。
どう生きればそんなもの見つかるのか、と。
「それはそうと幸希くん。明日私たちのクラスに転校生が来るんでしょう?」
栞が興味深い話題を振ってきた。
「なんだそれ、初耳だぞ」
「え、幸希君知らないの?今朝、教室でみんな話してたのに」
「いや、聞いてなかったな……」
「お兄ちゃんって周囲の人を野菜か何かだと思ってる節があるからねー。ていうか、人に興味を持っていない気がする」
「そんなこと思ってねぇよ!別に人に興味がない訳では無い。ただ、教室で話される世間話というもののほとんどが聞くに値しないだけだ」
「お兄ちゃんはそんなことだからまともに話せる友達が栞さんくらいしかいないんだよ」
傷心。
「ち、ちなみに何故こんな時期に転校なんだ?期末テストが終わってあと二週間で夏休みだっていうのに……」
「さぁ、私もよく分からないよ」
「そりゃそうか、まぁ明日には分かる事だしな」
日向は箸を置き、
「さて、食べ終わったことだし教室に戻るか」
と、言った。
三人は薄暗い屋上の階段を降り、日向と栞は三年三組に。苺は一年二組に向かう。
「またね、お兄ちゃん、栞さん」
「おう」
「またね、苺ちゃん」
苺は一年生教室行きの階段を降りていく。
授業開始五分前のチャイムが響いた。
日向は時計で確認しようとすると、先程まで身につけていた時計がないことに気づいた。
記憶を辿る。
確か、屋上に行く前にはつけていた記憶がある。
おそらく、屋上かその道のりに落ちているはずだ。次の授業までには少し時間がある。走っていけば間に合うだろう。
「栞、屋上に忘れ物したから先教室行っててくれ」
「え、何忘れたの?」
「時計」
「そう……授業までには帰ってきてね」
「ああ」
急いで屋上へ向かう。
二段飛ばしで階段を駆け上がり、屋上のドアを思いっきり開けると、そこには一人の女性が立って居た。
すらっとした体型に腰まで伸びた長い髪。端正な顔で空を見つめるその横顔は、どこか空虚な雰囲気を纏っていた。
――懐かしさ。それが彼女に抱いた第一の印象だった。日向は内側からふつふつと湧き上がる“何か”を感じ取った。しかし、口から言葉は出てこない。
日向の感じた“何か”はすぐに乾き果て、腹の底に落ちて消えていった。
日向が黙って立っていると、その女性は日向に気づき話しかけて来た。
「おや?君は日向幸希君だね?もしかして、この時計は君の忘れ物かい?」
「えっ、は、はい。そうです……」
日向は完全に不意を突かれ、ぎこちない答えを返してしまう。動揺丸出しだ。
すると同時に、ある疑問が湧いてくる。
何故彼女は自分の名前を知っているのか?
「はい、これ時計」
「えっと……ありがとうございます」
「じゃあね、幸希君」
彼女は時計を渡すと、すたすたと屋上を降りていってしまった。
それにしても綺麗な人だったなぁ……と、日向は上空を旋回するトンビを見ながら反芻していると、
キーンコーンカーンコーン。
授業開始のチャイムが日向の意識を連れ戻した。
急いで向かわないと。
日向は大急ぎで屋上を出ていった。
☆
放課後。授業を終えた日向たち三人はまっすぐ家路についていた。
部活に所属してない日向たちは帰りが早い。三人はグラウンドから轟く野球部員達の咆哮から逃げるように早歩きで校門の外に出た。
桜並木の坂道を下る。この桜並木は春になると満開の桜を咲かせ、校内の人間のみならず地域住民の憩いの場となっている。
ここに通う生徒たちは皆、入学時にこの桜並木に迎えられ、卒業時にこの桜並木に見送られる。
この桜並木は、幾年も生徒たちの成長を見届けてきた歴史そのものだ。
「そういえば、お父さんお母さんは元気にしてる?」
と、栞が聞く。
「まあ、二人とも元気にしてるよ」
日向の両親が海外で働いているため、日向は妹と二人暮しだ。
食事は妹、その他家事全般は日向がこなすことになっているので、部活はしなくてもそれなりに忙しい毎日だ。
太陽が山に近づき始め、カナカナと鳴くひぐらしの中を歩く。
静寂。
この時間帯になると自然と会話がなくなるが、日向はそんなに悪い気はしない。何を考えているんだろう。皆、今日一日の恥ずべき行動に懺悔でもしてるのだろうか。いやないか。
ふと時計を見ると、明らかに針がズレているのに気づいた。
スマホを取り出し時間を確認。針を元の位置に戻す。
すると、
「幸希君いつ見てもその時計つけてるよね」
「確かに、いつも大事そうにしてるよね。なんで?」
栞と苺が二人して聞いてくる。
「えっと……確か、その昔誰かに貰ったってのは覚えているんだが……それが誰か思い出せなくてな。けど、この時計が大事なモノだってのはなんとなく覚えてるんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
二度目の静寂。
「じゃ、私はここで。さよなら」
「おう、じゃあな」
「さようなら栞さん」
ここで栞と別れ、苺と二人で帰路に着く。
二人で歩き始めて寸刻、苺はおもむろに口を開いた。
「ねぇお兄ちゃん、最近私たちの間でよく話題に登る話があるんだけど……」
口調からして楽しい話題ではなさそうだった。
「なんだ? 話って?」
「あのね、私のクラスの友達がね、見たって言うの……」
「ん? 見たって、何を?」
少し息を呑んだ妹は、顔に似合わない神妙な表情でこう言った。
「幽霊」
☆
「おはよう、幸希君」
「おう。おはよう、栞」
翌朝。いつも通り栞と一緒に学校までの道を歩く。
その中で日向は昨日の話を思い出していた。
「幽霊って、またその手の話かお前は……」
日向は苦笑混じりに妹の話を聞く。実の所、妹の怖がり癖というのは今に始まったことではない。
苺は小学生の頃からひどく怖がりで、友達から学校の怪談を聞かされては兄に話を聞かせ、慰めてもらうことが多々あった。
最近は大人になって減ってきたと思っていたのだが……きっと仲のいい友達の話を聞いて、怖くなったから話を聞いて欲しくなったのだろう。
日向はこの手の話には1ミクロンも興味が湧かない性格だった。
それに対し妹は、見た後一人で寝れないと分かっていながら、毎年夏の心霊特番を熱心に観賞するタイプだった。日向は後悔するなら最初から観なければいいのにと、常々思っていた。
「――で、お前のお友達は具体的に何を見たと言っていたんだ?」
妹は淡々と話を続ける。
「友達はね、塾の帰り道に『あの向日葵畑』を歩いていたの。」
苺の言うあの向日葵畑とは、町外れの山の麓にあるものだ。面積はそれなりに広く、夏の向日葵が一斉に太陽に向けて花を咲かす景色は壮大のひと言。子供の頃はピクニックでよく行っていた記憶がある。
日向も苺もその向日葵畑は好きだったが、日向にはひとつ気になることもあった。
「あの向日葵畑、確かお墓があったでしょう?」
墓……そう、墓があるのだ。
向日葵畑の中に。ぽつんと。
その墓の周りには墓を隠さんとばかりに向日葵が咲き乱れている。子供の頃は全く気にも留めていなかったが、今思うとなんだか奇妙に感じてくる。
あの向日葵畑。
日向は今まで、妹の話してきたUFOやらUMAやら宇宙人など、荒唐無稽な話とは違う雰囲気を感じ取っていた。
墓と向日葵。死と憧れ。そんなふたつの組み合せがミスマッチを起こして変な奇妙さを演出している。
おそらく、昼に行っても墓はさして気にならないだろう。
しかし、夜に行った友達はさぞ何も言わずに佇む墓が気になって仕方がなかっただろう。と、日向は思った。
「あったな、それでそれがどうしたんだ?」
「友達がその墓を見るとね、出てきたの」
「何が?」
「白い手が……墓の上から出きたんだって……」
なんだそれ……と思う。
「白い……手?」
「うん、それで友達は驚いて走って逃げちゃったらしいんだけど。あれは確かに人の手だったって……」
「う~ん、なるほど……」
妹の持ってくる話は大概がお決まりのテンプレートだったが……身近な向日葵畑が例なだけあって少し面倒くさそうだ。
「まぁ、単純に考えるなら友達を驚かせようと思った何者かが墓から手を出して驚かせた。とかかな?」
「私もそう考えたよ。そうだけど、その娘はとても真面目な子で騙そうとする人なんているとは思えない。しかも夜遅くだし、気づいても貰えるか分からないドッキリを仕掛ける人なんて考えられないよ」
確かに。
「じゃあ、その何者かはその娘を狙うストーカーだったとか?」
「考えたくないけど、その可能性はあるかも……。だけど友達が言うには、手は白くて小さい子供の女の子みたいな手だったらしいの……」
「遠くから見たせいで小さく見えただけじゃないのか?それだけで、女の子だと断定はできないんじゃないか?」
「う~ん、そうなんだけどさぁ。そうなんだけどぉ……。」
苺はもどかしそうに唇を尖らせている。
白い手なんてただの見間違いだと切って捨てるのは簡単だ。
しかし、それで終わらせるのは少しつまらないし、妹は納得しなだろう。
正直、このまま妹が悩み続けるところはあまり見たくないのが本音。
「分かった。じゃあ明日の夜、お兄ちゃんが行ってその真相を確かめてこよう。」
「えっ! お兄ちゃんそんなことして大丈夫なの?」
苺は驚きと心配が混ざった眼差しを向けてきた。
「ああ、問題ない。そもそも俺は幽霊なんて信じないし怖くもない。きっと現場に行けば何が原因で人の手が出てきたように見えるのかが分かるかも知れないだろ?」
「でも、でもぉ……」
苺は心配そうな目でこちらを見つめてくる。
「大丈夫だって、お前も真相が分かったら怖くなくなるだろ?」
「う、うん。そう言うなら……」
この時、日向はある種の好奇心に駆られていた。
まぁ、行くだけ行って適当な理由でもつければ納得するだろう。と、その時は軽く考えていたのだった。
「幸希君どうかした? さっきから黙りこくっちゃって」
と、栞が聞いてくる。
「いや、なんでもないんだ。なんでも。」
栞には……別に言うほどのことでもないよな。
そうこうしているうちに日向たちは教室に着く。
……えっと、一限は数学かぁ。
今日はどうやって授業を乗り切ろうかと考えている内にホームルームが始まった。
違和感。
なんだかいつもと教室の雰囲気が違う。
日向は周りを見渡すと、日向以外のクラス全員が黒板を凝視し、噴火を今か今かと待ち望む活火山の如き異様な雰囲気が教室に蔓延し ていた。
日向は黒板を一瞥する。そこには昨日見た顔。
「四月一日柑奈です。よろしく。」
教室では生徒たちの歓声が湧き上がった。
☆
彼女曰く、四月一日と書いてわたぬきと読むそうだ。恐らく四月に綿を収穫することから来た名前なのだろう。
「なぁ、あの娘超美人じゃね」
「俺このクラスでよかったぁー」
「女神ってこの世にいたんだな」
休み時間。
クラスの男子達は教室の後ろに固まり、腕組みをしながら転校生を生暖かい目で見ている。
その視線を遮るかのように転校生の周りにはクラスの女子たちが陣形を組み、マシンガンのごとく質問の雨を浴びせている。
「どうしてこんな時期に転校してきたの?」
「昔はどこに住んでいたの?」
「髪ツヤツヤで綺麗ーなんのシャンプー使ってるの?」
転校生はひとつひとつの質問に丁寧に答えていく。あの感じだとクラスにはすぐに溶け込めるだろう。俺なんかとは大違いだな……と、日向が考えていると、
「元気出して幸希君!幸希君は友達少なくてもいい所はいっぱいあるんだから!」
栞が俺の席まで来て励ましの言葉を送る。
知らぬ間に読心術でも会得したのかと思う。
「余計なお世話だ」
「えへへ、そうだね」
すると授業の鐘が鳴り、騒いでいた連中は大人しく席に座る。遮る壁が居なくなりチラリと横目で転校生を見ると、
――目が、会った。すると、転校生は俺に向けて何か口を動かしている。
……か……た……る………ら…………
???全然分からない。
日向は後で何を言ってたのか聞こうと思ったが、休み時間のあのバリケードを破れる気がしないので諦めてしまった。
昼休み。
「凄かったねぇ転校生さん」
「ああ、それよりあんな質問されっぱなしで疲れてないかなぁ」
日向は栞と二人で昨日と同じく屋上で昼ご飯を食べていた。苺は同じクラスの友達と食べている。
「本当に美人さんって凄いよねぇ。休み時間もあんな大勢に囲まれて……はぁ、私もあれくらい美人だったらなぁ」
「いや、お前も転校生に負けず劣らずの美人さんだと思うけどな……」
「ふぇ、ふぇ!? な、なななななな、何言ってるのかな幸希君!? まったく……」
栞は真っ赤になった顔を隠そうと、そっぽを向いて前髪を弄っている。
栞が恥ずかしがってくれるおかげで、日向は小っ恥ずかしいことも言った甲斐があったと思う。
「実際、栞は転校生ほどの存在感はないかもしれないが、つくろうと思えばいくらでも彼氏になってくれる奴はいると思うぞ」
「そ、そんなこと……」
髪を弄っていた手が止まる。
「そんなことあるぞ。だってお前、高校入って数十人に告白されていたじゃないか」
全て断っていたが……
「も、もういいのこの話は!さぁ早くお弁当食べよ」
強引に話の矛先をずらされた。
意地悪もこのくらいにしておくか。
日向は弁当に箸を進めた。
☆
――よし、行くぞ。
日が沈み周りは鈴虫やコオロギの鳴き声が響いている。
午後19時30分。
日向は玄関で靴を履き向日葵畑に向かおうとすると、
「お兄ちゃん、やっぱり私も付いていいった方が……」
背後から苺の心配そうな声が聞こえてきた。
「いや、来なくていい。怖がりのお前が来たらきっと後悔するだろ?」
「そうだけど……」
苺にこんな顔は似合わない。
日向は振り返って妹の頭を撫でてやる。
「お前は帰ってきた時のためにそれはもう熱い風呂を沸かしておいてくれ」
「うん、分かった」
静かに頷く。苺も納得してくれたようだった。
日向は車庫で埃の被った自転車のサドルを雑に手で拭い、颯爽と夜道へ繰り出していった。
自転車をせっせとこいで数十分。
日向は例の向日葵畑に到着した。時計の針が20時を越えいる。
「さっさと終わらせて帰るか」
自転車を道路端に止め、墓のあった場所を歩いていく。
「お、あったあった」
墓はあっさりと見つかった。
墓の周りに所狭しと咲く向日葵たちは、東の方角に向けておしなべて顔を俯けていた。
なんとも陰気な雰囲気だ。と、日向は思う。
日向は顔を上げる。夏の夜空は陰気な向日葵とは対照的に煌々と輝きを放っていた。
昼に見る太陽に照らされた向日葵は圧巻の美しさだが、どうやら夜空は好みに合わないらしい。
色々と考える内に墓の前に立っていた。
しっかりしろと自分に言い聞かせ、墓の調査を開始した。
墓の大きさは日向より一回り小さい。150センチといったところか。
手入れはされてないかと思えば、よく見みると墓自体はそこまで汚れていない。
誰かが定期的に掃除に来ているのだろうか。
墓の年代的にもせいぜい十年かそこらだろう。
それから色々見てみるが、特段おかしいところは見つからなかった。
場所が変な以外は至って普通の墓でしかない。
「よし、これの出番だな。」
日向はおもむろに腰掛けバックから昨日ネットで注文した指紋採取キットを取り出した。
夏休みの自由研究に使われるようなおもちゃだが、指紋さえ見つかれば人が犯人だったことが判るので問題ないだろう。
もし、見つからなかったとしても何かしら理由をつけて誤魔化せばいい。
日向はさながら警察にでもなった気分で証言にあった墓の頂上辺りをライトで照らし、アルミニウム粉のついたポンポンを当てていく。
その後、粉の当てた所にセロハンテープをつける。そして、粉末のついたセロハンテープを黒い台紙につけて指の形が付着してたら当たりだ。
一連の作業を怪しい所から次々とやっていく。
そして、作業開始から二十分が経過した頃――
「……あった」
ライトで照らされた黒い台紙には明らかに人間の指紋が付着していた。
やはり、犯人は苺の友達を驚かせようとした何者か、それともストーカー?いや、その友達を好きな男子が話しかけようとしたが、話しかける直前で緊張して近くにある墓に隠れてしまっただけなのかもしれない……。と、日向の頭に数々の可能性が湧いて来る。
どちらにしろ人間が犯人であることは確かだ。
妹には幽霊なんてやっぱりいなかったと教えてやろう。
それと、妹とその友達に夜道は一人で歩かない方がいいことを伝えてこの問題は解決だ。
と、日向は思った。
妹が心配する前に家に帰ろうと荷物を片付け、墓に眠る者に手を合わせた後、墓を背にして歩き出したその時――
「……見つけた」
――っ!?
日向は後ろからの声に咄嗟に振り向く。
だがそこには、さっきと変わらない墓の姿。絶対におかしい。今、確かに人の声を聞いた。
すると、日向に新たな考えが生まれてくる。
そうだ、犯人はきっとひと夏の間に怪談を作ってやろうと考えた悪ガキが、向日葵畑に隠れて道行く人を驚かせていたんだ。
それが真相だ。そうに違いない、違いない。
「おい、そこに居るんなら出てこい。」
日向は少し強い、怒りを含んだ口調でそう言った。
すると、雲に隠れてた月が現れ月光が墓の周りを照らし出したと思えば、墓自身が何やら奇妙な光を放ち始めた。
「――ッッ!!」
昼間のように明るい光。
日向は声にもならない悲鳴をあげる。墓の発する光は段々と強さを増す。あまりの眩しさに日向は目を覆ってしまった。
寸刻。
光が弱まっていると感じた日向は目を開くと、
――墓の下で小さな女の子が地面に倒れていた。
……なんなんだこの状況。墓が突然光ったと思えば、少女が横で倒れている。
日向は一旦、状況を整理しようとする。
いや、状況を整理するより大事なことがある。
「あ、あのー大丈夫、ですか?」
とりあえず肩をトントンして少女が起きるか試してみる。すると、
「……ん、んん~。」
少女はおもむろに上体を起こす。
「……」
日向は目を丸くする。
少女は何も言わずにじっと日向を見つめてきた。
好奇心、親近感、不思議、期待、不安がごちゃ混ぜになったような目だった。
この子日本語が通じないのかな?と、思う。
人間離れした綺麗な顔立ち。地面につくほどの長い髪。何より墓から生まれた少女。
そもそも、この子は本当に人間なんだろうか?
「き……お……く……」
……記憶?今、記憶って言ったか?
「記憶が……ない……の」
日向は少女の透き通る声と完璧な容姿に目を奪われ、少女が何を言ったのかすぐには理解出来なかった。
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