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第二章
第十六話 ガルス避難民救出作戦
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「ストップ。たぶんこのへんだ」
制止する僕の声が、通路内を木霊し、暗闇の向こうに飲み込まれた。
手持ちのライト以外、僅かな光源すらないのはここが地下だからだ。
打ち捨てられてすでに四半世紀経つ地下トンネルは、元々設計がしっかりしているおかげもあり、思ったよりも良好な状態を保っていた。
「この壁の向こうだ。アオイ?」
「……大丈夫だ。魔属はいない」
勇者のアオイが言うのなら間違いない。壁の向こうに魔属が及んでいなことを確認した僕は、取り出したチョークで壁に印をつけていく。
「これでよし。ギン、準備はいいかい?」
「いつでも」
僕の投げかけに彼は言葉短に返すと、すらりと木刀を抜きながら壁の前に立つ。
ぐっと腰を落として構え、細く長い息を吐く。
短い静寂の後、放たれる都合八度の斬撃。木刀とは思えない重い響きがトンネルの壁をズンッ……!と震わせた。
斬撃は僕の定めたポイントを寸分違わず打ち抜いていた。
「……これで向こうまで抜けているはずだ」
「お見事。それじゃクロウ、お願い」
「へへへ。人間重機の実力を見せてやるぜ」
ギンと入れ違い、拳をバキボキ鳴らしながらクロウがずいっと前に出る。
そして、肩をぐるんぐるん回して調子を整えると、拳を振りかぶり、
「でェェェェりゃァァァァァァ」
地下通路中に響き渡る掛け声とともに、拳を壁に叩きつける。
クロウの拳を受けたコンクリートの壁には一面に亀裂が走り、そして大音声を通路内に響かせながら派手に崩れ落ちる。きれいな円形に空いた大穴のその向こうには、さらに広い空間が左右に伸びていた。
「またつまらぬものを叩き割ってしまった」
「アホ丸出しの決め台詞を言ってないで、さっさと行け」
背中を蹴られ、クロウが穴の向こうにすっ転ぶ。
「んだぁ、テメェ?オレ様の活躍に嫉妬してんのか?」
穴の向こうからクロウの挑発する声が聞こえてくる。
ただ実際のところ、クロウの怪力だけでは力の伝達が不確かで、下手をすればトンネルが崩落する恐れがあった。
そこで予め計算した箇所にギンの剣を打ち込むことで力の通り道を作り、衝撃の伝達をコントロールしたのだ。
これは物質の強度に関係なく衝撃を通すことができるギンの剣の腕があって初めて成功した離れ業――なんて言うとクロウが拗ねるか、この場でギンと喧嘩を始めてしまうので僕の胸の内に留めておくことにする。
「レン」
と、アオイが背後から呼び止める。いつになく険しく、真剣な表情で僕を見つめていた。
長い付き合いだ。彼女が言いたいことを一目で察する。
「……わかってるよ。でも、そのためにも、まずは役割を全うしよう」
安心させるように、僕はアオイに言った。
*
急遽開かれた作戦会議には、勇者その従属、そして全部隊の責任者が招集される。
大勢の視線が今、壇上に立つ僕に向けられており、緊張に足が竦みそうになる。
「はじめに申し上げますが、僕の案は都市を救うものではありません」
爆撃が決定した以上、もはや勇者機関からの新たなクラス:マスターの勇者や国軍の援軍を望むことはできない。限られた時間と戦力で取りえる手段は、絶望的なまでに少ない。魔属の殲滅など、到底不可能だ。
「僕の立案する作戦の主目的は、あくまでガルス都市内の生存者救出です。それでも良ければ、今から説明を続けます」
そこで言葉を区切り、様子を伺う。
表情を見る限り、落胆がない……といえば嘘になるが、この状況では妥当であると受け入れてくれたのだろう。沈黙を肯定と受け取り、本格的に説明に入る。
正面に備えられたスクリーンに表示されたのは、ガルス都心部の立体映像。さらにそこに、魔属の勢力圏がグラデーションで示された。
「陸路からシェルターまでは入り組んでいます。辿り着く前に魔属に発覚され、物量で押し返されるのは確実です。司令塔であるブラインが都市中央に陣取っている以上、都市のどの方向からでもそれは同じでしょう。ですので、まずは魔属をシェルター周辺から引き離します」
「そんな事が可能なのか?」
「下位種の魔属はブラインに同調して動きます。そしてブラインは、勇者の存在を敏感に察知し、最優先で襲いかかってきます。その習性を利用しブラインと下位魔属群をシェルターから遠ざけます」
「つまりは勇者を餌にした陽動作戦、ですわね」
「陽動は構いませんが、現実的に可能なんですか?正面からでは先に下位魔属群に察知されてしまったら、おびき寄せるどころか思うように動くことも難しいのではないでしょうか」
ケイン君は率直な疑問を呈する。その横には、勇者による陽動と言った時点で露骨に反対の意志を表情に滲ませているヒルダさんが僕を睨んでいた。ケイン君にそんな危険なことをさせられないと如実に表情が物語っていた。
「そのとおり。魔属には特殊な意思疎通能力があり、下手なところで接敵してしまった場合、その情報はブラインにまで届き、意図せぬ場所に奴を呼び寄せてしまう事もありえる」
「だったら……」
「だからこの作戦の要は、下位魔属に気付かれることなくブラインが居座る都市部中心まで到達する事にある。そこで、潜入にはこれを利用する」
ケイン君の言葉を遮って言いながら、次なる資料を提示する。
プロジェクターで映し出されたのは、電子化された古い書類と地図。
勇者権限でグリュー政府から取り寄せた、ガルスの都市計画の資料だ。
「大佐たちはご存知かと思いますが、ガルスは都市建設の初期、資材搬入の利便性と安全確保のための地下トンネルが作られました。それを利用します。幸い、ここからほど近い場所に入り口跡が――」
「待て。その通路は保安のため、都市完成後はすべて埋め立てられている。都市内へと通じている経路は一つとしてないぞ」
首を横に振るランス大佐に、「問題ありません」と返す。怪訝そうな顔をする大佐を他所に、僕はキーボードを操作。
「確かにトンネルの先は全て埋め立てられていますが、それはあくまで出入り口近辺のみです。そして注目してほしいのはこのポイントです」
スクリーンに表示されていたガルスの立体映像がせり上がる。新たに表示されたのは、ガルス地下の全景だった。都心部外縁のある一点に点滅するマーカーが示される。
「これは……地下鉄か?」
「そうです。この地下鉄路線と先程の地下トンネルの途中が、壁を隔てて接しています。ここを破壊して通り、都市内部に入り込みます」
これは今の地図と昔の地下経路図を比較して初めて分かる接点だった。
「破壊すると簡単に言うが、重機も工機も無いぞ?かといって手持ちの爆薬の類では通路が崩れ落ちる」
「大丈夫です。ここに人間重機がいますので」
そう言う僕の横で、クロウが鼻息荒く胸を張っていた。ランス大佐は彼の怪力を知らないだろうけど、壁の厚さと構造を計算すれば、クロウの力で簡単に破壊できるはずだ。
「この状況で、まさか冗談というわけでもあるまい。ちゃんと算段はあるんだな」
納得が行ったわけではないようだが、不承不承納得してくれた。
「地下鉄路を進んで都市に上がった後は、速やかにブラインを発見し……というより、向こうから勝手に出てくると思いますので、できるだけシェルターから離れた場所に誘導します。その合図を待って、大佐の部隊が救出に動いてください」
要約すると、囮役がブラインと隷属する下位魔属群を引きつけながら都市を逃げまわる。その間、手薄になった隙に軍の部隊が空と陸の両面から生存者を回収する。これが作戦のおおまかな流れだ。
――表向きは。
「各部隊ごとの細かな調整などはもちろん必要ですが、これが僕の作戦の大筋になります。いかがでしょうか?」
作戦の概要説明を終え、恐る恐るといった口調でランス大佐を窺う。
ランス大佐は腕を組み、ディスプレイを見つめて険しい顔で思案する。そして重々しい口調で言った。
「正直、いろいろ粗が目に付く。不確定要素も多いし、危険を顧みない陽動というやり方も気に食わん」
それは長年戦いに従事してきたプロとしての指摘だった。そしてそのプロに反論できるほど、僕は自分の作戦に自信はない。僕自身、これほど大規模な作戦の立案は初めてなのだから。
却下されることも覚悟し、僕が緊張の面持ちでいると、
「……が、魔属との戦いに確実なものなど無いのは常識だ。生存者の救出という観点で見れば、この作戦は現状出来うる最善の策だ。お前たちを信じよう」
ランス大佐はそう告げ、作戦を了承してくれた。視線を巡らせると、他の部隊長さんやガーネットさん、ケイン君らも依存はないと頷いてくれていた。
「いかに魔属を引き寄せられるかが要だな。中級種が残った日には、救出どころではない」
「ごもっともです。おそらく大半の魔属はブラインに引き寄せられるでしょうが、それでも全てが引き寄せることは不可能でしょう。シェルター周囲に中級種がいる可能性も十分ありえます。なので陽動は僕たちのユニットだけで行い、残りの勇者たちは救出部隊に入ってもらいます」
その断言に、僕たち四人以外の全員が驚愕に絶句した。
淡々と説明する僕に、ケイン君は立ち上がって抗議する。
「待ってください!そんな、危険すぎます!相手はすでに勇者を四人……いえ五人も倒している化物なんですよ!?それをたった一人で相手にするなんて!」
アオイの手前、多少気まずそうそうながらもケイン君ははっきりと言った。
「私たちは一人じゃない」
横からそう言ったのはアオイだった。そしてその後ろには静かに頷くギンと、不敵な笑みを浮かべながら拳で胸を叩くクロウ。
そうだ。この四人が揃っていれば、なんでも出来る。怖いものなんて無い。
それは理屈なんかじゃない。言葉で説明することもできない。でも、確かにそうだと信じられる。そうとしか言い様がないのだ。
「リスクをできるだけ少なく、かつ救出を完璧にするにはこれしかないんだ。それに、これは四人で決めたことなんだ。危険な役回りだからこそ、発案者の僕達が担うべきだって」
「ですが!」と、ケイン君はなお食い下がる。と、
「おやめなさい」
ケイン君の背後からそう言ったのはガーネットさん。
「アオイさんが適当な義務感で囮役を買おうとしている訳ではないのはあなたもお分かりでしょう?それとも、彼女の決意を超える何かを、あなたはお持ちなのかしら?」
「……」
返す言葉が思いつかず、ケイン君は口をつぐんでしまう。すると彼女は次にアオイの方に向き、指先を突き付ける。
「いいこと?何があっても、レンさんだけは無事に連れ帰りなさい。まだレンさんは決闘の賞品、つまり未来の私の所有物も同然ですのよ」
「そんなわけあるかこのバカ!」
「っていうかそれまだ続いてたの……?」
アオイには早々に決着をつけていただきたい。
「本来ならばその役目は私が適任のはずですけれど、まぁ今回はあなた達に花を持たせてあげます。存分に暴れてきなさい」
もし実力を伴わない相手であれば、何があっても認めはしないはずだ。実力を知っているライバルだからこそ、彼女はアオイに任せてくれたのだろう。
それ以降は誰からも異論が出ることはなく、その場は解散。各部隊は役割に応じて細かい打ち合わせや物資・装備の準備に奔走する。
かくして、作戦はすみやかに実行へと移った。
*
地下鉄線路は、そのままセントラルエリアを循環する在来線へと合流。僕達は無事、魔属に気付かれぬまま都市中央への侵入を果たした。
セントラルエリア――ネスト化が進んでいる区画内の地下鉄駅から地上に上がる。
顔を上げると、高さを競いあうように乱立するビル群が視界を埋め、その合間からは曇天の空が垣間見える。どうやら地下にいた間に雨は上がったようだ。
すでに時刻は早朝。前回よりも周囲が見渡せるのは朝日が昇り始めたからだ。
三六〇度どこを見回しても高層ビルに囲まれたそこは、サブセントラルエリア以上に整然とし碁盤の目のようにきっちりと区画整理が成されている。さすがはグリュー随一の経済都市……だが今は見る影もない。
辺り一帯のビルの表面には体液なのか泥なのか得体の知れない物質でコーティングされ、まるで巨大な蟻塚のようになっている。高層のビルの上部はかろうじてその姿形を残してはいるが、低いビルや建物は原型すら留めていないものも見られる。路肩のあちらこちらには醜い肉塊や、液体まみれの繭のようなものが転がっている。それが一体何の用を成すものなのかはわからない。
まるで悪夢のような光景に、立っているだけで気分が悪くなってくる。
これがネスト化である。人間の都市をそのまま利用し、自分たちの巣にしてしまうのだ。
と、アオイが弾かれたように顔を上に向ける。釣られて彼女の視線を追うと、高層ビル群からさらに抜きん出てた高さを誇るビルに当たる。それはガルスでもっとも高い超高層建造物、ガルスエンパイアビルだ。
ただ巨大なだけでなく、頂部の尖塔や壁面の彫刻が一際特徴的なビルではあるが、それに目を奪われていたわけではない。
尖塔の斜面に、黒い巨大な何かがいた。まるで都市を一望できるそここそが、支配者として君臨するにふさわしいと言わんばかりに。
「ブライン……!」
アオイが腹腔で煮えたぎる怒りとともに、恩人の敵であるその名を呟く。
髑髏を想起させる頭部はぐるんの首を巡らすと、いかなる器官によって察知したのか僕達の方に向いた。
「嫌だな……すっごいこっち見てる」
「何言ってるんだレン。餌に食いついたってことじゃねぇか」
不敵な笑みを浮かべながらクロウはチェーンソーを抜く。すでに抜刀しているアオイとギンは静かに剣を構えている。
「来るぞ!」
アオイが叫んだのと、ブラインが吠えながら尖塔を蹴ったのは同時だった。
瓦礫の雨を地面に降らせながら、ブラインはその身を宙に投げ、ビル群の中へと姿を消す。遠くに見える粉塵やビルの倒壊する音から着地点からは距離があるようだが、奴が一直線にこちらに向かってきているのは間違いない。
同時に、コンピューターがアラーム音を鳴らして魔属反応が急激に上昇している事を知らせてくる。足裏から伝わる振動でもそれは感じ取ることができた。
先の撤退時と同じか、それ以上の群れがここに集まりつつある。
「レン!誘導を頼む!」
言われるまでもない。戦いに適した場所に導くのが僕の役目だ。
迫り来る恐怖に、ともすれば呑まれそうになるのを気力を振り絞って振り払い、僕はコンピューターを立ち上げる。
制止する僕の声が、通路内を木霊し、暗闇の向こうに飲み込まれた。
手持ちのライト以外、僅かな光源すらないのはここが地下だからだ。
打ち捨てられてすでに四半世紀経つ地下トンネルは、元々設計がしっかりしているおかげもあり、思ったよりも良好な状態を保っていた。
「この壁の向こうだ。アオイ?」
「……大丈夫だ。魔属はいない」
勇者のアオイが言うのなら間違いない。壁の向こうに魔属が及んでいなことを確認した僕は、取り出したチョークで壁に印をつけていく。
「これでよし。ギン、準備はいいかい?」
「いつでも」
僕の投げかけに彼は言葉短に返すと、すらりと木刀を抜きながら壁の前に立つ。
ぐっと腰を落として構え、細く長い息を吐く。
短い静寂の後、放たれる都合八度の斬撃。木刀とは思えない重い響きがトンネルの壁をズンッ……!と震わせた。
斬撃は僕の定めたポイントを寸分違わず打ち抜いていた。
「……これで向こうまで抜けているはずだ」
「お見事。それじゃクロウ、お願い」
「へへへ。人間重機の実力を見せてやるぜ」
ギンと入れ違い、拳をバキボキ鳴らしながらクロウがずいっと前に出る。
そして、肩をぐるんぐるん回して調子を整えると、拳を振りかぶり、
「でェェェェりゃァァァァァァ」
地下通路中に響き渡る掛け声とともに、拳を壁に叩きつける。
クロウの拳を受けたコンクリートの壁には一面に亀裂が走り、そして大音声を通路内に響かせながら派手に崩れ落ちる。きれいな円形に空いた大穴のその向こうには、さらに広い空間が左右に伸びていた。
「またつまらぬものを叩き割ってしまった」
「アホ丸出しの決め台詞を言ってないで、さっさと行け」
背中を蹴られ、クロウが穴の向こうにすっ転ぶ。
「んだぁ、テメェ?オレ様の活躍に嫉妬してんのか?」
穴の向こうからクロウの挑発する声が聞こえてくる。
ただ実際のところ、クロウの怪力だけでは力の伝達が不確かで、下手をすればトンネルが崩落する恐れがあった。
そこで予め計算した箇所にギンの剣を打ち込むことで力の通り道を作り、衝撃の伝達をコントロールしたのだ。
これは物質の強度に関係なく衝撃を通すことができるギンの剣の腕があって初めて成功した離れ業――なんて言うとクロウが拗ねるか、この場でギンと喧嘩を始めてしまうので僕の胸の内に留めておくことにする。
「レン」
と、アオイが背後から呼び止める。いつになく険しく、真剣な表情で僕を見つめていた。
長い付き合いだ。彼女が言いたいことを一目で察する。
「……わかってるよ。でも、そのためにも、まずは役割を全うしよう」
安心させるように、僕はアオイに言った。
*
急遽開かれた作戦会議には、勇者その従属、そして全部隊の責任者が招集される。
大勢の視線が今、壇上に立つ僕に向けられており、緊張に足が竦みそうになる。
「はじめに申し上げますが、僕の案は都市を救うものではありません」
爆撃が決定した以上、もはや勇者機関からの新たなクラス:マスターの勇者や国軍の援軍を望むことはできない。限られた時間と戦力で取りえる手段は、絶望的なまでに少ない。魔属の殲滅など、到底不可能だ。
「僕の立案する作戦の主目的は、あくまでガルス都市内の生存者救出です。それでも良ければ、今から説明を続けます」
そこで言葉を区切り、様子を伺う。
表情を見る限り、落胆がない……といえば嘘になるが、この状況では妥当であると受け入れてくれたのだろう。沈黙を肯定と受け取り、本格的に説明に入る。
正面に備えられたスクリーンに表示されたのは、ガルス都心部の立体映像。さらにそこに、魔属の勢力圏がグラデーションで示された。
「陸路からシェルターまでは入り組んでいます。辿り着く前に魔属に発覚され、物量で押し返されるのは確実です。司令塔であるブラインが都市中央に陣取っている以上、都市のどの方向からでもそれは同じでしょう。ですので、まずは魔属をシェルター周辺から引き離します」
「そんな事が可能なのか?」
「下位種の魔属はブラインに同調して動きます。そしてブラインは、勇者の存在を敏感に察知し、最優先で襲いかかってきます。その習性を利用しブラインと下位魔属群をシェルターから遠ざけます」
「つまりは勇者を餌にした陽動作戦、ですわね」
「陽動は構いませんが、現実的に可能なんですか?正面からでは先に下位魔属群に察知されてしまったら、おびき寄せるどころか思うように動くことも難しいのではないでしょうか」
ケイン君は率直な疑問を呈する。その横には、勇者による陽動と言った時点で露骨に反対の意志を表情に滲ませているヒルダさんが僕を睨んでいた。ケイン君にそんな危険なことをさせられないと如実に表情が物語っていた。
「そのとおり。魔属には特殊な意思疎通能力があり、下手なところで接敵してしまった場合、その情報はブラインにまで届き、意図せぬ場所に奴を呼び寄せてしまう事もありえる」
「だったら……」
「だからこの作戦の要は、下位魔属に気付かれることなくブラインが居座る都市部中心まで到達する事にある。そこで、潜入にはこれを利用する」
ケイン君の言葉を遮って言いながら、次なる資料を提示する。
プロジェクターで映し出されたのは、電子化された古い書類と地図。
勇者権限でグリュー政府から取り寄せた、ガルスの都市計画の資料だ。
「大佐たちはご存知かと思いますが、ガルスは都市建設の初期、資材搬入の利便性と安全確保のための地下トンネルが作られました。それを利用します。幸い、ここからほど近い場所に入り口跡が――」
「待て。その通路は保安のため、都市完成後はすべて埋め立てられている。都市内へと通じている経路は一つとしてないぞ」
首を横に振るランス大佐に、「問題ありません」と返す。怪訝そうな顔をする大佐を他所に、僕はキーボードを操作。
「確かにトンネルの先は全て埋め立てられていますが、それはあくまで出入り口近辺のみです。そして注目してほしいのはこのポイントです」
スクリーンに表示されていたガルスの立体映像がせり上がる。新たに表示されたのは、ガルス地下の全景だった。都心部外縁のある一点に点滅するマーカーが示される。
「これは……地下鉄か?」
「そうです。この地下鉄路線と先程の地下トンネルの途中が、壁を隔てて接しています。ここを破壊して通り、都市内部に入り込みます」
これは今の地図と昔の地下経路図を比較して初めて分かる接点だった。
「破壊すると簡単に言うが、重機も工機も無いぞ?かといって手持ちの爆薬の類では通路が崩れ落ちる」
「大丈夫です。ここに人間重機がいますので」
そう言う僕の横で、クロウが鼻息荒く胸を張っていた。ランス大佐は彼の怪力を知らないだろうけど、壁の厚さと構造を計算すれば、クロウの力で簡単に破壊できるはずだ。
「この状況で、まさか冗談というわけでもあるまい。ちゃんと算段はあるんだな」
納得が行ったわけではないようだが、不承不承納得してくれた。
「地下鉄路を進んで都市に上がった後は、速やかにブラインを発見し……というより、向こうから勝手に出てくると思いますので、できるだけシェルターから離れた場所に誘導します。その合図を待って、大佐の部隊が救出に動いてください」
要約すると、囮役がブラインと隷属する下位魔属群を引きつけながら都市を逃げまわる。その間、手薄になった隙に軍の部隊が空と陸の両面から生存者を回収する。これが作戦のおおまかな流れだ。
――表向きは。
「各部隊ごとの細かな調整などはもちろん必要ですが、これが僕の作戦の大筋になります。いかがでしょうか?」
作戦の概要説明を終え、恐る恐るといった口調でランス大佐を窺う。
ランス大佐は腕を組み、ディスプレイを見つめて険しい顔で思案する。そして重々しい口調で言った。
「正直、いろいろ粗が目に付く。不確定要素も多いし、危険を顧みない陽動というやり方も気に食わん」
それは長年戦いに従事してきたプロとしての指摘だった。そしてそのプロに反論できるほど、僕は自分の作戦に自信はない。僕自身、これほど大規模な作戦の立案は初めてなのだから。
却下されることも覚悟し、僕が緊張の面持ちでいると、
「……が、魔属との戦いに確実なものなど無いのは常識だ。生存者の救出という観点で見れば、この作戦は現状出来うる最善の策だ。お前たちを信じよう」
ランス大佐はそう告げ、作戦を了承してくれた。視線を巡らせると、他の部隊長さんやガーネットさん、ケイン君らも依存はないと頷いてくれていた。
「いかに魔属を引き寄せられるかが要だな。中級種が残った日には、救出どころではない」
「ごもっともです。おそらく大半の魔属はブラインに引き寄せられるでしょうが、それでも全てが引き寄せることは不可能でしょう。シェルター周囲に中級種がいる可能性も十分ありえます。なので陽動は僕たちのユニットだけで行い、残りの勇者たちは救出部隊に入ってもらいます」
その断言に、僕たち四人以外の全員が驚愕に絶句した。
淡々と説明する僕に、ケイン君は立ち上がって抗議する。
「待ってください!そんな、危険すぎます!相手はすでに勇者を四人……いえ五人も倒している化物なんですよ!?それをたった一人で相手にするなんて!」
アオイの手前、多少気まずそうそうながらもケイン君ははっきりと言った。
「私たちは一人じゃない」
横からそう言ったのはアオイだった。そしてその後ろには静かに頷くギンと、不敵な笑みを浮かべながら拳で胸を叩くクロウ。
そうだ。この四人が揃っていれば、なんでも出来る。怖いものなんて無い。
それは理屈なんかじゃない。言葉で説明することもできない。でも、確かにそうだと信じられる。そうとしか言い様がないのだ。
「リスクをできるだけ少なく、かつ救出を完璧にするにはこれしかないんだ。それに、これは四人で決めたことなんだ。危険な役回りだからこそ、発案者の僕達が担うべきだって」
「ですが!」と、ケイン君はなお食い下がる。と、
「おやめなさい」
ケイン君の背後からそう言ったのはガーネットさん。
「アオイさんが適当な義務感で囮役を買おうとしている訳ではないのはあなたもお分かりでしょう?それとも、彼女の決意を超える何かを、あなたはお持ちなのかしら?」
「……」
返す言葉が思いつかず、ケイン君は口をつぐんでしまう。すると彼女は次にアオイの方に向き、指先を突き付ける。
「いいこと?何があっても、レンさんだけは無事に連れ帰りなさい。まだレンさんは決闘の賞品、つまり未来の私の所有物も同然ですのよ」
「そんなわけあるかこのバカ!」
「っていうかそれまだ続いてたの……?」
アオイには早々に決着をつけていただきたい。
「本来ならばその役目は私が適任のはずですけれど、まぁ今回はあなた達に花を持たせてあげます。存分に暴れてきなさい」
もし実力を伴わない相手であれば、何があっても認めはしないはずだ。実力を知っているライバルだからこそ、彼女はアオイに任せてくれたのだろう。
それ以降は誰からも異論が出ることはなく、その場は解散。各部隊は役割に応じて細かい打ち合わせや物資・装備の準備に奔走する。
かくして、作戦はすみやかに実行へと移った。
*
地下鉄線路は、そのままセントラルエリアを循環する在来線へと合流。僕達は無事、魔属に気付かれぬまま都市中央への侵入を果たした。
セントラルエリア――ネスト化が進んでいる区画内の地下鉄駅から地上に上がる。
顔を上げると、高さを競いあうように乱立するビル群が視界を埋め、その合間からは曇天の空が垣間見える。どうやら地下にいた間に雨は上がったようだ。
すでに時刻は早朝。前回よりも周囲が見渡せるのは朝日が昇り始めたからだ。
三六〇度どこを見回しても高層ビルに囲まれたそこは、サブセントラルエリア以上に整然とし碁盤の目のようにきっちりと区画整理が成されている。さすがはグリュー随一の経済都市……だが今は見る影もない。
辺り一帯のビルの表面には体液なのか泥なのか得体の知れない物質でコーティングされ、まるで巨大な蟻塚のようになっている。高層のビルの上部はかろうじてその姿形を残してはいるが、低いビルや建物は原型すら留めていないものも見られる。路肩のあちらこちらには醜い肉塊や、液体まみれの繭のようなものが転がっている。それが一体何の用を成すものなのかはわからない。
まるで悪夢のような光景に、立っているだけで気分が悪くなってくる。
これがネスト化である。人間の都市をそのまま利用し、自分たちの巣にしてしまうのだ。
と、アオイが弾かれたように顔を上に向ける。釣られて彼女の視線を追うと、高層ビル群からさらに抜きん出てた高さを誇るビルに当たる。それはガルスでもっとも高い超高層建造物、ガルスエンパイアビルだ。
ただ巨大なだけでなく、頂部の尖塔や壁面の彫刻が一際特徴的なビルではあるが、それに目を奪われていたわけではない。
尖塔の斜面に、黒い巨大な何かがいた。まるで都市を一望できるそここそが、支配者として君臨するにふさわしいと言わんばかりに。
「ブライン……!」
アオイが腹腔で煮えたぎる怒りとともに、恩人の敵であるその名を呟く。
髑髏を想起させる頭部はぐるんの首を巡らすと、いかなる器官によって察知したのか僕達の方に向いた。
「嫌だな……すっごいこっち見てる」
「何言ってるんだレン。餌に食いついたってことじゃねぇか」
不敵な笑みを浮かべながらクロウはチェーンソーを抜く。すでに抜刀しているアオイとギンは静かに剣を構えている。
「来るぞ!」
アオイが叫んだのと、ブラインが吠えながら尖塔を蹴ったのは同時だった。
瓦礫の雨を地面に降らせながら、ブラインはその身を宙に投げ、ビル群の中へと姿を消す。遠くに見える粉塵やビルの倒壊する音から着地点からは距離があるようだが、奴が一直線にこちらに向かってきているのは間違いない。
同時に、コンピューターがアラーム音を鳴らして魔属反応が急激に上昇している事を知らせてくる。足裏から伝わる振動でもそれは感じ取ることができた。
先の撤退時と同じか、それ以上の群れがここに集まりつつある。
「レン!誘導を頼む!」
言われるまでもない。戦いに適した場所に導くのが僕の役目だ。
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これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
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エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
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母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
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この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
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これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
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第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
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