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第二章
第十七話 秘する決意
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ビル群を抜けた先に突如現れる自然の景観。ガルス自然公園と呼ばれるここは、市民の憩いの場として作られた広大な一大都市公園だ。
しかし、今ここは混沌が暴れ回る征野と化していた。
すでにこの自然公園にはかなりの数の魔属が埋め尽くしている。下・中級種はクロウとギンが引きつけているが、魔属たちが途切れる様子はない。木々を抜けて次々と魔属がこの自然公園に雪崩れ込んでくる。
そして群れの中心にいるは漆黒の暴君。この広大な敷地すらところ狭しと駆け回り、天敵である勇者――アオイを追い続ける。
この自然公園が僕達の陽動の終着地点だ。これだけ離れればどのシェルターからも遠い。計算でブラインの察知半径はおおよそ割り出している。奴が他の勇者たちの存在を察知することはないだろう。
ブラインを翻弄するに十分な広さがあり、ビル街と違い密集される心配はない。立ち回りにさえ気をつければ対群戦において最適の条件を揃えていた。
ブラインはその声量だけで公園中の木々を震わすほどの激しい咆哮をあげる。雄叫びと共に振り払われた巨大な鋏を備えた前腕の横薙ぎを、アオイは身を伏して躱す。頭上を過る前腕は、その一振りだけで軌道上にある木々を軽々と根元から吹き飛ばし、木っ端微塵に砕いた。
交戦状態に入って、どれほど時間が経過しただろうか。今頃はランス大佐の指揮による救出部隊が各地のシェルターへと急行し、救助活動を行っているはずだ。そっちに関しては大佐やガーネットさんたちを信じるよりほか無い。
「っく!」
正面から一直線にブラインへと迫ったアオイが唸りながら直進軌道から急制動をかけ、直角に身を投げる。直後、一瞬前までアオイがいた場所を不可視の力が過ぎり、射線上にいた数十体の下級種魔属の身体を粉々にした。
先の撤退時に見せた、ブラインの特殊能力。
上級種が中級種以下と異なる点の一つに、この能力の有無が挙げられる。
生命力や凶暴さは桁違いであるが、非勇者や通常兵器で殺傷することができる下級種。
勇者にしか殺せない不死性と下級種を統率することができる中級種。
上級種はこれら下位種と根本的に異質な存在である。
基本的に上級種はその全てが単一個体であり、類似する個体が確認されたことはない。その性質はまさに千差万別であり、大まかに分類することすら難しい。
唯一の共通する特徴は、特殊な力や能力を一つないし複数有することである。
ブラインの場合、この〈念弾〉呼ぶべき能力がそれだろう。この目に見えない念弾は恐ろしい破壊力を有しているが、発射時に一瞬だけ空間の揺らぎを生じさせる。アオイはそれをつぶさに感じ取り、紙一重で躱している。
『こちらHQ、ランスだ。レン、聞こえるか?』
戦場に集中する僕の耳に、ランス大佐の声が聞こえてくる。
『今、最後の救出部隊が生存者を回収し終えた。作戦は成功だ』
「みんな無事ですか?」
『小規模な戦闘は各所で発生したが、幸い死者は出ていない。この上なく完璧な出来だ』
作戦の無事終了を告げられ、僕はひとまず安心する。これで僕たちの役割も終わりだ。あとは爆撃が行われる前に、この都市から脱出するだけだ――。
『よくやってくれた。すぐに迎えをやる。お前たちも撤退するんだ』
「いいえ。まだです。僕たちはコイツを、ブラインの討伐を試みます」
冷静な口調で告げられる言葉に、無線の向こうでランス大佐は『何だとっ!?』と声を上げた。
「ブラインさえ倒せば、ネスト化は止まります。国連軍も爆撃を中止せざるを得ないでしょう」
『そんなことは百も承知だ!だがもう時間がない!撤退しろ!』
「アンタの言ったことは、ちゃんと理解したつもりだ。でも、それでも私はどうしても戦わなきゃいけないんだ。今、ここで」
答えたのはアオイだった。
『ふざけたことを抜かすな!お前たちだけで倒せる相手じゃない!死ぬ気か!?』
「倒せる相手しか相手にしないなら、そもそも戦場に身を置いたりはしない」
「いいかおっさん。偉大な男とそうじゃない男の違いは、笑って無茶ができるかどうかだ。覚えときな」
ギンが、そしてクロウがアオイに続いて答える。
僕達の意思は固い。僕が提案した時も、異論は上がらなかった。
故郷を失う悲しみを、僕らは知っている。
そして今、目の前で誰かの故郷が消えようとしている。
それを見過ごすことなど、どうしてできようか。
それに、アオイはヴィルさんに託された。ヴィルさんから引き継いだその意思を遂げなければならなかった。
『お前たちがしていることは、勝手な行動を取って死んだ他の勇者どもと同じだ。わかっているのか?』
「でも私は、救える可能性より身の安全を優先するような勇者にはなりたくない」
強い意志の込められた言葉に、ランス大佐は押し黙る。
「僕らもむざむざ死ぬ気はありません。ちゃんと引き際はわきまえてます。だから、やらせてください」
アオイの後を引き継ぐように、最後に僕が懇願する。ランス大佐は短い沈黙の後、
「どうやら俺の言ったことが理解できなかったようだな。お前たちには言いたいことが山ほどある……だから、必ず帰って来い。これは命令だ」
その言葉を最後に通信を打ち切った。
「参った。なんか帰りづらくなったぞ」
言葉とは裏腹に、笑みを浮かべるアオイ。
「うん。だから、なんとしてもコイツを倒してお説教を帳消しにしてもらおうね」
「応っ!」と三人の返事が重なる。
とはいったものの、ブラインの明確な攻略法が見出せていないのが現状だ。
その原因は、奴のもう一つの特徴にある。
アオイは粒子加速による高機動で撹乱し、側面へと回りこむが突き出される尾針がそれを許さない。完全に視界外である真上からのそれを、アオイは視覚ではなく、空気を裂く音や空気の振動を肌で感じ、バックステップでで回避。
その隙にブラインは、巨体にそぐわぬ素早い回旋力でアオイを正面に捉え、剛風を巻き起こしながら鋏を横殴りに叩きつける。
巨大であるがゆえに、その範囲は広い。避けるのは難しいと判断したアオイは、大胆に前方に脚を踏み込んだ。
前腕をやり過ごし、双眸を持たない不気味な顔面と近距離で相対する。アオイとブライン。天敵同士の間の空間で、肌を突き刺すほどの殺気が交錯する
それもほんのひと刹那のこと。アオイの腕が霞み、粒子を纏った[ベルカ]が頭部を真一文字に切り裂いた。
しかし、それは前回の再現以上ではなかった。やはり目の前で瞬時に再生され、アオイは舌打ちをすると、空気の揺らぎを感じて即座に身を横に投げた。直後、凶暴な力が空気を押し潰してアオイのすぐ横を念弾が過っていく。直撃こそ免れたものの、その余波がアオイの側頭部を掠め、鮮血が奔騰する。
大きく距離を取ったアオイは血を拭い、再びブラインへと挑みかかっていく。
僕は顎に指を這わせ、思考を巡らせる。
ガルス自然公園に至るまでにも、アオイは何度も剣で傷を与えている。しかし、そのいずれも、瞬く間に塞がれてしまっていた。
本来、魔属は勇者に与えられた傷を再生できない。まさに天敵である勇者ですら、ブラインに傷を与えられない。
これは脅威ではあるが、同時にやつの性質を示す特徴の一つでもある。
前回の戦いで目の当たりにした時から、その特徴に漠然とだが思い当たる節があった。記憶違いでなければ、頭に叩き込んだ勇者機関の魔属データに該当するものがあったはずだ。
だが、現状でそれを確定させうる情報が不足している。
だから、それを証明するには僕自信が危険を冒さなくてはいけない。
(でも、確認しなくちゃいけない……!)
周囲を見回す。僕自身は林の中に身を隠し、戦況を見守っている。下位魔属たちは広場のブラインを挟んで反対側の林に集中しており、クロウとギンの奮闘もあって、この辺りに魔属の姿は見当たらない。
震える脚を叱咤すると、勇気を振り絞ってブラインとの距離を詰める。
そしてバックパックから機器を取り出す。前部にレンズを備えたそれは8ミリフィルムのカメラにも似ているが、これは赤外線サーモグラフィ。
僕の予想が正しければその存在はすぐに分かるはずだ。それでも、測定距離は最低でも二〇メートルは近づかなければならない。戦う術を持たない僕には決死行にも等しい所業だ。
僕は恐る恐る、慎重に近づいていく。一歩進む度に、頬を伝う汗が芝生に落ちる。衝撃に地面が震える度に恐怖で脚が硬直する。重りでも着けているかのように歩みは遅々として進まない。
気の遠くなる思いで足を進め、ようやく測定可能な距離に辿り着いた僕はサーモグラフィーをブラインに向ける。
センサーが放射される赤外線を探知し、熱分布を色にして画面に表示される。その巨体ゆえに画面内に収まりきらず、僕はサーモグラフィーをゆっくり動かして全身を精査する。
そして、その体内に高熱源の存在を確認した。それは、僕の仮説が正しいことを示していた。同時に、それは僕にとって朗報にはならず、新たな難題を提示したに過ぎなかった。
僕は渋面を作り、内心で嘆声を漏らす。
(対処法はシンプルだ。でも、問題は果たしてアオイだけで可能なのかだ……)
爆撃が始まるまでデッドラインは近い。最悪、ブラインの撃破は諦めて都市からの脱出も考慮しなくてはいけない。少なくとも、この情報をアオイたちに伝えて方針を考えるべきか……。
逃げるようにブラインから距離を取り、無線越しに戦場の三人に呼びかける。
「みんな聞いて!アイツは"炉心解離変異体"だということがわかった」
「ろり、へんたい……?」
「理解できなかったのはわかるけど、その区切り方はやめようねアオイ」
その構造はいまだ大部分が不明な魔属ではあるが、一部の中・上級魔属には一種の動力炉らしき器官があることが、近年になって判明した。「炉心」と名付けられたそれの器官が膨大なエネルギーを生み出し、勇者に与えられた傷すら再生する力を全身に巡らせていると推測される。人間に置き換えれば、そこは心臓と言っても差し支えない。
特にブラインの場合、あの巨体にエネルギーを行き渡らせ、実戦レベルで動かすために炉心は不可欠なのだろう。
「……で、その炉心とやらがアイツにも存在しているということだな」
「ならそこを私が潰せばやつを倒せるんじゃないか?」
「そうなんだけど、そううまく行かないのが、 この炉心解離変位体の厄介なところなんだ」
僕はさらに説明を続ける。
「簡単にいえばブラインは体内に炉心と、非稼働状態の炉心を持っているんだ。稼働中の炉心が潰されると、瞬時にして機能は予備の炉心へと機能が移転する。厄介なことに、移転した先の炉心が破壊された元の炉心を修復してしまうんだ」
するとクロウが「なんだ、大したことねぇ」と笑いながら言う。
「要するに、その炉心ってのが移っても、再生される前に次々と潰していきゃいいんだろ?簡単じゃねぇか!」
「まぁ端的に言えばそういうことになるけど……」
クロウの言うことは、概ね正解だ。それ以外に方法はないとも言える。
明確な攻略法を見出したにも関わらず冴えない表情で言葉を濁らせる。その様子を察したギンが「まだ何かあるのか?」と無線越しにたずねてきた。
「勇者機関のライブラリにあった同タイプの魔属と、ブラインの特徴を照らし合わせるなら、その炉心の転移の箇所はたぶん四箇所ある」
「たった四カ所なら何とかなりそうじゃねぇか!コイツァ楽勝――」
「転移から再生までの時間は約三秒しかない」
被せるように言った僕の言葉に、クロウが思わず絶句した。
「あくまでこの時間は、これまで発見された炉心解離変位体の中でも最速のものだ。ちなみに記録上の最長時間は七秒。つまり、最長で見積もっても約七秒以内に転移した炉心を探しだして破壊しなきゃならないんだ。そんなのほぼ不可能だよ」
全長数十メートル以上はあるブラインの全身からそれを破壊することはいかにアオイでも難しい。当然、それまでブラインが大人しく待っていてはくれない。急所を狙われればそれに抵抗するのは必然。アオイを簡単に近付けさせはしないだろう。
しかも勇者にしか炉心を破壊することはできない。クロウとギンがサポートしてくれるにしても、アオイ単身ですべての炉心を破壊しなければならない。
ただ相手にするだけでも厄介なのに、それがいかに困難なことかは子供でも理解できる。
「でもやるしか無い。私たちはそのつもりでここまできたんだろ?」
「それはわかってる。けどせめて作戦を立てないと――」
「レン!危ない!」
僕の言葉をアオイが叫び声が上書きする。
アオイとの距離を取るべく横っ飛びに跳んだブラインが、地面を横滑りしながらこちらへと急接近していた。
慌ててその場を飛び出して逃げ出す僕の背後でブラインの巨体が木々をなぎ倒し、建物を破壊しても勢いは衰えず、まるで暴走列車のごとく迫り来る。
追いつかれる……!そう思った瞬間、僕の体を激しい負荷が襲った。
ブラインに轢かれたのかと思ったが、そうではない。いち早く駆けつけたクロウが、僕を投げ飛ばしてくれたのだ。
尻餅をついた僕の目の前で、ブラインを正面にして身構えたクロウが、鉄柱の如き脚部に衝突する瞬間を目の当たりにした。
巨躯を誇るクロウが鈍い音と共に吹っ飛び、地面を跳ねて転がっていく。
「クロウ!」
大木にぶつかってようやく停止したクロウ。彼は間髪入れず立ち上がり、そして叫ぶ。
「オレ様はいい!逃げろ!」
クロウに一喝され、勢いよく顔を戻した僕は、事ここに至って自分の置かれた状況を理解した。
見上げた視線の先には、ブラインの頭が直ぐ目の前にあった。
鈍い艶を持つ頭部がこちらを向き、剥き出しになった牙の合間から漏れる息が湯気のように立ち上る。感情など読み取るべくもないその顔に、恐怖に歪んだ自分の顔が映り込む。
頭では逃げるべきだと警鐘を鳴らし続けるが、絶対的な捕食者に射竦められ、全身が麻痺して動かない。こんなのを間近にして、ただの人間が動けるわけがない。
ブラインは目の前の人間が天敵ではなく、ただの非力な獲物だと知ると、警戒すること無く顎を大きく開いて首を伸ばした。
喰われる。
口腔の奥に広がる闇が、絶望をともなってゆっくりと、確実に視界を塗りつぶしていく。
近付く頭部。
滴る涎。
腐臭の吐息。
僕の名を叫びながら駆けるアオイ……その全てがスローモーションに見える。人間は死の間際、その状況を脱するために脳が活発になるために映像がゆっくりに見えるという説があるが、どうやら本当のようだ。
僕は、己のが命運が潰えたことを悟った。
しかし、今ここは混沌が暴れ回る征野と化していた。
すでにこの自然公園にはかなりの数の魔属が埋め尽くしている。下・中級種はクロウとギンが引きつけているが、魔属たちが途切れる様子はない。木々を抜けて次々と魔属がこの自然公園に雪崩れ込んでくる。
そして群れの中心にいるは漆黒の暴君。この広大な敷地すらところ狭しと駆け回り、天敵である勇者――アオイを追い続ける。
この自然公園が僕達の陽動の終着地点だ。これだけ離れればどのシェルターからも遠い。計算でブラインの察知半径はおおよそ割り出している。奴が他の勇者たちの存在を察知することはないだろう。
ブラインを翻弄するに十分な広さがあり、ビル街と違い密集される心配はない。立ち回りにさえ気をつければ対群戦において最適の条件を揃えていた。
ブラインはその声量だけで公園中の木々を震わすほどの激しい咆哮をあげる。雄叫びと共に振り払われた巨大な鋏を備えた前腕の横薙ぎを、アオイは身を伏して躱す。頭上を過る前腕は、その一振りだけで軌道上にある木々を軽々と根元から吹き飛ばし、木っ端微塵に砕いた。
交戦状態に入って、どれほど時間が経過しただろうか。今頃はランス大佐の指揮による救出部隊が各地のシェルターへと急行し、救助活動を行っているはずだ。そっちに関しては大佐やガーネットさんたちを信じるよりほか無い。
「っく!」
正面から一直線にブラインへと迫ったアオイが唸りながら直進軌道から急制動をかけ、直角に身を投げる。直後、一瞬前までアオイがいた場所を不可視の力が過ぎり、射線上にいた数十体の下級種魔属の身体を粉々にした。
先の撤退時に見せた、ブラインの特殊能力。
上級種が中級種以下と異なる点の一つに、この能力の有無が挙げられる。
生命力や凶暴さは桁違いであるが、非勇者や通常兵器で殺傷することができる下級種。
勇者にしか殺せない不死性と下級種を統率することができる中級種。
上級種はこれら下位種と根本的に異質な存在である。
基本的に上級種はその全てが単一個体であり、類似する個体が確認されたことはない。その性質はまさに千差万別であり、大まかに分類することすら難しい。
唯一の共通する特徴は、特殊な力や能力を一つないし複数有することである。
ブラインの場合、この〈念弾〉呼ぶべき能力がそれだろう。この目に見えない念弾は恐ろしい破壊力を有しているが、発射時に一瞬だけ空間の揺らぎを生じさせる。アオイはそれをつぶさに感じ取り、紙一重で躱している。
『こちらHQ、ランスだ。レン、聞こえるか?』
戦場に集中する僕の耳に、ランス大佐の声が聞こえてくる。
『今、最後の救出部隊が生存者を回収し終えた。作戦は成功だ』
「みんな無事ですか?」
『小規模な戦闘は各所で発生したが、幸い死者は出ていない。この上なく完璧な出来だ』
作戦の無事終了を告げられ、僕はひとまず安心する。これで僕たちの役割も終わりだ。あとは爆撃が行われる前に、この都市から脱出するだけだ――。
『よくやってくれた。すぐに迎えをやる。お前たちも撤退するんだ』
「いいえ。まだです。僕たちはコイツを、ブラインの討伐を試みます」
冷静な口調で告げられる言葉に、無線の向こうでランス大佐は『何だとっ!?』と声を上げた。
「ブラインさえ倒せば、ネスト化は止まります。国連軍も爆撃を中止せざるを得ないでしょう」
『そんなことは百も承知だ!だがもう時間がない!撤退しろ!』
「アンタの言ったことは、ちゃんと理解したつもりだ。でも、それでも私はどうしても戦わなきゃいけないんだ。今、ここで」
答えたのはアオイだった。
『ふざけたことを抜かすな!お前たちだけで倒せる相手じゃない!死ぬ気か!?』
「倒せる相手しか相手にしないなら、そもそも戦場に身を置いたりはしない」
「いいかおっさん。偉大な男とそうじゃない男の違いは、笑って無茶ができるかどうかだ。覚えときな」
ギンが、そしてクロウがアオイに続いて答える。
僕達の意思は固い。僕が提案した時も、異論は上がらなかった。
故郷を失う悲しみを、僕らは知っている。
そして今、目の前で誰かの故郷が消えようとしている。
それを見過ごすことなど、どうしてできようか。
それに、アオイはヴィルさんに託された。ヴィルさんから引き継いだその意思を遂げなければならなかった。
『お前たちがしていることは、勝手な行動を取って死んだ他の勇者どもと同じだ。わかっているのか?』
「でも私は、救える可能性より身の安全を優先するような勇者にはなりたくない」
強い意志の込められた言葉に、ランス大佐は押し黙る。
「僕らもむざむざ死ぬ気はありません。ちゃんと引き際はわきまえてます。だから、やらせてください」
アオイの後を引き継ぐように、最後に僕が懇願する。ランス大佐は短い沈黙の後、
「どうやら俺の言ったことが理解できなかったようだな。お前たちには言いたいことが山ほどある……だから、必ず帰って来い。これは命令だ」
その言葉を最後に通信を打ち切った。
「参った。なんか帰りづらくなったぞ」
言葉とは裏腹に、笑みを浮かべるアオイ。
「うん。だから、なんとしてもコイツを倒してお説教を帳消しにしてもらおうね」
「応っ!」と三人の返事が重なる。
とはいったものの、ブラインの明確な攻略法が見出せていないのが現状だ。
その原因は、奴のもう一つの特徴にある。
アオイは粒子加速による高機動で撹乱し、側面へと回りこむが突き出される尾針がそれを許さない。完全に視界外である真上からのそれを、アオイは視覚ではなく、空気を裂く音や空気の振動を肌で感じ、バックステップでで回避。
その隙にブラインは、巨体にそぐわぬ素早い回旋力でアオイを正面に捉え、剛風を巻き起こしながら鋏を横殴りに叩きつける。
巨大であるがゆえに、その範囲は広い。避けるのは難しいと判断したアオイは、大胆に前方に脚を踏み込んだ。
前腕をやり過ごし、双眸を持たない不気味な顔面と近距離で相対する。アオイとブライン。天敵同士の間の空間で、肌を突き刺すほどの殺気が交錯する
それもほんのひと刹那のこと。アオイの腕が霞み、粒子を纏った[ベルカ]が頭部を真一文字に切り裂いた。
しかし、それは前回の再現以上ではなかった。やはり目の前で瞬時に再生され、アオイは舌打ちをすると、空気の揺らぎを感じて即座に身を横に投げた。直後、凶暴な力が空気を押し潰してアオイのすぐ横を念弾が過っていく。直撃こそ免れたものの、その余波がアオイの側頭部を掠め、鮮血が奔騰する。
大きく距離を取ったアオイは血を拭い、再びブラインへと挑みかかっていく。
僕は顎に指を這わせ、思考を巡らせる。
ガルス自然公園に至るまでにも、アオイは何度も剣で傷を与えている。しかし、そのいずれも、瞬く間に塞がれてしまっていた。
本来、魔属は勇者に与えられた傷を再生できない。まさに天敵である勇者ですら、ブラインに傷を与えられない。
これは脅威ではあるが、同時にやつの性質を示す特徴の一つでもある。
前回の戦いで目の当たりにした時から、その特徴に漠然とだが思い当たる節があった。記憶違いでなければ、頭に叩き込んだ勇者機関の魔属データに該当するものがあったはずだ。
だが、現状でそれを確定させうる情報が不足している。
だから、それを証明するには僕自信が危険を冒さなくてはいけない。
(でも、確認しなくちゃいけない……!)
周囲を見回す。僕自身は林の中に身を隠し、戦況を見守っている。下位魔属たちは広場のブラインを挟んで反対側の林に集中しており、クロウとギンの奮闘もあって、この辺りに魔属の姿は見当たらない。
震える脚を叱咤すると、勇気を振り絞ってブラインとの距離を詰める。
そしてバックパックから機器を取り出す。前部にレンズを備えたそれは8ミリフィルムのカメラにも似ているが、これは赤外線サーモグラフィ。
僕の予想が正しければその存在はすぐに分かるはずだ。それでも、測定距離は最低でも二〇メートルは近づかなければならない。戦う術を持たない僕には決死行にも等しい所業だ。
僕は恐る恐る、慎重に近づいていく。一歩進む度に、頬を伝う汗が芝生に落ちる。衝撃に地面が震える度に恐怖で脚が硬直する。重りでも着けているかのように歩みは遅々として進まない。
気の遠くなる思いで足を進め、ようやく測定可能な距離に辿り着いた僕はサーモグラフィーをブラインに向ける。
センサーが放射される赤外線を探知し、熱分布を色にして画面に表示される。その巨体ゆえに画面内に収まりきらず、僕はサーモグラフィーをゆっくり動かして全身を精査する。
そして、その体内に高熱源の存在を確認した。それは、僕の仮説が正しいことを示していた。同時に、それは僕にとって朗報にはならず、新たな難題を提示したに過ぎなかった。
僕は渋面を作り、内心で嘆声を漏らす。
(対処法はシンプルだ。でも、問題は果たしてアオイだけで可能なのかだ……)
爆撃が始まるまでデッドラインは近い。最悪、ブラインの撃破は諦めて都市からの脱出も考慮しなくてはいけない。少なくとも、この情報をアオイたちに伝えて方針を考えるべきか……。
逃げるようにブラインから距離を取り、無線越しに戦場の三人に呼びかける。
「みんな聞いて!アイツは"炉心解離変異体"だということがわかった」
「ろり、へんたい……?」
「理解できなかったのはわかるけど、その区切り方はやめようねアオイ」
その構造はいまだ大部分が不明な魔属ではあるが、一部の中・上級魔属には一種の動力炉らしき器官があることが、近年になって判明した。「炉心」と名付けられたそれの器官が膨大なエネルギーを生み出し、勇者に与えられた傷すら再生する力を全身に巡らせていると推測される。人間に置き換えれば、そこは心臓と言っても差し支えない。
特にブラインの場合、あの巨体にエネルギーを行き渡らせ、実戦レベルで動かすために炉心は不可欠なのだろう。
「……で、その炉心とやらがアイツにも存在しているということだな」
「ならそこを私が潰せばやつを倒せるんじゃないか?」
「そうなんだけど、そううまく行かないのが、 この炉心解離変位体の厄介なところなんだ」
僕はさらに説明を続ける。
「簡単にいえばブラインは体内に炉心と、非稼働状態の炉心を持っているんだ。稼働中の炉心が潰されると、瞬時にして機能は予備の炉心へと機能が移転する。厄介なことに、移転した先の炉心が破壊された元の炉心を修復してしまうんだ」
するとクロウが「なんだ、大したことねぇ」と笑いながら言う。
「要するに、その炉心ってのが移っても、再生される前に次々と潰していきゃいいんだろ?簡単じゃねぇか!」
「まぁ端的に言えばそういうことになるけど……」
クロウの言うことは、概ね正解だ。それ以外に方法はないとも言える。
明確な攻略法を見出したにも関わらず冴えない表情で言葉を濁らせる。その様子を察したギンが「まだ何かあるのか?」と無線越しにたずねてきた。
「勇者機関のライブラリにあった同タイプの魔属と、ブラインの特徴を照らし合わせるなら、その炉心の転移の箇所はたぶん四箇所ある」
「たった四カ所なら何とかなりそうじゃねぇか!コイツァ楽勝――」
「転移から再生までの時間は約三秒しかない」
被せるように言った僕の言葉に、クロウが思わず絶句した。
「あくまでこの時間は、これまで発見された炉心解離変位体の中でも最速のものだ。ちなみに記録上の最長時間は七秒。つまり、最長で見積もっても約七秒以内に転移した炉心を探しだして破壊しなきゃならないんだ。そんなのほぼ不可能だよ」
全長数十メートル以上はあるブラインの全身からそれを破壊することはいかにアオイでも難しい。当然、それまでブラインが大人しく待っていてはくれない。急所を狙われればそれに抵抗するのは必然。アオイを簡単に近付けさせはしないだろう。
しかも勇者にしか炉心を破壊することはできない。クロウとギンがサポートしてくれるにしても、アオイ単身ですべての炉心を破壊しなければならない。
ただ相手にするだけでも厄介なのに、それがいかに困難なことかは子供でも理解できる。
「でもやるしか無い。私たちはそのつもりでここまできたんだろ?」
「それはわかってる。けどせめて作戦を立てないと――」
「レン!危ない!」
僕の言葉をアオイが叫び声が上書きする。
アオイとの距離を取るべく横っ飛びに跳んだブラインが、地面を横滑りしながらこちらへと急接近していた。
慌ててその場を飛び出して逃げ出す僕の背後でブラインの巨体が木々をなぎ倒し、建物を破壊しても勢いは衰えず、まるで暴走列車のごとく迫り来る。
追いつかれる……!そう思った瞬間、僕の体を激しい負荷が襲った。
ブラインに轢かれたのかと思ったが、そうではない。いち早く駆けつけたクロウが、僕を投げ飛ばしてくれたのだ。
尻餅をついた僕の目の前で、ブラインを正面にして身構えたクロウが、鉄柱の如き脚部に衝突する瞬間を目の当たりにした。
巨躯を誇るクロウが鈍い音と共に吹っ飛び、地面を跳ねて転がっていく。
「クロウ!」
大木にぶつかってようやく停止したクロウ。彼は間髪入れず立ち上がり、そして叫ぶ。
「オレ様はいい!逃げろ!」
クロウに一喝され、勢いよく顔を戻した僕は、事ここに至って自分の置かれた状況を理解した。
見上げた視線の先には、ブラインの頭が直ぐ目の前にあった。
鈍い艶を持つ頭部がこちらを向き、剥き出しになった牙の合間から漏れる息が湯気のように立ち上る。感情など読み取るべくもないその顔に、恐怖に歪んだ自分の顔が映り込む。
頭では逃げるべきだと警鐘を鳴らし続けるが、絶対的な捕食者に射竦められ、全身が麻痺して動かない。こんなのを間近にして、ただの人間が動けるわけがない。
ブラインは目の前の人間が天敵ではなく、ただの非力な獲物だと知ると、警戒すること無く顎を大きく開いて首を伸ばした。
喰われる。
口腔の奥に広がる闇が、絶望をともなってゆっくりと、確実に視界を塗りつぶしていく。
近付く頭部。
滴る涎。
腐臭の吐息。
僕の名を叫びながら駆けるアオイ……その全てがスローモーションに見える。人間は死の間際、その状況を脱するために脳が活発になるために映像がゆっくりに見えるという説があるが、どうやら本当のようだ。
僕は、己のが命運が潰えたことを悟った。
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彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
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これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
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第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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