Link's

黒砂糖デニーロ

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終章

最終話 リンクス

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 ガルス二度目の危機より数日。
 事態は順調に収束へと向かっていた。
 ガルス間近まで迫ったの魔属群はランス大佐の部隊とガーネットさんらによって殲滅された。
 魔属領からの後続群は、速やかに防衛網を再構築したグリュー軍と国連軍、そして周辺地域より駆けつけた勇者たちが迎撃。元凶であるヴィルさんが倒れた事で、危惧された魔属領の活性化は免れた。今後しばらくは掃討を行いつつ魔属領への封じ込めへが行われるだろう。
 そして同時に、ガルス内部における事件も解決に向かって動き出した。ガルス内部の事件とはもちろん、マーレによる一連の勇者拉致事件だ。
 僕達の報告は機関を通じて国連の知るところとなり、即刻捜査のメスが入った。
 カスパール演習場地下には勇者拉致の証拠が多数押収された。
 マーレが語ったことはほんの一端に過ぎず、彼の魔属及び勇者研究は実に多岐に渡っており、その記録たるや公式な研究機関のそれをはるかに凌ぐものであった。
 そのほとんどが非合法、そして非倫理的な活動で得られたものであり、人体実験により死んだ勇者も多くいたこともわかった。
 幸いなことに僕らが地下で見つけた勇者たちは無事保護され、現在はガルス・ラボにて治療を受けている。
 一方、マーレに加担していた人間の洗い出しはグリュー政府中枢にまで及んだ。やはり、というべきか、マーレの協力者はグリュー軍上層部や政治家にも多数いたようである。これも本社にて押収された資料から早々に判明した。
 これによりグリュー政府内で大幅な人事異動が行われた。とりわけ軍部の交代劇は目まぐるしく、その影響は現場の指揮系統にまで及んだ。当面、ガルス周辺の軍事活動はランス大佐が全面的に仕切ることになるそうだ。
 何はともあれ、マーレの悪事が白日の下に晒され万事解決。めでたしめでたし……とはいかないようである。
 そもそもの主犯であるマーレ本人がすでに死亡しているため捜査による真相解明には限界がある。
 おそらく国連内部にも彼の協力者が存在していることは間違いなはずだが、そちらに捜査が向く様子は今のところ無い。
 マーレ本人の不在による証拠不十分、というのが大筋の見解だが、権力者たちがいち早く火消しに手を回しているのではないかという想像も拭い切れない。
 無論、これすらもあくまで推測の域を出ない。僕はヴィルさんが怒りを抱いたものの一端に触れた気がした。
 そして僕らが気にしているのは、ヴィルさんの今後の処遇だ。
 人類の危機を招いた彼の所業は前代未聞のテロ行為であり、決して許されるものではない。
 拘束された彼は勇者機関に身柄を預けられ、国際司法の場で裁かれることになる。
 英雄の暴走がどのように扱われ、どのように報じられるのか。僕らは最後まで注目していくつもりだ。

 かくして、数々の混乱を内側に孕んだガルスも、表面上は日常を取り戻しつつあった。
 市民の帰還も始まりつつある今、ここで僕らにできることは何もない。ラーキンさんより正式にミッション完了が通達され、お役御免となった。
 ……これまで報告がまったくなかったことで、しこたま苦言を受けたのは言うまでもない。
 ここに留まる理由もないので、僕らはガルスを後にする。お世話になった人たちにお礼と別れの挨拶をしたかったけど、みんな多忙の真っ只中にあり、ほとんど叶わなかったのが心残りである。
 ガーネットさんにいたっては、事態が解決するやいなや何も告げずにさっさとガルスを離れてしまったそうだ。きっと彼女のことだ。勇者としての責務を遂行するのに、別れの挨拶など時間の無駄ということなのだろう。
 アオイはぷりぷり怒って文句を言っていたが、彼女はまたアオイと再開できると確信しているからこそ何も告げずに去ったのではないだろうか。
 あの勝ち気な彼女が、決着のついていない勝負を簡単に放り出すとも思えない。次はもっと強くなってアオイの前に現れる。少なくとも僕はそう思っている。
 他の人も皆同様に、自分のやるべきことに従事している。それを妨げたくはないというのが全員一致の意見だった。会えなかった人には伝言を残して、ガルスの都市ゲートに向かっていた。
「おい。ありゃアルベルトのやつじゃねぇか?」
 クロウが指差す先には、確かにアルベルトの姿があった。こちらに背を向け、なにやら電柱の陰に隠れながら、通りの向こうを覗きこんでいる。見通しの良いメインストリートでそんなことをしているのだから、はっきり言って目立っている。
「おい、何をやってるんだお前?事と次第に関係なくまずは通報する」
「問答無用だね。せめて話しぐらい聞いてあげようよ」
 いつもなら突っかかってくるようなアオイの呼びかけに、しかしアルベルトは一瞥し「おう」とおざなりに返事を返しただけで、再び視線を戻してしまう。
 一体どうしたものかと首を傾げて顔を見合わせた僕らは、彼が視線を追って大通りの反対側に目を向ける。しかし、直後に目の前の通りを車列が通過しそれを遮ってしまった。
 国連軍のトラックや装甲車が車列を作り、もうもうと土煙を上げながら次々と横切って行く。
 そしてその最後尾を行く一台の車に目が行った。
 明らかに軍用車両とは異なるその車は、勇者機関所属を示すエンブレムと荘厳な装飾を施されていた。あれは戦地で散った勇者の遺体を運ぶ柩車だ。
 あれに乗っているのは、おそらくケイン君の遺体だ。
 彼の遺体は故郷の地に送られることだろう。
 最後の車が通り過ぎると、車道の向こうには佇む一人の女性の姿が現れた。
 ヒルダさんだ。
 ただ、艶のある美しかった髪は見る影もなくボサボサ。服も煤汚れ、端々がひどく千切れている。それは彼女が今の今まで戦い続けていた証拠である。
 僕らはナーサリィ撃破以降、ヒルダさんとは一度も会えていない。聞けば彼女は国連軍到着後も戦場に残り、昼夜を問わず魔属を狩り続けていたという。その様は何かに取り憑かれたようで、鬼気迫るものがあったとか。
 一体何がそうさせたのか、言うまでもない。
 車列が過ぎ去っても尚、その後ろを見つめ続ける彼女の背はあまりに悲哀に満ち、声をかけることすら躊躇われた。
「おい!ヒルダ!」
 が、何を思ったのかアルベルトはヒルダさんに大声で呼びかけながら通りを渡って彼女へ近づいていった。
 ヒルダさんは振り返らず、なんら反応を見せない。だがアルベルトは構わず話しかける。
「考えてみれば、お前には何度も助けられた。俺の柄じゃねぇがさすがに一言、礼くらい言っとこうと思ってな」
「えぇぇぇぇ!」
 外野の僕ら一同は驚きの声を上げる。傲慢不遜極まりない彼が礼を言うなんて、柄にもない、なんてレベルではない。
「コイツどっかで頭でも打ったんじゃねぇのか?」
「出発前に雨を降らすような行為は御免被りたいんだが」
「おい。私には一言も礼がなかったぞ。どういうことだコラ」
「頼むからテメェら少し黙ってろや!俺は今、結構真剣なんだ!」
 口々に勝手なことを口走る僕らを一喝し、アルベルトは再びヒルダさんに向き直る。
「でだ。その、なんだ。お前、これからどうするんだ?もし行く当てがないんなら、従属として俺と……」
 しかし、ヒルダさんは彼の言葉など聞こえないかのようにゆらりと身体を揺らし、歩み始めてしまう。
「お、おい待てよ!無視することねぇだろ!前に言ったことなら悪かったと思ってる。謝れって言うなら――」
 言いながらヒルダさんの手をつかむアルベルトだったが、振り返ったヒルダさんと目が合うとまるで熱いものでも触れたようにとっさに手を引いた。
 アルベルトだけではない。後ろにいた僕やアオイすらも、一瞬背筋が凍りつく感覚を覚えた。
 無造作に垂れた黒い髪の間から覗くヒルダさんの目は冷たく、どこまでも昏い。底の見えない深淵を覗き込んでいる錯覚を覚える眼差しだった。
「私はもう、誰とも組まない。誰とも関わらない」
 つぶやくように発せられたその声におおよそ意思や感情が感じられず、眼の前にいるのに、彼女が声を発しているとは思えないほどであった。
「謝る必要はないわ。あなたの言ったとおり。私は呪われているんですもの」
 クククッと、冷たい自嘲の笑い声をあげる。自らの境遇と過去に嘆き、俯いた彼女はどこに行ってしまったのか。ケイン君に向けた、あの儚い笑顔の女性と同一人物とは思えない冷笑に、僕たちはただ唖然とするばかりだった。
「お前は本当にそれでいいのか?」
 僕らが言葉を失っている中、アオイだけがヒルダに語りかけた。
 ヒルダさんはアオイに視線を向けると笑みを消し、抑揚のない声で投げかけた。
「あなた、言ったわよね?生き残った自分が何を思い、何を成すかは自分で決めることだって。死んだ人間の気持ちを汲み取る資格はあるって」
「ああ。言った」
「ケインは、自分の命を捨ててまで私を助けてくれた。ならば、彼の死を無駄にしないためにも、私は何があっても生きる。何をしてでも、誰を犠牲にしてでも私は生き続ける。そう私はケインに誓ったの」
 ケイン君の死をそのように受け止め、決意したことには納得がいくし、その言葉だけ聞けば前向きなものだと言える。
 だが、それにしては彼女の別人のような変貌ぶりはどうしたことだろうか。
 それは、続く彼女の言葉で理解できた。
「でも、この呪いから逃れられられないこともわかった。もうこの先、私は誰とも深く関わらず死ぬまで一人で生きていく。そう決めた……だから私は強くなる。この世界で、自分一人だけで生きていけるだけの強さを手に入れるわ」
 語る彼女の瞳の奥に、一瞬だけ意思の光を垣間見ることができた。そこにあったのは一時の感情による自暴自棄ではなく、むしろ冷徹なまでの理性をたたえていた。
 彼女は孤独で在り続けると決めたのだ。繋がりを持たず、己の世界を己のみで完結させようと言うのだ。
 そしてそのために、強くあろうとする。
 なんて悲壮な覚悟だろうか。しかもそれは終わりのない、茨の道だ。
「ケインは死ぬ前に言ったぞ。“優しいヒルダさんを守りたい”って。自分が死ぬのはその結果で、自分の意志だって。ヒルダが弱かったからでも、まして、呪いのせいで死んだ訳じゃない。アイツが死んででも守りたかったヒルダって人間はなくさないでくれ」
 アオイの言うとおりだ。ケイン君は言った。彼女は“忌憑”などではない。慈愛に満ちた優しい女性だと。その言葉は、少なくともケイン君から見た、嘘偽りない彼女の姿だったはずだ。
「……確かに、そうかもしれないわね」
 一瞬。
 ほんの一瞬だけ、ヒルダさんは口を弧にし、微笑を浮かべた。遠い日の懐かしい思い出を思い出したかのような、遠い目をしながら。ケイン君が守りたいと願ったのはこれではないかと思わせる、彼女本来の優しい笑顔。
 だが、それは気のせいだったと思わせるほどの刹那の間に、凄絶な冷笑へと塗り潰された。
「でも、その優しさのせいでケインが死んだのなら、そんなものはいらない」
「そうじゃない!アイツは……」
「ケインが死んだのが彼の意思なら、この決意も私の意思よ」
 今度こそ、アオイは口を閉ざし、言葉を発することはできなかった。もう自分の言葉が届かないことを直感的に理解してしまった。
「愛情だの優しさだの、そんなものが私を弱くし、そして大事な人を殺す原因になるのなら、そんなも邪魔なもの、千切り捨ててやるわ」
 憎悪すら感じているかのような表情で吐き捨てるように言ったヒルダさん。
 僕はそこに、ヴィルさんと同じものを見た気がした。
 本来は相手を想う祈りが、大切な人への誓いが、その人を変え、狂わせてしまうのを。
 すでにこちらへの関心すら失せたのか、彼女は黙って背を向けると幽鬼のような足取りでその場を去った。ケイン君の棺を乗せた車が向かったのと正反対の方向へ。
 彼女が向かったのはおそらく、今最も近場にある実戦の場――北方の魔属領境界線。押し返しつつあるとはいえ、未だ魔属が蠢き激戦が続いている最前線だ。
 彼女は言った。一人で生きていける強さを手に入れると。彼女は戦場に身を投じる事で、自らを鍛えるつもりなのだろう。
 はたしてこの先、彼女を待つものは何なのだろうか。
 彼女の決意は、正しいのだろうか。
 少なくとも、彼女を引き止める言葉を持ち合わせている人間はこの場にはいない。
 その言葉を持ち、彼女を止めることができる唯一の人は、すでにこの世を去っている。
 願わくばこの先、その言葉を持つ人間が彼女の前に現れてほしい。何も告げず、振り返りもせず歩み出した彼女の背を見つめていると、そう思わずに入られなかった。


 ガルスのゲートを抜け、荒涼とした大地を南に向かってまっすぐ伸びた道を僕らは歩いていた。
 先を行くアオイの背を見つめながら、僕は一人考えに耽っていた。
 ――僕はこれまで、アオイの脅威となるのは魔属だけだと思っていた。
 しかし、今回の一連の事件を通し、その認識は大きく変わった。
 ヴィルさんを狂わせた悲劇。
 マーレのような反勇者という思想。
 勇者の責務と葛藤。
 これらは今回だけ、彼らだけの特殊なケースだとは思えない。
 むしろ今後、直面することになるかもしれない予感があった。
 もしかしたらこの先、想像もできない悲劇が待ち受けているかもしれない。
 その時アオイはどうなってしまうのか。
 僕に何ができるだろうか……
「――おい、レン!」
 気付くと、アオイが心配そうな表情で僕の顔を下から覗きこんでいた。どうやら何度も呼びかけられていたようだ。
「ん?あぁ。ごめん。どうしたの、アオイ」
「どうしたはこっちのセリフだ。すごい難しそうな顔して俯いてたら、心配してくださいって言ってるようなもんだ」
 その後ろでギンも頷いく。
「察するに、先々の事を今からあれこれ思い悩んでいたのだろうが、あまり未来のことを考えすぎても詮無い。少しはクロウを見習うといい」
「明日?そんな先のことはわからねぇな。昨日?そんな昔のことは忘れちまったぜ」
「見ろ。こんなバカみたいなことをドヤ顔で言えるやつはそういない。おおいに参考にするように」
「おい待て!オレ様を見習えっつーから、『いつか使いたい!クロウ様名言集』の中でも特にかっこいいセリフを選んで言ってやったのに、なんだその言い草は!」
 僕の憂慮を他所に、脳天気なことを言ってワチャワチャしだす三人に僕は深いため息をつく。
 なんだか思い悩んでいる僕の方が馬鹿みたいだ。
「はぁ……もういいや。で、アオイは何?何か言いたかったんじゃないの?」
「そうだ。コイツの銘は、もう決まってるのか?」
 アオイが掲げてみせたのは、今回作った新たな聖剣。
 そういえばあんな状況だったから、銘なんか決めてる余裕なんかなかった。機関に申請も出さなきゃいけないし、いつまでも「聖剣」だの「新型」などと呼ぶ訳にはいかない。
「もしまだなら、私が決めてもいいか!?」
「え、アオイがかい?そりゃアオイの聖剣だし構わないけど、一応確認してもいい?」
 意外なやる気を見せるアオイにちょっと不安になった僕は、恐る恐る尋ねてみる。製作者としては、あまりぶっ飛んだのはご遠慮願いたい。
「"リンクス"」
「リンクス……え、山猫?確かにアオイのイメージに近いけど」
「なんだか弱っちそうだな。どうせ動物の名前つけるんならもっと強そうなのにしろよ。そうだな……[マッチョ・ザ・ゴリラ]とかどうだ?強そうだろ?」
「ゴリラはお前だこのバカ!そうじゃなくて、リンクスLink'sだ!レンなら私の言いたいことわかってくれるだろ!」
 訴えるような眼差しでこちらを見つめるアオイ。
「ふむ。リンクスLink's……意味としては"繋がり"か?」
「いや。アオイは"絆"って意味で言いたいんじゃないのかな?」
 どうやら的を射たようで、アオイはブンブンと勢いよく首を縦に振った。
「こいつは完成したのは、いろんな人のおかげだ。それに、この剣は私一人では扱えない。レンと繋がることで初めて戦える。そんなもろもろの意味を込めてみた」
 意外にも深い意味が込められていたことに、僕はぐうの音も出なかった。
 確かにアオイの語る意味で考えればこの聖剣――[リンクス]はまさに彼女を中心とした絆のおかげで完成したと言える。
 何より、それこそが彼女が言う“世界”であり、戦う理由である事を僕は知っている。これ以上無いほど、この聖剣にふさわしい銘だ。
「いいじゃない!うん。僕も気に入ったよ」
 僕が同意すると、アオイは嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。
 眩いばかりのその笑顔に、僕は思い悩んでいたことも忘れ、見とれてしまった。
(確かに、少し悲観的だったかもしれないな)
 この笑顔を守れたのなら、とりあえず今は良しとしよう。
「ンなことより、コイツはどういう事だレン!」
 と、感傷をぶち壊す怒声を上げながらクロウが詰め寄ってくる。
「コイツって、何のことさ?」
「どこ行くのか知らねぇけど、なんで歩きなんだよ!何かしら移動手段があんだろうよ?今回のミッションの報酬はもらってないのか?こんだけ大事を解決したんだから、たんまりもらってるんだろ?えぇ?」
「うっ……」
 体力バカのクロウのことだから、このまま気付かないかなぁと期待していたけど、どうもそうはいかないようだ。
「今回俺達に課せられたのはあくまで失踪事件の調査だ。結果的に黒幕まで暴いた訳だが、それは機関の意思とは関係ない。大方ラーキンには「余計な仕事に払う予算はない」などと言われて、通常の報酬しかもらえなかった。そんなところだろ?」
 うぅぅぅっ……慮ってくれるギンの優しさが余計に心苦しい。もはや黙っている訳にはいかない状況だった。
「いや、そのぉ……報酬は出たよ?それも、本来のミッションである勇者失踪事件のだけじゃなく、ブラインやナーサリィなんかの強力な魔属や魔属群の撃破なんかも加算されて、結構な額をもらってるんだ」
 僕は言い出しにくそうに口ごもりながらおずおずと切り出す。するとやはりというか、予想通りクロウが食らいつくようにつっかかってきた。
「じゃあなんだってんだよ?」
「ただね……その聖剣、[リンクス]を作ったでしょ?協力してくれたヴァーミリオン社からの請求がとんでもない額でして……」
 言うまでもないが、タダで聖剣は作れない。
 各種素材はもちろん、伝導基盤モノリスなどは本来、一個人では到底購入することもできない高価なシロモノだ。そんな最先端技術の集合体である聖剣の価格は推して知るべし、である。
 だから僕のようなフリーの聖剣鍛冶師スミス・デザイナーは制作にあたって、勇者機関の承認と支援を経ることになる。
 仮にもし自分の意志で聖剣を作るなら、自費で捻出するか出資者を見つけなければならない。だから殆どの聖剣鍛冶師スミス・デザイナーは企業や工房に所属するものだ。聖剣鍛冶師スミス・デザイナーにフリーランスが極端に少ない一番の理由でもある。
「何ぃ?あいつら金とりやがったのか?こちとら都市を救った勇者様御一行だぜ?ケチ臭ぇやつらだな」
 「それでもアーヴィングさんたちの働きかけで大分減額してくれたんだ。部外者の僕らにありえない、破格の待遇だよ。間違っても文句なんて言えないよ」
 結局、報酬全額を当てても尚足りない分は一時的に機関が立て替えてくれることにはなった。
 そう、一時的だ。製造の承認を得ていないのだから当然だし、これでも温情的ですらある。
 そんなわけで完済の目処は、ここから見える地平線の彼方よりも遠い。
「そんなわけだから、当面の間は節約しなくちゃいけない。当然、行けるところは徒歩だよ」
「なんだ。この聖剣はローン購入なのか。なんだか所帯じみてるな」
「そんな情けねぇ勇者、聞いたことねェよ。この貧乏勇者め」
「うっさい!だったらお前の食費を削ればいい。今日からお前はそのへんに生えてる草食べろ」
「ン゙だとテメェ!」
 アオイとクロウが罵り合いを始める。いつものこととはいえ、今回が原因が僕にあるだけに割って入って止めることは憚られる気がした。
「まぁ、今それを気にしても仕方ないことだろう。それより、これからのプランはあるのか?」
 そんな僕を見かねたギンが肩を叩き、自然な感じで話題を変えてくれた。やっぱりこういう時、気遣いのできるギンの存在はありがたい。
「うん。とりあえずグリュー首都まで行くつもり。勇者機関のグリュー支部があるから、そこでミッションを確認しながら次の行き先を考えようかと――」
「オレ様はうまいものがあるところに行くぞ!草なんか食えるか!」
「私はアイス食べたい!ゴロゴロしたい!寝たい!」
「旅行感覚でモノを言うな。そもそも勇者が率先してバカンス気分とは何事だ。自堕落にもほどがある」
「ンだよギン。お固いこと言いやがって」
「この小姑め」
「お前らな……」
 苛立ち混じりのため息を吐くギン。
 そうして始まる、いつもの喧々諤々の大騒ぎ。
 その光景に僕は郷愁にも似た思いが、胸の底から込み上げてくる感覚を覚えた。それは昔に見た光景と、少しも変わるところがなかった。
 それこそが、僕達にとっての"世界"だった。
 ――僕は何を一人で悩んでいたんだろう。
 これからもきっと困難が待ち受けているだろう。
 ちっぽけな僕一人では、足が竦むこともあるだろう。
 それでも、この"世界"を守るためなら、何だってできる。
 それに、僕は一人じゃない。
 アオイがいて、クロウがいて、ギンがいる。
 恐れるものなんて、何もない。
「……しょうがないなぁ。それじゃみんなの意見を取り入れた行き先を探してみるよ」
 目の端に少しだけ滲んだ涙を拭うと、僕はその世界の輪に加わった。
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