スィルゼナの果てから果て

コーヤダーイ

文字の大きさ
22 / 34

22

しおりを挟む
 竜の卵が孵るまで見守る係であるフランツは、時間を決めて卵の向きを変えるために孵卵場に降りてきたところだった。

 貴重な卵を一般の人間に不用意に触られないよう、孵卵場の入り口はわかりにくくなっている。
 通路のくぼみで体を屈めると、人が屈んだままひとり通れるくらいの通路がある。這うようにしてくぐり抜けると、ようやく孵卵場に入れる。

 火山の熱で卵を温めるため、余分な熱は上に逃げるように空気穴をいくつか掘ってある。空気穴は人の手で掘られたものだが、狭いうえに熱が上がっていくため、そこから進入されたことはない。

 薄暗いはずの洞窟内がほのかに明るい。フランツが目をこらすと、卵のそばに精霊がいた。
 精霊だと思ったのは、岩場で直に座っているのが白い髪をした子どもの姿で、竜の卵と同じくらいの大きさだったからだ。
 フランツが入って来たことにも気づかず、目をつぶり知らない言葉で話をしているのか、それともゆっくりと歌っているのか。

 精霊の声に合わせるように、卵が光り揺れていた。フランツはしばらくの間、声を出すことも、動くこともできなかった。コツコツ、という聞き慣れた音がそこかしこで聞こえている。

 通常であれば卵が孵るまでに、少なくともあと四日はかかるはずだった。
 しかし今ここには精霊がいて、あきらかに卵に何らかの干渉を掛けている。今回は半分ほどの卵に、ひびが入ってしまった。精霊が現れたことと、関係があるのだろうか。
 それにしても卵が発光するなんて、聞いたこともない。

 精霊の体がぐらりと揺れ、むき出しの岩場に突っ伏したので、慌てて近寄る。声が止んだためか、卵の発光が弱くなり消えていった。

「違う、精霊じゃない。人間だ」

 抱え起こすと、精霊のように見えた人間が、うっすら目を開けた。

「よかった……人がきて……卵が、孵りそうで、誰もこなくて」

 顔じゅう汗をかき、髪が額に貼りついている。

「キュイッ」

 抱えている人間の首の後ろから、竜の鳴き声が聞こえてびっくりする。

「キューイッ」

 首から肩に移動して威嚇してきたのは、トカゲと見間違うほどの小さな仔竜であった。



 フランツも長いことこの仕事に就いているが、こんなに小さな仔竜をみたことはなかった。竜の卵は大人が抱えて持つのがやっと、という大きさである。
 こんなに小さな卵は、今回運んだものになかったはずだ。

「キューイッ」

 再び小さな竜に威嚇され、我に返る。フランツだって、熱い孵卵場に長時間滞在することはしない。この子はいったいどれくらい、ここにいたのだろう。
 あたふたと子どもを抱えて立ち上がり、何とか孵卵場から抜け出した。涼しい空気が流れ、全身にかいていた汗が一瞬で冷えていく。

「まずは医療室で……そのあとイェンス様に報告だ」

 大きな体で守るように子どもを抱きかかえ、フランツは通路を走っていった。そういえば神官だったグラシアノが来たのと前後して、白い髪の子どもがいると噂になったことがあった。竜騎手の連れということだったので、すぐに興味を失ったのだったが。

 医務室へ子どもを預け、イェンスのいる執務室へ走る。卵が割れはじめたというと、イェンスが立ち上がる。

「白い髪の子どもが孵卵場にいて、歌みたいなものを卵に聞かせてて、それからええと、岩場に子どもが倒れたので医務室へ運びました」
「おそらくラウラウラだろうが……歌?」
「ええ、あの、聞いたこともない言葉で、ゆっくりと」
「ふうん……子守歌みたいなもんか? ウーヴェはどうした」
「ウーヴェはまだ仕事から戻っておりません」

 イェンスが尋ねるのに、秘書官が答える。昨日の雨で飛行できなかったのだろう、と続く話を軽く聞き流す。

「卵を見に行こう」

 こういうところがイェンスのよくないところなのだが、誰が注意しようと今さら直るものでもない。

「ロナルト副官、ここはお願いします」
「任された」

 イェンスと秘書官を連れ、フランツは孵卵場へと走って戻る。
 卵が割れはじめていることに気を取られて、白い髪の子どものそばにいた小さな竜のことを報告するのを、すっかり忘れてしまった。

 卵から孵ったばかりの仔竜からは、目が離せない。気をつけないといけないことが多すぎて、絆を結ぶ前の仔竜がいるときの里は、大忙しなのである。

 イェンスと秘書官に手伝ってもらい、卵から孵った仔竜を専用に区切られた生育室へと運ぶ。
 卵もそうだが、絆を結ぶ前の仔竜は大変貴重だ。万が一にも仔竜を危険な目に遭わせることがないよう、急ぎかつ慎重に動いた。

 仔竜ごとに区切られた生育室へ運ぶと、各部屋の番号と中におさまった仔竜の特徴を記入していかなくてはならない。新鮮な水と、食べ物の準備も必要だ。
 少なくとも三日ほどは孵化までの時間があると考えていたので、仔竜のための食べ物の手配すら済んでいない。

「じいさんがいたらなぁ」

 うめくように吐き出してしまったのも、仕方ない。去年まではフランツともう一人、仔竜専門の係がいたのである。高齢で引退し、すでに竜の里を去ってしまっている。引き継ぎは済んでいるけれど、すべてを一人でやるには忙しすぎた。

「手が足りないのは、俺たちが手伝おう」
「フランツ、何をすればいいかだけ、指示をください」

 竜の里でも仔竜の扱いに長けた人間しか、できない仕事だ。せめて次の候補者が決まって、多少なりとも仕事の引き継ぎができていればよかったのだが。
 ないものねだりをしても、しようがない。今、仔竜のために指示を出せるのは、フランツしかいないのだ。
 相手がたとえ気が短くて有名な里の長だったとしても、やるしかなかった。仕事のできる秘書官が、一緒にきてくれたのがありがたかった。

 結局一つを除いて、卵はぜんぶ割れた。仔竜は無事に孵り、生育室におさまっている。
 ひとつだけ一部のみ割れた卵が残ったのだが、中を確認すると最後まで育つことなく硬くなった竜が確認された。
 一部だけ割れているのがなぜかはわからなかったが、元々ひびが入った卵だった。孵ったばかりの、ほかの仔竜のくちばしが当たったのかもしれない。フランツはここでも、小さな仔竜のことを思い出さなかった。

「水と食べ物はすべて入れてきました」
「ありがとうございます」
「これが三時間ごと、でしたか。気が抜けませんね」

 食べ物、排泄物の処理、掃除、加えて各竜の日誌もつけなくてはいけない。もう一人いれば、とは思うものの、手が足りないのは仕方がない。

「ここで寝泊まりすれば、なんとかなると思います」
「苦労をかける、フランツ」
「手伝える人間がいれば、よこします」

 イェンスと秘書官が去っていった。生育室の廊下はかなり広い、組み立て式の簡易ベッドを持ち込んでもじゅうぶん作業する空間はある。
 仔竜の面倒を見るのは長期戦である、フランツは今のうちに準備を整えてしまおう、と再び走った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します

市之川めい
BL
魔王を倒した英雄によって建国されたグレンロシェ王国。その後は現在までに二人、王家の血を引く者から英雄が現れている。 四大公爵家嫡男、容姿端麗、成績優秀と全てにおいて恵まれているジルベールは、いつか自分も英雄になると思い、周りには貴公子然とした態度で接しながらも裏では使用人の息子、レオンに対して傲慢に振る舞い性的な関係まで強要していた。 だが、魔王の襲来時に平民であるはずのレオンが英雄になった。 自分とレオンの出生の秘密を知ったジルベールは恥ずかしくなって逃走することにしたが、レオンが迎えに来て……。 ※性描写あり。他サイトにも掲載しています。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

元カノの弟と同居を始めます?

結衣可
BL
元カノに「弟と一緒に暮らしてほしい」と頼まれ、半年限定で同居を始めた篠原聡と三浦蒼。 気まずいはずの関係は、次第に穏やかな日常へと変わっていく。 不器用で優しい聡と、まっすぐで少し甘えたがりな蒼。 生活の中の小さな出来事――食卓、寝起き、待つ夜――がふたりの距離を少しずつ縮めていった。 期限が近づく不安や、蒼の「終わりたくない」という気持ちに、聡もまた気づかないふりができなくなる。 二人の穏やかな日常がお互いの存在を大きくしていく。 “元カノの弟”から“かけがえのない恋人”へ――

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

もう観念しなよ、呆れた顔の彼に諦めの悪い僕は財布の3万円を机の上に置いた

谷地
BL
お昼寝コース(※2時間)8000円。 就寝コースは、8時間/1万5千円・10時間/2万円・12時間/3万円~お選びいただけます。 お好みのキャストを選んで御予約下さい。はじめてに限り2000円値引きキャンペーン実施中! 液晶の中で光るポップなフォントは安っぽくぴかぴかと光っていた。 完結しました *・゚ 2025.5.10 少し修正しました。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

優しい死神

未希かずは(Miki)
BL
 ――私も人を救いたい。 自身の役割に心を痛め続ける「死神」。  「英雄と讃えられる闘神×優しすぎる死神」の二神を描いたお話。  二神はある戦場へと共に向かう。そこで出会った二人の若者を死神は救うが、それは神の理を破ることだった。  死神に何かと構いたがる「闘神」との穏やかながら深い愛情を描きました。 シリアスですが、最後はハピエンで終わります! 全五話。完結いたしましたが、現在続きを構想中です。出来上がりましたらこちらに載せようと思いますので、その時にはよろしくお願いします。 素敵な表紙は、絵師の三波わかめさんから頂きました✨ ありがとうございます💕

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

処理中です...