スィルゼナの果てから果て

コーヤダーイ

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 目を覚ますと岩を削った天井が映った。

「あれ……ここは?」

 頭を動かすと見知らぬ老人の姿があった。

「目が覚めましたか」
「あっ、卵が、卵が割れてっ」

 ガバッと起き上がるとめまいがした。

「無理に起きてはいけませんよ。卵は大丈夫だそうです」
「よかった……」
「ここは医務室です、あなたは水分をしっかりとってください。あやうく干からびるところですよ」
「干からびる、ですか」

 たしかに口の中までカラカラに乾いている。ベッドの横に置いてあった水差しから、カップに注いで飲み干した。一気に体のすみずみまで、水分が行き渡る感じがする。
 もう一杯カップに注ぎ、それも飲み干した。それでも足りなくて、もう一杯注いで半分ほど飲んだ。
 起きているとめまいが続くため横になると、医務室の先生が厳しい顔で忠告した。

「明日以降に体調が悪くなることもある、気をつけるように」
「はい、先生」
「しばらく横になっていなさい」

 竜の卵は大丈夫だったと聞いた。どうなったか自分の目で確認したいし、ウーヴェが戻ったかも気になるけれど。起きていると頭がくらくらするので、治まるまでは動けそうにない。

 横になるうちに、うとうとしていたらしい。

「ん……」

 小さな声で呼ばれた気がして、目が覚めた。

『食ベル スル』

 髪の一部を引っ張られている。そこに手をやれば、小さい何かに触れた。
 小さい何かはもぞもぞと首のあたりで動いて、指先に吸いついた……吸いつく? 

 指に吸いついている何かを、ガシッと捕まえた。目の前に持ってくると、それは嬉しそうに鳴いた。

『食ベル 食ベル』
「………竜……なの?」

 ラウラウラが見たことのある竜は成竜ばかりだ。トカゲといわれればそうかもしれない、トカゲに翼があればの話だが。

『食ベル』
「お腹がすいているの」

 竜は古代語を話すので、会話が成り立っても不思議はない。それよりもこの小さな竜に、何か食べさせなければ。
 起き上がり見回すが、医務室の先生はいないようだった。水差しの横には小鉢が置いてあり、上に平皿がのせられている。平皿を外してみると、切り分けたカチャカが入っていた。

「カチャカなら食べるかな」
『食ベル』

 ひとつを自分の口に入れて、味を確認する。ラウラウラが噛んだカチャカから濃厚な香りが漂い、小さな竜がギュアッと興奮して翼を伸ばした。

「カチャカ、食べて」
『食ベル』

 小さな口をガバッと開いて、カチャカを丸呑みする。細かった目がくわっと見開かれる。

『カチャカ カチャカ』
「そう、カチャカ。もっと食べる?」
『カチャカ 食ベル』

 カチャカを口元に運んでやると、どんどん食べた。細長い舌がペロリと伸びて口元を舐めている。

「かわいい」

 食べたら眠くなったらしい。くあぁっと、トカゲのサイズにしては大きく口を開けてあくびをすると、キュゥと鳴きながら伸びをする。
 ラウラウラの手から腕を伝ってのぼり、肩のあたりで丸くなってしまった。

 眠ってしまった小さな竜を片手で支えながら、カップの水を飲む。起き上がって動いても、めまいはない。
 竜の卵のことは気になるし、ウーヴェが戻ってきたら心配するだろう。ラウラウラはベッドからおりて、ブーツに足を入れようとした。

「おや、ラウラウラ。気分はどうですか」

 扉が開いて秘書官が顔を覗かせた。

「ウーズラさん、もう大丈夫です」
「それはよかった。いろいろ聞きたいこともありますし」
「あの、卵はどうなりましたか。それからウーヴェは戻りましたか」
「卵は無事に孵りました。ウーヴェはまだです、それと」

 何か言おうと口を開きかけ、秘書官は固まった。ゆっくりと手が上がり、ラウラウラをまっすぐ指す。

「そ、それは……なんですか」

 秘書官の指すものが、片手で支えている小さな竜だと気づく。

「これは……」



 ラウラウラが卵に囲まれ、古代語で祝福のことばを唱え続けていたとき。
 最初に割れた卵の上部に開いた小さな穴から、この竜は出てきたのだ。卵の大きさに似合わぬ小さな体で、殻の隙間から這いだしてきた竜は、ラウラウラをまっすぐに見てキュゥと鳴いた。

 卵から出ようととして、小さな体はそのまま下に落っこちた。卵の位置を固定するため、いくらか砂を敷いてあるが、下は岩である。
 とっさに手を伸ばした手のひらに受け止められ、小さな竜の体は無事だった。

「よかった」

 小さな竜はキュゥと鳴いて、左手のひらを舐めた。すでに限界を超えていたラウラウラの体は、そのままぐらりと傾く。
 小さな竜は手のひらから腕を伝って肩まで移動し、首の後ろにたどり着くと、そのまま貼りつくようにして落ちついた。

 傾いた体勢をなんとか戻し、片腕で体を支えながら古代語を唱え続けた。卵が孵るためには、古代語の祝福のことばが必要なのだという思いだけが、ラウラウラを動かしていた。

 フランツがやって来たのはこのあたりで、ラウラウラの記憶はここで途切れている。



「そうでしたか」

 話を聞いた秘書官は、そういえばと思い出す。

「ひとつだけ、少し割れた卵がありました。中にはすでに亡くなった仔竜がいましたが、あれが……」

 ラウラウラが肩の仔竜を指先で撫でた。少しだけ顎を上げて、うっすら目を開けた仔竜がキューゥゥと鳴いた。

「あの、卵のなかに自分ともう一頭いたそうです。途中で動かなくなったって」
「……双子卵でしたか」
「双子卵、そういうものもあるんですね」

 仔竜は顎をぐっと伸ばし、顎の下を撫でられて満足そうな声を出して、再び眠ってしまった。

 秘書官は何とも表しようのない気持ちで、ラウラウラと仔竜を見た。
 竜に選ばれた人間を、ずっと見てきた。卵が孵るたびに胸が高鳴り、もしかしてと勝手に期待し、そして失望するまでの回数と同じだけ。
 悔しいとは思わない、ただ純粋に憧れる、絆で結ばれた関係がうらやましい。

「その仔竜の名前は決めたのですか」
「なまえ、ですか」
「あなたたちは、絆を結んだのでしょう?」
「きずな……そうなんでしょうか」

 わからない、と困惑した表情でラウラウラは言った。どの竜の言葉も聞こえるので、気づかなかったと。

「まさか……ラウラウラ、あなたはどの竜の言葉もわかると、会話ができるというのですか」
「掃除に入っている竜舎の竜たちは、だいたい言っていることがわかります」

 竜は古代語を話すのだと、グラシアノに聞いていた。いつかすべての竜と話せる人間が出てくるかもしれないと、夢物語に語ったばかりだ。

「ただ、古代語には過去とか未来がないので、会話が難しいです」
「なるほど、そういうことなんですね」

 竜騎手が絆を結んだ竜と念話するも、完璧ではない。一応通じるが、互いが違う言語で話し合っているようなものだと聞いたことがある。そのときには意味がわからなかったが。

「ラウラウラ、あなたの体調が戻ったのなら、早急に頼みたい仕事があります」
「体調は大丈夫です。仕事って何でしょうか」

 もちろん仔竜の世話を頼むつもりである。絆を結んでいない竜と、たとえわずかでも言葉が通じるなら、それは奇跡だ。フランツ一人では、早々に体を壊すと危惧していたところだった。



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