影の織り手たち

あおごろも

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【第四章】影、点々と

19 : 矜持(ルクス、エリオ)

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 一線を越えた翌日からも、彼らの日々は変わらず規律の中にあった。
 それでも、ふとした拍子に、漂う空気に、これまでにはなかった色が混じる瞬間がある。


 外での演習を終え、従卒であるルクスは、いつも通り荷物を抱えてエリオの部屋まで同行していた。

「荷物はそこに」

 短い指示に、ルクスは即座に応じる。
 補給バッグを整えていると、布の擦れる音が耳に届いた。
 視線を上げれば、エリオが訓練着の上衣を脱ぎかけている。
 肩を抜き、腕を外し、汗を含んだ布が背から滑り落ちる。
 その一連の仕草に、室内の空気がわずかにぬるく波打った。

 熱を帯びた皮膚の匂いが、馴染んだ香水の下から顔を出す。
 その香りはルクスの記憶を刺激し、あの日の体温の重なりを、意識の奥で静かに呼び覚ました。
 咄嗟に視線を逸らしたものの、遅かった。

「……反応が素直で助かる」

 わずかに笑みを含んだ声が、甘く耳を打つ。
 エリオは、ルクスがこの空気を拒んでいないことを、正確に読み取っているようだった。

「演習の熱が、まだ冷めなくてな」

 脱ぎかけの上衣をそのままに、エリオがゆっくりと歩み寄る。
 半裸の胸元から漂う熱は、濃い男の匂いを運び、ルクスの心拍をわずかに速めた。

「その顔……肌が先に思い出したみたいだ」

 囁きとともに、エリオの指先がルクスの顎を軽く持ち上げる。
 熱を帯びながらも決して乱暴にはならず、指はそのまま背に回る。
 背筋をなぞり、温度をゆるやかに馴染ませる。
 欲望の熱は確かにそこにあった。

 欲に任せれば、このまま流れに呑まれるのは容易かった。
 しかし、エリオはふと目を閉じ、ルクスの肩口に額を押し当てる。
 理性と衝動が、振り切れそうな熱の奥でせめぎあう。
 やがて、焦がれるような欲を押し込めるようにして、エリオはゆっくりと手を離した。
 顔を上げた刹那、上気したルクスと視線が交わる。
 その一瞬に、衝動は再び暴れ出しそうになったが、深い呼吸で無理やり押し返した。

「水を浴びてくる」

 低く告げた声は、まだ火照りを帯びながらも、平静に近く戻っていた。

「君も、自分のやり方で冷ましておけ。……それとも、カスパルに迎えを頼むか?」

 試すような軽口を残し、エリオは浴室へと向かう。
 ルクスは上気した顔のまま、その背を睨むように見送った。

 数分後、シャワーを浴びたエリオが戻ったとき、そこにルクスの姿はなかった。
 ただ、片付けの途中だったはずの荷物はすべて整然と片づけられている。
 それは、追えば容易く距離を詰められるのに、あえて立ち止まった眼差しと同じ種類の、確かな意志の痕跡だった。

 ルクスの線引きと矜持を示すその名残を、エリオは愛おしむように見やり、静かに笑った。
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