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【第四章】影、点々と
22 : 端緒(ルクス、カスパル)
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中央能力研究所は、士官学院とは異なる静けさに包まれていた。
ここでは訓練のように技を磨くことも、戦闘を想定した試験を行うこともない。
ただ、能力そのものを数値化し、記録し、報告する。
それが研究所の役割だった。
士官学院が〈鍛える場〉だとすれば、研究所は〈解析する場〉ーーそのふたつは、常に対をなして存在していた。
建物の中は、外観の無機質さとは違って、ひそやかな色彩と柔らかな光で満ちていた。
白を基調にした廊下の奥の空間では、小さな子どもたちが色とりどりの玩具に囲まれて遊んでいる。
しかし、それは単なる玩具ではない。
透明な球体に指を触れて反応を確かめる子、積み木のような装置を組み合わせて簡単な力場を生み出す子。
研究員たちは笑顔を見せながらも、さりげなく、その動きを記録していた。
ルクスの前を歩くカスパルは、慣れた足取りで廊下を進む。
「カスパルは、ここによく来るの?」
「学院に入学するまでは、定期的に来てた」
前を向いたまま、カスパルは淡々と答える。
「中央近辺の人間で能力の発露があれば、まずはここに来ることになる。その後は色々だけど。僕の場合は、能力の伸び方を定期的に観察して、記録を取る程度だった」
「中央近辺ってことは、もしかして、エリオも?」
「ああ、子どもの頃から来てた」
ルクスはそれを聞いて得心がいった。
カスパルとエリオの不思議な距離の近さが腑に落ちた。
「君は、入学前に一度来てるんだっけ」
ルクスがこの場所を訪れたのは、士官学院に入る直前のことだ。
〈神経投射〉の〈表〉の使い方だけを示して、あっさりと済ませた記憶がある。
だから今回も同じようなものだろうと、おおよそは想像がついていた。
「うん、そのとき以来。……だから今回も、大丈夫」
カスパルは頷くと、廊下の突き当たりを曲がる。
視線が動いた拍子に、中庭に面した窓から、石畳の中庭に入ってくる馬車が見えた。
黒い塗装に装飾された銀の紋章が、陽光を鋭く弾いて光る。
カスパルの目の奥に、かすかな警戒の色が走ったが、すぐに視線を前へと戻した。
廊下の先にある、ひとつの扉の前で立ち止まる。
「ここだ」
カスパルは短く告げ、扉を押し開けた。
大小さまざまな機器が並んだ、広い測定室。
床には淡い紋様が刻まれ、部屋の中央には半透明の柱が立つ。
柱の周囲には、端末を持った研究員が数人、すでに待機していた。
壁のパネルに「士官学院提出用・基礎特性測定」と小さく表示が灯る。
研究所で能力の分析と記録を行い、その結果を士官学院へ報告する。
研究所からの報告に基づき、士官学院は実戦的訓練を行い、その過程で生じたデータを研究所にフィードバックする。
循環の始点となる場所に、カスパルとルクスは足を踏み入れた。
「ーーでは、ルクス・フロレン。能力測定に入ります。まずは〈神経投射〉の標準発動から」
研究員が、手順を確かめるように、手元の端末資料を淡々と読み上げる。
促され、ルクスは部屋の中央の柱の前に立った。
ルクスの呼吸に呼応するように、足元の紋様が光を帯び、空気がわずかに震える。
半透明な柱の内部で、微細な粒子が渦を巻き始める。
神経と能力の回路が同期していく過程を可視化する装置ーーそう説明を受けた記憶がある。
ーーまずは〈表〉の測定。
身体強化……筋収縮度、反応速度、処理速度……粒子は明滅しながら、神経伝達の速度、同期率、出力度を数値化して、分析機器へ落とし込んでいく。
機器に表示されたグラフは、滑らかに上へ伸び、入学前に測定した記録値に重ねられた線が、僅差ながら確実に上を取る。
研究員の指が、端末の上で記録のために動く。
「測定終了。結果、改善、誤差範囲内で安定」
機器に表示された測定結果を、カスパルが読み上げた。
「次、〈寸断〉試験に移行。試験用仮想対象を展開」
カスパルは機器に視線を落としたまま、次を指示する。
ルクスは軽く頷き、深く息を吸う。
「試験用仮想対象を展開します。仮想シナプス網、モードB」
研究員の声と同時に、柱の周囲に、仮想対象装置が起動した。
淡い人影のようなホログラムが立ち上がり、擬似的な〈他者の神経回路〉があらわれる。
ルクスは意識を切り替える。
仮想対象に向けて放った〈寸断〉が、ホログラム内を走る線を断ち切る。
像がわずかに滲み、数秒後に再びもとの形になる。
二射、三射、と同じ流れを繰り返す。
データの集約が端末に積まれていく。
カスパルは機器に表示される数値を追いながら〈演算〉を展開していた。
算出していたタイミングに数値が追いついた瞬間、視線はそのまま、左手を顎にそえた。
一見、単なる思案の動作。
ルクスはその合図を拾い、〈寸断〉の集中をわずかに緩めた。
同時に、自身に〈神経投射〉をかけて、血管の収縮、心拍の上昇といった疲労と負荷を示す身体状況を作る。
その変化は、分析機器の数値に不安定な揺れとして反映され、警告音が鳴り始めた。
「測定中止」
カスパルの声とともに、ホログラムは消え、警告音も止む。
カスパルは機器から視線を上げ、ルクスに声をかける。
「……続けられるか?」
「はい」
カスパルは機器から離れ、部屋の中央に立つ柱の前へ進み、ルクスから距離をとった位置に立つ。
カスパルに代わり、研究員が合図を送る。
「〈重複〉試験に移行。カスパル・レイス、〈演算〉を安定化域まで展開」
カスパルの足元の紋様が光を帯びる。
光は静かに広がり、半透明な柱の内部でも、微細な粒子が整然と動き始める。
「〈演算〉安定化域確認。ルクス・フロレン、〈重複〉を展開」
ルクスは、展開されたカスパルの〈演算〉発動域へ〈神経投射〉を伸ばす。
明確な形と勢いで伸びる力の道のようなエリオの〈支配域〉とは異なり、カスパルの〈演算〉は、緻密に編み上げられ何層にも重なった障壁のような感触だった。
ルクスは〈神経投射〉の重ね方を変える。
隙間がないほど緻密な〈演算〉に合わせて〈神経投射〉を細く細かくほどいていく。
やがて、糸ほどに細く、さらに細かくほどかれた〈神経投射〉が、液体が染み込むように、じわりと〈演算〉に浸透していく。
「〈演算〉及び〈神経投射〉、接続確認」
ルクスはさらに〈神経投射〉を広げる。
繋がったカスパルの神経回路の処理能力を高めることで、カスパルの〈演算〉発動による負荷が軽くなり、機器に表示された発動強度を示す数値が上昇していく。
この測定も、〈寸断〉の測定と同じように進むはずだった。
カスパルが合図を送り、ルクスがそれに合わせて発動の強度を調整し、自身への負荷を演出するーーその手順で。
しかし、その時。
測定室の外、遠くない区画で鳴った低い衝撃音が、重く床を伝い響いた。
カスパルに向けて集中していたルクスの〈神経投射〉は、外からの干渉には無防備だった。
突如として押し寄せた衝撃は、回路を容赦なく引き裂き、底知れぬ闇へと引きずり込むかのような荒々しく圧倒的な力だった。
わけもわからぬまま、ただ必死に抗う。
「ーーッ」
ルクスの口から、音にならない息が漏れた。
柱の内部で粒子が大きく乱れ、制御のほころびが走った。
真っ青になったルクスの状態に気付いたカスパルは、即座に〈演算〉を解き、〈重複〉を切り離した。
「測定対象の意識レベル低下!記録中断!救護班コール!」
緊急遮断の警告音と研究員の声が響く。
ルクスの視界は白く跳ね、次の瞬間、意識が滑り落ちるように途切れた。
駆け寄ったカスパルがルクスの身体を支え、床への衝突はかろうじて避けた。
扉が開き、白衣の救護員が駆け込んでくる。
カスパルは一歩退き、必要な空間を確保しながら、計器の最終波形を目で素早くさらった。
分析機器には、『〈重複〉行使中、負荷過大により意識消失』の記録が追加されていた。
ここでは訓練のように技を磨くことも、戦闘を想定した試験を行うこともない。
ただ、能力そのものを数値化し、記録し、報告する。
それが研究所の役割だった。
士官学院が〈鍛える場〉だとすれば、研究所は〈解析する場〉ーーそのふたつは、常に対をなして存在していた。
建物の中は、外観の無機質さとは違って、ひそやかな色彩と柔らかな光で満ちていた。
白を基調にした廊下の奥の空間では、小さな子どもたちが色とりどりの玩具に囲まれて遊んでいる。
しかし、それは単なる玩具ではない。
透明な球体に指を触れて反応を確かめる子、積み木のような装置を組み合わせて簡単な力場を生み出す子。
研究員たちは笑顔を見せながらも、さりげなく、その動きを記録していた。
ルクスの前を歩くカスパルは、慣れた足取りで廊下を進む。
「カスパルは、ここによく来るの?」
「学院に入学するまでは、定期的に来てた」
前を向いたまま、カスパルは淡々と答える。
「中央近辺の人間で能力の発露があれば、まずはここに来ることになる。その後は色々だけど。僕の場合は、能力の伸び方を定期的に観察して、記録を取る程度だった」
「中央近辺ってことは、もしかして、エリオも?」
「ああ、子どもの頃から来てた」
ルクスはそれを聞いて得心がいった。
カスパルとエリオの不思議な距離の近さが腑に落ちた。
「君は、入学前に一度来てるんだっけ」
ルクスがこの場所を訪れたのは、士官学院に入る直前のことだ。
〈神経投射〉の〈表〉の使い方だけを示して、あっさりと済ませた記憶がある。
だから今回も同じようなものだろうと、おおよそは想像がついていた。
「うん、そのとき以来。……だから今回も、大丈夫」
カスパルは頷くと、廊下の突き当たりを曲がる。
視線が動いた拍子に、中庭に面した窓から、石畳の中庭に入ってくる馬車が見えた。
黒い塗装に装飾された銀の紋章が、陽光を鋭く弾いて光る。
カスパルの目の奥に、かすかな警戒の色が走ったが、すぐに視線を前へと戻した。
廊下の先にある、ひとつの扉の前で立ち止まる。
「ここだ」
カスパルは短く告げ、扉を押し開けた。
大小さまざまな機器が並んだ、広い測定室。
床には淡い紋様が刻まれ、部屋の中央には半透明の柱が立つ。
柱の周囲には、端末を持った研究員が数人、すでに待機していた。
壁のパネルに「士官学院提出用・基礎特性測定」と小さく表示が灯る。
研究所で能力の分析と記録を行い、その結果を士官学院へ報告する。
研究所からの報告に基づき、士官学院は実戦的訓練を行い、その過程で生じたデータを研究所にフィードバックする。
循環の始点となる場所に、カスパルとルクスは足を踏み入れた。
「ーーでは、ルクス・フロレン。能力測定に入ります。まずは〈神経投射〉の標準発動から」
研究員が、手順を確かめるように、手元の端末資料を淡々と読み上げる。
促され、ルクスは部屋の中央の柱の前に立った。
ルクスの呼吸に呼応するように、足元の紋様が光を帯び、空気がわずかに震える。
半透明な柱の内部で、微細な粒子が渦を巻き始める。
神経と能力の回路が同期していく過程を可視化する装置ーーそう説明を受けた記憶がある。
ーーまずは〈表〉の測定。
身体強化……筋収縮度、反応速度、処理速度……粒子は明滅しながら、神経伝達の速度、同期率、出力度を数値化して、分析機器へ落とし込んでいく。
機器に表示されたグラフは、滑らかに上へ伸び、入学前に測定した記録値に重ねられた線が、僅差ながら確実に上を取る。
研究員の指が、端末の上で記録のために動く。
「測定終了。結果、改善、誤差範囲内で安定」
機器に表示された測定結果を、カスパルが読み上げた。
「次、〈寸断〉試験に移行。試験用仮想対象を展開」
カスパルは機器に視線を落としたまま、次を指示する。
ルクスは軽く頷き、深く息を吸う。
「試験用仮想対象を展開します。仮想シナプス網、モードB」
研究員の声と同時に、柱の周囲に、仮想対象装置が起動した。
淡い人影のようなホログラムが立ち上がり、擬似的な〈他者の神経回路〉があらわれる。
ルクスは意識を切り替える。
仮想対象に向けて放った〈寸断〉が、ホログラム内を走る線を断ち切る。
像がわずかに滲み、数秒後に再びもとの形になる。
二射、三射、と同じ流れを繰り返す。
データの集約が端末に積まれていく。
カスパルは機器に表示される数値を追いながら〈演算〉を展開していた。
算出していたタイミングに数値が追いついた瞬間、視線はそのまま、左手を顎にそえた。
一見、単なる思案の動作。
ルクスはその合図を拾い、〈寸断〉の集中をわずかに緩めた。
同時に、自身に〈神経投射〉をかけて、血管の収縮、心拍の上昇といった疲労と負荷を示す身体状況を作る。
その変化は、分析機器の数値に不安定な揺れとして反映され、警告音が鳴り始めた。
「測定中止」
カスパルの声とともに、ホログラムは消え、警告音も止む。
カスパルは機器から視線を上げ、ルクスに声をかける。
「……続けられるか?」
「はい」
カスパルは機器から離れ、部屋の中央に立つ柱の前へ進み、ルクスから距離をとった位置に立つ。
カスパルに代わり、研究員が合図を送る。
「〈重複〉試験に移行。カスパル・レイス、〈演算〉を安定化域まで展開」
カスパルの足元の紋様が光を帯びる。
光は静かに広がり、半透明な柱の内部でも、微細な粒子が整然と動き始める。
「〈演算〉安定化域確認。ルクス・フロレン、〈重複〉を展開」
ルクスは、展開されたカスパルの〈演算〉発動域へ〈神経投射〉を伸ばす。
明確な形と勢いで伸びる力の道のようなエリオの〈支配域〉とは異なり、カスパルの〈演算〉は、緻密に編み上げられ何層にも重なった障壁のような感触だった。
ルクスは〈神経投射〉の重ね方を変える。
隙間がないほど緻密な〈演算〉に合わせて〈神経投射〉を細く細かくほどいていく。
やがて、糸ほどに細く、さらに細かくほどかれた〈神経投射〉が、液体が染み込むように、じわりと〈演算〉に浸透していく。
「〈演算〉及び〈神経投射〉、接続確認」
ルクスはさらに〈神経投射〉を広げる。
繋がったカスパルの神経回路の処理能力を高めることで、カスパルの〈演算〉発動による負荷が軽くなり、機器に表示された発動強度を示す数値が上昇していく。
この測定も、〈寸断〉の測定と同じように進むはずだった。
カスパルが合図を送り、ルクスがそれに合わせて発動の強度を調整し、自身への負荷を演出するーーその手順で。
しかし、その時。
測定室の外、遠くない区画で鳴った低い衝撃音が、重く床を伝い響いた。
カスパルに向けて集中していたルクスの〈神経投射〉は、外からの干渉には無防備だった。
突如として押し寄せた衝撃は、回路を容赦なく引き裂き、底知れぬ闇へと引きずり込むかのような荒々しく圧倒的な力だった。
わけもわからぬまま、ただ必死に抗う。
「ーーッ」
ルクスの口から、音にならない息が漏れた。
柱の内部で粒子が大きく乱れ、制御のほころびが走った。
真っ青になったルクスの状態に気付いたカスパルは、即座に〈演算〉を解き、〈重複〉を切り離した。
「測定対象の意識レベル低下!記録中断!救護班コール!」
緊急遮断の警告音と研究員の声が響く。
ルクスの視界は白く跳ね、次の瞬間、意識が滑り落ちるように途切れた。
駆け寄ったカスパルがルクスの身体を支え、床への衝突はかろうじて避けた。
扉が開き、白衣の救護員が駆け込んでくる。
カスパルは一歩退き、必要な空間を確保しながら、計器の最終波形を目で素早くさらった。
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