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【第五章】終夜の影
25 : 反影にひそむもの
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その日、正式な発表があった。
カスパル・レイスは、プレフェクトに就任した。
同時に、他のカピタン候補者、プレフェクト候補者の中からも数名が就任を果たした。
最近の情勢はめまぐるしく動いていた。
一部の候補生は通常課程を前倒しで修了し、まもなく学院を去ることが決まっている。
その中には、カピタンやプレフェクトを務めていた者も多い。
彼らが去った後に空く席を補うため、学院は、複数名の就任を認めたのだった。
会議は粛々と進み、やがて終了を告げられる。
新旧の役職者たちが残り、儀礼的な挨拶や今後の引き継ぎについて言葉を交わしている。
そのざわめきの輪から離れ、カスパルは廊下に出た。
「レイス」
背後から呼ばれ、振り返るとシエルがいた。
彼もまた、今しがたカピタンに任ぜられたばかりだ。
相変わらずの溌剌とした笑顔で歩み寄ってくる。
途中、シエルの目が何かを捉え、動きを止めた。
廊下の先に人だかりができている。
その中心にいたのは、エリオだった。
「俺も行かないと!」
短く言い置くと、シエルは人だかりへ素早く駆け寄っていく。
カピタンとプレフェクトには、専用の個室に加えて、専用の礼装も与えられる。
礼装には、飾り紐がつけられていて、もともとは先任者から後任者へと飾り紐を譲る儀礼があった。
今は、各々が好きに譲渡を交渉する、学院の慣習のひとつとなっている。
ただし、カピタンと交渉できるのはカピタンのみ、プレフェクトと交渉できるのはプレフェクトのみという、厳格な不文律が存在した。
間もなく卒業を迎えるエリオに、飾り紐の譲渡を交渉できるのは、今回カピタンに就任した者までとなる。
直前でその権利を得ることができたシエルをはじめとする新カピタンたちによってできた人だかりだった。
その中心で、エリオは落ち着いた表情のまま「わかった」「用意しておく」と順に応じている。
カスパルは少し離れた場所からその光景を見やる。
気付き、視線を向けてきたエリオと、一瞬の交差。
カスパルは踵を返し、群れの熱気に背を向けて歩き出した。
ーーカマル・セルベ。
カスパルは腕を組み、壁に寄りかかっていた。
石の冷たさが背中を伝う。
思案を繰り返すうち、待ち人が扉を押し開けて現れた。
「どういうことだ」
低く切り出したカスパルに、エリオはわずかに眉をひそめただけだった。
「……俺に苛立ちをぶつけても、状況は変わらない」
返された言葉に、喉元まで上った抗議をカスパルは呑み込む。
理性を保とうと、息を整えた。
「ロベラ家の三男が学院に入学することも、僕の組に配属されることも、すでに決まったことだとわかっている。……だが、なぜ班構成まで指定される?」
エリオは一拍置いて答えた。
「カイロス・ロベラ。能力は〈反照〉。現時点で、他者の能力に対しての上書きや無効化が確認されている」
強い干渉系の能力だった。
学院からはまだ開示されていなかったその情報に、カスパルの背筋に緊張が走る。
「ルクスの〈寸断〉や〈重複〉を扱う、おまえの手腕を評価しての配属だ。……班構成は、本質のところ〈隔離〉だ。能力の大きさに対して、安定性が著しく欠けている。通常の大人数での訓練は危険すぎる、という判断だ」
明らかにされた班構成の理由に、カスパルの表情は剣呑に歪む。
指定された班構成ーーそれは、カイロス・ロベラの所属班はルクス・フロレンとの二名構成とする、というものだった。
「ルクスの能力測定時のことは、覚えているな」
あの日、中央能力研究所で起こった、能力の暴発。
中庭に見た、ロベラ公爵家の紋章を掲げた馬車。
その記憶が、一本の線で繋がる。
エリオは、感情を交えぬ口調で、淡々と告げた。
「暴発を引き起こしたのは、カイロス・ロベラだ」
本来、強大な能力を持つ者は、幼い頃から徹底的に制御を学ばされる。
暴発すれば、己も他者も容易く傷つけてしまうからだ。
しかし、カイロスの場合は違った。
すでに長兄が正嫡として、次兄が控えとして立てられていた中、カイロスは、家族からも使用人からも、必要最低限の世話以外はほとんど顧みられずに育った。
身体の成長とともに、能力は密やかに膨張していく。
制御も指導も受けぬまま、幼さの奥に積み重なるように。
溢れ出た能力の残滓により、初めて、能力をもつことがわかり、調査のため研究所へ訪れたのがーーあの日。
成長とともに肥大化していたその能力は、制御の術を知らぬまま、初めて臨んだ測定の場で暴発した。
その結果、研究所にいた子どもたちの半数近くが能力を失い、あるいは能力の変質を強いられるという、深刻な事態となった。
一方で、カスパルは無傷、ルクスは気を失っただけで済んでいる。
このことで、カイロスの能力は、受け手の能力の性質や成熟度によって作用が異なることが推測された。
また、暴発の収束には、暴発時に発動していたルクスの〈重複〉による干渉が働いた可能性も指摘されている。
この事実も、カイロスの能力そのものも、ロベラ家の圧力によって封じられ、外部には一切知られていない。
「おまえとルクスだけが、能力にも身体にも影響を残さなかった」
エリオの声は静かだった。
しかし、その裏に潜む意味を、カスパルはすぐに察する。
あの日から、自分とルクスは密かに観察され続けていたのだ。
「これまで、ロベラ家に、能力をもつ者はあらわれなかった。あれはロベラ家の悲願の結晶であり……学院への入学も、その価値を高めるためだ。……だが学院としては、研究所での一件を無視できない。他の候補生を危険に晒すわけにはいかない。今回の決定は、その妥協点だ」
「…………ほとんど賭けじゃないか」
苦々しく、呟く。
その賭けの中に、ルクスが放り込まれるのだ。
「もうひとつ。おまえが個室に移った後、ルクスの部屋には、カイロス・ロベラが入る」
カスパルは絶句する。
危険を最小限にするための策ーーそれは、犠牲を前提とした采配にほかならなかった。
エリオの瞳にも影が落ちる。
「……俺がここを去るまで、まだ日がある。カイロス・ロベラが入学してからも、しばらくは近くにいる」
覆せぬ流れの中で、せめて出来る限りのことを尽くそうとする意思。
口に出さずとも、ルクスのためであることは伝わってきた。
「この件は、俺に貸しをつくる機会だと思え」
学院による、受け入れるしかない決定に、エリオが何かを負う必要はない。
それでもーー大切な存在を守る術のない悔しさを、同じ強さで抱いている者がいる。
その事実だけが、カスパルにかすかな救いを残した。
カスパル・レイスは、プレフェクトに就任した。
同時に、他のカピタン候補者、プレフェクト候補者の中からも数名が就任を果たした。
最近の情勢はめまぐるしく動いていた。
一部の候補生は通常課程を前倒しで修了し、まもなく学院を去ることが決まっている。
その中には、カピタンやプレフェクトを務めていた者も多い。
彼らが去った後に空く席を補うため、学院は、複数名の就任を認めたのだった。
会議は粛々と進み、やがて終了を告げられる。
新旧の役職者たちが残り、儀礼的な挨拶や今後の引き継ぎについて言葉を交わしている。
そのざわめきの輪から離れ、カスパルは廊下に出た。
「レイス」
背後から呼ばれ、振り返るとシエルがいた。
彼もまた、今しがたカピタンに任ぜられたばかりだ。
相変わらずの溌剌とした笑顔で歩み寄ってくる。
途中、シエルの目が何かを捉え、動きを止めた。
廊下の先に人だかりができている。
その中心にいたのは、エリオだった。
「俺も行かないと!」
短く言い置くと、シエルは人だかりへ素早く駆け寄っていく。
カピタンとプレフェクトには、専用の個室に加えて、専用の礼装も与えられる。
礼装には、飾り紐がつけられていて、もともとは先任者から後任者へと飾り紐を譲る儀礼があった。
今は、各々が好きに譲渡を交渉する、学院の慣習のひとつとなっている。
ただし、カピタンと交渉できるのはカピタンのみ、プレフェクトと交渉できるのはプレフェクトのみという、厳格な不文律が存在した。
間もなく卒業を迎えるエリオに、飾り紐の譲渡を交渉できるのは、今回カピタンに就任した者までとなる。
直前でその権利を得ることができたシエルをはじめとする新カピタンたちによってできた人だかりだった。
その中心で、エリオは落ち着いた表情のまま「わかった」「用意しておく」と順に応じている。
カスパルは少し離れた場所からその光景を見やる。
気付き、視線を向けてきたエリオと、一瞬の交差。
カスパルは踵を返し、群れの熱気に背を向けて歩き出した。
ーーカマル・セルベ。
カスパルは腕を組み、壁に寄りかかっていた。
石の冷たさが背中を伝う。
思案を繰り返すうち、待ち人が扉を押し開けて現れた。
「どういうことだ」
低く切り出したカスパルに、エリオはわずかに眉をひそめただけだった。
「……俺に苛立ちをぶつけても、状況は変わらない」
返された言葉に、喉元まで上った抗議をカスパルは呑み込む。
理性を保とうと、息を整えた。
「ロベラ家の三男が学院に入学することも、僕の組に配属されることも、すでに決まったことだとわかっている。……だが、なぜ班構成まで指定される?」
エリオは一拍置いて答えた。
「カイロス・ロベラ。能力は〈反照〉。現時点で、他者の能力に対しての上書きや無効化が確認されている」
強い干渉系の能力だった。
学院からはまだ開示されていなかったその情報に、カスパルの背筋に緊張が走る。
「ルクスの〈寸断〉や〈重複〉を扱う、おまえの手腕を評価しての配属だ。……班構成は、本質のところ〈隔離〉だ。能力の大きさに対して、安定性が著しく欠けている。通常の大人数での訓練は危険すぎる、という判断だ」
明らかにされた班構成の理由に、カスパルの表情は剣呑に歪む。
指定された班構成ーーそれは、カイロス・ロベラの所属班はルクス・フロレンとの二名構成とする、というものだった。
「ルクスの能力測定時のことは、覚えているな」
あの日、中央能力研究所で起こった、能力の暴発。
中庭に見た、ロベラ公爵家の紋章を掲げた馬車。
その記憶が、一本の線で繋がる。
エリオは、感情を交えぬ口調で、淡々と告げた。
「暴発を引き起こしたのは、カイロス・ロベラだ」
本来、強大な能力を持つ者は、幼い頃から徹底的に制御を学ばされる。
暴発すれば、己も他者も容易く傷つけてしまうからだ。
しかし、カイロスの場合は違った。
すでに長兄が正嫡として、次兄が控えとして立てられていた中、カイロスは、家族からも使用人からも、必要最低限の世話以外はほとんど顧みられずに育った。
身体の成長とともに、能力は密やかに膨張していく。
制御も指導も受けぬまま、幼さの奥に積み重なるように。
溢れ出た能力の残滓により、初めて、能力をもつことがわかり、調査のため研究所へ訪れたのがーーあの日。
成長とともに肥大化していたその能力は、制御の術を知らぬまま、初めて臨んだ測定の場で暴発した。
その結果、研究所にいた子どもたちの半数近くが能力を失い、あるいは能力の変質を強いられるという、深刻な事態となった。
一方で、カスパルは無傷、ルクスは気を失っただけで済んでいる。
このことで、カイロスの能力は、受け手の能力の性質や成熟度によって作用が異なることが推測された。
また、暴発の収束には、暴発時に発動していたルクスの〈重複〉による干渉が働いた可能性も指摘されている。
この事実も、カイロスの能力そのものも、ロベラ家の圧力によって封じられ、外部には一切知られていない。
「おまえとルクスだけが、能力にも身体にも影響を残さなかった」
エリオの声は静かだった。
しかし、その裏に潜む意味を、カスパルはすぐに察する。
あの日から、自分とルクスは密かに観察され続けていたのだ。
「これまで、ロベラ家に、能力をもつ者はあらわれなかった。あれはロベラ家の悲願の結晶であり……学院への入学も、その価値を高めるためだ。……だが学院としては、研究所での一件を無視できない。他の候補生を危険に晒すわけにはいかない。今回の決定は、その妥協点だ」
「…………ほとんど賭けじゃないか」
苦々しく、呟く。
その賭けの中に、ルクスが放り込まれるのだ。
「もうひとつ。おまえが個室に移った後、ルクスの部屋には、カイロス・ロベラが入る」
カスパルは絶句する。
危険を最小限にするための策ーーそれは、犠牲を前提とした采配にほかならなかった。
エリオの瞳にも影が落ちる。
「……俺がここを去るまで、まだ日がある。カイロス・ロベラが入学してからも、しばらくは近くにいる」
覆せぬ流れの中で、せめて出来る限りのことを尽くそうとする意思。
口に出さずとも、ルクスのためであることは伝わってきた。
「この件は、俺に貸しをつくる機会だと思え」
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