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【第二章】利の配置
9 : 統合型戦術演習 ー後編ー
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演習終了後に行われた集約評価で、最も高く名を挙げられたのは、やはりエリオだった。
敵役との遭遇時、無理な交戦を避けながらも必要な圧で場を制圧。
護衛対象の候補生ふたりを回収する判断と展開も、実戦でも通用する決断力とされ、教官陣からは、非の打ち所のない対応だった、との評価が下された。
副補佐として名を連ねていたルクスについても、動きの精度や判断の的確さは記録上に残っていた。
だがそれらは、あくまで、指揮官の補佐的行動として優秀、という範囲にとどまり、実際に敵の崩壊を引き起こした要因として、その存在が表立って注目されることはなかった。
ルクスの行動は、エリオの〈支配域〉に自然に組み込まれ、背景に溶けていた。
エリオはひとり、静かな資料室にいた。
演習の記録と評価は、すでに簡易報告書で確認済みだ。
自分の判断は的確だった。
結果も望ましい形で収束した。
そのはずなのに、どこか、釈然としないものが残っていた。
ーー俺の〈支配域〉だけで、本当に、あれほど崩れたのか……?
記録映像を脳裏で反芻する。
反応の鈍さ、判断の遅延、そこから連鎖的に生じる混乱ーーそれらの反応は確かに〈支配域〉の影響内にあった。
だが、何かが違う。
自分の能力発動下だったからこそ感じる違和感。
ーー何か、別の干渉が加わったか……?
その可能性に思い至ったとき、浮かんだ顔があった。
ルクス・フロレン。
演習中の配置、視線の動き。
前方に意識を向ける周囲の中、あの男だけが、ひとつも焦っていなかった。
ーーまさか。……いや、あり得る。
エリオはゆっくりと椅子から身を起こし、閉じた端末を指先で叩いた。
初期訓練時の能力傾向報告ーー〈神経投射〉。
本人の申告も、訓練記録も、身体運動強化や反応速度の補正が主だった。
他者への干渉を可能とする、侵入系の能力の使い方については、あくまで推測の範囲にとどまっている。
ーー〈見せていない〉だけだったのか。
今回の演習でも〈見せていない〉。
〈支配域〉の発動下に潜り込ませた。
「……使われた、ということか」
低く、笑う。
怒りはない。
むしろ、想定の外から自分を揺らす者の存在に、どこか血がたぎるような感覚があった。
「ルクス・フロレン」
低く名を呼びながら、エリオは再び椅子の背に身を預けた。
「面白い」
口元に笑みがにじむ。
想定外に揺さぶられる感覚は、厄介だが、同時に価値がある。
ルクスが部屋に戻ると、カスパルは机に向かっていた。
手元の端末を閉じ、椅子にもたれたままルクスのほうへ顔を向けた。
「報告書、もう回ってきてたよ。さすがに早いね、君らの評価」
ルクスは黙って、演習用の上着を脱ぐ。
「……見たの?」
「うん。ちらっとだけ。ほら、演習評価は満点。グランヴェレス家の後継者らしい働きってところかな」
カスパルの口調はいつもと変わらず、やわらかい。
ルクスは、荷物をほどきながら、ぽつりとこぼした。
「……選んだよ。できる範囲で」
カスパルは、少し目を細めて見つめ、それから静かに頷く。
「うん。それでいい」
それだけだった。
だが、その一言には、十分な理解が込められていた。
数日後。
演習の熱もようやく冷めかけた頃。
昼の訓練が終わった直後、ルクスは移動中の廊下で声をかけられた。
「ルクス・フロレン」
振り返ると、そこにいたのはエリオだった。
すぐ傍には数名の候補生たちの姿もあったが、エリオは構う様子も見せず、距離を詰める。
「これから、君を俺の側に置く」
それは命令とも、通達ともつかない調子だった。
ルクスはわずかに眉を上げる。
沈黙のまま返す警戒を帯びた視線に、エリオは笑みのようなものを浮かべる。
ルクスの目をしばし見据えたのち、エリオはそっと言い添える。
「……この先で、また揺さぶってくれるなら」
声は低く、どこか期待を孕んでいた。
「それも、悪くない」
その日の夕刻。
学院内に、エリオ・グランヴェレスのカピタン就任が、正式に発表された。
敵役との遭遇時、無理な交戦を避けながらも必要な圧で場を制圧。
護衛対象の候補生ふたりを回収する判断と展開も、実戦でも通用する決断力とされ、教官陣からは、非の打ち所のない対応だった、との評価が下された。
副補佐として名を連ねていたルクスについても、動きの精度や判断の的確さは記録上に残っていた。
だがそれらは、あくまで、指揮官の補佐的行動として優秀、という範囲にとどまり、実際に敵の崩壊を引き起こした要因として、その存在が表立って注目されることはなかった。
ルクスの行動は、エリオの〈支配域〉に自然に組み込まれ、背景に溶けていた。
エリオはひとり、静かな資料室にいた。
演習の記録と評価は、すでに簡易報告書で確認済みだ。
自分の判断は的確だった。
結果も望ましい形で収束した。
そのはずなのに、どこか、釈然としないものが残っていた。
ーー俺の〈支配域〉だけで、本当に、あれほど崩れたのか……?
記録映像を脳裏で反芻する。
反応の鈍さ、判断の遅延、そこから連鎖的に生じる混乱ーーそれらの反応は確かに〈支配域〉の影響内にあった。
だが、何かが違う。
自分の能力発動下だったからこそ感じる違和感。
ーー何か、別の干渉が加わったか……?
その可能性に思い至ったとき、浮かんだ顔があった。
ルクス・フロレン。
演習中の配置、視線の動き。
前方に意識を向ける周囲の中、あの男だけが、ひとつも焦っていなかった。
ーーまさか。……いや、あり得る。
エリオはゆっくりと椅子から身を起こし、閉じた端末を指先で叩いた。
初期訓練時の能力傾向報告ーー〈神経投射〉。
本人の申告も、訓練記録も、身体運動強化や反応速度の補正が主だった。
他者への干渉を可能とする、侵入系の能力の使い方については、あくまで推測の範囲にとどまっている。
ーー〈見せていない〉だけだったのか。
今回の演習でも〈見せていない〉。
〈支配域〉の発動下に潜り込ませた。
「……使われた、ということか」
低く、笑う。
怒りはない。
むしろ、想定の外から自分を揺らす者の存在に、どこか血がたぎるような感覚があった。
「ルクス・フロレン」
低く名を呼びながら、エリオは再び椅子の背に身を預けた。
「面白い」
口元に笑みがにじむ。
想定外に揺さぶられる感覚は、厄介だが、同時に価値がある。
ルクスが部屋に戻ると、カスパルは机に向かっていた。
手元の端末を閉じ、椅子にもたれたままルクスのほうへ顔を向けた。
「報告書、もう回ってきてたよ。さすがに早いね、君らの評価」
ルクスは黙って、演習用の上着を脱ぐ。
「……見たの?」
「うん。ちらっとだけ。ほら、演習評価は満点。グランヴェレス家の後継者らしい働きってところかな」
カスパルの口調はいつもと変わらず、やわらかい。
ルクスは、荷物をほどきながら、ぽつりとこぼした。
「……選んだよ。できる範囲で」
カスパルは、少し目を細めて見つめ、それから静かに頷く。
「うん。それでいい」
それだけだった。
だが、その一言には、十分な理解が込められていた。
数日後。
演習の熱もようやく冷めかけた頃。
昼の訓練が終わった直後、ルクスは移動中の廊下で声をかけられた。
「ルクス・フロレン」
振り返ると、そこにいたのはエリオだった。
すぐ傍には数名の候補生たちの姿もあったが、エリオは構う様子も見せず、距離を詰める。
「これから、君を俺の側に置く」
それは命令とも、通達ともつかない調子だった。
ルクスはわずかに眉を上げる。
沈黙のまま返す警戒を帯びた視線に、エリオは笑みのようなものを浮かべる。
ルクスの目をしばし見据えたのち、エリオはそっと言い添える。
「……この先で、また揺さぶってくれるなら」
声は低く、どこか期待を孕んでいた。
「それも、悪くない」
その日の夕刻。
学院内に、エリオ・グランヴェレスのカピタン就任が、正式に発表された。
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