影の織り手たち

あおごろも

文字の大きさ
10 / 33
【第二章】利の配置

9 : 統合型戦術演習 ー後編ー

しおりを挟む
 演習終了後に行われた集約評価で、最も高く名を挙げられたのは、やはりエリオだった。

 敵役との遭遇時、無理な交戦を避けながらも必要な圧で場を制圧。
 護衛対象の候補生ふたりを回収する判断と展開も、実戦でも通用する決断力とされ、教官陣からは、非の打ち所のない対応だった、との評価が下された。

 副補佐として名を連ねていたルクスについても、動きの精度や判断の的確さは記録上に残っていた。
 だがそれらは、あくまで、指揮官の補佐的行動として優秀、という範囲にとどまり、実際に敵の崩壊を引き起こした要因として、その存在が表立って注目されることはなかった。

 ルクスの行動は、エリオの〈支配域〉に自然に組み込まれ、背景に溶けていた。



 エリオはひとり、静かな資料室にいた。
 演習の記録と評価は、すでに簡易報告書で確認済みだ。
 自分の判断は的確だった。
 結果も望ましい形で収束した。
 そのはずなのに、どこか、釈然としないものが残っていた。

ーー俺の〈支配域〉だけで、本当に、あれほど崩れたのか……?

 記録映像を脳裏で反芻する。
 反応の鈍さ、判断の遅延、そこから連鎖的に生じる混乱ーーそれらの反応は確かに〈支配域〉の影響内にあった。
 だが、何かが違う。
 自分の能力発動下だったからこそ感じる違和感。

ーー何か、別の干渉が加わったか……?

 その可能性に思い至ったとき、浮かんだ顔があった。

 ルクス・フロレン。

 演習中の配置、視線の動き。
 前方に意識を向ける周囲の中、あの男だけが、ひとつも焦っていなかった。

ーーまさか。……いや、あり得る。

 エリオはゆっくりと椅子から身を起こし、閉じた端末を指先で叩いた。

 初期訓練時の能力傾向報告ーー〈神経投射〉。
 本人の申告も、訓練記録も、身体運動強化や反応速度の補正が主だった。
 他者への干渉を可能とする、侵入系の能力の使い方については、あくまで推測の範囲にとどまっている。

ーー〈見せていない〉だけだったのか。

 今回の演習でも〈見せていない〉。
 〈支配域〉の発動下に潜り込ませた。

「……使われた、ということか」

 低く、笑う。

 怒りはない。
 むしろ、想定の外から自分を揺らす者の存在に、どこか血がたぎるような感覚があった。

「ルクス・フロレン」

 低く名を呼びながら、エリオは再び椅子の背に身を預けた。

「面白い」

 口元に笑みがにじむ。
 想定外に揺さぶられる感覚は、厄介だが、同時に価値がある。



 ルクスが部屋に戻ると、カスパルは机に向かっていた。
 手元の端末を閉じ、椅子にもたれたままルクスのほうへ顔を向けた。

「報告書、もう回ってきてたよ。さすがに早いね、君らの評価」

 ルクスは黙って、演習用の上着を脱ぐ。

「……見たの?」
「うん。ちらっとだけ。ほら、演習評価は満点。グランヴェレス家の後継者らしい働きってところかな」

 カスパルの口調はいつもと変わらず、やわらかい。
 ルクスは、荷物をほどきながら、ぽつりとこぼした。

「……選んだよ。できる範囲で」

 カスパルは、少し目を細めて見つめ、それから静かに頷く。

「うん。それでいい」

 それだけだった。
 だが、その一言には、十分な理解が込められていた。



 数日後。
 演習の熱もようやく冷めかけた頃。
 昼の訓練が終わった直後、ルクスは移動中の廊下で声をかけられた。

「ルクス・フロレン」

 振り返ると、そこにいたのはエリオだった。
 すぐ傍には数名の候補生たちの姿もあったが、エリオは構う様子も見せず、距離を詰める。

「これから、君を俺の側に置く」

 それは命令とも、通達ともつかない調子だった。
 ルクスはわずかに眉を上げる。
 沈黙のまま返す警戒を帯びた視線に、エリオは笑みのようなものを浮かべる。
 ルクスの目をしばし見据えたのち、エリオはそっと言い添える。

「……この先で、また揺さぶってくれるなら」

 声は低く、どこか期待を孕んでいた。

「それも、悪くない」



 その日の夕刻。
 学院内に、エリオ・グランヴェレスのカピタン就任が、正式に発表された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ぽて と むーちゃんの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない

結衣可
BL
戦の傷跡が癒えた共生都市ルーヴェン。 人族と獣人族が共に暮らすその街で、文官ユリス・アルヴィンは、穏やかな日々の中に、いつも自分を見守る“優しい視線”の存在を感じていた。 その正体は、狼族の戦士長出身の護衛騎士、ガルド・ルヴァーン。 無口で不器用だが、誠実で優しい彼は、いつしかユリスを守ることが日課になっていた。 モフモフ好きなユリスと、心配性すぎるガルド。 灰銀の狼と金灰の文官―― 異種族の二人の関係がルーヴェンの風のようにやさしく、日々の中で少しずつ変わっていく。

処理中です...