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【第三章】影の踊り場
13 : 従卒の仕事 ー後編ー
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エリオの部屋に再訪したルクスは、ドアをノックした。
中からの返事は、先ほどよりも早くあった。
「失礼します」
部屋に入ると、エリオは机に向かい作業していた。
向けた視線で報告を促す。
「レイス班の件、報告に参りました。レイス候補生、ヴァレン候補生、共に対応済みです。ヴァレン候補生は必要な認識を得ました。連携の齟齬要因はおおむね解消されたと思われます」
報告を受けたエリオは、一瞬だけ動きを止めた。
やがて、瞬きをゆっくりとひとつーー
「……早いな。想定より、ずっと」
声に含まれた率直な感嘆に、不意をつかれたルクスは思わず身じろぐ。
「あ、ええと、その、カスパルが、早い段階で問題を把握していて……」
「判断が揃うまでに、もう少し時間を要すると見ていた」
エリオは椅子を引き、静かに立ち上がる。
ゆっくりと歩み寄り、ルクスの前で歩を止めた。
そして、ごく自然な動作で、片手をルクスの肩へと添える。
「期待以上の働きだ。よくやった」
新たな動揺を表に出す前に抑え、ルクスは短くこたえた。
「はい」
エリオはかすかな笑みをおとし、肩に添えた手を離した。
「班の再編成は保留にする。現状のまま、継続して様子を見ろ」
「了解しました」
「もう一件、指示がある」
ルクスは姿勢を正し、次の言葉を待った。
エリオはわずかに間を置いてから、視線を机上の端末へと移した。
「部屋に戻ったら、カスパルにここに来るよう伝えろ」
ノックの音が、控えめに二度あった。
エリオは机の端末に目を落としたまま応じる。
「入れ」
応答を聞いたカスパルが、ドアを押して入室する。
制服の襟元を正し、きちんと所定の位置まで歩を進めると、軽く頭を下げた。
「カスパル・レイス。指示に従い、参りました」
その声音には、どこか固さがあった。
エリオは立ち上がらず、机に片肘をついた姿勢のまま、短く笑う。
「そんなに構えるな。……そのうち、おまえもこのフロアで生活することになるんだ。今から慣れておけ」
思いもよらぬ言葉に、カスパルの眉がわずかに動く。
「……え?」
間の抜けた声が漏れたことに、本人もすぐ気づいたのだろう。カスパルは軽く咳払いをして表情を戻す。
「申し訳ありません。今のは……その、どういう意味でしょうか?」
エリオは端末の画面を操作し、内容を一つ切り替えると、それをカスパルのほうへ向けて見せた。
「推薦文だ。おまえを、プレフェクトに推す内容だ」
カスパルは視線を落とし、内容を確かめる。
そこには、彼自身がまだ整理しきれていないような事柄ーー行動傾向、応答パターン、周囲からの評価、その集積としての「適性」が並べられている。
そして、候補生の微妙な齟齬を拾い上げ、適切な場に持ち込む調整力は、プレフェクトへの適性が認められる……そう結ばれていた。
「……これは」
カスパルの戸惑いを制するように、エリオは告げる。
「先刻、学院へ提出した」
その一言に、カスパルは目を見開いた。
「推薦後は、一定期間の観察を経て、学院の最終判断を受けることになる。準備期間として、訓練課程も含めて再調整されるだろう」
必要な情報だけを簡潔に伝える。
カスパルは、無言で頷いた。
「先にシエルをカピタンに推薦することになるかと思っていたんだが……」
エリオは端末を指先で静かに閉じ、カスパルのほうへ目を向けた。
「ルクスに助けられたな」
声音には、かすかな揶揄。
カスパルが僅かに肩を動かすのを、エリオは見逃さない。
「世話をしていた相手に、世話をかけた気分はどうだ?」
言葉は軽く、だが容赦はない。
「自分の能力に振り回されるとは……らしくないな」
淡々とした口調で、冷静な指摘が続く。
「今回は、相当、行き詰まっていたようだな。だから、ルクスを使ったか」
カスパルは言葉を返さない。
ただ静かに視線を伏せる。
「本来、戦術訓練の報告は文書で十分だ。だが、今回、ルクスは口頭で報告にきた。おまえに、口頭で報告したほうがいいと言われたから、と」
エリオの声に、わずかに沈む響きが混じる。
「おまえが、そういう使い方をするとは、思っていなかった」
言外に多くを含んだまま、エリオは続ける。
「ルクスは、おまえの状態に気付いていた。だが、それを報告することをためらっていた。……従卒としての報告義務と、個人としての迷い。どちらが勝っていたかは、言うまでもないな」
その言葉はルクスに対する叱責ではなかった。
「だがそれは、つまるところーーおまえが、彼の判断を鈍らせたということだ」
ぴたりと断じる。
室内に沈黙が重く落ちる。
やがて、エリオは低く言った。
「可能性をつぶすくらいなら、手放せ。それができないなら……おまえが、しっかりしろ」
声に棘はない。
しかし、命令にも似た鋭さがあった。
カスパルはわずかに顔を伏せ、無言のまま、拳を強く握った。
中からの返事は、先ほどよりも早くあった。
「失礼します」
部屋に入ると、エリオは机に向かい作業していた。
向けた視線で報告を促す。
「レイス班の件、報告に参りました。レイス候補生、ヴァレン候補生、共に対応済みです。ヴァレン候補生は必要な認識を得ました。連携の齟齬要因はおおむね解消されたと思われます」
報告を受けたエリオは、一瞬だけ動きを止めた。
やがて、瞬きをゆっくりとひとつーー
「……早いな。想定より、ずっと」
声に含まれた率直な感嘆に、不意をつかれたルクスは思わず身じろぐ。
「あ、ええと、その、カスパルが、早い段階で問題を把握していて……」
「判断が揃うまでに、もう少し時間を要すると見ていた」
エリオは椅子を引き、静かに立ち上がる。
ゆっくりと歩み寄り、ルクスの前で歩を止めた。
そして、ごく自然な動作で、片手をルクスの肩へと添える。
「期待以上の働きだ。よくやった」
新たな動揺を表に出す前に抑え、ルクスは短くこたえた。
「はい」
エリオはかすかな笑みをおとし、肩に添えた手を離した。
「班の再編成は保留にする。現状のまま、継続して様子を見ろ」
「了解しました」
「もう一件、指示がある」
ルクスは姿勢を正し、次の言葉を待った。
エリオはわずかに間を置いてから、視線を机上の端末へと移した。
「部屋に戻ったら、カスパルにここに来るよう伝えろ」
ノックの音が、控えめに二度あった。
エリオは机の端末に目を落としたまま応じる。
「入れ」
応答を聞いたカスパルが、ドアを押して入室する。
制服の襟元を正し、きちんと所定の位置まで歩を進めると、軽く頭を下げた。
「カスパル・レイス。指示に従い、参りました」
その声音には、どこか固さがあった。
エリオは立ち上がらず、机に片肘をついた姿勢のまま、短く笑う。
「そんなに構えるな。……そのうち、おまえもこのフロアで生活することになるんだ。今から慣れておけ」
思いもよらぬ言葉に、カスパルの眉がわずかに動く。
「……え?」
間の抜けた声が漏れたことに、本人もすぐ気づいたのだろう。カスパルは軽く咳払いをして表情を戻す。
「申し訳ありません。今のは……その、どういう意味でしょうか?」
エリオは端末の画面を操作し、内容を一つ切り替えると、それをカスパルのほうへ向けて見せた。
「推薦文だ。おまえを、プレフェクトに推す内容だ」
カスパルは視線を落とし、内容を確かめる。
そこには、彼自身がまだ整理しきれていないような事柄ーー行動傾向、応答パターン、周囲からの評価、その集積としての「適性」が並べられている。
そして、候補生の微妙な齟齬を拾い上げ、適切な場に持ち込む調整力は、プレフェクトへの適性が認められる……そう結ばれていた。
「……これは」
カスパルの戸惑いを制するように、エリオは告げる。
「先刻、学院へ提出した」
その一言に、カスパルは目を見開いた。
「推薦後は、一定期間の観察を経て、学院の最終判断を受けることになる。準備期間として、訓練課程も含めて再調整されるだろう」
必要な情報だけを簡潔に伝える。
カスパルは、無言で頷いた。
「先にシエルをカピタンに推薦することになるかと思っていたんだが……」
エリオは端末を指先で静かに閉じ、カスパルのほうへ目を向けた。
「ルクスに助けられたな」
声音には、かすかな揶揄。
カスパルが僅かに肩を動かすのを、エリオは見逃さない。
「世話をしていた相手に、世話をかけた気分はどうだ?」
言葉は軽く、だが容赦はない。
「自分の能力に振り回されるとは……らしくないな」
淡々とした口調で、冷静な指摘が続く。
「今回は、相当、行き詰まっていたようだな。だから、ルクスを使ったか」
カスパルは言葉を返さない。
ただ静かに視線を伏せる。
「本来、戦術訓練の報告は文書で十分だ。だが、今回、ルクスは口頭で報告にきた。おまえに、口頭で報告したほうがいいと言われたから、と」
エリオの声に、わずかに沈む響きが混じる。
「おまえが、そういう使い方をするとは、思っていなかった」
言外に多くを含んだまま、エリオは続ける。
「ルクスは、おまえの状態に気付いていた。だが、それを報告することをためらっていた。……従卒としての報告義務と、個人としての迷い。どちらが勝っていたかは、言うまでもないな」
その言葉はルクスに対する叱責ではなかった。
「だがそれは、つまるところーーおまえが、彼の判断を鈍らせたということだ」
ぴたりと断じる。
室内に沈黙が重く落ちる。
やがて、エリオは低く言った。
「可能性をつぶすくらいなら、手放せ。それができないなら……おまえが、しっかりしろ」
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