影の織り手たち

あおごろも

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【第三章】影の踊り場

16 : カスパルの調整

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 カスパルは無言で廊下を進んだ。
 ルクスも黙ってその後ろに続く。

 ふたりは、エリオの部屋の前で足を止めた。
 ルクスが先に手を伸ばし、ノックをすると、そっとドアを開ける。
 中からの返事を待たずにドアを開けたことに、カスパルはわずかに違和感をもつ。

「入って、早く」

 ルクスに促され、カスパルはエリオの部屋に入った。

 静かだった。
 照明はついたままで、部屋の様子にも特に変わりはない。
 ただ、奥の寝室へ続くドアが半分開いている。

 ドアの隙間から寝室の中をうかがうと、ベッドの上に、エリオが仰向けに横たわっているのが見えた。
 眠っているように見える。
 だが、カスパルは違和感を覚える。

「……気を失ってるのか」

 そうつぶやいたカスパルの背後から、ルクスの弱々しい声が続いた。

「……僕、びっくりして……それで、思わず……〈神経投射〉を……直接、エリオに……」

 ルクスが、自身の能力を〈侵入系〉に応用して他者に行使できることは、推測していた。
 だが、その事実を、本人の口から明言されたのは、これが初めてだ。

 カスパルはその点にはあえて触れず、別の気になる点を確認する。

「キスされたのは、こっちの部屋?……で、そこから寝室のベッドに運んだってこと?」

 問いかけに、ルクスは都度、こくこくと頷いた。

「ひとりで気を失った男ひとり運ぶのって、けっこう大変じゃなかった?」
「あ、それは、こうやって……」

 ルクスは寝室のベッドに歩み寄ると、エリオの胸元あたりにそっと手をかざした。
 カスパルもルクスについて寝室に入り、ベッドの脇に立つ。

 糸を引き上げるようなルクスの手の動きに呼応して、エリオの上半身がむくりと起き上がる。
 そして、ルクスが手を引っこめると、見えない糸が切れたように、エリオの上半身はドサリとベッドへ沈んだ。

「……そういう使い方もできるのか」

 動揺をおさえて、カスパルは小さく呟く。
 ルクスの能力の応用性ーーそれが〈無力化〉や〈搬送〉にも通じると知って、改めてその危うさを感じずにはいられなかった。

 そのとき、ベッドの上からかすかな吐息がもれた。

「……う……」

 二人の視線が同時に、ベッドの上のエリオに向かう。

 エリオの瞼がゆっくりと開き、まだ焦点の定まらない目で天井を見つめる。
 次いで、視線を巡らせ、ベッドの脇に立つふたつの影を捉えた。

「……カスパル……ルクス……」

 エリオに名前を呼ばれた瞬間、ルクスはビクリと肩を震わせ、カスパルの背に反射的に身を隠した。

 カスパルは静かに息を吐いた。

 額に手を当てて身体を起こそうとするエリオに、カスパルは指を立てて見せる。

「僕の指、何本に見える?」
「……三本」
「これは?」
「……六本。……左手の一本は中指だ」
「頭は無事だな」

 カスパルは頷くと、淡々と告げた。

「僕たちは、部屋に戻る。ルクスが取った手段については、全面的に君に非があるという認識でいいな?」
「……わかっている」

 頷くエリオに、カスパルは続けた。

「ルクスが落ち着いて、冷静に判断できるようになるまで、補佐業務は免除。ただし、この件でルクスに不利益は与えたくない。どうしても補佐業務が必要な場合は、僕が代わる。訓練も、君と動線が重ならないよう調整しろ」

 静かな口調の中に、強い怒りがにじむ。

「君からの接触は一切禁じる。……ルクスの視界に入るな」
「……了解した」

 エリオの返事を受け、カスパルはルクスをその身で守るようにして、エリオの部屋をあとにした。
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