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ドラグニル公爵領での生活は、完全に定着していた。
メアモリは午前中に屋敷の清掃と食材(庭で取れたもの)のチェックを行い、午後はギルバート公爵と共に魔力を使ったDIY(主に配管修理や家具の作成)に勤しむ。
夕方にはポチ(ケルベロス)の散歩とブラッシング。
夜は公爵特製の「呪い避け」の魔力に包まれながら、ぐっすり眠る。
至高のニートライフである。
「公爵様、この魔導具、出力が不安定です。内部の魔力結晶が摩耗している可能性があります」
「む……そうか。ならば、私と君の魔力をシンクロさせて、強制的に再構築するしかないな」
「了解です。では、五秒前にカウントダウンしますね。5、4、3……」
二人は息ぴったりで魔導具を修理していた。
王都での「婚約者」時代よりも、今の「同居人兼共犯者」時代の方が、遥かに精神的な繋がりが強い。
そんな平和な午後。
ガサガサ……。
森の入り口の方から、微かに不審な物音が聞こえてきた。
ギルバート様が顔を上げた。
「……人間だ」
「人間?」
私は首を傾げる。
「こんな場所へ来る者はいないはずでは? 迷子の羊飼いとかでしょうか」
「違う。これは、馬車の車輪の音。しかも、上等な馬車だ。この領地に乗り込んでくる人間は、挨拶もなしにやってくる無礼者か、あるいは――」
その時。
『グルルルルル……』
庭の隅で昼寝をしていたポチが、三つの頭を一斉に上げ、低い唸り声をあげた。
ポチの唸り声は、私たちが感じるよりもずっと正確に「敵意」や「不快感」を察知している。
「あ、ポチが怒っている。不審者ですね」
私は作業の手を止め、立ち上がった。
ギルバート様は警戒態勢に入り、その身から黒い魔力が湧き上がってくる。
「結界を張る。メアモリは城の中に入れ」
「いいえ。来客対応は私の仕事です。お客様が、せっかく築いた安眠環境を乱すのは許せません」
私はトコトコと玄関へ向かった。
やがて、錆びた城門が押し開けられ、一台の豪華な馬車と、それを護衛する騎士団が姿を現した。
騎士たちの鎧は埃にまみれ、馬は息切れしている。
彼らの顔には「帰らずの森」の瘴気による疲労と、この呪われた城への恐怖が張り付いていた。
馬車から降りてきたのは、王太子の側近を務める首席騎士、アルフォードだった。
彼はメアモリを見るなり、安堵と驚愕が混ざったような表情を浮かべた。
「メ、メアモリ様! ご無事で!」
「ご無事、とは。私は最初から無事ですよ。むしろ、あなた方の方が、顔色が血色を失いすぎていて心配です」
私は仏頂面で冷静に返答した。
アルフォードは息を整え、意を決したように胸を張る。
「メアモリ様。私は王太子殿下のご命令により、貴女様を王都へ連れ戻すべく参上いたしました」
「連れ戻す?」
私は小首を傾げた。
「あの夜会の誓いは、一世一代の茶番だった、と? 王太子殿下の言動には一貫性がないのですね。国家のトップとしては失格の烙印を押されますよ」
「それは……殿下にも、ご事情が!」
「ご事情は結構です。私は今、無期限の有給休暇中です。労働時間外に仕事の連絡をしてくるのは、極度のブラック企業ですよ」
私は拒絶のオーラを全身から放出した。
アルフォードは、懐から厳重に封印された手紙を取り出した。
「これは、殿下からの直筆のお手紙です。『今すぐ戻ってきてくれ。すまなかった、メアモリ』と書かれております!」
「……そうですか」
私は受け取らずに、手紙を一瞥した。
「それは『私宛ての手紙』ではなく、『メアモリという名の秘書がいないと仕事が回らない』という悲鳴でしょう」
「い、いえ! 殿下は心から貴女を――」
『ガウ……!』
その時、背後から低く、威嚇するような唸り声が響いた。
アルフォードが怯えて振り返る。
そこにいたのは、三つの頭を持ち、全身から薄い闇の魔力を立ち昇らせているポチの姿だった。
ポチは私を守るように、私と騎士たちの間に割って入る。
「ひぃっ! ケル、ケルベロス!?」
騎士たちがパニックになり、剣を抜こうとする。
「待ちなさい、ポチ」
私が名前を呼ぶと、ポチはお座りをした。
「この子は私の忠実な番犬です。餌付け済みですので、ご心配なく。ですが、主人に敵意を向ける者には容赦しません」
私は冷たい目でアルフォードを見た。
「あなた方は、私の安息を脅かす不審者です。この手紙をどうしたいのですか?」
アルフォードは汗だくになりながら、震える手で手紙を掲げた。
「た、頼みます! これを読んで、殿下を助けてあげてくだ――」
私はポチの真ん中の頭を指差した。
「ポチ。王都からの手紙です。食べてもいいですよ」
「え!?」
ポチは私の言葉を待っていたと言わんばかりに、真ん中の頭で手紙を引っ掴み。
バリバリバリッ!!
紙と蝋の封印ごと、躊躇なく飲み込んだ。
「あぁぁぁ! 殿下の直筆がぁぁぁ!」
アルフォードが絶叫する。
「ポチ、美味しいですか?」
『グウゥゥ……(ごちそうさまでした、の意)』
「だそうです。お口に合ったようでよかった」
私は満足げに頷いた。
アルフォードは茫然自失といった様子で、その場に立ち尽くしている。
「ま、待ってくださいメアモリ様! これは国の一大事なのですよ! 殿下は書類の山で倒れかけ、宰相は胃潰瘍で入院寸前! 行政機能が完全に麻痺しています!」
「ふむ」
私は顎に手を当て、少しだけ考えたフリをした。
「それは大変ですね」
「では、戻ってくださるのですね!?」
「いいえ」
私は笑顔(マスクの下で)で首を横に振った。
「私の有給期間は『無期限』です。王都の皆さんには、ご自分の仕事を自分でこなすという、社会人として当然の義務を学んでいただく良い機会でしょう」
「冷酷だ! なんと冷酷な!」
「ありがとうございます。それが私の持ち味ですから」
その時、背後から声がした。
「おい、メアモリ」
振り返ると、ギルバート様が立っていた。
彼の全身からは黒い魔力がゆらめき、ポチの魔力と共鳴している。
彼の存在感は圧倒的だ。
アルフォードたちが、恐怖で一斉に後ずさりする。
「貴様ら、王都からの使者か」
ギルバート様の声は低く、そして殺気が込められていた。
「私の領地で、私の大切な居候(メアモリ)に、無駄な労働を強要するとは、何を考えている?」
「ひっ! ド、ドラグニル公爵!」
アルフォードたちは腰が抜けたように後退した。
「メアモリは、私の庇護下にある。そして、ここは『帰らずの森』だ。これ以上、騒ぎ立てるようなら……」
彼はゆっくりと、手を上げた。
その掌に、闇色の球体が生成されていく。
「……ここでお前たちを、二度と帰らぬ『森の一部』にしてやってもいいのだぞ?」
その威圧に、騎士たちは一斉に剣を落とした。
「ま、申し訳ありません! 失礼いたしました! 直ちに退散いたします!」
アルフォードは顔面を蒼白にさせ、転がるように馬車へ駆け戻った。
馬車は来た時とは比べ物にならない猛スピードで、森の奥へと逃げ去っていく。
私は、ギルバート様を振り返り、両手を合わせた。
「公爵様、ありがとうございます! 最高の威嚇でした!」
「……別に。ただ、煩わしかっただけだ」
彼はそう言いながらも、生成した魔力の球をフッと消し去った。
「しかし、いいのか。王都は本当に大変なことになっているのだろう?」
「ええ。ですが、自業自得です」
私は再びテラスに戻り、冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
「彼らは、私を追い出すことで、私がどれほど価値のある人間だったかを痛感するべきです。痛みを知らなければ、人は成長しませんから」
私はニコリと、とても意地の悪い笑みを浮かべた。
「それに、一度優位に立った交渉の席を、こちらから降りる必要はありません。王太子が本当に私が必要だと理解すれば、そのうち、もっと高待遇な『コンサルタント契約書』でも送ってくるでしょう」
「……さすが、悪役令嬢と言われただけはあるな」
ギルバート様は感心したように呟いた。
「私の『呪い』より、君の『合理性』の方がよほど冷酷で恐ろしい」
「光栄です」
私は一礼し、再び魔導具の修理に戻った。
こうして、王都からの「使者」は、ケルベロスと呪われ公爵の鉄壁のタッグにより、一通の無残な手紙を残して惨めに追い返されたのだった。
そして王都では、この一件により、メアモリの帰還をめぐる混乱が、さらに悪化していくことになる。
メアモリは午前中に屋敷の清掃と食材(庭で取れたもの)のチェックを行い、午後はギルバート公爵と共に魔力を使ったDIY(主に配管修理や家具の作成)に勤しむ。
夕方にはポチ(ケルベロス)の散歩とブラッシング。
夜は公爵特製の「呪い避け」の魔力に包まれながら、ぐっすり眠る。
至高のニートライフである。
「公爵様、この魔導具、出力が不安定です。内部の魔力結晶が摩耗している可能性があります」
「む……そうか。ならば、私と君の魔力をシンクロさせて、強制的に再構築するしかないな」
「了解です。では、五秒前にカウントダウンしますね。5、4、3……」
二人は息ぴったりで魔導具を修理していた。
王都での「婚約者」時代よりも、今の「同居人兼共犯者」時代の方が、遥かに精神的な繋がりが強い。
そんな平和な午後。
ガサガサ……。
森の入り口の方から、微かに不審な物音が聞こえてきた。
ギルバート様が顔を上げた。
「……人間だ」
「人間?」
私は首を傾げる。
「こんな場所へ来る者はいないはずでは? 迷子の羊飼いとかでしょうか」
「違う。これは、馬車の車輪の音。しかも、上等な馬車だ。この領地に乗り込んでくる人間は、挨拶もなしにやってくる無礼者か、あるいは――」
その時。
『グルルルルル……』
庭の隅で昼寝をしていたポチが、三つの頭を一斉に上げ、低い唸り声をあげた。
ポチの唸り声は、私たちが感じるよりもずっと正確に「敵意」や「不快感」を察知している。
「あ、ポチが怒っている。不審者ですね」
私は作業の手を止め、立ち上がった。
ギルバート様は警戒態勢に入り、その身から黒い魔力が湧き上がってくる。
「結界を張る。メアモリは城の中に入れ」
「いいえ。来客対応は私の仕事です。お客様が、せっかく築いた安眠環境を乱すのは許せません」
私はトコトコと玄関へ向かった。
やがて、錆びた城門が押し開けられ、一台の豪華な馬車と、それを護衛する騎士団が姿を現した。
騎士たちの鎧は埃にまみれ、馬は息切れしている。
彼らの顔には「帰らずの森」の瘴気による疲労と、この呪われた城への恐怖が張り付いていた。
馬車から降りてきたのは、王太子の側近を務める首席騎士、アルフォードだった。
彼はメアモリを見るなり、安堵と驚愕が混ざったような表情を浮かべた。
「メ、メアモリ様! ご無事で!」
「ご無事、とは。私は最初から無事ですよ。むしろ、あなた方の方が、顔色が血色を失いすぎていて心配です」
私は仏頂面で冷静に返答した。
アルフォードは息を整え、意を決したように胸を張る。
「メアモリ様。私は王太子殿下のご命令により、貴女様を王都へ連れ戻すべく参上いたしました」
「連れ戻す?」
私は小首を傾げた。
「あの夜会の誓いは、一世一代の茶番だった、と? 王太子殿下の言動には一貫性がないのですね。国家のトップとしては失格の烙印を押されますよ」
「それは……殿下にも、ご事情が!」
「ご事情は結構です。私は今、無期限の有給休暇中です。労働時間外に仕事の連絡をしてくるのは、極度のブラック企業ですよ」
私は拒絶のオーラを全身から放出した。
アルフォードは、懐から厳重に封印された手紙を取り出した。
「これは、殿下からの直筆のお手紙です。『今すぐ戻ってきてくれ。すまなかった、メアモリ』と書かれております!」
「……そうですか」
私は受け取らずに、手紙を一瞥した。
「それは『私宛ての手紙』ではなく、『メアモリという名の秘書がいないと仕事が回らない』という悲鳴でしょう」
「い、いえ! 殿下は心から貴女を――」
『ガウ……!』
その時、背後から低く、威嚇するような唸り声が響いた。
アルフォードが怯えて振り返る。
そこにいたのは、三つの頭を持ち、全身から薄い闇の魔力を立ち昇らせているポチの姿だった。
ポチは私を守るように、私と騎士たちの間に割って入る。
「ひぃっ! ケル、ケルベロス!?」
騎士たちがパニックになり、剣を抜こうとする。
「待ちなさい、ポチ」
私が名前を呼ぶと、ポチはお座りをした。
「この子は私の忠実な番犬です。餌付け済みですので、ご心配なく。ですが、主人に敵意を向ける者には容赦しません」
私は冷たい目でアルフォードを見た。
「あなた方は、私の安息を脅かす不審者です。この手紙をどうしたいのですか?」
アルフォードは汗だくになりながら、震える手で手紙を掲げた。
「た、頼みます! これを読んで、殿下を助けてあげてくだ――」
私はポチの真ん中の頭を指差した。
「ポチ。王都からの手紙です。食べてもいいですよ」
「え!?」
ポチは私の言葉を待っていたと言わんばかりに、真ん中の頭で手紙を引っ掴み。
バリバリバリッ!!
紙と蝋の封印ごと、躊躇なく飲み込んだ。
「あぁぁぁ! 殿下の直筆がぁぁぁ!」
アルフォードが絶叫する。
「ポチ、美味しいですか?」
『グウゥゥ……(ごちそうさまでした、の意)』
「だそうです。お口に合ったようでよかった」
私は満足げに頷いた。
アルフォードは茫然自失といった様子で、その場に立ち尽くしている。
「ま、待ってくださいメアモリ様! これは国の一大事なのですよ! 殿下は書類の山で倒れかけ、宰相は胃潰瘍で入院寸前! 行政機能が完全に麻痺しています!」
「ふむ」
私は顎に手を当て、少しだけ考えたフリをした。
「それは大変ですね」
「では、戻ってくださるのですね!?」
「いいえ」
私は笑顔(マスクの下で)で首を横に振った。
「私の有給期間は『無期限』です。王都の皆さんには、ご自分の仕事を自分でこなすという、社会人として当然の義務を学んでいただく良い機会でしょう」
「冷酷だ! なんと冷酷な!」
「ありがとうございます。それが私の持ち味ですから」
その時、背後から声がした。
「おい、メアモリ」
振り返ると、ギルバート様が立っていた。
彼の全身からは黒い魔力がゆらめき、ポチの魔力と共鳴している。
彼の存在感は圧倒的だ。
アルフォードたちが、恐怖で一斉に後ずさりする。
「貴様ら、王都からの使者か」
ギルバート様の声は低く、そして殺気が込められていた。
「私の領地で、私の大切な居候(メアモリ)に、無駄な労働を強要するとは、何を考えている?」
「ひっ! ド、ドラグニル公爵!」
アルフォードたちは腰が抜けたように後退した。
「メアモリは、私の庇護下にある。そして、ここは『帰らずの森』だ。これ以上、騒ぎ立てるようなら……」
彼はゆっくりと、手を上げた。
その掌に、闇色の球体が生成されていく。
「……ここでお前たちを、二度と帰らぬ『森の一部』にしてやってもいいのだぞ?」
その威圧に、騎士たちは一斉に剣を落とした。
「ま、申し訳ありません! 失礼いたしました! 直ちに退散いたします!」
アルフォードは顔面を蒼白にさせ、転がるように馬車へ駆け戻った。
馬車は来た時とは比べ物にならない猛スピードで、森の奥へと逃げ去っていく。
私は、ギルバート様を振り返り、両手を合わせた。
「公爵様、ありがとうございます! 最高の威嚇でした!」
「……別に。ただ、煩わしかっただけだ」
彼はそう言いながらも、生成した魔力の球をフッと消し去った。
「しかし、いいのか。王都は本当に大変なことになっているのだろう?」
「ええ。ですが、自業自得です」
私は再びテラスに戻り、冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
「彼らは、私を追い出すことで、私がどれほど価値のある人間だったかを痛感するべきです。痛みを知らなければ、人は成長しませんから」
私はニコリと、とても意地の悪い笑みを浮かべた。
「それに、一度優位に立った交渉の席を、こちらから降りる必要はありません。王太子が本当に私が必要だと理解すれば、そのうち、もっと高待遇な『コンサルタント契約書』でも送ってくるでしょう」
「……さすが、悪役令嬢と言われただけはあるな」
ギルバート様は感心したように呟いた。
「私の『呪い』より、君の『合理性』の方がよほど冷酷で恐ろしい」
「光栄です」
私は一礼し、再び魔導具の修理に戻った。
こうして、王都からの「使者」は、ケルベロスと呪われ公爵の鉄壁のタッグにより、一通の無残な手紙を残して惨めに追い返されたのだった。
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