「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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翌朝。

カーテンの隙間から差し込む朝日が、私の「脱獄」の合図だった。

場所は相変わらず、宰相執務室。

ただし、ルーカス閣下は不在だ。

「今から一時間、国王陛下との朝議に行ってくる。大人しく書類を整理しておくように」

そう言って、彼は優雅に部屋を出て行った。

バタン、と扉が閉まる音を確認してから、私は十秒数えた。

そして、音もなく立ち上がる。

「……大人しく? するわけないでしょ!」

私は即座に行動を開始した。

正面突破は不可能だ。

昨日の今日で、扉の外の警備は倍増しているに違いない。

ならば、ルートは一つ。

「窓よ!」

私は窓辺に駆け寄った。

ここは三階。飛び降りれば怪我をする。

だが、私には秘策があった。

昨晩、仮眠室としてあてがわれた隣の部屋から、シーツを三枚拝借し、固く結び合わせてロープを作っておいたのだ。

これをバルコニーの手すりに括り付ければ、立派な脱出経路の完成だ。

「よし、強度は十分!」

私はドレスの裾をまくり上げ、腰帯に挟んだ。

行儀が悪い? 知ったことか。今は緊急事態だ。

私は手すりを乗り越え、シーツのロープを掴んだ。

風が頬を撫でる。

眼下には、手入れの行き届いた王城の中庭が広がっている。

あそこまで降りれば、植え込みに紛れて裏門まで行けるはず。

「さらば、ブラック職場! さらば、書類の山!」

私は意を決して、スルスルと降り始めた。

腕がプルプル震える。

公爵令嬢にあるまじき筋肉の使い方だが、背に腹は代えられない。

二階を通過……。

一階の窓を通過……。

あと少し。あと数メートルで地面だ。

「着地!」

トンッ。

私は軽やかに芝生の上に降り立った。

成功だ。

誰にも見つかっていない。

心臓が早鐘を打っているが、それは恐怖ではなく興奮のせいだ。

「やった……! 私の勝ちよ、氷の宰相!」

私は勝利のポーズを決め、中庭の茂みに向かって走り出そうとした。

「おや」

背後から、聞き覚えのある声がした。

「予想より三分早いな。さすがは優秀な私の補佐官だ」

ピタリ。

私の足が凍りついたように止まる。

恐る恐る、油の切れたブリキ人形のような動きで首を回した。

そこには、中庭のベンチに優雅に腰掛け、紅茶を飲んでいるルーカス閣下の姿があった。

朝議に行っているはずの、彼が。

「……な、なぜ」

声が震える。

「なぜ、ここにいるんですか……朝議は?」

「ああ、あれね」

ルーカス閣下はカップをソーサーに戻し、にっこりと微笑んだ。

「君が逃げ出す時間を確保するために、早めに切り上げてきたんだ」

「は……?」

「君の性格なら、私が部屋を出てすぐに逃亡を図ると予測していた。ルートは窓。道具はシーツ。着地点はこの中庭の死角になるバラ園の裏」

彼は懐中時計を取り出し、パチンと蓋を閉じた。

「計算通りだ。……いや、身体能力だけは計算外だったな。まさかドレス姿であんなに素早く降りてくるとは」

「……はめられた」

私はガクリと膝をついた。

最初から泳がされていたのだ。

「どうして……どうしてそこまで私の行動がわかるんですか! ストーカーですか!?」

「人聞きが悪い。優れた管理職は部下の行動パターンを把握しているものだ」

ルーカス閣下は立ち上がり、ゆっくりと私に近づいてくる。

私は後ずさったが、背中はすぐに冷たい石壁にぶつかった。

壁ドンならぬ、壁際追い詰めだ。

「諦めて部屋に戻ろうか。まだ未決裁の書類が山ほどある」

「嫌です! 絶対に戻りません!」

私は最後の抵抗として、キッと彼を睨みつけた。

「なんで私なんですか! 計算ができる人間なら他にもいるでしょう! 王宮の文官とか、会計士とか!」

「彼らではダメだ」

「どうして!」

「遅いからだ。君の処理速度は彼らの五倍だ。君がいなくなれば、国政の停滞は免れない」

「じゃあ五人で分担すればいいじゃないですか!」

「人件費の無駄だ」

「ケチ!!」

正論すぎる反論に、私は叫んだ。

ルーカス閣下はため息をつき、私を見下ろす瞳を少しだけ細めた。

「……それに」

彼の声のトーンが、ふと変わった。

冷徹な響きの中に、微かな熱が混じる。

「君がいないと、私が困る」

「だから、仕事なら他人に……」

「仕事の話だけではない」

彼は長い指を伸ばし、私の乱れた前髪を優しく直した。

その指先が頬に触れると、心臓がトクンと跳ねた。

「あの執務室は広すぎる。……君が隣で怒りながらペンを走らせていないと、静かすぎて落ち着かないんだ」

「え……」

予想外の言葉に、私は言葉を詰まらせた。

静かすぎて落ち着かない?

あの氷の宰相が?

彼は私の耳元に顔を寄せ、吐息がかかる距離で囁いた。

「寂しいんだよ、ダイアナ。……私を一人にしないでくれ」

低く、甘い、懇願するような声。

一瞬、彼の瞳に孤独な色が揺らめいた気がして――私は思わずドキッとしてしまった。

(なに、今の顔……反則でしょ)

顔が熱くなるのを感じる。

その隙を見逃すルーカス閣下ではなかった。

「……なんて言えば、君は同情して戻ってくれるかな?」

彼はパッと顔を離し、いつもの意地悪な笑みを浮かべた。

「なっ……!!」

「嘘ですか!? 今の!」

「半分は本当だ。君がいないと静かすぎて、書類をめくる音が響きすぎる。耳障りなんだ」

「このっ……悪魔! 人でなし! 詐欺師!」

「最高の褒め言葉だ」

ルーカス閣下は私の抗議を無視し、ひょいと私を横抱きにした。

いわゆるお姫様抱っこだ。

「きゃっ! 降ろして! 自分で歩けます!」

「暴れると落ちるよ。それに、脱走犯には拘束が必要だ」

彼は軽々と私を抱えたまま、中庭を歩き出した。

すれ違う侍女や庭師たちが、驚きのあまり口を開けて見ている。

「あ、あれは宰相閣下……?」

「女性を抱いていらっしゃる……?」

「まさか、あの噂の……?」

ひそひそ話が聞こえてくる。

恥ずかしい。

死ぬほど恥ずかしい。

私は顔を隠そうと、思わずルーカス閣下の胸に顔を埋めてしまった。

「あーあ、顔が赤いよ。熱でもあるのかな?」

「うるさい! 黙って運んでください!」

「はいはい。……捕まえたよ、私の青い鳥」

彼は楽しそうにクスクスと笑いながら、私を再びあの「牢獄」へと連れ戻していくのだった。

逃亡、失敗。

所要時間、わずか五分。

私の自由への道は、氷の壁に阻まれて、ますます遠のいてしまったのである。
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