「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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バァァァン!!

静寂を破るように、宰相執務室の重厚な扉が乱暴に開け放たれた。

「ダイアナ! 迎えに来てやったぞ!」

大声と共に現れたのは、息を切らせたエドワード殿下だ。

背後には、止めようとして失敗した近衛騎士たちが困惑した顔で立っている。

しかし、その騒音も今の私にはBGM程度にしか聞こえなかった。

私は机にかじりつき、一心不乱にペンを動かしていたからだ。

「……ええと、ここを削減して予備費に……あ、この条文は法改正が必要だから法務省へ差し戻し……」

「おい、無視するなダイアナ!」

殿下がドカドカと歩み寄ってくる。

私はチラリと彼を一瞥し、すぐに手元の書類に視線を戻した。

「うるさいですね。今、忙しいんです。そこに座って静かにしていてください」

「なっ、なんだその態度は! 僕は王太子だぞ!」

「王太子だろうが神様だろうが、計算の邪魔をする奴は敵です。……あ、ここ計算合わない。またやり直しじゃない!」

私は苛立ち紛れに舌打ちをした。

殿下は私が怯えていないことに驚いたようだが、すぐに「ハッ」と鼻で笑った。

「そうか、わかったぞ。強がっているのだな?」

「……は?」

「見ろ、その目の下のクマを。髪も乱れ、指先はインクで汚れている。宰相にこき使われ、ボロボロにされているのだろう? 可哀想に」

殿下は憐れむような目つきで私を見下ろした。

「ルーカス宰相は冷徹な男だ。僕との婚約破棄を理由に、貴様に無理難題を押し付けているに違いない。だが、安心していい」

彼は大仰に手を広げた。

「僕に謝れば、助けてやる。リリーナへのいじめを認め、彼女の足元に跪いて謝罪するなら、側室として城に戻ることを許してやろう」

「……」

私はペンを止めた。

ゆっくりと顔を上げ、殿下を凝視する。

「……側室?」

「そうだ。正妃はリリーナだが、貴様には事務処理の才能があるからな。リリーナの補佐役としてなら置いてやってもいい。感謝しろよ?」

プツン。

私の中で、何かが切れる音がした。

それは理性の糸か、あるいは我慢の限界か。

私は椅子を蹴って立ち上がった。

「寝言は寝て言ってください、この無能王子!!」

「む、無能……っ!?」

「補佐役? ふざけないでください! 誰のせいで私が今、こんな残業地獄に陥っていると思っているんですか! 全部あなたが適当な仕事をしたツケでしょう!」

私は手元にあった書類の束を掴み、殿下の胸に押し付けた。

「ぐわっ!? な、なんだこれは!」

「あなたが承認した『南部リゾート開発計画書』の修正案です! 目を通してください!」

「え、えーと……『銅像の建設予定地は地盤が軟弱なため中止』……『観覧車の予算は全額、灌漑用水路の補修に充てる』……? なんだこれは! 僕の夢のランドマークが全部消されているじゃないか!」

「当たり前です! 農地を潰して遊園地を作るバカがどこにいますか! 食料自給率を下げる気ですか!」

「だが、リリーナが観覧車に乗りたいと……」

「リリーナ様が月に飛びたいと言ったらロケットを作るんですか!? 公私混同も甚だしい! 王族としての自覚がないんですか!」

私の剣幕に、殿下はタジタジと後ずさる。

「そ、そんなに怒らなくても……」

「怒りますよ! この修正作業のせいで、私のスローライフ計画は三年延期になったんですからね! 慰謝料を追加請求したいくらいです!」

私は肩で息をしながら睨みつけた。

殿下は目を白黒させている。

そこへ、今まで黙って成り行きを見ていたルーカス閣下が、ゆったりと口を開いた。

「聞いた通りだ、殿下」

閣下は優雅に立ち上がり、私の隣に来て肩に手を置いた。

その手つきは、所有物を誇示するかのようだ。

「ダイアナ嬢は、君の下へ戻るつもりはないそうだ。彼女は今、私の最も重要な『戦力』なのでね」

「る、ルーカス宰相……! 貴様、ダイアナを洗脳したのか!」

「洗脳? 人聞きが悪い。これは正当な雇用契約だ。彼女は君の下では発揮できなかった才能を、ここで存分に開花させている」

ルーカス閣下は冷ややかな瞳で殿下を見据えた。

その迫力に、殿下の顔が引きつる。

「それに、殿下。執務室を抜け出して油を売っている暇がおありかな? 先ほどお父上――国王陛下から連絡があったぞ」

「ち、父上から?」

「ええ。『王子が執務室にいないようだが、どこへ行った』と大層お怒りでした。今すぐ戻らなければ、廃嫡の話が進むかもしれませんよ?」

「ひぃっ!?」

廃嫡という単語に、殿下の顔色が土色に変わる。

「わ、わかった! 戻る! 戻ればいいんだろう!」

殿下は踵を返し、逃げるように扉へと走った。

だが、去り際に捨て台詞を吐くことも忘れない。

「お、覚えてろダイアナ! 後で泣きついてきても知らないからな! リリーナの方が百倍可愛いんだからな!」

バタンッ!

扉が閉まり、ようやく静寂が戻ってきた。

「……はぁ」

私は大きなため息をつき、椅子に座り込んだ。

ドッと疲れが出た。

「災難だったな」

ルーカス閣下が、淹れたての紅茶を差し出してくる。

「ありがとうございます……。まったく、あんなのが次期国王だなんて、この国の未来はお先真っ暗ですね」

「だからこそ、君が必要なんだ」

閣下は私のデスクの端に腰掛け、面白そうに私を見下ろした。

「先ほどの啖呵、見事だったよ。『無能王子』と言い放った貴族令嬢は、建国以来君が初めてだろう」

「……あ」

私は遅まきながら青ざめた。

「不敬罪……ですよね、今の」

「通常ならな。だが、ここでは私が法だ。君の発言は『業務上の正当な指摘』として処理しておこう」

「そ、それはどうも」

「それにしても」

ルーカス閣下は、私が修正した書類を手に取り、満足げに頷いた。

「これだけの修正案を、怒鳴り合いながら完成させるとは。やはり君の処理能力は異常だ」

「怒りをエネルギーに変えただけです」

「素晴らしいエコシステムだ。では、そのエネルギーで次はこれを頼む」

ドンッ。

新たな書類の山が追加された。

「……なんですか、これ」

「殿下が去り際に落としていった、未処理案件の一部だ。『わからないから後でやる』ボックスに入っていたやつだね」

一番上の書類を見る。

『王立アカデミーの給食費未払い問題』

『騎士団の馬小屋の屋根修理願い(至急)』

『隣国からの親書(未開封)』

「……」

私は天を仰いだ。

「あのバカ……! こんな重要なものを放置して!」

「やるかい? それとも、見なかったことにして国を傾けるかい?」

ルーカス閣下は悪魔の選択を突きつけてくる。

私はギリギリと歯ぎしりをした。

やるしかない。

ここで放置すれば、未来の私が困るのだ(主に税金が上がるとか、治安が悪化するとかで)。

「やりますよ! やればいいんでしょう! その代わり閣下!」

「なんだい?」

「今日の夕食は、最高級のステーキにしてください! 赤ワインもつけて!」

「承知した。シェフに最高のものを用意させよう」

ルーカス閣下は、まるで聞き分けの良い子供をあやすように微笑んだ。

こうして、私の『懲役(デスクワーク)』初日は、怒号とステーキの味と共に更けていったのである。

しかし、私はまだ知らなかった。

逃げ道を塞がれたのは、仕事の面だけではないということを。

「……ふふ。逃がさないよ、私のダイアナ」

背後で聞こえた甘い呟きは、ステーキを焼く音にかき消されて、私の耳には届かなかった。
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