「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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「ごちそうさまでした。大変おいしゅうございました」

私は空になったティーカップを置き、ナプキンで口元を拭った。

高級マカロンの甘さが脳に染み渡り、怒りで沸騰していた頭が少し冷静になった気がする。

だが、騙されてはいけない。

目の前にいるのは、砂糖でコーティングされた毒薬のような男、ルーカス・ヴァレンタイン宰相だ。

「それは良かった。では、仕事に戻ろうか」

ルーカス閣下は当然のようにペンを差し出してくる。

私はそれを華麗にスルーして立ち上がった。

「いいえ、戻りません。お菓子につられてうっかり和んでしまいましたが、私の意思は固いです。帰ります」

「……そうか。残念だ」

意外にも、ルーカス閣下は素直に引き下がった。

「引き止めはしないのか?」

「無理強いは私の趣味ではないからね。君がどうしてもと言うなら、止める権利はない」

「えっ……?」

あまりにあっさりとした反応に、私は逆に拍子抜けしてしまった。

さっきまでの『国家機密だ』とか『逃がさない』という執着はどこへ行ったのか。

「本当ですか? 近衛騎士に捕縛させたりしませんか?」

「ああ。扉の前の騎士たちは撤収させた」

「窓から連れ戻したりもしませんか?」

「君が飛び降りない限りはね」

閣下は涼しい顔で書類を整理し始めた。

「君の希望通り、自由を満喫するといい。……もっとも、君が『帰る場所』が存在していればの話だが」

出口へ向かおうとした私の足が、ピタリと止まる。

背筋に悪寒が走った。

「……どういう意味ですか?」

私は恐る恐る振り返る。

ルーカス閣下は、一枚の羊皮紙をヒラヒラと振っていた。

「先ほど、エドワード王子から緊急の承認要請が届いてね。君がいなくなったことで張り切っているらしい。『僕がこの国を改革する!』と意気込んで、新しい都市開発計画書を送ってきたんだ」

「都市開発……?」

嫌な予感がする。

あのバカ王子が考える「改革」なんて、ろくなものではない。

「どこを開発するつもりなんですか?」

「君が引退後に住もうとしていた、南部のベルン地方だ」

「なっ……!?」

ベルン地方。

そこは気候温暖、土地は肥沃、そして何より王都から遠く離れた静かな田舎町だ。

私が綿密なリサーチの末に選んだ、スローライフの聖地である。

「まさか……」

「王子はそこに『巨大なエドワード像』と『愛のテーマパーク』を建設するつもりらしい。そのために、農地をすべて潰してコンクリートで埋め立てる計画だ」

「はあああああ!?」

私は執務室が揺れるほどの大声を出した。

「正気ですか!? あそこは国内有数の穀倉地帯ですよ!? それを潰して、銅像と遊園地!? 飢饉を起こす気ですか!」

「私もそう思う。だが、王子の命令書には『直ちに着工せよ』とある。そして今、この国の予算執行権を持つ君の代役――リリーナ嬢が、訳もわからず承認印を押してしまったそうだ」

「あのアホ女ァァァァ!!」

私は頭を抱えた。

リリーナ嬢は可愛いものと甘いもの以外に興味がない。

「エドワード様の銅像? 素敵!」くらいのノリでハンコを押したに違いない。

「このままだと、明日には工事が始まるな。君の夢のマイホーム予定地も、銅像の台座の下だ」

ルーカス閣下は、まるで他人事のように肩をすくめた。

「まあ、君には関係のない話か。自由の身だものな」

「関係大ありです!! 私の安住の地が!」

「おや、止めるのか? しかし、この計画を白紙撤回できる権限を持つのは、宰相である私か、あるいは……」

彼は意味ありげに言葉を切り、手元の書類を指先でトントンと叩いた。

「私の『全権委任された補佐官』だけだ」

罠だ。

これは、あまりにも露骨で、しかし回避不可能な罠だ。

私がここを出ていけば、私の夢(スローライフ)は破壊される。

守るためには、ここに残って権力を行使するしかない。

「……閣下」

「なんだい?」

「性格が悪すぎませんか?」

「よく言われるよ。褒め言葉として受け取っておこう」

彼は悪魔的に美しい笑みを浮かべた。

私はギリギリと奥歯を噛み締め、ドカドカとデスクに戻った。

「貸してください、そのペン!」

「おや、働く気になったのかな?」

「違います! 私の平和を守るための自衛行動です! そのふざけた計画書をよこしてください、今すぐ却下印を叩き押してやりますから!」

「助かるよ。ついでに、この追加予算案の精査も頼めるかな? テーマパーク建設に伴う、王都の地下水道工事の計画書だ」

「ついでが重い!!」

私はひったくるように書類を受け取り、再び猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。

(覚えてらっしゃい、エドワード! リリーナ! そしてルーカス・ヴァレンタイン!)

私の怒りは、すべて事務処理能力へと変換されていく。

   ◇ ◇ ◇

一方その頃、王城の王太子執務室。

「……ねえ、エドワード様。まだ終わらないのですかぁ?」

甘ったるい声が部屋に響く。

ソファに寝そべったリリーナが、退屈そうに足をぶらつかせていた。

デスクに向かうエドワード王子の額には、脂汗が滲んでいる。

「ま、待ってくれリリーナ。今、この書類を読んでいるところだ……」

王子の目の前には、未処理の書類が山のように積まれていた。

ダイアナがいなくなってから、まだ数時間しか経っていない。

それなのに、なぜか書類は増える一方だった。

「なんかぁ、難しい言葉ばっかりでつまんなぁい。ダイアナ様がいれば、全部やってくれたのにぃ」

「……っ」

リリーナの無邪気な言葉が、エドワードの胸に突き刺さる。

(くそっ、なぜだ? ダイアナがやっていた時は、こんなに大変そうには見えなかったぞ)

エドワードの記憶の中のダイアナは、いつも涼しい顔で茶を飲み、優雅に微笑んでいた。

「殿下、サインをお願いします」と差し出される紙に、自分はただ名前を書くだけでよかった。

だから、公務なんて簡単なものだと思っていたのだ。

『これならリリーナにもできる』と。

だが、現実は違った。

「殿下! 南部の代官から緊急の通信です! 『予算が承認されたのに、着工許可証が届かないとはどういうことか』と怒鳴り込んでおります!」

「殿下! 北の国境警備隊より、『食料補給が途絶えた、餓死させる気か』との苦情が!」

「殿下! 明日の舞踏会の招待客リストですが、AランクとBランクの貴族が重複しています! このままでは席順が決まりません!」

次々と飛び込んでくる文官たちの悲鳴。

エドワードはパニックになりかけていた。

「う、うるさい! 順番に喋れ! ええと、南部の件は……許可証? なんだそれは。僕がさっき承認したのではないのか?」

「承認と許可は別です! 関係各所への根回しと、資材調達の命令書が必要なんですよ!」

「知らん! そんな細かいこと、ダイアナは何も言っていなかったぞ!」

「ダイアナ様は、殿下が承認する前に全ての手配を完了させていたのです!」

文官の悲痛な叫びに、エドワードは言葉を失った。

(あいつ……まさか、これほどの量を一人で?)

「ねえエドワード様ぁ。私、お腹すいたぁ。ケーキ食べたぁい」

空気の読めないリリーナの声に、初めてエドワードの中に苛立ちが芽生えた。

「リリーナ、少し黙っていてくれないか! 今、集中しているんだ!」

「ひっ……! ど、どうして怒鳴るの? エドワード様、怖い……」

リリーナが嘘泣きを始めるが、今のエドワードには彼女を慰める余裕などなかった。

「くそっ……ダイアナ……ダイアナはどこだ!?」

無意識のうちに、彼は元婚約者の名前を叫んでいた。

彼女がいれば、こんなカオスは一瞬で収まるはずだ。

「おい! ダイアナを呼んでこい! すぐにだ!」

「そ、それが……」

文官の一人が、顔を青ざめて報告する。

「ダイアナ様は現在、宰相閣下の執務室にいらっしゃるとの情報が」

「ルーカス宰相だと?」

エドワードの眉が跳ね上がった。

あの「氷の閣下」のところに?

まさか、ダイアナがいじめの罪で捕まったのか?

「……ふん、いい気味だ。やはり僕がいないとダメなんだな」

エドワードは歪んだ笑みを浮かべ、立ち上がった。

「よし、僕が迎えに行ってやる。泣いて謝れば、許してやらんでもない」

勘違いも甚だしい王子は、意気揚々と部屋を出て行った。

それが、虎の尾を踏みに行く行為だとも知らずに。
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