「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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王城の廊下には、目に見えない「怪物」が棲んでいる。

それは『噂』という名の、足の速い怪物だ。

昨日の夜会での婚約破棄騒動。

そして、その後の宰相執務室での騒ぎ。

これらの情報は、瞬く間に城中に拡散し、尾ひれがつき、背びれが生え、今やとんでもない姿になって飛び交っていた。

   ◇ ◇ ◇

「おい、聞いたか? 例の悪役令嬢の話」

給湯室で、若い衛兵たちがひそひそと話している。

「ああ。なんでも、あの『氷の宰相』閣下を魔法でたぶらかして、執務室に居座っているらしいぞ」

「恐ろしい女だ。王子を捨てたかと思えば、次は国のナンバー2を籠絡するとは……」

「いや、俺が聞いた話は違うぞ。閣下が彼女を『監禁』しているらしい」

「監禁?」

「ああ。執務室から一歩も出さず、夜な夜な……その、あられもないことを……」

「マジかよ! あの仕事人間の閣下が!? よっぽどダイアナ嬢の体が良かったのか……」

「しっ! 声が大きい! 聞かれたら消されるぞ!」

彼らは青ざめながら、慌てて持ち場へと戻っていった。

   ◇ ◇ ◇

一方、噂の震源地である宰相執務室。

そこには、確かに『あられもない』姿の令嬢がいた。

「……ううぅ……肩が……腰が……」

私、ダイアナ・バークリーは、机に突っ伏して呻いていた。

髪はボサボサ。

指先はインクで真っ黒。

目の下にはクマができている。

「あられもない」というか、「なりふり構わない」姿である。

「限界です……。もう数字を見たくない……。『0』が全部、王子の間抜け面に見えてきました……」

「それは重症だね」

向かいの席で、ルーカス閣下が優雅にページをめくりながら笑った。

彼は相変わらず涼しい顔だ。

同じ時間働いているはずなのに、なぜこの男は疲れないのか。

魔族なのか。

「少し休憩しようか。噂話の種も仕入れたことだし」

「噂話……?」

私が顔を上げると、ルーカス閣下は一枚のメモをヒラヒラとさせた。

「私の影(密偵)からの報告だ。城内で今、我々がどう言われているかまとめさせた」

「……ろくな内容じゃなさそうですね」

「聞いてみるかい? 傑作だよ」

彼は楽しそうに読み上げ始めた。

「その一。『悪役令嬢ダイアナは、宰相の弱みを握って脅迫し、国政を裏で操っている女帝である』」

「……過大評価もいいところです。操っているのは国政じゃなくて電卓です」

「その二。『ルーカス宰相はダイアナ嬢に惚れ込み、彼女を独占するために執務室を愛の巣に変えた』」

「愛の巣!? ここが!? この書類の墓場がですか!?」

私は部屋を見渡した。

色気のかけらもない。

あるのは紙とインクと、カフェイン中毒になりそうな量の紅茶だけだ。

「その三。『二人はすでに極秘結婚しており、現在、子作り……ゴホン、世継ぎの準備に励んでいる』」

「ブッ!!」

私は飲んでいたお茶を吹き出した。

「な、な、何を言ってるんですか外野は! 励んでませんよ! 励んでいるのは財政再建だけですよ!」

「惜しいな。私はその噂なら実現してもいいと思っているのだが」

「真顔でセクハラ発言しないでください!」

私は抗議したが、ルーカス閣下はどこ吹く風だ。

彼は立ち上がると、私の背後に回り込んだ。

「さて、噂がどうあれ、君が疲れているのは事実だ。福利厚生の一環としてマッサージをしてあげよう」

「え? いえ、結構です。宰相閣下に肩を揉ませるなんて、不敬罪で首が飛びます」

「婚約者だから問題ない。それに、私の指圧は一流だよ」

言うや否や、彼の大きな手が私の肩に乗った。

そして、絶妙な力加減で揉みほぐし始める。

「んっ……あ……」

悔しい。

上手い。

凝り固まった筋肉のツボを、的確に突いてくる。

「……そ、そこ……効きます……」

「ここかな? 君は右肩が凝りやすいようだね。計算するときに力が入っている証拠だ」

「あぅ……ふ、深く入って……」

「力を抜いて。もっと楽にしていい」

彼の指が、首筋から背中へと滑る。

気持ちよさに、私はついトロリとした声を漏らしてしまった。

「はぁ……だめ、そんなところ……」

ガチャ。

その時、タイミング悪く扉が開いた。

「し、失礼します! 近衛騎士団より、緊急の報告が……!」

入ってきたのは、まだ十代と思われる若い新米騎士だった。

彼は部屋に入った瞬間、硬直した。

彼の目にはどう映っただろうか。

髪を乱し、頬を紅潮させ、「だめ、そんなところ」と喘ぐ私。

そして、私の背後から覆いかぶさるようにして、体に触れているルーカス閣下。

どう見ても、『事後』か『最中』だ。

「あ……」

新米騎士の顔が、茹でダコのように真っ赤になった。

「も、ももも、申し訳ございませんんん!! お取り込み中とは知らず!! し、失礼しましたァァァ!!」

彼は凄まじい勢いで回れ右をし、扉を閉めて逃げ出した。

ドタドタドタ……という足音が遠ざかっていく。

「……」

部屋に、気まずい沈黙が降りた。

「……閣下」

「なんだい?」

「今の、絶対誤解されましたよね」

「そうだね。『噂その三』が真実味を帯びてしまったな」

「他人事みたいに言わないでください! 私の評判が! 嫁入り前の娘の純潔の噂が!」

「嫁入り先は私だから問題ない」

ルーカス閣下は満足げに私の肩をポンと叩いた。

「これで外堀はさらに埋まった。君がここから逃げ出そうとしても、誰も君を『ただの補佐官』とは見てくれないよ」

「……悪魔」

「ありがとう。さあ、体も解れたことだし、次は夜会の準備だ」

「はい?」

私は耳を疑った。

「夜会? まさか、行くんですか?」

「当然だ。今夜は隣国の使節団を歓迎するパーティーがある。私が主催だ」

「私は関係ないですよね? ここで留守番を……」

「まさか。私の婚約者が不在では、また変な噂が立つ。それに」

ルーカス閣下は、部屋の隅にあるクローゼットを開けた。

そこには、いつの間に用意したのか、深紅の夜会用ドレスがかかっていた。

「君には今日、私の『パートナー』として、他国にその有能さを見せつけてもらわなければならない」

「……仕事ですか」

「外交という名の戦場だ。君の得意分野だろう?」

彼はドレスを手に取り、私に突きつけた。

「さあ、着替えて。メイク担当も呼んである」

「拒否権は?」

「ない。その代わり、成功報酬として『特級ロースハムの詰め合わせ』を追加しよう」

「……やります」

私は即答した。

悲しいかな、私の体はスローライフ(と美味しいもの)への欲望で動いている。

(見てなさいよ! 噂なんて実力でねじ伏せてやるんだから!)

私はドレスをひったくり、更衣室へと向かった。

だが、私はまだ気づいていなかった。

夜会という公の場に出ることが、ルーカス閣下の「独占欲」をさらに刺激することになるとは。

そして、あのバカ王子との再会が、またしても波乱を呼ぶことを。
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