「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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「……悪人面ですね」

鏡に映る自分を見て、私は正直な感想を漏らした。

今夜の私は、いつもの地味な作業着(ドレス)ではない。

ルーカス閣下が用意した、血のように深い真紅のイブニングドレス。

背中は大胆に開き、腰のラインが強調されたマーメイドライン。

髪は高く結い上げられ、唇には鮮烈なルージュが引かれている。

どう見ても『清楚なヒロイン』ではない。

国を一つ二つ傾けそうな『傾国の悪女』の完成だ。

「そうかな? とても美しいよ。君の強さが引き立っている」

背後から現れたルーカス閣下が、鏡越しに私の目を見つめた。

彼もまた、漆黒の礼服を完璧に着こなし、その美貌と相まって『魔王』の風格が漂っている。

並ぶと完全に『魔王と女幹部』だ。

「閣下。この格好で会場に入ったら、昨日の噂がさらに加速すると思います」

「構わないさ。舐められるよりマシだ」

彼は私の腰に手を回し、エスコートの体勢を取った。

「今夜の相手は、隣国ガルド帝国の外交官、ボルグ伯爵だ。古狸で有名な男だよ。我が国の足元を見て、不平等な条約を結ぼうと画策している」

「ボルグ伯爵……ああ、あの『書類の決裁印がやたら薄い』で有名な」

「……君の人物データベースは独特だな」

「印影が薄い人間は、責任逃れの傾向があります。要注意人物ですね」

私はキッと表情を引き締めた。

私の仕事は、この外交戦に勝利し、報酬のロースハムをゲットすること。

そのためなら、悪女でも何でも演じてみせる。

「行きましょう、閣下。私のハムのために」

「……そこは『国のために』と言ってほしかったが、まあいい」

   ◇ ◇ ◇

大広間の扉が開かれた瞬間、会場の空気が一変した。

ざわめきが波が引くように消え、静寂が訪れる。

数百の視線が、私たち二人に突き刺さる。

「あ、あれは……ルーカス宰相閣下?」

「隣にいるのは……まさか、ダイアナ公爵令嬢か?」

「なんて……なんて妖艶な……」

ヒソヒソという声がさざ波のように広がる。

私は背筋をピンと伸ばし、扇子で口元を隠して『鉄壁の愛想笑い』を浮かべた。

「ふふ、見られていますわね」

「君があまりに美しいからだ。……チッ、男どもの視線が鬱陶しい」

ルーカス閣下は笑顔のまま、周囲に氷点下の殺気を撒き散らした。

彼の腕に力がこもる。

まるで「俺のものだ」と主張するように、私をぴったりと自分に引き寄せた。

「あら、ルーカス様ぁ。そんなに睨んでは、皆様が凍ってしまいますわ」

「君に見惚れていいのは私だけだ」

「はいはい」

甘い会話(に見える業務連絡)をしながら会場を進む。

すると、前方の群衆が割れ、見知った顔が現れた。

エドワード殿下と、リリーナ嬢だ。

「だ、ダイアナ……?」

殿下は私を見るなり、持っていたグラスを取り落としそうになった。

「な、なんだその恰好は! 背中が出すぎじゃないか! はしたない!」

「ごきげんよう、殿下。ファッションへのご指摘、ありがとうございます。ですが今の私の管理者はルーカス閣下ですので、苦情はそちらへ」

「ぐぬぬ……! それにしても、綺麗だ……いや、綺麗すぎる……」

殿下は顔を赤くして私を凝視している。

昔は「地味で可愛げがない」と言っていたくせに、現金なものだ。

「ムキーッ!!」

当然、面白くないのはリリーナ嬢だ。

彼女はパステルピンクのフリフリドレスを着ているが、今の私の隣では、どうしても幼く見えてしまう。

「なによその厚化粧! 魔女みたい! エドワード様、あんなおばさん見ないでください!」

「リリーナ様。声が大きくてよ。品位が疑われますわ」

私が冷ややかに見下ろすと、彼女は「ひぃっ」と怯んで殿下の後ろに隠れた。

相手にしている暇はない。

本命の敵が近づいてきたからだ。

「フォッフォッフォ。これはこれは、宰相閣下」

太鼓腹を揺らしながら現れたのは、脂ぎった顔の男。

ガルド帝国のボルグ伯爵だ。

「夜会にお招きいただき感謝しますぞ。……おや? そちらの麗しい女性は?」

伯爵のいやらしい視線が、私の胸元から足先までをねっとりと舐める。

不快指数マックスだ。

ルーカス閣下の目が据わるのがわかったが、私は扇子でそれを制した。

「初めまして、ボルグ伯爵。宰相閣下の婚約者、ダイアナ・バークリーと申します」

「ほう! 婚約者! あの噂は本当でしたか。いやはや、宰相閣下も隅に置けない。このような美女を侍らせて」

伯爵は下卑た笑みを浮かべた。

「しかし、美しいだけの花に、外交の話は退屈でしょうな。あちらでケーキでも食べていてはいかがかな? 大人の話は男同士で……」

「あら」

私は扇子をパチンと閉じた。

「『大人の話』とは、先日ご提案いただいた、鉄鉱石の輸入関税引き上げの件でしょうか?」

伯爵の目が丸くなる。

「なっ……なぜそれを?」

「拝見しましたわ。我が国からの鉄鉱石に、従来の一・五倍の関税をかけるとか。……随分と強気なご提案ですこと」

「フォッフォ、我が国も財政が厳しくてね。嫌なら売らなくても結構ですぞ? 困るのは輸出先を失うそちらでしょうが」

伯爵は勝ち誇った顔をした。

確かに、我が国の主要産業は鉱業だ。

大口顧客である帝国に買ってもらえなければ、経済は大打撃を受ける。

それを盾に取った脅しだ。

ルーカス閣下が口を開こうとしたが、私は一歩前に出た。

「そうですか。では、売るのをやめます」

「……は?」

伯爵が固まった。

「やめると言ったのです。我が国の鉄鉱石は、すべて第三国……東方の島国へ輸出することに決定しました」

「な、何を馬鹿な! 東方への輸送コストはどうするんだ! 赤字になるぞ!」

「いいえ。計算しました」

私は頭の中の電卓を弾いた。

「確かに輸送費はかかります。ですが、東方の国は現在、大規模な鉄道建設ラッシュです。鉄の需要は貴国の比ではありません。単価を二割上げても、彼らは喜んで買います。輸送費を差し引いても、貴国に売るより利益は一・二倍になりますわ」

「なっ……そ、そんな……」

「さらに」

私は畳み掛けた。

「貴国は今、軍備拡張のために鉄を必要としていますよね? 我が国からの供給が止まれば、武器の生産ラインがストップする。……困るのは、そちらではありませんか?」

伯爵の額から、滝のような汗が流れ始めた。

「ど、どこでその情報を……軍事機密だぞ……」

「王宮の倉庫に眠っていた『通商記録』と『輸入資材の推移グラフ』を見れば、素人でも予測できますわ。……ねえ、閣下?」

私が振り返ると、ルーカス閣下は愛おしすぎてたまらない、という顔で私を見ていた。

「ああ、その通りだ。ダイアナの計算に間違いはない。……さて、ボルグ伯爵。どうしますか? 関税を引き上げるなら、我々は即座に東方と契約しますが」

「ま、待て! 待ってくれ!」

伯爵は慌ててハンカチで汗を拭った。

「わ、わかった! 関税は据え置きだ! いや、むしろ引き下げよう! だから輸出は続けてくれ!」

「あら、引き下げていただけるのですか? 話がわかりますわねえ」

私はニッコリと、今日一番の『悪役令嬢スマイル』を見せた。

「では、すぐに契約書の修正を。……あ、もちろん、この場でサインしていただけますよね? 後で『記憶にない』なんて言わせませんから」

私はドレスの隙間から、なぜか持参していた契約書とペンを取り出した。

「な、なぜ契約書を携帯している!?」

「準備が良いのが私の美徳ですので」

伯爵は震える手でサインをした。

勝負ありだ。

   ◇ ◇ ◇

「……素晴らしい」

伯爵が逃げるように去った後、ルーカス閣下は私の腰を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「完璧だ、ダイアナ。君のその容赦のない詰め方、ゾクゾクしたよ」

「変な性癖に目覚めないでください。……でも、これでロースハムは私のものですね?」

「ああ、約束だ。最高級のハムを一年分贈ろう」

「一年分!?」

私が目を輝かせると、彼はクスクスと笑い、そのまま私をダンスフロアへと連れ出した。

音楽が始まる。

「一曲踊ろう。勝利のダンスだ」

「私、ダンスは得意じゃありませんよ。足を踏みます」

「構わない。君になら踏まれても本望だ」

「だから、変な性癖はやめてください」

私たちはステップを踏み出した。

会場中の視線が、再び私たちに集まる。

今度は恐怖や好奇心ではない。

羨望と、称賛の眼差しだ。

「……悔しいな」

踊りながら、ルーカス閣下が呟いた。

「何がですか?」

「君の有能さを、世界に見せつけてしまった。これでまた、君を欲しがる輩が増える」

彼は私の手を強く握りしめた。

「ダイアナ。君は一生、私の執務室から出してやらないからな」

その瞳は、冗談めかしているようで、底知れない執着に満ちていた。

私はふと、胸が高鳴るのを感じた。

ハムのせいではない。

この、国一番の切れ者である男が、私だけを必要としている。

その事実が、少しだけ嬉しかったのだ。

……遠くで、リリーナ嬢が「キーッ!」とハンカチを噛んでいるのが見えたが、今の私にはどうでもよかった。
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