「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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「……それで? なんの用ですか、殿下」

翌日の宰相執務室。

私は羽ペンを走らせながら、入室してきた珍客に冷ややかな視線を送った。

そこに立っていたのは、エドワード殿下だ。

ただし、いつもの自信満々な様子とは少し違う。

目の下にはクマがあり、自慢の金髪もどこかパサついている。

服のボタンも一つ掛け違えているような……いや、気のせいか。

「ダイアナ。昨夜の夜会での君は、見事だった」

殿下は咳払いをし、なぜかポーズを決めながら言った。

「ボルグ伯爵をやり込める知性。深紅のドレスを着こなす美貌。……僕は再確認したよ。やはり君は、王族の隣に立つべき女だと」

「はあ。お褒めに預かり恐縮ですが、私は現在、宰相閣下の婚約者としてここに立っておりますので」

「あんなのは無効だ!」

殿下は大声を上げた。

「書類上の詐欺だろう! 愛がない! 君だって、あんな冷血漢の下で働くより、僕の元へ戻りたいはずだ!」

「いえ、全く」

私は即答した。

「ここは快適ですよ。残業代は出るし、おやつは高級だし、何より上司が優秀なので『言ったことを五秒で忘れる』誰かさんと違ってストレスがありません」

「ぐっ……!」

殿下は言葉に詰まったが、すぐに気を取り直してニヤリと笑った。

「強がるなよ。君が意地を張っているのはわかっている。リリーナを選んだ僕への当てつけだろう?」

「……(会話が通じない)」

私は天を仰いだ。

このポジティブさは、ある意味才能だ。

「そこでだ、ダイアナ。僕は寛大な心で、君にチャンスを与えることにした」

殿下は胸を張り、恩着せがましく宣言した。

「僕との復縁を許してやろう!」

「……」

「ただし、正妃はリリーナだ。これは譲れない。君には『第一側室』兼『執務統括官』のポストを用意する。どうだ? 光栄だろう?」

私はペンを置いた。

ゆっくりと立ち上がり、殿下の前まで歩み寄る。

「殿下」

「なんだ? 嬉しすぎて言葉が出ないか? 今すぐ抱きついてきてもいいぞ」

殿下が両手を広げる。

私はその手を無視し、無表情で告げた。

「頭、大丈夫ですか?」

「……へ?」

「側室? しかも執務統括? 要するに、『リリーナ様とイチャイチャするから、面倒な仕事とお守りは全部お前がやれ』ということですよね?」

「い、いや、そういう言い方は……」

「お断りします。死んでも嫌です。来世でもお断りです」

私はビシッと言い放った。

「私は今、ルーカス閣下の下で『国を動かす仕事』をしています。あなたの『尻拭い』をする仕事に戻る気はありません」

「な、なんだと! 王太子である僕の命令が聞けないのか!」

「聞けませんね。私はもう、あなたの婚約者でも臣下でもありませんから」

「き、貴様……!」

殿下の顔が怒りで赤く染まる。

「いい気になるなよ! たかが公爵令嬢風情が! 僕がその気になれば、実家の公爵家ごと潰すことだって……」

「ほう?」

その時。

部屋の空気が、ピキリと凍りついた。

それまで黙って書類を読んでいたルーカス閣下が、ゆっくりと顔を上げたのだ。

「聞き捨てならないな、殿下。私の婚約者の実家を潰すとは、我がヴァレンタイン公爵家への宣戦布告と受け取ってよろしいか?」

「ひっ……!」

ルーカス閣下は立ち上がらなかった。

ただ座っているだけ。

それなのに、圧倒的な威圧感が殿下を押し潰す。

「そ、そうではない! 言葉のあやだ! ……だいたい宰相、お前が悪いんだぞ! ダイアナを独占しやがって! おかげで城の中は大混乱だ!」

殿下は半泣きで訴え始めた。

「今朝も! 朝食のパンが焦げていたんだ! 紅茶も渋い! 僕の靴下が見つからない! リリーナは『爪が割れた』と泣いて仕事しない! 誰も僕の言うことを聞かないんだ!」

「それは、殿下の人徳のなさと管理能力の欠如ですね」

ルーカス閣下は冷たく切り捨てた。

「ダイアナ嬢がいた頃は、彼女が全ての部署に目を光らせ、事前に根回しをしていたから回っていたのです。彼女がいなくなれば、当然の結果でしょう」

「だから返せと言っているんだ! ダイアナがいなきゃダメなんだよ僕は!」

殿下は駄々っ子のように叫び、あろうことか私の手を掴もうとした。

「頼むよダイアナ! 戻ってきてくれ! リリーナには内緒で、君を一番可愛がってやるから!」

「さわらないでください!」

私が手を振り払おうとした瞬間。

ガシッ。

殿下の手首が、横から伸びてきた手に掴まれた。

いつの間にか移動していたルーカス閣下だ。

「……痛い痛い! 折れる! 手首が折れる!」

殿下が悲鳴を上げるが、閣下は離さない。

その瞳は、絶対零度のアイスブルー。

「二度目はないと言ったはずですが?」

「あ、あがが……!」

「私の目の前で、私の婚約者を『側室』に誘う。あまつさえ『一番可愛がってやる』だと? ……随分と舐められたものだ」

ルーカス閣下の手首を握る力が強まる。

ミシミシ、と嫌な音がした。

「殿下。貴方がダイアナ嬢を必要としている理由は、『便利だから』でしょう?」

「そ、それが悪いか! 王族が優秀な人材を使って何が悪い!」

「悪くはありませんが、貴方には分不相応だ」

閣下は殿下の手を乱暴に放り出した。

「私は違う。私は彼女の才能を愛し、その性格を愛し、その存在そのものを欲している。……彼女を『道具』扱いする貴方とは、覚悟の次元が違うのです」

「る、ルーカス……」

私は思わず息を呑んだ。

彼の言葉は、あまりにも熱烈で、真剣だったからだ。

(演技……よね? 私をキープするための、方便よね?)

そう思いたいのに、胸がドクンと高鳴る。

殿下は手首をさすりながら、後ずさった。

「く、くそっ……! 覚えてろよ! 父上に言いつけてやる! 『宰相が王太子の腕を折ろうとした』ってな!」

「どうぞご自由に。その前に、貴方の執務室の未決裁書類の山を片付けてからにするのが賢明かと思いますが」

「うぐっ……!」

殿下は悔しげに私を一睨みし、捨て台詞を吐いた。

「ダイアナ! 僕を振ったことを後悔させてやるからな! 絶対に戻ってこさせてやる!」

バタンッ!

殿下は逃げるように去っていった。

二度目の撃退成功だ。

しかし、なぜだろう。

勝利の味よりも、妙な胸騒ぎがする。

「……ふぅ。嵐が去りましたね」

私がため息をつくと、ルーカス閣下が静かに近づいてきた。

「怪我はないか?」

「ええ、触れられる前に閣下が止めてくださったので」

「ならいい。……だが」

彼は私の肩を抱き寄せ、逃がさないように強く拘束した。

「虫がつかないように、もっと徹底的にマーキングする必要がありそうだ」

「……はい?」

「側室などと、ふざけたことを言わせないために。誰が見ても『ルーカス・ヴァレンタインのものだ』とわかるようにしておかなければ」

彼の瞳が、怪しく光る。

「ダイアナ。今夜は帰さないよ」

「いや、毎日帰してくれてませんよね!?」

「今日は特別だ。私の屋敷に来てもらう」

「はぁ!?」

王宮の執務室ではなく、私邸?

それはつまり、完全にプライベート空間への連れ込みではないか。

「ちょ、ちょっと待ってください! それは契約になかったはずです!」

「契約書第108条。『緊急時には、甲(ルーカス)の私邸にて業務を行うことができる』」

「そんな条文ありましたっけ!?」

「あるさ。……さあ、行こうか。私の屋敷のシェフは、王宮の料理長より腕がいいぞ? 特製ローストビーフが絶品だ」

「……ローストビーフ」

私の意志力が揺らいだ。

「厚切りですか?」

「極厚だ」

「……行きます」

私はチョロい。

自分でも呆れるほどチョロい。

こうして私は、復縁を迫る元婚約者を撃退した勢いで、今度は現婚約者(仮)の巣穴へと連れ込まれることになったのである。

だが、私はまだ知らなかった。

ルーカス閣下の独占欲が、ローストビーフ程度では済まされないレベルであることを。
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