「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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「エドワード……。余は、お前に失望した」

重厚な執務机の向こうで、国王陛下が深く溜め息をついた。

王城の最奥にある国王執務室。

そこには、針のむしろに座らされたエドワード殿下と、その横で黙々と電卓を叩く私、そして冷ややかな微笑を浮かべて直立するルーカス閣下の三人がいた。

「ち、父上……! 違うのです! 僕は騙されていたのです!」

殿下は必死に弁明する。

顔色は青を通り越して白く、額には冷や汗がびっしりと浮かんでいる。

「リリーナが……あのアマが、『これにハンコを押してくれなきゃ死んじゃう』と泣きついてきたから……僕は優しい心で……」

「黙れ」

陛下の一喝が部屋を震わせた。

「女の涙一つで国の予算を横流しする王太子がどこにいる! しかも、その金で買ったのが『光るドレス』だと? 国民が納めた血税をなんだと思っている!」

ドォン!

陛下が拳で机を叩く。

殿下は「ひいっ!」と悲鳴を上げ、小さく縮こまった。

「ダイアナ嬢。被害総額は?」

陛下に問われ、私は叩いていた電卓の手を止めた。

「はい、陛下。リリーナ嬢とその父バーンズ男爵による横領額、および不適切な公共事業による損失、さらにそれらの補填にかかる経費……。締めて、金貨八千五百枚になります」

「……はっっっせん!?」

殿下が素っ頓狂な声を上げて絶句した。

「そ、そんな馬鹿な! たかがドレスと宝石だぞ!?」

「工事現場のキャンセル料や、資材の廃棄費用、騙された住民への慰謝料も含まれています。……殿下、これはいわゆる『損害賠償』ですよ」

私は淡々と事実を突きつけた。

「ちなみに、王家のポケットマネーで払うとしても、殿下の小遣い三百年分です」

「さ、さんびゃくねん……」

殿下はガクリと膝をついた。

「エドワード。この落とし前、どうつけるつもりだ」

陛下の声の温度が下がる。

「民の信頼を損ない、国庫に大穴を開けた。……もはや、お前を次期国王として認めるわけにはいかん」

その言葉が出た瞬間、部屋の空気が張り詰めた。

「は、廃嫡……ですか?」

殿下が震える声で尋ねる。

「そうだ。お前を王籍から外し、地方の修道院へ送る。一生、神に祈って罪を償え」

「い、嫌だぁぁぁ! 修道院なんて! 粗食に耐えられない! ふかふかのベッドがないと眠れない!」

殿下は子供のように泣き叫んだ。

見苦しいことこの上ない。

しかし、陛下は冷徹だ。

「決定だ。書類はすぐに用意させる」

「ま、待ってください父上! まだチャンスを! 僕にはまだ、やり直す力があるはずです!」

殿下は床を這いずり回りながら、必死に助かる道を探しているようだった。

その視線が、不意に私に向いた。

「……そうだ! ダイアナ!」

殿下は弾かれたように立ち上がり、私の方へ駆け寄ってきた。

「ダイアナ! 君だ! 君が僕を支えればいいんだ!」

「は?」

「父上! 聞いてください! このダイアナが……有能な元婚約者が、再び僕の補佐に付けば、この負債などすぐに返せます! こいつは計算が得意なんです!」

殿下は私の肩を掴もうと手を伸ばした。

「ダイアナ、戻ってこい! 復縁だ! リリーナはもういない! 今度こそ君を正妃にしてやる! そうすれば父上も許してくださるはずだ!」

あまりのご都合主義に、私は開いた口が塞がらなかった。

自分が助かりたいがために、私を利用する気満々だ。

「お断りします」

私は即答した。

「私は修道院に行く趣味はありませんし、あなたの借金を返すために働く義理もありません」

「なんだと!? 君は僕を愛していたんじゃないのか!?」

「一度も愛していません。私が愛していたのは『定時退社』と『安眠』だけです」

「嘘だ! 強がるな! 僕のようなイケメン王太子に愛されて、嬉しくない女などいない!」

殿下は錯乱しているのか、私の拒絶を理解しようとしない。

「いいから来い! これは王命だ! 僕と結婚して、一生僕のために働け!」

殿下の指先が、私の腕に触れそうになった、その時。

バシィッ!!

乾いた音が響き、殿下の手が乱暴に弾かれた。

「……痛っ!?」

殿下が手を押さえて後ずさる。

私の前に、黒い壁のように立ちはだかったのは、ルーカス閣下だった。

「……汚らわしい手で、触れるな」

低く、地獄の底から響くような声。

普段の冷静な『氷の宰相』ではない。

怒りを通り越して、殺意すら感じるオーラが立ち昇っている。

「ル、ルーカス……! 貴様、王太子の私に暴力を……!」

「王太子? どこにいるのです?」

ルーカス閣下は、ゴミを見るような目で殿下を見下ろした。

「ここにいるのは、ただの『廃嫡予定の罪人』でしょう」

「なっ……!」

「それに、聞き捨てなりませんね。『一生僕のために働け』だと?」

閣下が一歩踏み出す。

殿下が二歩下がる。

「ダイアナの人生は、貴方のような無能の尻拭いのためにあるのではない。彼女の才能、時間、そして未来……その全ては、この私に捧げられるべきものだ」

「な、なんだその独占欲は! 気持ち悪いぞ!」

「なんとでも言え。だが、これだけは覚えておけ」

ルーカス閣下は、私の腰をぐっと抱き寄せ、国王陛下の前であることも忘れて宣言した。

「ダイアナは私の婚約者だ。彼女に指一本でも触れてみろ。……その時は、廃嫡どころでは済まさん。社会的に、いや、物理的に抹殺する」

ヒュッ。

殿下が息を呑む音がした。

本気だ。

この男、本気で王族を消す気だ。

玉座の陛下でさえ、「お、おう……ルーカス、ほどほどにな」と若干引いている。

「わ、わかった! わかったよ!」

殿下は涙目で叫んだ。

「くそっ、どいつもこいつも! 僕を見捨てやがって! 覚えてろよ! 絶対に、絶対に取り返してやるからな!」

負け犬の遠吠えを残し、殿下は執務室から逃げ出そうとした。

しかし、扉の前で衛兵にガシッと腕を掴まれる。

「離せ! 僕は自分の部屋に戻るんだ!」

「いえ、殿下。陛下の命令により、本日から謹慎処分です。部屋からは一歩も出られません」

「そんなぁぁぁ! 僕の豪華なディナーは!? ふかふかのベッドはぁ!?」

ズルズルと引きずられていく殿下。

その情けない姿を見送りながら、私は深いため息をついた。

「……やっと、終わりましたね」

「いや、まだだ」

ルーカス閣下が、真剣な顔で私に向き直った。

「彼が諦めたとは思えない。窮鼠猫を噛むという言葉がある。完全に無力化するまでは、警戒が必要だ」

「これ以上、何をする気ですか?」

「徹底的な監視と、君の身の安全の確保だ。……今日から、私の屋敷に住みなさい」

「はい?」

私は耳を疑った。

「いや、昨日は『緊急避難』でしたけど、住むとなると話は別です。公爵邸に未婚の男女が同居なんて、スキャンダルになります」

「だから、結婚すればいい」

「論理が飛躍しています!」

「飛躍していない。合理的だ」

彼は私の手を取り、その薬指に口づけを落とした。

「式の日取りは来月だ。陛下にも許可は頂いた」

「へ?」

私は玉座を見た。

陛下は疲れた顔で、「もう好きにしろ。ルーカスに任せたほうが国は安泰だ」と手を振っている。

「ちょ、陛下!? 王族としての威厳は!?」

「ダイアナ。君も腹を括りたまえ」

ルーカス閣下は、逃がさないとばかりに私を抱きしめた。

「君はもう、とっくに『ヴァレンタイン公爵夫人(予定)』として認知されているんだ。今さら逃げられると思うなよ?」

「……ううぅ」

私は観念した。

廃嫡危機の王子の次は、この溺愛宰相との結婚危機(?)だ。

私のスローライフへの道は、どんどん遠ざかっていく。

だが、彼の腕の中は思いのほか心地よくて、私は抵抗する気力が削がれていくのを感じていた。

(……まあ、美味しいご飯と、この人の顔が見られるなら、しばらくは付き合ってあげてもいいかな)

なんて、少しだけデレそうになった自分を、私は必死に否定したのだった。

しかし、私たちは油断していた。

追い詰められた殿下が、最後の最後に、とんでもない暴挙に出ることを。

「僕のものにならないなら……いっそ、壊してしまえばいい」

暗い部屋で、元王子が狂気の瞳で呟いていることを、まだ誰も知らなかった。
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