「え、追放? 喜んで!」と即答したら、なぜか監禁(※執務室に)されました~

恋の箱庭

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「ふぅ……。疲れました」

国王陛下への謁見を終え、私たちは宰相執務室に戻ってきた。

重厚な扉が閉まった瞬間、私はドサリとソファに沈み込んだ。

王子の廃嫡騒動に、聖女詐欺の告発。

怒涛の展開に、私の脳内メモリはオーバーヒート寸前だ。

「お疲れ様。紅茶を淹れよう」

ルーカス閣下が、慣れた手つきでティーセットを用意し始めた。

湯気が立ち上るカップを受け取り、私は一口啜る。

香りが良い。

心が落ち着く。

……さて、仕事の話だ。

私は居住まいを正し、閣下に向き直った。

「閣下。先ほどは助けていただき、ありがとうございました」

「何のことだ?」

「エドワード殿下への牽制です。『婚約者だ』と啖呵を切ってくださったおかげで、殿下も諦めたでしょう。あそこまで迫真の演技をしてくださるとは、さすが氷の宰相閣下です」

私はニッコリと感謝の意を伝えた。

殿下のストーカー行為を止めるための、方便としての婚約宣言。

機転の利いた素晴らしいブラフだった。

「……演技?」

ルーカス閣下が、カップを持つ手を止めた。

怪訝そうな顔で私を見ている。

「ええ。陛下まで巻き込んでの大芝居、肝が冷えましたが……おかげで助かりました。これで私も、心置きなく『補佐官』としての業務に専念できます」

「ダイアナ」

閣下がカップをソーサーに置いた。

カチャリ、と硬質な音が部屋に響く。

「君は、まだ理解していないようだな」

「はい? 何をです?」

「あれは演技ではないと言っている」

彼は立ち上がり、執務机の引き出しから豪奢なベルベットの小箱を取り出した。

そして、私の目の前でパカッと開けた。

「……っ!?」

私は息を呑んだ。

中に入っていたのは、私の瞳の色と同じ、深い青色のサファイアの指輪だ。

しかも、デカい。

親指の爪くらいの大きさがある。

「これは……?」

「婚約指輪だ。王家御用達の宝飾店に特注で作らせた。裏には私のイニシャルと、君の名前が刻印されている」

「え、特注? いつの間に?」

「君を私の執務室に連れ込んだ初日に発注した」

「早すぎませんか!?」

「欲しいものは最短ルートで手に入れる。それが私の流儀だ」

ルーカス閣下は私の左手を取り、抵抗する隙も与えずに薬指に指輪を嵌めた。

ひんやりとした金属の感触。

サイズは驚くほどぴったりだった。

「う……」

「どうだ? 気に入ったか?」

「重いです……」

「宝石の重さか?」

「いいえ、金額の重さです。これ、売ったら城が建ちますよね? 怖くて手が震えます」

私がプルプルと震える手を掲げると、閣下は満足げに笑った。

「売っても構わないが、すぐに買い戻すよ。何度でもね」

「……あの、閣下。確認ですが」

私は冷や汗を拭った。

「本当に、私と結婚する気なんですか? 私は元悪役令嬢で、傷物ですよ? 公爵家当主の妻なんて務まりません」

「傷物? 誰がそんなことを言った」

閣下の目がスッと細められた。

「君は傷物などではない。むしろ、あの愚かな王子が手放したことで、ようやく本来の価値が輝きだした原石だ」

「買い被りです」

「それに、務まるかどうかは私が決める。……君以外に、私の隣でこの国の予算案をチェックし、外交交渉で相手を黙らせ、私の淹れた紅茶を美味しそうに飲む女性がいると思うか?」

「それは……人材不足なだけでは?」

「君がいいんだ、ダイアナ」

彼は私の頬を包み込み、逃げ場を塞いだ。

「私は君の、その数字に厳しく自分に甘いところが好きなんだ。仕事の鬼かと思えば、お菓子一つで笑顔になる。……見ていて飽きない」

「……っ」

直球の告白に、顔が熱くなる。

この人は、どうしてこうも恥ずかしげもなく愛を囁けるのか。

「ですが……父が何と言うか。公爵家同士の結婚となると、父は政略的なメリットがないと認めませんよ」

私は最後の砦として、実家の父を持ち出した。

父は強欲で計算高い男だ。

王太子との婚約が破棄された今、私をどこかの金持ち貴族に売り飛ばそうとしているはずだ。

「お父上なら、すでに了承済みだ」

「……はい?」

「昨日、バークリー公爵(君の父)と会談してきた」

ルーカス閣下は、またしても一枚の書類を取り出した。

『婚約合意書』と書かれている。

そこには、父の署名と捺印がバッチリとされていた。

「ど、どうやってあの強欲な父を説得したんですか!?」

「簡単なことだ。彼が欲しがっていた『北部の鉱山採掘権』の一部を譲渡した」

「鉱山んんん!?」

私は絶叫した。

「鉱山一つと引き換えに私を!? 安売りしすぎですお父様!」

「いや、私にとっては安い買い物だったよ。鉱山はいつか枯渇するが、君の才能と魅力は枯渇しないからな」

「……金銭感覚がおかしいです」

「投資と言ってくれ」

閣下は涼しい顔で書類をしまった。

「それに、結納金として『王都の別邸』も一軒譲った。お父上は泣いて喜んでいたよ。『娘をよろしく頼む、返品不可だ』と言っていた」

「へんぴんふか……」

実の親に返品不可の在庫処分扱いされていたとは。

私はガクリと項垂れた。

「つまり……外堀も内堀も、完全に埋められていると?」

「そういうことだ。城の堀も埋めたし、退路も断った。君に残された道は、ヴァレンタイン公爵夫人への一本道だけだ」

ルーカス閣下は、まるでチェスでチェックメイトを宣言するように微笑んだ。

「来週はドレスの試着だ。デザイナーは君の体型に合わせて、最高の布地を用意している」

「……仕事は?」

「もちろんやってもらう。結婚式の準備と並行してね」

「鬼ーっ!!」

私は叫んだ。

結婚準備だけでも忙しいのに、通常業務もこなせと?

「安心してほしい。結婚式も業務の一環だと思えばいい。効率的に進めよう」

「ロマンの欠片もない!」

「君が望むなら、ロマンチックな演出も用意するが? 例えば、式場まで白馬で迎えに行くとか」

「馬はお尻が痛くなるので馬車でいいです」

「合理的で助かる」

私は深いため息をついた。

もう、逃げ場はない。

指輪の重み。

父の裏切り(売却)。

そして、目の前の男の執着。

すべてが私を「公爵夫人」という檻に閉じ込めようとしている。

「……わかりましたよ。観念します」

私はヤケクソ気味に指輪を見つめた。

「その代わり、条件があります」

「なんだい? なんでも言ってみたまえ」

「結婚式の料理、私が監修します。メインは肉で、デザートはビュッフェ形式にします。招待客が引くくらいの量を出しますからね!」

「承認しよう。予算は無制限だ」

「言いましたね? 言質とりましたよ?」

「ああ。君が幸せなら、国庫が空になっても構わない」

「それはダメです。税金の無駄遣いは私が許しません」

私が即座に訂正すると、ルーカス閣下は声を上げて笑った。

「ははは! やはり君は最高のパートナーだ。……愛しているよ、私の厳しい花嫁」

彼は私の手を取り、再び口づけを落とした。

今度は薬指の指輪の上から。

誓約のキスだ。

私は顔を背けたが、耳まで赤くなっているのは自分でもわかった。

(……もう。勝てないわ、この人には)

私の完敗だ。

スローライフの夢は遠のいたけれど、この人と一緒なら、退屈しない人生にはなりそうだ。

そんなふうに、少しだけ前向きに諦めがついた、その時だった。

   ◇ ◇ ◇

「……くしゅん!」

王城の地下、薄暗い一室で、誰かがくしゃみをした。

そこは『反省室』という名の、窓のない独房だった。

謹慎処分を受けたエドワード元王太子が、粗末なベッドの上で膝を抱えていた。

「寒い……。お腹すいた……。なんで僕がこんな目に……」

彼はブツブツと呟いていた。

「全部、あいつのせいだ。ルーカス……僕のダイアナを奪い、僕をこんな場所に追いやった悪魔……」

エドワードの瞳に、狂気の色が宿り始めていた。

「許さない……許さないぞ……」

彼の目線の先には、壁に貼られた一枚の紙があった。

それは、ルーカスとダイアナの結婚を報じる号外新聞の切り抜きだった。

『世紀のカップル誕生! 氷の宰相と才女ダイアナ、来月挙式へ』

幸せそうに寄り添う二人の似顔絵。

それを睨みつけながら、エドワードは歪んだ笑みを浮かべた。

「結婚式……? させるかよ」

彼は懐から、小さな小瓶を取り出した。

リリーナが捕まる前に、こっそりと渡してきたものだ。

『困った時に使って』と言われた、怪しげな薬。

「僕のものにならないなら……いっそ、誰も手出しできないようにしてやる」

暗い笑い声が、地下室に響いた。

私たちの知らないところで、最後の時限爆弾がセットされようとしていた。
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