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「……ゼクスさん。念のためお聞きしますけれど、これは何かしら?」
私は、目の前の皿に鎮座する「茶色い塊」をフォークの背で叩いてみた。
コンコン、と小気味良い、石かレンガを叩いたような乾いた音が部屋に響く。
「何って、朝飯だろ。俺たちがいつも食ってる保存用の干し肉と、石焼きパンだ」
ゼクスは当然のような顔をして、その塊をナイフで力任せに切り裂こうとしている。
しかし、ナイフの刃は虚しく弾かれ、火花が散りそうだった。
「これでは朝食というより、攻城戦で使う投石用の石礫(いしつぶて)ですわ。あ、今、私のフォークが曲がりましたわよ?」
「……。悪かったな、うちはグルメな宮廷じゃねえんだ。食えれば何でもいいんだよ」
ゼクスは少し気まずそうに目を逸らし、力技でパンをスープ(らしき泥水のような液体)に浸し始めた。
私は立ち上がり、ふわりとドレスの裾を翻した。
「いけませんわ。美味しい食事は、明日への活力。こんなものを食べていては、誘拐業……いえ、騎士団としての士気に関わります」
「おい、どこに行くんだよ」
「決まっておりますわ。厨房です。ちょうど、私のトランクに忍ばせていた『緊急避難用セット』の中に、極上のコンソメとスパイスがありますの」
私はゼクスの制止を振り切り、昨日掃除させたばかりの厨房へと乗り込んだ。
そこには、やる気のない料理番の男が一人、煤けた鍋を眺めていた。
「あら、交代ですわよ。貴方はあちらで、ゼクスさんのパンをふやかす作業に戻りなさいな」
「はぁ? お嬢ちゃん、何言って……」
私は黙って、トランクから取り出した小さな瓶を見せた。
「これは、フローライト家御用達の秘伝の出汁ですわ。これを一口舐めれば、貴方の料理人生観がひっくり返りますわよ」
「……。嘘だろ、そんな魔法みたいなもんが――」
五分後。
厨房からは、香ばしいバターの香りと、食欲をそそるハーブの香りが漂い始めた。
砦のあちこちにいた騎士たちが、まるで笛の音に誘われるネズミのように、一人、また一人と食堂に集まってくる。
「なんだ、このいい匂いは……」
「団長、これ、お嬢ちゃんが作ってるのか?」
最後にはゼクスも、お腹の虫を鳴らしながら厨房の入り口に立っていた。
「お待たせいたしましたわ。本日のメニューは、『森の恵みの具沢山オムレツ』と『黄金のコンソメスープ』、そして『表面だけを軽く炙った香ばしいパン』ですわ」
私が大皿をテーブルに置くと、男たちの目が獲物を狙う狼のように光った。
「い、いただきます……」
ゼクスがおそるおそる、黄金色のスープを口に運ぶ。
一口。たった一口飲んだ瞬間、彼の動きが止まった。
「……っ!」
「ゼクスさん? お口に合いませんでしたかしら?」
「違う……。なんだこれ、細胞が沸き立つような味がする……。これに比べたら、今まで俺たちが食ってたのは、ただの泥水だ!」
ゼクスは憑りつかれたようにスプーンを動かし始めた。
他の騎士たちも、オムレツを口に放り込むなり、言葉にならない叫びを上げている。
「うめえええ! 卵がふわふわだ!」
「お嬢様! 俺、もう一生このオムレツだけでいいです!」
「団長! おかわり、おかわりをください!」
団長もまた、豪快にパンをスープに浸しながら、満足げに目を細めていた。
「アマリリス。あんた……ただの公爵令嬢じゃねえな。この味、軍隊を一つ買収できるレベルだぞ」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。でも、これくらい公爵家では当たり前ですのよ?」
私は優雅に微笑んだ。
本当は、隠し味にトランクの奥底に入れていた「高級はちみつ」を少々入れただけなのだが、彼らには秘密だ。
ひとしきり食べ終えたゼクスは、皿を舐め回さんばかりの勢いを抑え、深いため息をついた。
「……認めざるを得ない。お前をこのまま国境に放り出すのは、全騎士団員にとっての損失だ」
「あら、嬉しい。では、私をここで雇ってくださるのかしら?」
「雇うっていうか……。まあ、しばらくは『専属シェフ兼・人質』として置いてやる」
ゼクスの耳が少し赤いのは、きっとオムレツのスパイスが効きすぎたせいだろう。
「ただし! あまり調子に乗るなよ。俺たちは一応、ならず者なんだからな」
「わかっておりますわ、ゼクスさん。ところで、明日の朝食はクロワッサンを焼きたいのですけれど、強力粉とバターの補充をお願いできますかしら?」
「……。おい、部下の一人を街へ買い出しに行かせろ。今すぐだ!」
ゼクスの号令に、騎士の一人が元気よく返事をして飛び出していった。
誘拐されたはずの私は、いつの間にかこの砦の「胃袋の支配者」としての地位を確立しつつあった。
一方で、私の祖国では。
「アマリリスが作った料理で、王子が食中毒を起こした」という、さらなる荒唐無稽な噂が捏造されようとしていた。
私は、目の前の皿に鎮座する「茶色い塊」をフォークの背で叩いてみた。
コンコン、と小気味良い、石かレンガを叩いたような乾いた音が部屋に響く。
「何って、朝飯だろ。俺たちがいつも食ってる保存用の干し肉と、石焼きパンだ」
ゼクスは当然のような顔をして、その塊をナイフで力任せに切り裂こうとしている。
しかし、ナイフの刃は虚しく弾かれ、火花が散りそうだった。
「これでは朝食というより、攻城戦で使う投石用の石礫(いしつぶて)ですわ。あ、今、私のフォークが曲がりましたわよ?」
「……。悪かったな、うちはグルメな宮廷じゃねえんだ。食えれば何でもいいんだよ」
ゼクスは少し気まずそうに目を逸らし、力技でパンをスープ(らしき泥水のような液体)に浸し始めた。
私は立ち上がり、ふわりとドレスの裾を翻した。
「いけませんわ。美味しい食事は、明日への活力。こんなものを食べていては、誘拐業……いえ、騎士団としての士気に関わります」
「おい、どこに行くんだよ」
「決まっておりますわ。厨房です。ちょうど、私のトランクに忍ばせていた『緊急避難用セット』の中に、極上のコンソメとスパイスがありますの」
私はゼクスの制止を振り切り、昨日掃除させたばかりの厨房へと乗り込んだ。
そこには、やる気のない料理番の男が一人、煤けた鍋を眺めていた。
「あら、交代ですわよ。貴方はあちらで、ゼクスさんのパンをふやかす作業に戻りなさいな」
「はぁ? お嬢ちゃん、何言って……」
私は黙って、トランクから取り出した小さな瓶を見せた。
「これは、フローライト家御用達の秘伝の出汁ですわ。これを一口舐めれば、貴方の料理人生観がひっくり返りますわよ」
「……。嘘だろ、そんな魔法みたいなもんが――」
五分後。
厨房からは、香ばしいバターの香りと、食欲をそそるハーブの香りが漂い始めた。
砦のあちこちにいた騎士たちが、まるで笛の音に誘われるネズミのように、一人、また一人と食堂に集まってくる。
「なんだ、このいい匂いは……」
「団長、これ、お嬢ちゃんが作ってるのか?」
最後にはゼクスも、お腹の虫を鳴らしながら厨房の入り口に立っていた。
「お待たせいたしましたわ。本日のメニューは、『森の恵みの具沢山オムレツ』と『黄金のコンソメスープ』、そして『表面だけを軽く炙った香ばしいパン』ですわ」
私が大皿をテーブルに置くと、男たちの目が獲物を狙う狼のように光った。
「い、いただきます……」
ゼクスがおそるおそる、黄金色のスープを口に運ぶ。
一口。たった一口飲んだ瞬間、彼の動きが止まった。
「……っ!」
「ゼクスさん? お口に合いませんでしたかしら?」
「違う……。なんだこれ、細胞が沸き立つような味がする……。これに比べたら、今まで俺たちが食ってたのは、ただの泥水だ!」
ゼクスは憑りつかれたようにスプーンを動かし始めた。
他の騎士たちも、オムレツを口に放り込むなり、言葉にならない叫びを上げている。
「うめえええ! 卵がふわふわだ!」
「お嬢様! 俺、もう一生このオムレツだけでいいです!」
「団長! おかわり、おかわりをください!」
団長もまた、豪快にパンをスープに浸しながら、満足げに目を細めていた。
「アマリリス。あんた……ただの公爵令嬢じゃねえな。この味、軍隊を一つ買収できるレベルだぞ」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。でも、これくらい公爵家では当たり前ですのよ?」
私は優雅に微笑んだ。
本当は、隠し味にトランクの奥底に入れていた「高級はちみつ」を少々入れただけなのだが、彼らには秘密だ。
ひとしきり食べ終えたゼクスは、皿を舐め回さんばかりの勢いを抑え、深いため息をついた。
「……認めざるを得ない。お前をこのまま国境に放り出すのは、全騎士団員にとっての損失だ」
「あら、嬉しい。では、私をここで雇ってくださるのかしら?」
「雇うっていうか……。まあ、しばらくは『専属シェフ兼・人質』として置いてやる」
ゼクスの耳が少し赤いのは、きっとオムレツのスパイスが効きすぎたせいだろう。
「ただし! あまり調子に乗るなよ。俺たちは一応、ならず者なんだからな」
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「……。おい、部下の一人を街へ買い出しに行かせろ。今すぐだ!」
ゼクスの号令に、騎士の一人が元気よく返事をして飛び出していった。
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一方で、私の祖国では。
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