12 / 28
12
「……ああ、なんということだ! 私の忠実な聖騎士団までもが、あの魔女の毒牙にかかり、無惨にも全滅してしまったとは!」
ウィルフレッド王子は、誰もいなくなった野営地の天幕で、鏡に向かって髪を掻き乱していた。
実際には全滅どころか、全員が私のマドレーヌを食べて「美味しいです、お嬢様!」と感涙に咽んでいるのだが、王子の脳内では「凄惨な魔術による大虐殺」が展開されているらしい。
「このままでは私の面目が丸潰れだ。……いや、これはチャンスかもしれない。あのアマリリスが、隣国の無法者どもと手を組み、我が国へ反旗を翻したことにすれば……!」
王子は邪悪な笑みを浮かべ、震える手で最後の一通となる「特級親書」を書き上げた。
そこには、『アマリリス率いる魔王軍が、隣国の正規軍を密かに取り込み、我が国への侵略を開始した。即刻、国家総動員令を発令されたし』という、もはや妄想の域を超えた大嘘が記されていた。
この手紙が、母国フローライトの国王――つまり王子の父の元へ、最速の早馬で届けられることになるとは。
一方、そんな嵐の予感も知らず、砦の中は大賑わいだった。
「……ゼクスさん、この『お徳用・超大盛り焼きそば』というもの、意外と騎士の皆様に好評ですわね」
私は、大量のキャベツと肉を炒める香ばしいソースの香りに包まれながら、巨大な鉄板の前で満足げに頷いた。
「好評どころじゃねえよ! 聖騎士団の連中、今まで何を食わされてたんだ? ギデオンなんて、さっきから鉄板の端っこにこびりついたソースを、聖剣でこそぎ取ろうとしてるぞ」
ゼクスさんが呆れたように、元・聖騎士団長を指差した。
見れば、かつての威厳はどこへやら、ギデオン様は「この焦げ目こそが至高……」と虚ろな目で呟きながら、必死に鉄板を磨いている。
「よろしいことですわ。食欲があるのは健康な証拠ですもの。……あら、ギデオン様、ソースが跳ねて作業着が汚れていますわよ? 後で私が特製の洗剤で落として差し上げますわ」
「はっ! 恐縮です、アマリリスお嬢様! このシミは、私の忠誠の証として家宝にいたします!」
「それは不潔ですので、すぐに洗ってくださいな」
私がにっこり笑うと、ギデオン様は「はい、喜んで!」と小走りで洗濯場へ向かっていった。
「……アマリリス。お前、本当に恐ろしい才能を持ってるな。あの堅物で有名なギデオンを、たった一日で完全な『下僕』に変えちまうなんてよ」
ゼクスさんが隣に座り、私の焼いた焼きそばを口に運びながら言った。
「失礼ね。私はただ、皆様に正しい生活習慣と、美味しい食事の喜びを教えているだけですわ。それに、ゼクスさんだって、初めて会った時よりずっと素直になったではありませんか」
「……。……。……うるせえよ。俺は最初から、騎士としての職務を全うしてただけだ」
ゼクスさんは顔を背けたが、耳の先が少しだけ赤くなっている。
その時。
砦の屋上にいた偵察兵が、けたたましく鐘を鳴らした。
「団長! お嬢様! 大変です! 国境の向こう側で、見たこともない数の狼煙が上がっています! あれは……我が国の『総攻撃準備』の合図です!」
静まり返る食堂。
騎士たちは箸を止め、一斉に顔を上げた。
「……総攻撃? たかが一人の令嬢……いえ、一人の『魔女』を捕まえるために、国が動いたというのですか?」
私は首を傾げた。
「いや、違うな。……おい、伝令の魔法鏡を出せ!」
ゼクスさんが叫ぶと、ギデオン様が真面目な顔で鏡を持ってきた。
鏡の中に映し出されたのは、母国フローライトの掲示板の映像。そこには、目を疑うような見出しが躍っていた。
『魔王アマリリス、隣国と軍事同盟を締結! 近日中に王都への侵攻を開始予定! 国民よ、武器を取れ!』
「……。……。侵攻?」
私は自分の胸に手を当て、そっと考え込んだ。
「ゼクスさん。私、隣国の王族の方とお会いした記憶はありませんし、軍事同盟を結んだ覚えもありませんわ。あるのは、美味しい焼きそばの作り方を皆様に共有したという、平和な実績だけです」
「お前がそう思ってても、世界はそう見てねえんだよ! おい、これ完全に外交問題だぞ!」
ゼクスさんが頭を抱える。
「あの王子、自分自身の失態を隠すために、戦争を始めやがった! このままじゃ、この砦は二国の戦場になっちまうぞ!」
「戦争だなんて、そんな物騒な……。せっかく床をピカピカに磨いたのに、土足で踏みにじられたら堪りませんわ」
私は静かに、しかし決然と立ち上がった。
「ゼクスさん、ギデオン様。……こうなったら、私たちが『本物の魔王軍』に見えるように、さらに豪華なおもてなしを準備しなければなりませんわね」
「……お前、まだおもてなしで解決する気かよ!?」
ゼクスさんの絶叫が響く中、私はトランクの奥底から、これまで一度も使ったことのない「最高級・パーティ用演出魔法薬」を取り出した。
「喧嘩を売られたら、それを上回る『お祝い』で返すのが、フローライト公爵家の流儀ですの。皆様、今夜は大忙しになりますわよ!」
私の瞳に、かつてないほど「おせっかい」な光が宿った。
ウィルフレッド王子は、誰もいなくなった野営地の天幕で、鏡に向かって髪を掻き乱していた。
実際には全滅どころか、全員が私のマドレーヌを食べて「美味しいです、お嬢様!」と感涙に咽んでいるのだが、王子の脳内では「凄惨な魔術による大虐殺」が展開されているらしい。
「このままでは私の面目が丸潰れだ。……いや、これはチャンスかもしれない。あのアマリリスが、隣国の無法者どもと手を組み、我が国へ反旗を翻したことにすれば……!」
王子は邪悪な笑みを浮かべ、震える手で最後の一通となる「特級親書」を書き上げた。
そこには、『アマリリス率いる魔王軍が、隣国の正規軍を密かに取り込み、我が国への侵略を開始した。即刻、国家総動員令を発令されたし』という、もはや妄想の域を超えた大嘘が記されていた。
この手紙が、母国フローライトの国王――つまり王子の父の元へ、最速の早馬で届けられることになるとは。
一方、そんな嵐の予感も知らず、砦の中は大賑わいだった。
「……ゼクスさん、この『お徳用・超大盛り焼きそば』というもの、意外と騎士の皆様に好評ですわね」
私は、大量のキャベツと肉を炒める香ばしいソースの香りに包まれながら、巨大な鉄板の前で満足げに頷いた。
「好評どころじゃねえよ! 聖騎士団の連中、今まで何を食わされてたんだ? ギデオンなんて、さっきから鉄板の端っこにこびりついたソースを、聖剣でこそぎ取ろうとしてるぞ」
ゼクスさんが呆れたように、元・聖騎士団長を指差した。
見れば、かつての威厳はどこへやら、ギデオン様は「この焦げ目こそが至高……」と虚ろな目で呟きながら、必死に鉄板を磨いている。
「よろしいことですわ。食欲があるのは健康な証拠ですもの。……あら、ギデオン様、ソースが跳ねて作業着が汚れていますわよ? 後で私が特製の洗剤で落として差し上げますわ」
「はっ! 恐縮です、アマリリスお嬢様! このシミは、私の忠誠の証として家宝にいたします!」
「それは不潔ですので、すぐに洗ってくださいな」
私がにっこり笑うと、ギデオン様は「はい、喜んで!」と小走りで洗濯場へ向かっていった。
「……アマリリス。お前、本当に恐ろしい才能を持ってるな。あの堅物で有名なギデオンを、たった一日で完全な『下僕』に変えちまうなんてよ」
ゼクスさんが隣に座り、私の焼いた焼きそばを口に運びながら言った。
「失礼ね。私はただ、皆様に正しい生活習慣と、美味しい食事の喜びを教えているだけですわ。それに、ゼクスさんだって、初めて会った時よりずっと素直になったではありませんか」
「……。……。……うるせえよ。俺は最初から、騎士としての職務を全うしてただけだ」
ゼクスさんは顔を背けたが、耳の先が少しだけ赤くなっている。
その時。
砦の屋上にいた偵察兵が、けたたましく鐘を鳴らした。
「団長! お嬢様! 大変です! 国境の向こう側で、見たこともない数の狼煙が上がっています! あれは……我が国の『総攻撃準備』の合図です!」
静まり返る食堂。
騎士たちは箸を止め、一斉に顔を上げた。
「……総攻撃? たかが一人の令嬢……いえ、一人の『魔女』を捕まえるために、国が動いたというのですか?」
私は首を傾げた。
「いや、違うな。……おい、伝令の魔法鏡を出せ!」
ゼクスさんが叫ぶと、ギデオン様が真面目な顔で鏡を持ってきた。
鏡の中に映し出されたのは、母国フローライトの掲示板の映像。そこには、目を疑うような見出しが躍っていた。
『魔王アマリリス、隣国と軍事同盟を締結! 近日中に王都への侵攻を開始予定! 国民よ、武器を取れ!』
「……。……。侵攻?」
私は自分の胸に手を当て、そっと考え込んだ。
「ゼクスさん。私、隣国の王族の方とお会いした記憶はありませんし、軍事同盟を結んだ覚えもありませんわ。あるのは、美味しい焼きそばの作り方を皆様に共有したという、平和な実績だけです」
「お前がそう思ってても、世界はそう見てねえんだよ! おい、これ完全に外交問題だぞ!」
ゼクスさんが頭を抱える。
「あの王子、自分自身の失態を隠すために、戦争を始めやがった! このままじゃ、この砦は二国の戦場になっちまうぞ!」
「戦争だなんて、そんな物騒な……。せっかく床をピカピカに磨いたのに、土足で踏みにじられたら堪りませんわ」
私は静かに、しかし決然と立ち上がった。
「ゼクスさん、ギデオン様。……こうなったら、私たちが『本物の魔王軍』に見えるように、さらに豪華なおもてなしを準備しなければなりませんわね」
「……お前、まだおもてなしで解決する気かよ!?」
ゼクスさんの絶叫が響く中、私はトランクの奥底から、これまで一度も使ったことのない「最高級・パーティ用演出魔法薬」を取り出した。
「喧嘩を売られたら、それを上回る『お祝い』で返すのが、フローライト公爵家の流儀ですの。皆様、今夜は大忙しになりますわよ!」
私の瞳に、かつてないほど「おせっかい」な光が宿った。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった
Blue
恋愛
王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。
「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」
シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。
アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。
主人公は高みの見物していたい
ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。
※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます
※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。