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「ヨレン・ド・マニエール! 貴様のような、心の汚れた女との婚約を、私は今この場で破棄させてもらう!」
きらびやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーのメインホール。
その中央で、私の婚約者である王太子アリスター様が、高らかにそう宣言しました。
その隣には、彼にしがみつくようにして震える、可憐な男爵令嬢のリゼさん。
周囲を囲む貴族の子息たちからは、私を糾弾するような冷たい視線が突き刺さります。
(……きた、きた、きたああああ!)
私の心臓は、これまでにないほど激しく鼓動していました。
もちろん、悲しみや絶望からではありません。
これは、全役者が夢見る「最高の見せ場」への興奮です。
ついに、この時がやってきたのです。
「……殿下、今、なんと仰いましたの……?」
私は扇で口元を隠し、わずかに声を震わせてみせました。
これは「絶望の序曲」です。
瞳には、あらかじめ仕込んでおいた目薬……ではなく、涙腺を自在に操る特訓の成果である「一筋の涙」を浮かべます。
「白々しい! リゼに対する数々の嫌がらせ、もはや看過できん! 教科書を破り、ドレスを汚し、挙句の果てには階段から突き落とそうとしただろう!」
アリスター様の怒声がホールに響きます。
私は心の中で、彼の発声の良さを五段階評価の「三」と採点しました。
少し喉に力が入っていますね、もっと腹式呼吸を意識すべきです。
「嫌がらせ……? 私が、そんな……そんな……」
私はあえて言葉を切り、よろよろと二、三歩後退しました。
そして、近くの円卓を支えにするようにして、がくりと膝をつきます。
「ヨレン様、もうやめてください! 私が我慢すれば済むことだと思っていたのに……!」
リゼさんが、潤んだ瞳で訴えてきます。
素晴らしい。彼女の演技もなかなかのものです。
「可哀想な被害者」という役どころを完璧に理解しています。
彼女には、後で私の「演技指導料(慰謝料の一部)」を分けてあげたいくらいです。
(さあ、ここからが私のターン、千秋楽のクライマックスです!)
私は顔を伏せたまま、肩を震わせました。
周囲には泣いているように見えるでしょうが、実際には笑いを堪えるのに必死なだけです。
私はゆっくりと顔を上げ、あえて乱した髪の間から、狂おしいほどの愛と絶望を混ぜ合わせた視線をアリスター様に向けました。
「殿下……。私は、ただ、貴方様を愛していただけでございます。貴方様の隣に立つにふさわしい女になろうと、それだけを……!」
「黙れ! 貴様の愛など、私には重荷でしかなかった! 執念深く、高慢で、常に周囲を見下すその態度。……正直に言おう、私は貴様のその『完璧な王太子妃』を演じているような姿が、昔から反吐が出るほど嫌いだったんだ!」
(……あ、それ言っちゃいます?)
その言葉、役者としては最高の褒め言葉ですが、婚約者としては致命的なデリカシー不足ですね。
「演じているような姿」ですって?
正解です。私は今日まで、二十四時間、三百六十五日、完璧な王族の伴侶を演じ続けてきました。
なぜなら、それが私にとっての「最高の舞台」だったからです。
しかし、どうやら観客の一人である主役(アリスター)には、私の名演技が少しばかり重すぎたようです。
「左様でございますか……。私の真心は、殿下には届かなかった。いいえ、私の存在そのものが、殿下を苦しめていたのですね……」
私は、今にも消えてしまいそうな儚い声で呟きました。
そして、決然とした表情で立ち上がります。
背筋をピンと伸ばし、王家から贈られた高価なネックレスに手をかけました。
「ならば、これ以上、汚らわしい私の姿を殿下の目に晒すわけには参りません。……この婚約、謹んでお返しいたしますわ!」
私はネックレスを引きちぎらんばかりの勢いで(実際には留め具を器用に外して)、アリスター様の足元に放り投げました。
宝石が床に転がり、乾いた音を立てます。
照明の反射を計算した、完璧な放物線です。
「ヨレン……?」
アリスター様が、予想外の私の潔さに一瞬だけ気圧されたような表情を見せました。
フフン、驚きましたか?
泥沼の愛憎劇を期待していたのでしょうが、私は引き際こそが美学だと思っているのです。
「さようなら、殿下。……どうか、そのお隣の方と、お幸せに」
私は最後の一瞥をリゼさんに向けました。
そこには「後のことは任せたわよ、弟子」という応援の気持ちを込めたのですが、周囲には「呪いの視線」と受け取られたようです。
狙い通りです。
私はドレスの裾を翻し、誰にも引き止められることなく、堂々とした足取りでホールを後にしました。
背後でざわざわと騒ぎが大きくなるのを感じながら、私は廊下の角を曲がった瞬間に――。
「よっしゃあああ!! 円満退職(婚約破棄)完了!!」
誰もいない廊下で、私は全力のガッツポーズを繰り出しました。
重たいドレスも、窮屈なコルセットも、もう必要ありません。
明日からは、厳しい王妃教育も、アリスター様への「愛している振付」も一切なしです。
「さて、お父様に退職金(領地)の相談をしなきゃ。……あ、でもその前に、あの最後の台詞、もう少しだけ震わせた方が情緒があったかしら?」
私は一人、夜の回廊で自らの演技を振り返りながら、スキップせんばかりの軽やかな足取りで馬車へと向かいました。
私の「悪役令嬢」としての俳優人生は、今夜、最高の形で幕を閉じたのです。
そして明日からは、自由という名の新しい舞台が始まります。
……まあ、まさかこの後、隣国のガチな演劇マニアに捕まることになるとは、この時の私はまだ知る由もなかったのですけれど。
きらびやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーのメインホール。
その中央で、私の婚約者である王太子アリスター様が、高らかにそう宣言しました。
その隣には、彼にしがみつくようにして震える、可憐な男爵令嬢のリゼさん。
周囲を囲む貴族の子息たちからは、私を糾弾するような冷たい視線が突き刺さります。
(……きた、きた、きたああああ!)
私の心臓は、これまでにないほど激しく鼓動していました。
もちろん、悲しみや絶望からではありません。
これは、全役者が夢見る「最高の見せ場」への興奮です。
ついに、この時がやってきたのです。
「……殿下、今、なんと仰いましたの……?」
私は扇で口元を隠し、わずかに声を震わせてみせました。
これは「絶望の序曲」です。
瞳には、あらかじめ仕込んでおいた目薬……ではなく、涙腺を自在に操る特訓の成果である「一筋の涙」を浮かべます。
「白々しい! リゼに対する数々の嫌がらせ、もはや看過できん! 教科書を破り、ドレスを汚し、挙句の果てには階段から突き落とそうとしただろう!」
アリスター様の怒声がホールに響きます。
私は心の中で、彼の発声の良さを五段階評価の「三」と採点しました。
少し喉に力が入っていますね、もっと腹式呼吸を意識すべきです。
「嫌がらせ……? 私が、そんな……そんな……」
私はあえて言葉を切り、よろよろと二、三歩後退しました。
そして、近くの円卓を支えにするようにして、がくりと膝をつきます。
「ヨレン様、もうやめてください! 私が我慢すれば済むことだと思っていたのに……!」
リゼさんが、潤んだ瞳で訴えてきます。
素晴らしい。彼女の演技もなかなかのものです。
「可哀想な被害者」という役どころを完璧に理解しています。
彼女には、後で私の「演技指導料(慰謝料の一部)」を分けてあげたいくらいです。
(さあ、ここからが私のターン、千秋楽のクライマックスです!)
私は顔を伏せたまま、肩を震わせました。
周囲には泣いているように見えるでしょうが、実際には笑いを堪えるのに必死なだけです。
私はゆっくりと顔を上げ、あえて乱した髪の間から、狂おしいほどの愛と絶望を混ぜ合わせた視線をアリスター様に向けました。
「殿下……。私は、ただ、貴方様を愛していただけでございます。貴方様の隣に立つにふさわしい女になろうと、それだけを……!」
「黙れ! 貴様の愛など、私には重荷でしかなかった! 執念深く、高慢で、常に周囲を見下すその態度。……正直に言おう、私は貴様のその『完璧な王太子妃』を演じているような姿が、昔から反吐が出るほど嫌いだったんだ!」
(……あ、それ言っちゃいます?)
その言葉、役者としては最高の褒め言葉ですが、婚約者としては致命的なデリカシー不足ですね。
「演じているような姿」ですって?
正解です。私は今日まで、二十四時間、三百六十五日、完璧な王族の伴侶を演じ続けてきました。
なぜなら、それが私にとっての「最高の舞台」だったからです。
しかし、どうやら観客の一人である主役(アリスター)には、私の名演技が少しばかり重すぎたようです。
「左様でございますか……。私の真心は、殿下には届かなかった。いいえ、私の存在そのものが、殿下を苦しめていたのですね……」
私は、今にも消えてしまいそうな儚い声で呟きました。
そして、決然とした表情で立ち上がります。
背筋をピンと伸ばし、王家から贈られた高価なネックレスに手をかけました。
「ならば、これ以上、汚らわしい私の姿を殿下の目に晒すわけには参りません。……この婚約、謹んでお返しいたしますわ!」
私はネックレスを引きちぎらんばかりの勢いで(実際には留め具を器用に外して)、アリスター様の足元に放り投げました。
宝石が床に転がり、乾いた音を立てます。
照明の反射を計算した、完璧な放物線です。
「ヨレン……?」
アリスター様が、予想外の私の潔さに一瞬だけ気圧されたような表情を見せました。
フフン、驚きましたか?
泥沼の愛憎劇を期待していたのでしょうが、私は引き際こそが美学だと思っているのです。
「さようなら、殿下。……どうか、そのお隣の方と、お幸せに」
私は最後の一瞥をリゼさんに向けました。
そこには「後のことは任せたわよ、弟子」という応援の気持ちを込めたのですが、周囲には「呪いの視線」と受け取られたようです。
狙い通りです。
私はドレスの裾を翻し、誰にも引き止められることなく、堂々とした足取りでホールを後にしました。
背後でざわざわと騒ぎが大きくなるのを感じながら、私は廊下の角を曲がった瞬間に――。
「よっしゃあああ!! 円満退職(婚約破棄)完了!!」
誰もいない廊下で、私は全力のガッツポーズを繰り出しました。
重たいドレスも、窮屈なコルセットも、もう必要ありません。
明日からは、厳しい王妃教育も、アリスター様への「愛している振付」も一切なしです。
「さて、お父様に退職金(領地)の相談をしなきゃ。……あ、でもその前に、あの最後の台詞、もう少しだけ震わせた方が情緒があったかしら?」
私は一人、夜の回廊で自らの演技を振り返りながら、スキップせんばかりの軽やかな足取りで馬車へと向かいました。
私の「悪役令嬢」としての俳優人生は、今夜、最高の形で幕を閉じたのです。
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