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ヨレンを追放してから、三日が過ぎました。
王都の空気は、実に穏やかで、静かで……そして、どうしようもなく「退屈」でした。
王太子アリスターは、執務室の机に突っ伏して、深いため息をつきました。
かつてなら、ここで扉が勢いよく開き、あの高飛車な笑い声が響き渡っていたはずなのです。
「……静かすぎる」
アリスターが独りごちた、その時。
控えめなノックの音がして、彼が婚約破棄をしてまで守ろうとした「愛しき乙女」、リゼが入ってきました。
「殿下、お疲れ様です。お茶をお持ちしました」
「おお、リゼか。君の顔を見ると安心するよ。あの毒婦がいなくなって、ようやく我々にも平和が訪れたな」
アリスターは努めて明るく振る舞い、彼女が淹れた紅茶を口にしました。
しかし、どうしたことでしょう。
かつては「ヨレンに苛められる可憐な少女」だったリゼの表情が、今はどこか冷めているように見えます。
「……殿下、今のそのお言葉、台本通りなら星一つですね」
「……は?」
アリスターはカップを置きました。
リゼは溜息をつき、彼の向かいの席に断りもなく座ると、じろりと彼を睨みました。
「ヨレン様がいない王宮が、こんなに味気ないものだなんて思いませんでした。殿下、貴方のリアクション、最近すごく雑ですよ。もっとこう、胸に手を当てて『ああ、私のリゼ!』くらいの情熱的な台詞は言えないんですか?」
「リ、リゼ? 君、何を言って……」
「私、ヨレン様に教わったんです。『リゼさん、ヒロインというものは、ヒーローの無能さを引き立ててこそ輝くのよ。もっと大袈裟に震えて、彼の守護欲を煽りなさい』って」
アリスターの脳内で、何かが音を立てて崩れ去りました。
今、目の前の可憐なはずの少女は、何を口にしたのでしょうか。
「教わった……? あいつに? 君は苛められていたのではなかったのか!?」
「苛め? まさか! あれは高度な演劇指導です。ヨレン様は私の才能を見抜いて、どうすれば殿下を飽きさせない『悲劇のヒロイン』になれるかを、夜な夜な特訓してくださったんですよ」
リゼは懐から一冊のノートを取り出しました。
そこには『ヒロインの心得:涙の角度は45度。殿下の影に隠れる時は左側から』といった、恐ろしく緻密な指示がヨレンの流麗な文字で書き込まれていました。
「彼女は……ヨレンは、自分を悪役に仕立ててまで、私と君の仲を取り持とうとしていたというのか……?」
アリスターの顔が、みるみるうちに青ざめていきます。
勘違いの歯車が、最悪の方向に回り始めました。
「なんてことだ。私は……私は、彼女の深い愛情を、あんな残酷な形で踏みにじってしまったのか!? あの高慢な態度も、全ては私に最高の王太子としての自覚を持たせるための、命がけの演技だったというのか!」
「あ、いや、殿下。それはちょっと深読みしすぎというか……多分あの人、単純に面白いからやってただけだと……」
「リゼ、すまない! 今の私には、君の慰めが痛いほどだ! ああ、ヨレン……! 君は去り際まで『悪役』を貫き通したのだな! 私を傷つけないために、あえて嫌われるような真似をして……!」
アリスターは椅子から立ち上がり、窓の外の遠い空を見つめました。
その瞳には、今さらながらの後悔と、歪んだ情熱が宿っています。
「今こそ気づいた。私の心には、あの嵐のような彼女が必要だったのだ。あの鋭い毒舌も、高圧的な態度も、全ては私への愛の裏返し……。ああ、ヨレン! 私は君を、必ず連れ戻してみせる!」
「…………」
リゼは、冷めた紅茶を啜りながら思いました。
(あーあ、こじらせちゃった。ヨレン様、この脚本は予定外ですよね?)
一方その頃、南部の領地では。
「おーっほっほっほ! 見てくださいレオナード様、この大根の形! まさに『裏切られた宰相の苦悩』を体現していると思いませんか!?」
「素晴らしい! ヨレヨレ君、君は野菜にすら役柄を見出すというのか! その感性、まさに天才だ! 今すぐ劇団を買い取ってこよう!」
ヨレンは、美形の変態(レオナード)と共に、大根を掲げてポーズを決めていました。
王都で元婚約者が「愛の悲劇」を勝手に執筆していることなど、微塵も知らずに。
「ヨレヨレ君、次のシーンだが、この大根を『失われた王印』に見立てて、君なりの解釈で跪いてみてくれないか」
「喜んで! ……ああ、私の王よ。この冷たく、白い大地からの贈り物を、どうかお受け取りください……!(大根を捧げる)」
「ブラボー!! 全米が……いや、全隣国が泣いた!!」
平和な田舎町に、今日も場違いな喝采が響き渡るのでした。
王都の空気は、実に穏やかで、静かで……そして、どうしようもなく「退屈」でした。
王太子アリスターは、執務室の机に突っ伏して、深いため息をつきました。
かつてなら、ここで扉が勢いよく開き、あの高飛車な笑い声が響き渡っていたはずなのです。
「……静かすぎる」
アリスターが独りごちた、その時。
控えめなノックの音がして、彼が婚約破棄をしてまで守ろうとした「愛しき乙女」、リゼが入ってきました。
「殿下、お疲れ様です。お茶をお持ちしました」
「おお、リゼか。君の顔を見ると安心するよ。あの毒婦がいなくなって、ようやく我々にも平和が訪れたな」
アリスターは努めて明るく振る舞い、彼女が淹れた紅茶を口にしました。
しかし、どうしたことでしょう。
かつては「ヨレンに苛められる可憐な少女」だったリゼの表情が、今はどこか冷めているように見えます。
「……殿下、今のそのお言葉、台本通りなら星一つですね」
「……は?」
アリスターはカップを置きました。
リゼは溜息をつき、彼の向かいの席に断りもなく座ると、じろりと彼を睨みました。
「ヨレン様がいない王宮が、こんなに味気ないものだなんて思いませんでした。殿下、貴方のリアクション、最近すごく雑ですよ。もっとこう、胸に手を当てて『ああ、私のリゼ!』くらいの情熱的な台詞は言えないんですか?」
「リ、リゼ? 君、何を言って……」
「私、ヨレン様に教わったんです。『リゼさん、ヒロインというものは、ヒーローの無能さを引き立ててこそ輝くのよ。もっと大袈裟に震えて、彼の守護欲を煽りなさい』って」
アリスターの脳内で、何かが音を立てて崩れ去りました。
今、目の前の可憐なはずの少女は、何を口にしたのでしょうか。
「教わった……? あいつに? 君は苛められていたのではなかったのか!?」
「苛め? まさか! あれは高度な演劇指導です。ヨレン様は私の才能を見抜いて、どうすれば殿下を飽きさせない『悲劇のヒロイン』になれるかを、夜な夜な特訓してくださったんですよ」
リゼは懐から一冊のノートを取り出しました。
そこには『ヒロインの心得:涙の角度は45度。殿下の影に隠れる時は左側から』といった、恐ろしく緻密な指示がヨレンの流麗な文字で書き込まれていました。
「彼女は……ヨレンは、自分を悪役に仕立ててまで、私と君の仲を取り持とうとしていたというのか……?」
アリスターの顔が、みるみるうちに青ざめていきます。
勘違いの歯車が、最悪の方向に回り始めました。
「なんてことだ。私は……私は、彼女の深い愛情を、あんな残酷な形で踏みにじってしまったのか!? あの高慢な態度も、全ては私に最高の王太子としての自覚を持たせるための、命がけの演技だったというのか!」
「あ、いや、殿下。それはちょっと深読みしすぎというか……多分あの人、単純に面白いからやってただけだと……」
「リゼ、すまない! 今の私には、君の慰めが痛いほどだ! ああ、ヨレン……! 君は去り際まで『悪役』を貫き通したのだな! 私を傷つけないために、あえて嫌われるような真似をして……!」
アリスターは椅子から立ち上がり、窓の外の遠い空を見つめました。
その瞳には、今さらながらの後悔と、歪んだ情熱が宿っています。
「今こそ気づいた。私の心には、あの嵐のような彼女が必要だったのだ。あの鋭い毒舌も、高圧的な態度も、全ては私への愛の裏返し……。ああ、ヨレン! 私は君を、必ず連れ戻してみせる!」
「…………」
リゼは、冷めた紅茶を啜りながら思いました。
(あーあ、こじらせちゃった。ヨレン様、この脚本は予定外ですよね?)
一方その頃、南部の領地では。
「おーっほっほっほ! 見てくださいレオナード様、この大根の形! まさに『裏切られた宰相の苦悩』を体現していると思いませんか!?」
「素晴らしい! ヨレヨレ君、君は野菜にすら役柄を見出すというのか! その感性、まさに天才だ! 今すぐ劇団を買い取ってこよう!」
ヨレンは、美形の変態(レオナード)と共に、大根を掲げてポーズを決めていました。
王都で元婚約者が「愛の悲劇」を勝手に執筆していることなど、微塵も知らずに。
「ヨレヨレ君、次のシーンだが、この大根を『失われた王印』に見立てて、君なりの解釈で跪いてみてくれないか」
「喜んで! ……ああ、私の王よ。この冷たく、白い大地からの贈り物を、どうかお受け取りください……!(大根を捧げる)」
「ブラボー!! 全米が……いや、全隣国が泣いた!!」
平和な田舎町に、今日も場違いな喝采が響き渡るのでした。
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