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「……よし。鏡よ鏡、世界で一番、婚約者に選ばれなさそうな女はだぁれ?」
翌朝。私は鏡に向かって、渾身の「ダラけメイク」を施していました。
目の下には、あえて睡眠不足に見せるための薄いクマ(アイシャドウ)。
頬には、手入れを怠ったように見せるカサつき(マットな粉)。
そして髪は、寝癖に見えるよう緻密に計算してハネさせた「無造作ヘア」です。
仕上げに、お父様から届いた最高級のシルクパジャマ……ではなく、わざとヨレヨレに洗濯した古い寝巻きを着用。
片方の裾はズボンに入れ、もう片方は出す。
これで「干物女ヨレン」の完成です。
「これなら流石の二人も、幻滅して王都や隣国に逃げ帰るはず。……ふふ、勝ったわ」
私は鼻をほじらんばかりの勢い(実際には指を当てるだけ)で、だらしなく足を引きずりながら、二人が待つ朝食のテーブルへと向かいました。
庭のテーブルでは、すでにアリスター殿下とレオナード様が、火花を散らしながら待機していました。
私の姿を見た瞬間、二人は同時に絶句しました。
「……あ、おはよう。お腹空いたわ。ねえセバス、今日の朝ごはんは何? まさかまたオシャレなエッグベネディクトとかじゃないでしょうね? 私、もう塩むすびでいいんだけど」
私は椅子にドサリと座ると、行儀悪く肘を突き、大きくあくびをしました。
どうですか、この「完璧な淑女」からの転落。
幻滅しましたか? 引きましたか?
すると、アリスター殿下が真っ青な顔で立ち上がりました。
「ヨ、ヨレン……! なんてことだ……。君が、君がこれほどまでに……っ!」
「(いいぞ、もっと引け!)」
「これほどまでに、心を病んでいたなんて! 私のせいだ! 私が婚約破棄なんて残酷なことをしたから、君は身だしなみを整える気力すら失い、現実逃避を……! ああ、悲劇だ! これは現代の『オフィーリア』だ!!」
「…………はい?」
殿下はガタガタと震えながら、私の汚れた(演出の)手を握りしめようとしました。
……違います。私は元気です。むしろ今、最高に役者魂が燃えてます。
「違うわよ殿下。これが私の『素』なの。今まで演じていたのが嘘で、こっちが本当の私。汚いし、怠惰だし、趣味は芋を焼くことだけ。どう? 嫌いになったでしょう?」
私はわざと「フンッ」と鼻を鳴らしました。
すると今度は、隣でじっと私を観察していたレオナード様が、震える手でメモを取り始めました。
「……信じられない。これだ、これだよ! これこそが私が求めていた『メソッド・アクティング』の極致だ!」
「……めそっど?」
レオナード様は、獲物を見つけた猛獣のような瞳で私を凝視しています。
「ヨレヨレ君、いや、ヨレン様! 君は敢えて自分を醜く見せることで、人間の内面に潜む『怠惰』という名の真実を表現しようとしているんだね! その髪のハネ方、その寝巻きのヨレ具合……どれ一つとっても、緻密に計算された『崩しの美学』を感じるよ!」
「いや、これはただの寝癖で……」
「隠さなくていい! その『あえて無教養な女を演じる』という高等な芝居! これは従来の古典的な演劇を破壊する、新しいリアリズムの誕生だ! 素晴らしい! 君こそが、次世代の演劇界の革命児だ!!」
レオナード様は、そのままテーブルに突っ伏して号泣し始めました。
……おかしいわ。
一人は「悲劇のヒロイン」として同情し、もう一人は「芸術の革命」として絶賛している。
どこにも「幻滅したから帰る」という選択肢が存在していません。
「……ねえセバス。毒、持ってきて」
「お嬢様、落ち着いてください。お二人のフィルター機能は、すでに国家予算レベルの鉄壁さです」
セバスが冷静に、しかし憐れみの目で私にワサビ抜きの(残念ながら)サンドイッチを差し出しました。
「ヨレン! 安心しろ、私は君を見捨てない! 君がどんなに身を持ち崩そうとも、私が元の美しい君に戻してみせる! さあ、まずはその汚れた顔を拭くんだ!」
アリスター殿下がハンカチを取り出します。
「邪魔をするな殿下! この『美しき汚濁』こそが今の彼女の作品なんだ! そのままの姿で、私の国の国立劇場に立ってくれ! タイトルは『ゴミ溜めの聖女』だ!!」
「誰がゴミ溜めですか!!」
私はついに我慢できず、テーブルを叩いて立ち上がりました。
すると、二人はハッとした表情で私を見ました。
「……今の怒り! 今の感情の爆発! 今のは『リア王』の第三幕、嵐の場面のパッションでしたね!?」
「いいや、あれは失われた愛を取り戻そうとする情念の叫びだ!」
「…………」
私は黙って、目の前のサンドイッチを一口で頬張りました。
ハムがはみ出そうになっても構いません。
そのままムシャムシャと音を立てて食べ、牛乳を豪快に飲み干しました。
「ぷはぁ! ……もういいわ。勝手にしなさい。私はこれから、二度寝の演技(本気)をするから!」
私は二人に背を向け、大股で自室へと戻りました。
背後から「去り際の背中に漂う虚無感が素晴らしい!」「待ってくれ、ヨレン! 眠りの森の美女になどさせないぞ!」という声が聞こえてきましたが、完全に無視です。
自室に戻り、鍵をかけた私は、鏡に映る自分の「完璧な干物女メイク」を見て、ポツリと呟きました。
「……あ。二度寝する前に、このクマのグラデーション、もう少しぼかした方が『絶望感』が出たかしら……」
……結局のところ、私も私で、演じることをやめられない「重度の役者馬鹿」だったのでした。
翌朝。私は鏡に向かって、渾身の「ダラけメイク」を施していました。
目の下には、あえて睡眠不足に見せるための薄いクマ(アイシャドウ)。
頬には、手入れを怠ったように見せるカサつき(マットな粉)。
そして髪は、寝癖に見えるよう緻密に計算してハネさせた「無造作ヘア」です。
仕上げに、お父様から届いた最高級のシルクパジャマ……ではなく、わざとヨレヨレに洗濯した古い寝巻きを着用。
片方の裾はズボンに入れ、もう片方は出す。
これで「干物女ヨレン」の完成です。
「これなら流石の二人も、幻滅して王都や隣国に逃げ帰るはず。……ふふ、勝ったわ」
私は鼻をほじらんばかりの勢い(実際には指を当てるだけ)で、だらしなく足を引きずりながら、二人が待つ朝食のテーブルへと向かいました。
庭のテーブルでは、すでにアリスター殿下とレオナード様が、火花を散らしながら待機していました。
私の姿を見た瞬間、二人は同時に絶句しました。
「……あ、おはよう。お腹空いたわ。ねえセバス、今日の朝ごはんは何? まさかまたオシャレなエッグベネディクトとかじゃないでしょうね? 私、もう塩むすびでいいんだけど」
私は椅子にドサリと座ると、行儀悪く肘を突き、大きくあくびをしました。
どうですか、この「完璧な淑女」からの転落。
幻滅しましたか? 引きましたか?
すると、アリスター殿下が真っ青な顔で立ち上がりました。
「ヨ、ヨレン……! なんてことだ……。君が、君がこれほどまでに……っ!」
「(いいぞ、もっと引け!)」
「これほどまでに、心を病んでいたなんて! 私のせいだ! 私が婚約破棄なんて残酷なことをしたから、君は身だしなみを整える気力すら失い、現実逃避を……! ああ、悲劇だ! これは現代の『オフィーリア』だ!!」
「…………はい?」
殿下はガタガタと震えながら、私の汚れた(演出の)手を握りしめようとしました。
……違います。私は元気です。むしろ今、最高に役者魂が燃えてます。
「違うわよ殿下。これが私の『素』なの。今まで演じていたのが嘘で、こっちが本当の私。汚いし、怠惰だし、趣味は芋を焼くことだけ。どう? 嫌いになったでしょう?」
私はわざと「フンッ」と鼻を鳴らしました。
すると今度は、隣でじっと私を観察していたレオナード様が、震える手でメモを取り始めました。
「……信じられない。これだ、これだよ! これこそが私が求めていた『メソッド・アクティング』の極致だ!」
「……めそっど?」
レオナード様は、獲物を見つけた猛獣のような瞳で私を凝視しています。
「ヨレヨレ君、いや、ヨレン様! 君は敢えて自分を醜く見せることで、人間の内面に潜む『怠惰』という名の真実を表現しようとしているんだね! その髪のハネ方、その寝巻きのヨレ具合……どれ一つとっても、緻密に計算された『崩しの美学』を感じるよ!」
「いや、これはただの寝癖で……」
「隠さなくていい! その『あえて無教養な女を演じる』という高等な芝居! これは従来の古典的な演劇を破壊する、新しいリアリズムの誕生だ! 素晴らしい! 君こそが、次世代の演劇界の革命児だ!!」
レオナード様は、そのままテーブルに突っ伏して号泣し始めました。
……おかしいわ。
一人は「悲劇のヒロイン」として同情し、もう一人は「芸術の革命」として絶賛している。
どこにも「幻滅したから帰る」という選択肢が存在していません。
「……ねえセバス。毒、持ってきて」
「お嬢様、落ち着いてください。お二人のフィルター機能は、すでに国家予算レベルの鉄壁さです」
セバスが冷静に、しかし憐れみの目で私にワサビ抜きの(残念ながら)サンドイッチを差し出しました。
「ヨレン! 安心しろ、私は君を見捨てない! 君がどんなに身を持ち崩そうとも、私が元の美しい君に戻してみせる! さあ、まずはその汚れた顔を拭くんだ!」
アリスター殿下がハンカチを取り出します。
「邪魔をするな殿下! この『美しき汚濁』こそが今の彼女の作品なんだ! そのままの姿で、私の国の国立劇場に立ってくれ! タイトルは『ゴミ溜めの聖女』だ!!」
「誰がゴミ溜めですか!!」
私はついに我慢できず、テーブルを叩いて立ち上がりました。
すると、二人はハッとした表情で私を見ました。
「……今の怒り! 今の感情の爆発! 今のは『リア王』の第三幕、嵐の場面のパッションでしたね!?」
「いいや、あれは失われた愛を取り戻そうとする情念の叫びだ!」
「…………」
私は黙って、目の前のサンドイッチを一口で頬張りました。
ハムがはみ出そうになっても構いません。
そのままムシャムシャと音を立てて食べ、牛乳を豪快に飲み干しました。
「ぷはぁ! ……もういいわ。勝手にしなさい。私はこれから、二度寝の演技(本気)をするから!」
私は二人に背を向け、大股で自室へと戻りました。
背後から「去り際の背中に漂う虚無感が素晴らしい!」「待ってくれ、ヨレン! 眠りの森の美女になどさせないぞ!」という声が聞こえてきましたが、完全に無視です。
自室に戻り、鍵をかけた私は、鏡に映る自分の「完璧な干物女メイク」を見て、ポツリと呟きました。
「……あ。二度寝する前に、このクマのグラデーション、もう少しぼかした方が『絶望感』が出たかしら……」
……結局のところ、私も私で、演じることをやめられない「重度の役者馬鹿」だったのでした。
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