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ガタゴトと揺れる馬車の窓から、見慣れた王都の城壁が見えてきました。
一ヶ月前、ここを去った時は「清々した!」と叫びたい気分でしたが、今は違います。
「……皆様、よろしいかしら。間もなく検問所です。ここからは二十四時間、カメラ……いえ、民衆の目が光っていると思って行動してください」
私は扇を広げ、同乗している二人の男に鋭い視線を送りました。
私の向かいには、台本を必死に読み込み、小声で「……すまない、ヨレン、君なしの毎日は……」と練習しているアリスター殿下。
そして隣には、オペラグラスを磨きながら「この城壁の汚れ、退廃的な演出として最高だね」と呟くレオナード様がいます。
「殿下、今の台詞、語尾が甘いですわ。もっと『自責の念に押しつぶされそうな、しかし隠しきれない情熱』を込めて!」
「も、申し訳ないプロデューサー! ……あ、いけない。『ヨレン、君の瞳に映る私は、まだ許しを得る資格があるだろうか……?』……これでどうだ!」
「……七十点。及第点ですわ」
私は溜息をつきました。
前途多難です。
馬車が街に入ると、王都の様子がどこかおかしいことに気づきました。
いつもなら華やかな笑い声が絶えない目抜き通りが、なんだかどんよりと沈んでいるのです。
「……ねえ、リゼ。あの広場でうなだれている令嬢たちは何?」
私が馬車のカーテンを少し開けて尋ねると、先行する馬車から顔を出したリゼが、悲痛な面持ちで答えました。
「お師匠様、あれが今の王都の日常です。お師匠様という『共通の敵』を失った彼女たちは、今や誰を叩けばいいのか、誰を反面教師にすればいいのか分からず、『推し不在』の燃え尽き症候群に陥っているのですわ……!」
(……そんな馬鹿な)
私は信じられない思いで外を見ました。
確かに、かつて私を陰で「毒婦」と呼んでいた伯爵令嬢が、「ああ、最近刺激が足りないわ……ヨレン様の高笑いが聞きたい……」と、力なく噴水に小銭を投げ入れています。
「これはひどい。物語のバランスが崩壊している。ヨレン君、やはり君という『巨大な毒』がなければ、この国は健全な代謝ができないんだね。まさに社会毒理学の舞台化だ」
レオナード様が、不謹慎にもワクワクした様子でメモを取っています。
「不本意ですけれど、私が戻ったからには、この停滞した空気を一気に吹き飛ばして差し上げますわ。……セバス、まずはマニエール公爵家へ。今夜、予定通り『復帰記念のティーパーティー』の招待状を撒きなさい」
「承知いたしました、お嬢様。……なお、王都中の令嬢たちから、すでにお嬢様の生存確認の嘆願書が三千通届いております」
「多すぎますわよ!」
屋敷に到着するなり、私は戦場……いえ、楽屋へと飛び込みました。
今夜のターゲットは、私が不在の間に「自称・正義の味方」として幅を利かせているという、新興勢力の令嬢たちです。
「ヨレン、私も今夜のパーティーに出席していいか? 君への謝罪を、公衆の面前でドラマチックに演じたいんだ!」
アリスター殿下が瞳を輝かせて食い下がります。
「ダメですわ、殿下。貴方はまだ『隠しキャラ』です。物語の後半で劇的に現れるまで、地下室にでも隠れていなさい」
「地下室!? ……それも、禁断の愛っぽくて悪くないな……!」
殿下が勝手に自己完結して地下へ向かうのを見送り、私はレオナード様に指示を出しました。
「レオナード様は、私の『パトロン兼、得体の知れない愛人候補』として、二階のバルコニーから意味深な視線を投げ続けてください。一言も喋らなくて結構です。その顔面の暴力だけで十分な演出になりますから」
「了解した。無言の圧力こそが、最高の背景美術(バックドロップ)だ」
準備は整いました。
私は、かつてよりもさらに気高く、さらに冷酷に、そしてさらに「悪役」として磨き上げられた自分を鏡に映しました。
「さあ、王都の皆様。退屈な毎日は終わりですわ」
私は深紅のドレスの裾を翻し、最初の一歩を踏み出しました。
その瞬間、私の背後でリゼが「お師匠様、照明(ランタン)の角度、最高です!」と叫び、見えないカーテンが上がる音が聞こえた気がしました。
今夜、王都の社交界は、一年分……いえ、一生分の「刺激」を浴びることになるでしょう。
一ヶ月前、ここを去った時は「清々した!」と叫びたい気分でしたが、今は違います。
「……皆様、よろしいかしら。間もなく検問所です。ここからは二十四時間、カメラ……いえ、民衆の目が光っていると思って行動してください」
私は扇を広げ、同乗している二人の男に鋭い視線を送りました。
私の向かいには、台本を必死に読み込み、小声で「……すまない、ヨレン、君なしの毎日は……」と練習しているアリスター殿下。
そして隣には、オペラグラスを磨きながら「この城壁の汚れ、退廃的な演出として最高だね」と呟くレオナード様がいます。
「殿下、今の台詞、語尾が甘いですわ。もっと『自責の念に押しつぶされそうな、しかし隠しきれない情熱』を込めて!」
「も、申し訳ないプロデューサー! ……あ、いけない。『ヨレン、君の瞳に映る私は、まだ許しを得る資格があるだろうか……?』……これでどうだ!」
「……七十点。及第点ですわ」
私は溜息をつきました。
前途多難です。
馬車が街に入ると、王都の様子がどこかおかしいことに気づきました。
いつもなら華やかな笑い声が絶えない目抜き通りが、なんだかどんよりと沈んでいるのです。
「……ねえ、リゼ。あの広場でうなだれている令嬢たちは何?」
私が馬車のカーテンを少し開けて尋ねると、先行する馬車から顔を出したリゼが、悲痛な面持ちで答えました。
「お師匠様、あれが今の王都の日常です。お師匠様という『共通の敵』を失った彼女たちは、今や誰を叩けばいいのか、誰を反面教師にすればいいのか分からず、『推し不在』の燃え尽き症候群に陥っているのですわ……!」
(……そんな馬鹿な)
私は信じられない思いで外を見ました。
確かに、かつて私を陰で「毒婦」と呼んでいた伯爵令嬢が、「ああ、最近刺激が足りないわ……ヨレン様の高笑いが聞きたい……」と、力なく噴水に小銭を投げ入れています。
「これはひどい。物語のバランスが崩壊している。ヨレン君、やはり君という『巨大な毒』がなければ、この国は健全な代謝ができないんだね。まさに社会毒理学の舞台化だ」
レオナード様が、不謹慎にもワクワクした様子でメモを取っています。
「不本意ですけれど、私が戻ったからには、この停滞した空気を一気に吹き飛ばして差し上げますわ。……セバス、まずはマニエール公爵家へ。今夜、予定通り『復帰記念のティーパーティー』の招待状を撒きなさい」
「承知いたしました、お嬢様。……なお、王都中の令嬢たちから、すでにお嬢様の生存確認の嘆願書が三千通届いております」
「多すぎますわよ!」
屋敷に到着するなり、私は戦場……いえ、楽屋へと飛び込みました。
今夜のターゲットは、私が不在の間に「自称・正義の味方」として幅を利かせているという、新興勢力の令嬢たちです。
「ヨレン、私も今夜のパーティーに出席していいか? 君への謝罪を、公衆の面前でドラマチックに演じたいんだ!」
アリスター殿下が瞳を輝かせて食い下がります。
「ダメですわ、殿下。貴方はまだ『隠しキャラ』です。物語の後半で劇的に現れるまで、地下室にでも隠れていなさい」
「地下室!? ……それも、禁断の愛っぽくて悪くないな……!」
殿下が勝手に自己完結して地下へ向かうのを見送り、私はレオナード様に指示を出しました。
「レオナード様は、私の『パトロン兼、得体の知れない愛人候補』として、二階のバルコニーから意味深な視線を投げ続けてください。一言も喋らなくて結構です。その顔面の暴力だけで十分な演出になりますから」
「了解した。無言の圧力こそが、最高の背景美術(バックドロップ)だ」
準備は整いました。
私は、かつてよりもさらに気高く、さらに冷酷に、そしてさらに「悪役」として磨き上げられた自分を鏡に映しました。
「さあ、王都の皆様。退屈な毎日は終わりですわ」
私は深紅のドレスの裾を翻し、最初の一歩を踏み出しました。
その瞬間、私の背後でリゼが「お師匠様、照明(ランタン)の角度、最高です!」と叫び、見えないカーテンが上がる音が聞こえた気がしました。
今夜、王都の社交界は、一年分……いえ、一生分の「刺激」を浴びることになるでしょう。
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