婚約破棄された「毒殺未遂」の悪役令嬢ですが、それ滋養強壮スープですけど?

恋の箱庭

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「……えー、コホン。では、読み上げる」


ヴォルグ辺境伯邸の応接室。
王都から早馬で駆けつけた王宮の文官が、恭しく羊皮紙を広げた。


部屋には、領主ギルバート、護衛のバラン、そしてエプロン姿のメリアナが揃っている。


「『前公爵令嬢メリアナ・ベルトルに対する毒殺未遂の嫌疑について。
 再調査の結果、聖女リリィの体調不良は栄養失調によるものであり、メリアナのスープは適切な栄養補助食品であったことが証明された。
 よって、ここに前言を撤回し、メリアナ・ベルトルの無罪を証明すると共に、公爵家への復籍を許可する』……以上である」


文官が読み上げると、同席していたバランや騎士たちが「おおーっ!」と歓声を上げた。


「やりましたね、メリアナ様!」
「これで正真正銘、無実の証明だ!」
「まあ、俺たちは最初から信じてましたけどね(胃袋的に)!」


ギルバートも深く頷き、肩の荷が下りたような顔をした。


「良かったな、メリアナ。これで名誉は回復された」


しかし。
当のメリアナは、どこか上の空だった。
彼女の視線は、文官の背後に置かれた『木箱』に釘付けになっている。


「……あの、使者様?」


「は、はい! 何でしょう、メリアナ様!」


「その箱……殿下からの『お詫びの品』と伺いましたが」


「左様です! アレクセイ殿下とリリィ様が、冤罪のお詫びにと選りすぐりの品を……宝石やドレスには目もくれず、ご自身で市場を回って選ばれたそうです」


「まあ!」


メリアナの目が輝いた。


「開けてもよろしいかしら!?」


「もちろんです」


メリアナは無罪の証明書(羊皮紙)をテーブルにポイッと置き、木箱へと駆け寄った。
証明書よりも、中身の方が百倍重要らしい。


パカッ。


箱を開けた瞬間、メリアナの口から感嘆の息が漏れた。


「こ、これは……!!」


箱の中に鎮座していたのは、拳大の黒い塊と、黄金色に輝く瓶詰めだった。


「『ブラック・トリュフ(黒いダイヤ)』のホールと……『ゴールデン・ビー(黄金蜂)』の完熟ハチミツですわ!!」


「おおっ!」


騎士たちがどよめく。


「ブラック・トリュフといえば、豚(オーク)一匹と交換できるほどの超高級キノコ!」
「黄金蜂のハチミツは、一口舐めれば寿命が延びると言われる幻の逸品!」


「殿下……リリィ様……! 分かっていらっしゃる!」


メリアナはトリュフを手に取り、頬ずりした。


「ドレスなんて貰ってもタンスの肥やしになるだけですが、これなら私の血肉になりますもの! 最高の謝罪ですわ!」


「……普通は逆なんだがな」


ギルバートが苦笑しながら、放置された無罪証明書を拾い上げた。


「それで、メリアナ。ここに『公爵家への復籍を許可する』とあるが……戻る気はないんだな?」


「はい? 当然ですわ」


メリアナはキョトンとした顔で即答した。


「公爵家に戻っても、お父様は『厨房が汚れる』とか言って解体をさせてくれませんもの。それに……」


彼女はニッコリと笑い、ギルバートの腕に抱きついた。


「私の籍は、もう『ヴォルグ家』に入ると決まっていますから!」


「……そうか」


ギルバートは耳を赤くして、咳払いをした。


「文官殿。聞いた通りだ。彼女は我が家の嫁になる。王都へは『結婚の準備があるため、帰還は不可能』と伝えてくれ」


「は、はい! 承知いたしました! おめでとうございます!」


文官は深々と頭を下げた。


こうして、メリアナの「毒殺令嬢」という汚名は完全に雪(すす)がれた。
空は雲ひとつない快晴。まさに「冤罪の晴天」である。


「さあ、お祝いですわ! 頂いたトリュフを使って、今日は『マンモス肉のロッシーニ風』を作りましょう!」


メリアナの提案に、屋敷中が再び歓喜に包まれた。


***


その日の午後。
メリアナは、屋敷の裏手にある農園予定地を視察していた。


「ふむ……。やはり、お肉ばかりでは栄養バランスが偏りますわね」


彼女の横には、商人のトマスが控えている。


「メリアナ様、以前ご提案いただいた『雑草ハーブ』の栽培は順調です。王都でも飛ぶように売れておりますよ」


「ええ、それは良かったです。でもトマスさん、私が欲しいのは『付け合わせ』なんです」


メリアナは腕組みをした。


「マンモスのステーキには、クレソンやジャガイモが必要です。こってりした角煮には、シャキシャキの青菜が欲しい。……でも、この辺境の土地は寒すぎて、普通の野菜が育たないのです」


「ええ、それが悩みの種でして……。野菜は全て南からの輸入頼り。鮮度は落ちるし、値段も高い」


「悔しいですわ……。メインディッシュ(肉)は最強なのに、サイドメニューが貧弱だなんて、料理人としてのプライドが許しません」


メリアナが悔しがっていると、農作業をしていた領民のお爺さんが声をかけてきた。


「お嬢様。野菜なら、昔は『温泉の近く』で育てていたんじゃがのぉ」


「温泉?」


メリアナの耳がピクリと動いた。


「へぇ。この山の北側に、地熱で温かい場所がありましてな。昔はそこで根菜を作っておったんですが……今は『主(ぬし)』が住み着いてしまって、近づけんのです」


「主……?」


「ええ。『ホット・サラマンダー』という、火を吹く巨大トカゲでして」


「!!」


メリアナの目がカッと見開かれた。


「火を吹くトカゲ……つまり、天然の火力(ガスコンロ)!?」


「い、いや、魔物ですが」


「しかも温泉の近くということは、地熱を利用した『ハウス栽培』が可能ということですね!?」


メリアナの脳内で、新たなプロジェクトが爆誕した。


『辺境農業革命計画 ~魔物を熱源にしたエコ農園~』


「素晴らしい……! 肉の次は野菜! これで『究極の定食』が完成しますわ!」


彼女はスカートを翻し、屋敷へと走った。


「閣下ーッ! 閣下ーッ! デート(討伐)のお誘いですわーッ!」


執務室で仕事をしていたギルバートは、窓の外から聞こえる婚約者の叫び声に、ペンを止めた。


「……今度は何だ? また雪山か?」


「いいえ、温泉です!」


飛び込んできたメリアナが、瞳をキラキラさせて言った。


「温泉旅行に行きましょう! ついでに、新しい農地を切り拓いて、ついでに『主』を狩って、焼き肉パーティーです!」


「要素が多すぎる……」


ギルバートは頭を抱えたが、その口元は緩んでいた。


冤罪が晴れようと、公爵家に戻れるようになろうと、彼女は変わらない。
ブレない食欲と、尽きない探究心。


「……わかった。支度をしよう」


「やったぁ! お弁当は『トリュフおにぎり』にしますね!」


平和な日常(?)が戻ってきた。
しかし、メリアナの「食の改革」は留まるところを知らない。


次なるターゲットは、火山地帯の主『ホット・サラマンダー』。
そしてその先には、辺境最大の脅威にして最高の食材――『ドラゴン』が待ち受けている。


二人の結婚式まで、あと一ヶ月。
ウェディングケーキに入刀する代わりに、二人が入刀すべき「大物」は、まだ残っていた。
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