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「……素晴らしい。これぞ『秘湯』ですわね」
屋敷から馬車で北へ三時間。
雪深い山道を抜けた先に、その楽園はあった。
白銀の世界の中、そこだけポッカリと雪が溶け、もうもうと白い湯気が立ち上っている。
硫黄の香りが鼻をくすぐる、天然の露天風呂だ。
「まさか、こんな極寒の地に温泉が湧いているとはな……」
ギルバートは湯気の向こうを見渡し、感嘆の声を漏らした。
彼は領主でありながら、この場所を知らなかったらしい。
「ええ。地元の古老の話では、昔はここを湯治場として使っていたそうです。でも、ある時から『主』が住み着いてしまって、誰も近づけなくなったとか」
メリアナは防寒具を脱ぎ捨て、腕まくりをした。
「つまり、その『主』さえ退去(調理)していただければ、ここは私たちが独占できるということですわ! 温泉卵も作り放題! 地熱栽培で冬野菜も育て放題!」
「……お前の目的は、風呂よりも『茹でる』ことにあるようだな」
ギルバートは苦笑しつつ、愛剣の柄に手をかけた。
「来るぞ、メリアナ。……湯気の色が変わった」
ボウッ……!!
先ほどまで白かった湯気が、突然赤く染まった。
同時に、周囲の温度が急上昇する。雪が一瞬で蒸発し、地面がジューッと音を立てた。
「シャアアアアアッ!!」
湯煙の中から現れたのは、体長五メートルほどの真っ赤なトカゲだった。
背中からはメラメラと炎が噴き出し、口からは溶岩のような唾液が垂れている。
『ホット・サラマンダー(火炎大トカゲ)』。
Aランクの危険度を誇る、火山の守護者だ。
「出ましたわね! 天然のガスコンロ!」
メリアナは怯むどころか、目を輝かせて一歩踏み出した。
「キシャァッ!」
サラマンダーが威嚇して火球を吐き出す。
灼熱のボールが二人に向かって飛来するが、ギルバートが剣の一振りで霧散させた。
「私が前衛を務める。お前は隙を見て『調理器具』を振るえ!」
「了解です! 傷をつけすぎないように、優しくシメてくださいね!」
「注文が難しい!」
ギルバートが疾風のように駆ける。
サラマンダーの動きは素早いが、氷の将軍の剣速には及ばない。
「氷狼流・吹雪!」
キンッ!
剣閃が走り、サラマンダーの足が凍りつく。
「ギャッ!?」
動きが止まった瞬間、メリアナが背後から回り込んだ。
「失礼します! ちょっと火加減を見せてくださいな!」
彼女は『炎竜のフライパン』を構え、サラマンダーの燃え盛る尻尾に押し当てた。
「『熱吸収(ヒート・ドレイン)』!」
「キュウウウッ!?」
サラマンダーが悲鳴を上げる。
自慢の炎が、フライパンに吸い取られていくのだ。
「すごい! この子、火力が強いわ! これなら中華料理もパラパラに作れます!」
メリアナは敵の攻撃力を「調理の火力」として評価しながら、フライパンでサラマンダーの頭をスパーン! と叩いた。
「はい、鎮火!」
ドサッ。
炎を吸い取られ、物理攻撃で脳震盪を起こしたサラマンダーは、あえなく気絶した。
「……相変わらず、鮮やかな手際だ」
ギルバートが剣を納める。
「ありがとうございます。さあ、新鮮なうちに下処理をしましょう! サラマンダーのお肉は、カプサイシン成分たっぷりで、食べると脂肪燃焼効果があるんですよ!」
メリアナは手際よく解体を進める。
赤身の肉は、まるで唐辛子を練り込んだように鮮やかな朱色をしている。
「今日は寒いですから、このお肉と、持参した『キング・バジリスク』のガラスープを使って、『激辛・地獄鍋』にします!」
「地獄鍋……。名前が物騒だが、まあ美味いんだろうな」
ギルバートは諦めの境地で微笑んだ。
三十分後。
温泉の畔(ほとり)に、即席の竈(かまど)が組まれた。
大鍋の中では、真っ赤なスープがグツグツと煮えたぎっている。
「さあ、出来ましたわよ! 『サラマンダーの麻辣(マーラー)火鍋』です!」
メリアナが器によそう。
一口飲むと、強烈な辛味が舌を襲い、その後に濃厚な旨味が爆発する。
「うぐっ……辛い! だが……箸が止まらん!」
ギルバートは額に汗を浮かべながら、肉を頬張った。
サラマンダーの肉は、噛むとピリッとした刺激があり、鶏肉と牛肉の中間のような食感だ。
「温泉に入りながら鍋をつつく……これぞ冬の醍醐味ですわね」
二人は足湯に浸かりながら、熱々の鍋を楽しんでいた。
極寒の雪山で、体の中と外から温まる。至福の時間だ。
その時。
バサバサバサッ!
空から、煌びやかな光を纏った白い鳥が舞い降りてきた。
王家の伝令用に使われる『聖なる伝書鳩』だ。
「……む? また王都からか?」
ギルバートが箸を止める。
鳩の足には、金色の筒が結ばれている。
メリアナが筒を開けると、中からホログラムのように、第一王子アレクセイの姿(幻影)が浮かび上がった。
『――メリアナ。聞こえるか』
アレクセイの幻影は、真剣な表情で語りかけてきた。
「あら、殿下。便利な魔法メールですわね。背景が散らかっていますが」
『うるさい。……単刀直入に言う』
アレクセイは咳払いをして、居住まいを正した。
『メリアナ・ベルトル。……私と、やり直さないか』
「ブーッ!!」
横でスープを飲んでいたギルバートが、盛大に吹き出した。
「なっ、何を言っているんだあの馬鹿は!?」
ギルバートが激昂して立ち上がろうとするが、メリアナが手で制する。
『勘違いするなよ。リリィとは婚約破棄しない。だが、側室……いや、『第二正妃』としてお前を迎えてやってもいい』
幻影のアレクセイは、どこか得意げだった。
『お前の料理の腕は認める。それに、リリィの体調管理にはお前が必要だ。王宮に戻り、私のために毎日あのスープを作れ。そうすれば、辺境での貧しい生活から救い出してやる』
「……」
メリアナは無言で鍋の肉(サラマンダーの尻尾)を咀嚼した。
『どうだ? 悪い話ではないだろう。公爵家の地位も、王族の妻としての栄誉も手に入るのだぞ』
アレクセイは返事を待っている。
メリアナはゴクリと肉を飲み込み、ナプキンで口元を拭った。
そして、幻影に向かってニッコリと、最高に爽やかな笑顔を向けた。
「お断りします」
『……は?』
「聞こえませんでしたか? 『嫌です』と言いましたの」
メリアナは鍋の中の赤いスープをお玉ですくい上げ、見せつけた。
「殿下。貴方は『貧しい生活から救い出す』と仰いましたけれど……今の私にとって、王都の生活こそが『貧困』なのです」
『な、何を……王宮には最高級の食材が……』
「ありませんわ! 王都に『ホット・サラマンダー』の新鮮な尻尾はありますか? 『温泉卵』を作れる天然の熱湯はありますか? 自分たちで狩った獲物を、その場で調理して食べる喜びはありますか!?」
メリアナは一気に捲し立てた。
「私は今、人生で一番美味しい生活をしているんです。貴方の隣で、味気ない食事を摂りながら顔色を伺って生きるなんて……考えるだけで胃もたれしますわ!」
『ぐぬっ……』
「それに」
メリアナは隣に座るギルバートの腕をギュッと抱いた。
「私、もう心に決めた『専属の毒味役(パートナー)』がいますので。……彼の食べる顔を見ている方が、百倍食欲が湧くんです」
「メリアナ……」
ギルバートは顔を真っ赤にして、しかし嬉しそうに彼女を見つめた。
『お、おのれ……! 後悔するぞ! 王族の誘いを断るなど……!』
「後悔? しませんよ。今日のサラマンダー鍋のシメの雑炊を食べ逃すことの方が、よっぽど後悔しますから!」
メリアナは容赦なく幻影のスイッチを切った。
プツン。
アレクセイの姿が消え、静寂(と鍋の煮える音)が戻る。
「……はっきり言ったな」
ギルバートが苦笑する。
「当然です。食事の邪魔をするなんて、マナー違反もいいところですわ」
メリアナはプンプンしながら、ご飯を鍋に投入した。
「さあ、雑炊にしますよ! 卵を落として、ネギを散らして……」
「……メリアナ」
「はい?」
「愛している」
「……ぶふっ!?」
今度はメリアナが吹き出す番だった。
唐突な、ド直球の告白。
「か、閣下!? いきなり何を……!」
「言いたくなっただけだ。……お前が、王宮より私を選んでくれたことが、嬉しくてな」
ギルバートは彼女の頬についた米粒を取り、優しく微笑んだ。
「私も、お前以外とは食事をしたくない。……一生、私の隣で食べていてくれ」
雪山の秘湯。
立ち上る湯気と、激辛鍋の香り。
そして、茹でダコのように赤くなった二人の顔。
ロマンチックなのか食い気なのか分からないが、二人の絆は、サラマンダーの熱よりも熱く燃え上がっていた。
「……はい。ごちそうさまです(物理的にも精神的にも)」
メリアナは小さく呟き、幸せそうに雑炊を頬張った。
こうして、王子からの復縁要請は、激辛鍋のシメと共に完全に消化(却下)された。
二人の前には、もう障害は何もない。
……はずだった。
しかし、彼らは忘れていた。
この辺境には、まだ最大の『メインディッシュ』が残されていることを。
「ねえ閣下。温泉の向こうの山……なんだか揺れていません?」
「……ん? 地震か?」
ズズズズズ……。
遠くの山肌が崩れ、巨大な影が姿を現そうとしていた。
それは、トカゲなどという可愛いものではない。
天を突く翼と、山をも砕く巨躯を持つ、正真正銘の『ドラゴン』だった。
「……あら」
メリアナの目が、今日一番の輝きを見せた。
「ウェディングケーキ入刀の練習相手が、向こうから来てくれましたわ!!」
屋敷から馬車で北へ三時間。
雪深い山道を抜けた先に、その楽園はあった。
白銀の世界の中、そこだけポッカリと雪が溶け、もうもうと白い湯気が立ち上っている。
硫黄の香りが鼻をくすぐる、天然の露天風呂だ。
「まさか、こんな極寒の地に温泉が湧いているとはな……」
ギルバートは湯気の向こうを見渡し、感嘆の声を漏らした。
彼は領主でありながら、この場所を知らなかったらしい。
「ええ。地元の古老の話では、昔はここを湯治場として使っていたそうです。でも、ある時から『主』が住み着いてしまって、誰も近づけなくなったとか」
メリアナは防寒具を脱ぎ捨て、腕まくりをした。
「つまり、その『主』さえ退去(調理)していただければ、ここは私たちが独占できるということですわ! 温泉卵も作り放題! 地熱栽培で冬野菜も育て放題!」
「……お前の目的は、風呂よりも『茹でる』ことにあるようだな」
ギルバートは苦笑しつつ、愛剣の柄に手をかけた。
「来るぞ、メリアナ。……湯気の色が変わった」
ボウッ……!!
先ほどまで白かった湯気が、突然赤く染まった。
同時に、周囲の温度が急上昇する。雪が一瞬で蒸発し、地面がジューッと音を立てた。
「シャアアアアアッ!!」
湯煙の中から現れたのは、体長五メートルほどの真っ赤なトカゲだった。
背中からはメラメラと炎が噴き出し、口からは溶岩のような唾液が垂れている。
『ホット・サラマンダー(火炎大トカゲ)』。
Aランクの危険度を誇る、火山の守護者だ。
「出ましたわね! 天然のガスコンロ!」
メリアナは怯むどころか、目を輝かせて一歩踏み出した。
「キシャァッ!」
サラマンダーが威嚇して火球を吐き出す。
灼熱のボールが二人に向かって飛来するが、ギルバートが剣の一振りで霧散させた。
「私が前衛を務める。お前は隙を見て『調理器具』を振るえ!」
「了解です! 傷をつけすぎないように、優しくシメてくださいね!」
「注文が難しい!」
ギルバートが疾風のように駆ける。
サラマンダーの動きは素早いが、氷の将軍の剣速には及ばない。
「氷狼流・吹雪!」
キンッ!
剣閃が走り、サラマンダーの足が凍りつく。
「ギャッ!?」
動きが止まった瞬間、メリアナが背後から回り込んだ。
「失礼します! ちょっと火加減を見せてくださいな!」
彼女は『炎竜のフライパン』を構え、サラマンダーの燃え盛る尻尾に押し当てた。
「『熱吸収(ヒート・ドレイン)』!」
「キュウウウッ!?」
サラマンダーが悲鳴を上げる。
自慢の炎が、フライパンに吸い取られていくのだ。
「すごい! この子、火力が強いわ! これなら中華料理もパラパラに作れます!」
メリアナは敵の攻撃力を「調理の火力」として評価しながら、フライパンでサラマンダーの頭をスパーン! と叩いた。
「はい、鎮火!」
ドサッ。
炎を吸い取られ、物理攻撃で脳震盪を起こしたサラマンダーは、あえなく気絶した。
「……相変わらず、鮮やかな手際だ」
ギルバートが剣を納める。
「ありがとうございます。さあ、新鮮なうちに下処理をしましょう! サラマンダーのお肉は、カプサイシン成分たっぷりで、食べると脂肪燃焼効果があるんですよ!」
メリアナは手際よく解体を進める。
赤身の肉は、まるで唐辛子を練り込んだように鮮やかな朱色をしている。
「今日は寒いですから、このお肉と、持参した『キング・バジリスク』のガラスープを使って、『激辛・地獄鍋』にします!」
「地獄鍋……。名前が物騒だが、まあ美味いんだろうな」
ギルバートは諦めの境地で微笑んだ。
三十分後。
温泉の畔(ほとり)に、即席の竈(かまど)が組まれた。
大鍋の中では、真っ赤なスープがグツグツと煮えたぎっている。
「さあ、出来ましたわよ! 『サラマンダーの麻辣(マーラー)火鍋』です!」
メリアナが器によそう。
一口飲むと、強烈な辛味が舌を襲い、その後に濃厚な旨味が爆発する。
「うぐっ……辛い! だが……箸が止まらん!」
ギルバートは額に汗を浮かべながら、肉を頬張った。
サラマンダーの肉は、噛むとピリッとした刺激があり、鶏肉と牛肉の中間のような食感だ。
「温泉に入りながら鍋をつつく……これぞ冬の醍醐味ですわね」
二人は足湯に浸かりながら、熱々の鍋を楽しんでいた。
極寒の雪山で、体の中と外から温まる。至福の時間だ。
その時。
バサバサバサッ!
空から、煌びやかな光を纏った白い鳥が舞い降りてきた。
王家の伝令用に使われる『聖なる伝書鳩』だ。
「……む? また王都からか?」
ギルバートが箸を止める。
鳩の足には、金色の筒が結ばれている。
メリアナが筒を開けると、中からホログラムのように、第一王子アレクセイの姿(幻影)が浮かび上がった。
『――メリアナ。聞こえるか』
アレクセイの幻影は、真剣な表情で語りかけてきた。
「あら、殿下。便利な魔法メールですわね。背景が散らかっていますが」
『うるさい。……単刀直入に言う』
アレクセイは咳払いをして、居住まいを正した。
『メリアナ・ベルトル。……私と、やり直さないか』
「ブーッ!!」
横でスープを飲んでいたギルバートが、盛大に吹き出した。
「なっ、何を言っているんだあの馬鹿は!?」
ギルバートが激昂して立ち上がろうとするが、メリアナが手で制する。
『勘違いするなよ。リリィとは婚約破棄しない。だが、側室……いや、『第二正妃』としてお前を迎えてやってもいい』
幻影のアレクセイは、どこか得意げだった。
『お前の料理の腕は認める。それに、リリィの体調管理にはお前が必要だ。王宮に戻り、私のために毎日あのスープを作れ。そうすれば、辺境での貧しい生活から救い出してやる』
「……」
メリアナは無言で鍋の肉(サラマンダーの尻尾)を咀嚼した。
『どうだ? 悪い話ではないだろう。公爵家の地位も、王族の妻としての栄誉も手に入るのだぞ』
アレクセイは返事を待っている。
メリアナはゴクリと肉を飲み込み、ナプキンで口元を拭った。
そして、幻影に向かってニッコリと、最高に爽やかな笑顔を向けた。
「お断りします」
『……は?』
「聞こえませんでしたか? 『嫌です』と言いましたの」
メリアナは鍋の中の赤いスープをお玉ですくい上げ、見せつけた。
「殿下。貴方は『貧しい生活から救い出す』と仰いましたけれど……今の私にとって、王都の生活こそが『貧困』なのです」
『な、何を……王宮には最高級の食材が……』
「ありませんわ! 王都に『ホット・サラマンダー』の新鮮な尻尾はありますか? 『温泉卵』を作れる天然の熱湯はありますか? 自分たちで狩った獲物を、その場で調理して食べる喜びはありますか!?」
メリアナは一気に捲し立てた。
「私は今、人生で一番美味しい生活をしているんです。貴方の隣で、味気ない食事を摂りながら顔色を伺って生きるなんて……考えるだけで胃もたれしますわ!」
『ぐぬっ……』
「それに」
メリアナは隣に座るギルバートの腕をギュッと抱いた。
「私、もう心に決めた『専属の毒味役(パートナー)』がいますので。……彼の食べる顔を見ている方が、百倍食欲が湧くんです」
「メリアナ……」
ギルバートは顔を真っ赤にして、しかし嬉しそうに彼女を見つめた。
『お、おのれ……! 後悔するぞ! 王族の誘いを断るなど……!』
「後悔? しませんよ。今日のサラマンダー鍋のシメの雑炊を食べ逃すことの方が、よっぽど後悔しますから!」
メリアナは容赦なく幻影のスイッチを切った。
プツン。
アレクセイの姿が消え、静寂(と鍋の煮える音)が戻る。
「……はっきり言ったな」
ギルバートが苦笑する。
「当然です。食事の邪魔をするなんて、マナー違反もいいところですわ」
メリアナはプンプンしながら、ご飯を鍋に投入した。
「さあ、雑炊にしますよ! 卵を落として、ネギを散らして……」
「……メリアナ」
「はい?」
「愛している」
「……ぶふっ!?」
今度はメリアナが吹き出す番だった。
唐突な、ド直球の告白。
「か、閣下!? いきなり何を……!」
「言いたくなっただけだ。……お前が、王宮より私を選んでくれたことが、嬉しくてな」
ギルバートは彼女の頬についた米粒を取り、優しく微笑んだ。
「私も、お前以外とは食事をしたくない。……一生、私の隣で食べていてくれ」
雪山の秘湯。
立ち上る湯気と、激辛鍋の香り。
そして、茹でダコのように赤くなった二人の顔。
ロマンチックなのか食い気なのか分からないが、二人の絆は、サラマンダーの熱よりも熱く燃え上がっていた。
「……はい。ごちそうさまです(物理的にも精神的にも)」
メリアナは小さく呟き、幸せそうに雑炊を頬張った。
こうして、王子からの復縁要請は、激辛鍋のシメと共に完全に消化(却下)された。
二人の前には、もう障害は何もない。
……はずだった。
しかし、彼らは忘れていた。
この辺境には、まだ最大の『メインディッシュ』が残されていることを。
「ねえ閣下。温泉の向こうの山……なんだか揺れていません?」
「……ん? 地震か?」
ズズズズズ……。
遠くの山肌が崩れ、巨大な影が姿を現そうとしていた。
それは、トカゲなどという可愛いものではない。
天を突く翼と、山をも砕く巨躯を持つ、正真正銘の『ドラゴン』だった。
「……あら」
メリアナの目が、今日一番の輝きを見せた。
「ウェディングケーキ入刀の練習相手が、向こうから来てくれましたわ!!」
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