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「――右、焼却処分! 左、財務省へ回送! 中央、至急決裁!」
深夜の宰相執務室に、私の指示が飛び交う。
バサッ、バサッ、と紙が舞う音だけが、BGMのように響いていた。
「了解した。……承認」
デスクの向こうでは、セリウス閣下が機械のような正確さでハンコを押し続けている。
その速度、およそ二秒に一枚。
人間業ではない。この国で最も多忙な男は、右腕の筋肉構造がどうなっているのだろうか。
「閣下、この『東方諸国との香辛料取引に関する協定案』ですが、数字が合っていません。レートが三年前のものです」
私は書類の束から一枚を抜き出し、瞬時に欠陥を指摘した。
「レイド殿下が作成したものか?」
「いえ、筆跡からして側近の誰かでしょう。殿下なら、もっと字が汚いですし、計算式すら書けませんので」
「……違いない。突き返せ。担当者の給与を一割カットだ」
「承知しました。赤ペンで『再提出(明日まで)』と書いて戻します」
私は容赦なく書類に赤を入れ、アウトボックスへ放り込む。
私とセリウス閣下の連携は、開始から一時間もしないうちに完全に噛み合っていた。
言葉を交わさずとも、次に相手が何を欲しているかが分かる。
私が資料を整えれば、閣下がそこに署名する。
閣下が眉をひそめれば、私がすかさず関連法規の条文を暗唱する。
(……何これ。すごくやりやすい)
私は手を動かしながら、戦慄していた。
これまで、レイド殿下と仕事をするときは、まず「なぜ仕事をしなければならないか」を説明するのに三十分。
「疲れた」という文句をあやすのに一時間。
間違いだらけの書類を修正するのに三時間かかっていた。
それがどうだ。
セリウス閣下は、私の意図を100パーセント汲み取り、最適解を即座に返してくる。
まるで、泥道を走っていた馬車がいきなり舗装された高速道路に乗ったような爽快感。
「テレナ。北方の食糧備蓄データは?」
「三番棚の二段目、青いファイルです。ただし先月の横領疑惑で一部修正が入っているので、別紙のメモを参照してください」
「完璧だ。愛していると言いたくなるほどに」
「セクハラ手当を請求しますよ」
「金で解決するなら安いものだ」
冗談(?)を言い合いながらも、手は止まらない。
部屋の中に積み上げられていた「紙の魔窟」は、見る見るうちに整然とした「書類の塔」へと変わっていく。
床で寝ていた文官の一人が、寝言で「むにゃ……もう無理ですぅ……」と呻いたが、無視して作業を続行した。
◇
チュン、チュン……。
窓の外から、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
カーテンの隙間から、白々とした朝の光が差し込む。
「……終わった」
私は最後の書類を「決裁済み」の箱に放り込み、椅子に深く沈み込んだ。
「全件、処理完了です」
「……ああ。奇跡だな」
セリウス閣下もペンを置き、凝り固まった首をコキコキと鳴らした。
執務室は見違えるように片付いていた。
床が見える。机が見える。
そして何より、今日締切の外交文書と予算案が、完璧な状態で揃っている。
「ふぅ……。久しぶりに朝日を見た気がする」
閣下は立ち上がり、ポットから温かいコーヒーを二つ淹れてくれた。
そのうちの一つを私の前に置く。
「飲め。砂糖とミルクは?」
「たっぷりでお願いします。脳が糖分を求めていますので」
「分かった」
閣下は角砂糖を三つも放り込んでくれた。意外と気が利く。
甘いコーヒーを一口飲むと、徹夜明けの体にカフェインが染み渡る。
「……美味い」
「ですね。労働の後の、しかも『終わった仕事』の味は格別です」
私たちは顔を見合わせ、ふっと小さく笑った。
不思議な連帯感がそこにあった。
吊り橋効果ならぬ、デスマーチ効果とでも言うべきか。
「それにしても、驚いたぞテレナ」
セリウス閣下はカップを片手に、私をまじまじと見つめた。
「君が有能だとは知っていたが、ここまでとはな。私の処理速度についてこれた人間は、君が初めてだ」
「閣下こそ。私の選別に一切の疑問を挟まず、即断即決される姿は壮観でしたわ」
「君の選別が合理的だったからだ。……惜しいな」
「何がです?」
「君がレイドの婚約者だったことだ。もっと早く、私が君を見つけていれば」
閣下は、どこか遠い目をして呟いた。
「そうすれば、君を私の補佐官として……いや、もっと別の形で傍に置けたかもしれない」
「別の形?」
「……忘れてくれ。寝不足で口が滑った」
閣下は誤魔化すようにコーヒーを煽った。
その横顔が、朝日に照らされて無駄に美しい。
黙っていれば、本当に「絵になる男」なのだ。口を開けば仕事の鬼だが。
その時。
「んん……朝……?」
床に転がっていた文官たちが、もぞもぞと起き出した。
彼らは目を擦りながら体を起こし、そして周囲を見渡し――硬直した。
「えっ……?」
「な、なんだこれ!? 綺麗になってる!?」
「俺たち、死んだのか? ここは天国か?」
彼らはパニック状態で顔を見合わせている。
そこへ、セリウス閣下が冷徹な声を浴びせた。
「おはよう、諸君。よく眠れたか?」
「ひいっ! さ、宰相閣下!?」
文官たちは飛び上がり、直立不動の姿勢を取った。
「す、すみません! 昨夜は限界で、つい意識が……! 書類は!? 締切は!?」
「全て終わった」
「は……?」
「そこにいるテレナ嬢が、一晩で片付けてくれた」
閣下が手のひらで私を示す。
文官たちの視線が一斉に私に集まった。
「テ、テレナ様……? 公爵令嬢の?」
「悪役令嬢と噂の……?」
「なぜここに……?」
私はカップを置き、優雅に微笑んでみせた。
「おはようございます、皆様。ご気分はいかが? 皆様が夢の世界に逃避されている間に、現実の地獄は片付けておきましたわ」
「あ、悪魔……いや、女神……?」
一人の文官が、感動のあまり膝から崩れ落ちた。
「あの量を一晩で……? 信じられない……」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
何人かが拝み始めた。
どうやら私は、宰相執務室において「崇める対象」として認定されたらしい。
「感謝するなら、今後の仕事で示してちょうだい。それと」
私は懐から、昨夜閣下と交わした羊皮紙を取り出した。
「本日より、私はセリウス閣下直属の『特別補佐官』として勤務することになりました。皆様の上司にあたりますので、そのつもりで」
「「「はいっ!!!」」」
良い返事だ。
体育会系のノリは嫌いではない。
「テレナ様! 早速ですが、ここの決裁が……!」
「テレナ様、お茶のおかわりを!」
「テレナ様、肩をお揉みします!」
一瞬にして、私は職場の女王となった。
セリウス閣下が、少し呆れたように苦笑している。
「馴染むのが早いな」
「環境適応能力だけは高いので。それに」
私は小声で閣下に耳打ちした。
「彼らを手懐けておけば、私の雑用が減ります。給料分以上の働きをするつもりはありませんから」
「……君らしいな」
◇
こうして、私の「悪役令嬢」改め「国家公務員(臨時)」としての生活が幕を開けた。
「テレナ、次はこれだ」
「はいはい。……って、閣下。これは何ですか?」
休憩も束の間、閣下が新たな書類を差し出してきた。
それは公文書ではなく、私的な手紙のようだった。
「レイドからの手紙だ。今朝、私の部屋のドアの下に挟まっていた」
「……読みたくもありませんが、仕事ですか?」
「検閲だ。読んで要約しろ」
私は嫌々ながら封を切った。
中には、ミミズがのたくったような字で、長文が書き連ねられている。
『親愛なる叔父上へ。
テレナの奴、昨夜は生意気な口を利いて出て行きました。
あいつはきっと泣きながら反省していると思います。
もし城の近くで見かけたら、捕まえて牢屋に入れてください。
それと、今月の小遣いが足りません。
ミナに新しいドレスを買ってやりたいので、金貨五百枚ほど融通してください。
あと、僕の部屋の掃除係がサボっているようです。靴下が片方見つかりません。
なんとかしてください。
レイド・アークライト』
読み終わった瞬間、私の手の中で手紙がくしゃりと音を立てた。
「……ゴミですね」
「ああ。産業廃棄物だ」
「要約します。『私はバカです。お金ください。靴下履かせて』。以上です」
「的確な要約だ」
セリウス閣下は、こめかみに青筋を浮かべている。
「……テレナ。やはり君が必要だ。このバカをなんとかしないと、私が過労死するか、反逆罪で処刑するかの二択になる」
「処刑の選択肢があるあたり、閣下も大概ですね」
「冗談に聞こえるか?」
目が笑っていない。
私は溜息をついた。
国外追放されて南の島へ行くはずが、なぜか国の命運を背負う羽目になるとは。
「分かりましたよ。乗りかかった船……いえ、高額報酬の契約ですので」
私は新しい羊皮紙を広げ、羽根ペンをインク壺に浸した。
「まずはレイド殿下の資金源を締め上げます。金貨五百枚? 銅貨一枚たりとも渡しません」
「頼む」
「その代わり、ミナ嬢の周辺調査を行います。あの女、ただの天然ではありません。私の勘がそう告げています」
「ほう? 何か気づいたか?」
「ええ。殿下が『泥水』と言って捨てた紅茶。あれ、実は最高級の茶葉を使っていたんです。貧乏男爵家の娘が、なぜそんな高価な茶葉を持っていたのか……」
私はニヤリと笑った。
悪役令嬢の本領発揮だ。
「徹底的に調べ上げて、必要なら『倍返し』の請求書を作って差し上げますわ」
セリウス閣下は、そんな私を見て、楽しそうに目を細めた。
「頼もしいな。君を敵に回さなくて本当に良かった」
「あら、私は味方にすると高くつきますよ?」
「いくらでも払おう。君には、それだけの価値がある」
その言葉に、不覚にも少しドキッとしてしまったのは、きっと徹夜明けのテンションがおかしいせいだ。
絶対にそうだ。
私はブンブンと首を振り、書類に向き直った。
「さあ、仕事仕事! 残業代を稼ぎますよ!」
こうして、最強の(そして最恐の)主従コンビが誕生したのだった。
深夜の宰相執務室に、私の指示が飛び交う。
バサッ、バサッ、と紙が舞う音だけが、BGMのように響いていた。
「了解した。……承認」
デスクの向こうでは、セリウス閣下が機械のような正確さでハンコを押し続けている。
その速度、およそ二秒に一枚。
人間業ではない。この国で最も多忙な男は、右腕の筋肉構造がどうなっているのだろうか。
「閣下、この『東方諸国との香辛料取引に関する協定案』ですが、数字が合っていません。レートが三年前のものです」
私は書類の束から一枚を抜き出し、瞬時に欠陥を指摘した。
「レイド殿下が作成したものか?」
「いえ、筆跡からして側近の誰かでしょう。殿下なら、もっと字が汚いですし、計算式すら書けませんので」
「……違いない。突き返せ。担当者の給与を一割カットだ」
「承知しました。赤ペンで『再提出(明日まで)』と書いて戻します」
私は容赦なく書類に赤を入れ、アウトボックスへ放り込む。
私とセリウス閣下の連携は、開始から一時間もしないうちに完全に噛み合っていた。
言葉を交わさずとも、次に相手が何を欲しているかが分かる。
私が資料を整えれば、閣下がそこに署名する。
閣下が眉をひそめれば、私がすかさず関連法規の条文を暗唱する。
(……何これ。すごくやりやすい)
私は手を動かしながら、戦慄していた。
これまで、レイド殿下と仕事をするときは、まず「なぜ仕事をしなければならないか」を説明するのに三十分。
「疲れた」という文句をあやすのに一時間。
間違いだらけの書類を修正するのに三時間かかっていた。
それがどうだ。
セリウス閣下は、私の意図を100パーセント汲み取り、最適解を即座に返してくる。
まるで、泥道を走っていた馬車がいきなり舗装された高速道路に乗ったような爽快感。
「テレナ。北方の食糧備蓄データは?」
「三番棚の二段目、青いファイルです。ただし先月の横領疑惑で一部修正が入っているので、別紙のメモを参照してください」
「完璧だ。愛していると言いたくなるほどに」
「セクハラ手当を請求しますよ」
「金で解決するなら安いものだ」
冗談(?)を言い合いながらも、手は止まらない。
部屋の中に積み上げられていた「紙の魔窟」は、見る見るうちに整然とした「書類の塔」へと変わっていく。
床で寝ていた文官の一人が、寝言で「むにゃ……もう無理ですぅ……」と呻いたが、無視して作業を続行した。
◇
チュン、チュン……。
窓の外から、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
カーテンの隙間から、白々とした朝の光が差し込む。
「……終わった」
私は最後の書類を「決裁済み」の箱に放り込み、椅子に深く沈み込んだ。
「全件、処理完了です」
「……ああ。奇跡だな」
セリウス閣下もペンを置き、凝り固まった首をコキコキと鳴らした。
執務室は見違えるように片付いていた。
床が見える。机が見える。
そして何より、今日締切の外交文書と予算案が、完璧な状態で揃っている。
「ふぅ……。久しぶりに朝日を見た気がする」
閣下は立ち上がり、ポットから温かいコーヒーを二つ淹れてくれた。
そのうちの一つを私の前に置く。
「飲め。砂糖とミルクは?」
「たっぷりでお願いします。脳が糖分を求めていますので」
「分かった」
閣下は角砂糖を三つも放り込んでくれた。意外と気が利く。
甘いコーヒーを一口飲むと、徹夜明けの体にカフェインが染み渡る。
「……美味い」
「ですね。労働の後の、しかも『終わった仕事』の味は格別です」
私たちは顔を見合わせ、ふっと小さく笑った。
不思議な連帯感がそこにあった。
吊り橋効果ならぬ、デスマーチ効果とでも言うべきか。
「それにしても、驚いたぞテレナ」
セリウス閣下はカップを片手に、私をまじまじと見つめた。
「君が有能だとは知っていたが、ここまでとはな。私の処理速度についてこれた人間は、君が初めてだ」
「閣下こそ。私の選別に一切の疑問を挟まず、即断即決される姿は壮観でしたわ」
「君の選別が合理的だったからだ。……惜しいな」
「何がです?」
「君がレイドの婚約者だったことだ。もっと早く、私が君を見つけていれば」
閣下は、どこか遠い目をして呟いた。
「そうすれば、君を私の補佐官として……いや、もっと別の形で傍に置けたかもしれない」
「別の形?」
「……忘れてくれ。寝不足で口が滑った」
閣下は誤魔化すようにコーヒーを煽った。
その横顔が、朝日に照らされて無駄に美しい。
黙っていれば、本当に「絵になる男」なのだ。口を開けば仕事の鬼だが。
その時。
「んん……朝……?」
床に転がっていた文官たちが、もぞもぞと起き出した。
彼らは目を擦りながら体を起こし、そして周囲を見渡し――硬直した。
「えっ……?」
「な、なんだこれ!? 綺麗になってる!?」
「俺たち、死んだのか? ここは天国か?」
彼らはパニック状態で顔を見合わせている。
そこへ、セリウス閣下が冷徹な声を浴びせた。
「おはよう、諸君。よく眠れたか?」
「ひいっ! さ、宰相閣下!?」
文官たちは飛び上がり、直立不動の姿勢を取った。
「す、すみません! 昨夜は限界で、つい意識が……! 書類は!? 締切は!?」
「全て終わった」
「は……?」
「そこにいるテレナ嬢が、一晩で片付けてくれた」
閣下が手のひらで私を示す。
文官たちの視線が一斉に私に集まった。
「テ、テレナ様……? 公爵令嬢の?」
「悪役令嬢と噂の……?」
「なぜここに……?」
私はカップを置き、優雅に微笑んでみせた。
「おはようございます、皆様。ご気分はいかが? 皆様が夢の世界に逃避されている間に、現実の地獄は片付けておきましたわ」
「あ、悪魔……いや、女神……?」
一人の文官が、感動のあまり膝から崩れ落ちた。
「あの量を一晩で……? 信じられない……」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
何人かが拝み始めた。
どうやら私は、宰相執務室において「崇める対象」として認定されたらしい。
「感謝するなら、今後の仕事で示してちょうだい。それと」
私は懐から、昨夜閣下と交わした羊皮紙を取り出した。
「本日より、私はセリウス閣下直属の『特別補佐官』として勤務することになりました。皆様の上司にあたりますので、そのつもりで」
「「「はいっ!!!」」」
良い返事だ。
体育会系のノリは嫌いではない。
「テレナ様! 早速ですが、ここの決裁が……!」
「テレナ様、お茶のおかわりを!」
「テレナ様、肩をお揉みします!」
一瞬にして、私は職場の女王となった。
セリウス閣下が、少し呆れたように苦笑している。
「馴染むのが早いな」
「環境適応能力だけは高いので。それに」
私は小声で閣下に耳打ちした。
「彼らを手懐けておけば、私の雑用が減ります。給料分以上の働きをするつもりはありませんから」
「……君らしいな」
◇
こうして、私の「悪役令嬢」改め「国家公務員(臨時)」としての生活が幕を開けた。
「テレナ、次はこれだ」
「はいはい。……って、閣下。これは何ですか?」
休憩も束の間、閣下が新たな書類を差し出してきた。
それは公文書ではなく、私的な手紙のようだった。
「レイドからの手紙だ。今朝、私の部屋のドアの下に挟まっていた」
「……読みたくもありませんが、仕事ですか?」
「検閲だ。読んで要約しろ」
私は嫌々ながら封を切った。
中には、ミミズがのたくったような字で、長文が書き連ねられている。
『親愛なる叔父上へ。
テレナの奴、昨夜は生意気な口を利いて出て行きました。
あいつはきっと泣きながら反省していると思います。
もし城の近くで見かけたら、捕まえて牢屋に入れてください。
それと、今月の小遣いが足りません。
ミナに新しいドレスを買ってやりたいので、金貨五百枚ほど融通してください。
あと、僕の部屋の掃除係がサボっているようです。靴下が片方見つかりません。
なんとかしてください。
レイド・アークライト』
読み終わった瞬間、私の手の中で手紙がくしゃりと音を立てた。
「……ゴミですね」
「ああ。産業廃棄物だ」
「要約します。『私はバカです。お金ください。靴下履かせて』。以上です」
「的確な要約だ」
セリウス閣下は、こめかみに青筋を浮かべている。
「……テレナ。やはり君が必要だ。このバカをなんとかしないと、私が過労死するか、反逆罪で処刑するかの二択になる」
「処刑の選択肢があるあたり、閣下も大概ですね」
「冗談に聞こえるか?」
目が笑っていない。
私は溜息をついた。
国外追放されて南の島へ行くはずが、なぜか国の命運を背負う羽目になるとは。
「分かりましたよ。乗りかかった船……いえ、高額報酬の契約ですので」
私は新しい羊皮紙を広げ、羽根ペンをインク壺に浸した。
「まずはレイド殿下の資金源を締め上げます。金貨五百枚? 銅貨一枚たりとも渡しません」
「頼む」
「その代わり、ミナ嬢の周辺調査を行います。あの女、ただの天然ではありません。私の勘がそう告げています」
「ほう? 何か気づいたか?」
「ええ。殿下が『泥水』と言って捨てた紅茶。あれ、実は最高級の茶葉を使っていたんです。貧乏男爵家の娘が、なぜそんな高価な茶葉を持っていたのか……」
私はニヤリと笑った。
悪役令嬢の本領発揮だ。
「徹底的に調べ上げて、必要なら『倍返し』の請求書を作って差し上げますわ」
セリウス閣下は、そんな私を見て、楽しそうに目を細めた。
「頼もしいな。君を敵に回さなくて本当に良かった」
「あら、私は味方にすると高くつきますよ?」
「いくらでも払おう。君には、それだけの価値がある」
その言葉に、不覚にも少しドキッとしてしまったのは、きっと徹夜明けのテンションがおかしいせいだ。
絶対にそうだ。
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