婚約破棄に歓喜で高飛びしたいのに、逃してくれません

恋の箱庭

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「――どけえぇぇ! 俺たちは金貨のために戦うんだぁ!」

傭兵たちが喚き散らし、城門へと雪崩れ込む。
だが、その勢いは一瞬で壁にぶつかった。
文字通り、「筋肉の壁」に。

「フンッ!!」

ドゴォォォン!!

ミナが巨大ハンマーを横薙ぎに一閃。
それだけで、最前列にいた屈強な男たち五人が、木の葉のように空を舞った。

「な、なんだあの女!?」
「オーガか!? いや、メイド服を着たオーガだ!」

「失礼な! 私は可憐な男爵令嬢ですっ!」

ミナはプンプンと怒りながら、ハンマーを軽々と肩に担ぎ直した。
その二の腕には、美しい血管が浮き出ている。

「殿下をこれ以上、悪の道に引きずり込まないでください! 物理で更生させますよ!」

ブンッ!
風を切る音と共に、次々と傭兵たちが「星」になっていく。

櫓の上からその光景を見ていた私は、感心して拍手を送った。

「素晴らしいわ、ミナ。たった一週間で、筋力が三割増しね。プロテインの配合を変えたのが効いたのかしら」

「感心している場合か」

隣でセリウス閣下が呆れたように言った。

「彼女一人で戦況が変わりつつあるぞ。……影の騎士団の出番がない」

「人件費削減になって良いではありませんか。さて」

私はスッと立ち上がり、手元の魔導具――『広域映像投影機(プロジェクター)』のスイッチを入れた。

「そろそろ、この茶番(革命)の収支決算報告を行いましょうか」

          ◇

ブォン……。

突如として、戦場の上空に巨大な光のスクリーンが出現した。
戦っていた兵士たちも、ミナも、そして後方で指揮を執っていたレイド殿下とバラン侯爵も、一斉に空を見上げる。

「な、なんだあれは!?」
「空に……文字が!?」

そこに映し出されたのは、一枚の巨大な『請求書』だった。

【件名:レイド革命軍 収支報告書(監査済み)】

私は拡声器のマイクを握り、よく通る声でアナウンスを開始した。

「えー、戦いの最中ですが、業務連絡です。レイド殿下、および『義勇軍』の皆様。お手元の契約内容をご確認ください」

「テ、テレナ!? 貴様、何をする気だ!」

殿下が叫ぶ。

「まずは、今回の革命にかかった費用の内訳です」

私はスクリーン上の数字を指し棒(魔法の光)で示した。

「スポンサーであるバラン侯爵は、殿下にこう言いましたね? 『私財を投げ打って、金貨二千枚分の戦力を集めた』と」

「そうだ! 侯爵は僕のために財産を犠牲にしてくれたんだ! 忠臣の鑑だ!」

「では、こちらのグラフをご覧ください」

パッ、と画面が切り替わる。

【バラン侯爵の出費内訳】
・傭兵雇用費(最安値コース):金貨300枚
・武具レンタル代(中古・整備不良):金貨50枚
・食費(賞味期限切れ):金貨10枚
・侯爵の裏金ポケットマネー(横領):金貨1640枚

「……は?」

戦場が静まり返った。

「計算が合いませんね。侯爵は『二千枚使った』と言いながら、実際には三百六十枚しか使っていません。残りの千六百四十枚は、どこへ消えたのでしょう?」

私は冷ややかな視線を、馬車の陰に隠れているバラン侯爵へと向けた。

「昨夜、侯爵が隣国の隠し口座へ送金した記録と、金額がピタリと一致しますけれど?」

「なっ……!?」

レイド殿下が、ギギギと錆びついた人形のように侯爵を振り返った。

「こ、侯爵……? どういうことだ……? 君は、僕のために全財産を……」

「ち、違います殿下! これは罠だ! あの女の捏造です!」

バラン侯爵は滝のような汗を流して否定した。

「捏造? では、こちらの音声データをお聞きください」

私は再生ボタンを押した。
大音量で、侯爵の声が広場に響き渡る。

『クックック……チョロいもんだ。あのバカ王子を神輿に担げば、簡単に金が集まる』
『革命ごっこで騒ぎを起こさせて、俺はその隙に軍資金を持ち逃げして高飛びだ』
『王子が捕まろうが知ったことか。あいつはただの捨て駒よ』

ザァァァァァ……。
戦場の空気が、一変した。

傭兵たちの目に、殺意が宿る。

「おい……俺たちの報酬、ピンハネされてたのか?」
「捨て駒だと?」
「ふざけんな! 誰のせいでミナって怪物に殴られたと思ってるんだ!」

傭兵たちが、じりじりとバラン侯爵を取り囲み始める。

「ひぃっ! ま、待て! 違う! これは音声合成だ! 誤解だぁ!」

「誤解ではありません」

私は畳み掛けるように、次のスライドを表示した。

【バラン侯爵の余罪リスト】
・領地での違法税徴収
・孤児院への寄付金詐欺
・王室御用達品(ワイン)の密輸

「これだけの証拠が揃っています。……さあ、皆様。悪いことは言いません」

私はニッコリと、慈愛に満ちた(営業用の)笑みを浮かべた。

「今すぐ武器を捨てて降伏すれば、『騙された被害者』として罪を軽減いたしましょう。ですが、このまま侯爵に加担するなら……『国家反逆罪』の共犯として、一族郎党まで借金漬けにして差し上げますわよ?」

カラン……。
誰かが剣を取り落とした音を皮切りに。

カラン、カラン、カラン!
次々と武器が地面に捨てられた。

「お、俺は知らねえ!」
「騙されたんだ!」
「降伏する! だから借金だけは勘弁してくれ!」

傭兵たちは我先にと両手を上げた。
金で雇われた忠誠心など、損得勘定の前では紙切れよりも脆い。

残されたのは、真っ青な顔をしたバラン侯爵と、呆然と立ち尽くすレイド殿下だけ。

「お、おのれ……役立たずどもめ!」

バラン侯爵は血走った目で周囲を見回し、そして――。

「えいっ!」

「うわっ!?」

なんと、隣にいたレイド殿下を羽交い締めにし、その首元に短剣を突きつけたのだ。

「動くな! 一歩でも近づけば、この王子の喉を掻っ切るぞ!」

窮鼠猫を噛む。
まさかの人質作戦に出た。

「ひぃぃ! 助けて! 殺されるぅ!」

「黙れバカ王子! 貴様のせいで計画が台無しだ! せめて人質としての価値くらい見せろ!」

「うわぁぁぁん! 侯爵の裏切り者ぉぉ!」

殿下の情けない悲鳴が響く。

セリウス閣下が、鋭い舌打ちと共に手すりに足をかけた。

「……愚か者が。死に急ぐか」

「待ってください、閣下」

私は閣下を制止した。

「狙撃班が動くまでもありません。……彼女がいますから」

「ん?」

私は顎で戦場の中央をしゃくった。

そこには、怒りで髪が逆立っている(ように見える)筋肉令嬢、ミナの姿があった。

「あ、貴様ぁ……!」

ミナは、ゆらりと立ち上がった。
その手には、愛用のハンマーが握られている。

「よくも……私の殿下を……!」

「ひっ、来るな! 近づくと刺すぞ!」

バラン侯爵が短剣を押し付ける。

だが、ミナは止まらなかった。

「『嘘泣き』モード、起動します」

ボソリと呟いた次の瞬間。

「うわあああああん!! 怖いですぅぅぅ!!」

ミナは突然、大声で泣き叫んだ。

「私、か弱い女の子なのにぃ! こんな野蛮なことされて、怖くて怖くてぇ!」

「は、はあ!?」

「怖すぎて、手が勝手に動いちゃいますぅぅぅ!!」

ブンッ!!

ミナは涙を流しながら(?)、豪快にハンマーを放り投げた。

それは美しい放物線を描き、

ドゴォッ!!

バラン侯爵の顔面に見事にクリーンヒットした。

「ぶべらっ!?」

侯爵は回転しながら吹き飛び、壁に激突して白目を剥いて気絶した。

レイド殿下は解放され、へたり込んだ。

「……怖かったですぅ」

ミナは手で顔を覆い、「しくしく」と泣き真似をしながら(その隙に素早く倒れた侯爵を踏みつけ)、殿下の元へ駆け寄った。

「殿下! ご無事ですか!? 私、怖くて……つい!」

「ミ、ミナ……!」

殿下は涙目でミナを見上げた。

「君が……助けてくれたのか……?」

「はい! 愛の力(と遠心力)です!」

「ミナぁぁぁ!!」

殿下はミナに抱きつこうとし――ミナの鍛え上げられた腹筋に弾かれて「ぐえっ」と呻いた。

          ◇

「……決着ですね」

私はプロジェクターの電源を切り、ふぅと息を吐いた。

「完勝だ、テレナ」

セリウス閣下が、満足げに頷く。

「被害は最小限。バラン侯爵の悪事も白日の下に晒された。これ以上ない結果だ」

「ええ。あとは……」

私は眼下で、騎士団に拘束されていくバラン侯爵と、そして呆然と座り込むレイド殿下を見下ろした。

「事後処理ですね。今回は、高くつきますよ」

私たちは櫓を降り、ゆっくりと広場へと向かった。

広場の中央。
戦いは終わっていた。

「……叔父上。テレナ」

私たちが近づくと、レイド殿下は力なく顔を上げた。
その顔は泥だらけで、一週間のサバイバル生活と、信じていた部下の裏切りによって、げっそりとやつれていた。

「……僕は、また間違えたのか?」

「ええ。大間違いです」

私は容赦なく告げた。

「貴方は騙され、利用され、そして国に剣を向けた。その事実は消えません」

「……」

「ですが」

私はしゃがみ込み、殿下の目の高さに合わせた。

「自分の愚かさを認め、泥水を啜ってでも生きようとした。その一点だけは、評価して差し上げます」

「……テレナ……」

「さあ、お立ちなさい。本当の『断罪』はこれからです」

セリウス閣下が、冷たく、しかしどこか厳格な父のように告げた。

「レイド・アークライト。国王陛下の御前へ連行する」

「……はい」

殿下は抵抗しなかった。
ミナに手を貸され、よろよろと立ち上がる。

その背中は小さく見えたが、以前のような傲慢さは消え失せていた。

こうして、「レイド革命軍」による反乱未遂事件は、私のプレゼンテーションとミナのハンマーによって、わずか三十分で鎮圧されたのだった。

だが、これで全てが終わったわけではない。
むしろ、ここからが本番だ。
王家の膿を出し切り、私の「平穏な未来」を確定させるための、最後の手続きが待っている。

そして、その過程で――セリウス閣下と私の関係にも、いよいよ「計算外」の答えが出る時が近づいていた。
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