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翌朝。
私がいつものように宰相府へ出勤すると、執務室の風景が一変していた。
「おはよう、僕のミューズ。今日も計算高い顔をしているね」
私のデスクの真横に、なぜか黄金に輝く豪奢なデスクが設置されており、そこにはクリス皇子が優雅に座っていたのだ。
「……おはようございます、殿下。朝から目のやり場に困る(眩しい)のですが、その机は?」
「私物だよ。帝国から運ばせた。君の隣で仕事をするには、これくらいの品格が必要だろう?」
クリス皇子はウィンクを飛ばす。
机の上には、薔薇の花束と、最高級のマカロンタワー、そしてなぜか私の似顔絵(油絵)が飾られている。
「邪魔です」
私は即座にマカロンタワーを撤去(おやつ箱へ移動)し、油絵を裏返した。
「おいおい、冷たいな。せっかくの愛の巣なのに」
「職場です。ここは神聖な労働の場であり、愛を育む温室ではありません」
私が鞄を置くと、反対側の扉が開いた。
「――その通りだ、リーナ」
絶対零度の冷気を纏ったアレクセイ閣下の登場である。
閣下はクリス皇子の黄金デスクを一瞥し、鼻で笑った。
「趣味の悪い机だ。成金趣味が服を着て歩いているようだな」
「やあ、宰相殿。嫉妬かい? 君の地味な黒い机より、僕のゴールデンデスクの方がリーナの輝きを引き立てると思うけど?」
「機能美という言葉を知らんのか。……衛兵、この粗大ゴミ(机)を今すぐ中庭へ捨ててこい」
「おっと、外交特権侵害だぞ?」
朝一番から、火花が散る。
二人のイケメンが睨み合う光景は絵画のようだが、私にとっては業務妨害以外の何物でもない。
「……はぁ。お二人とも、席に着いてください」
私は手をパンと叩いた。
「クリス殿下。駐在特使としての業務があるはずですよね?」
「ああ。通商条約の細部を詰めることさ。つまり、君と一日中議論(デート)することだね」
「アレクセイ閣下。今日のスケジュールは?」
「決まっている。君と一日中、条約の精査(デート)をすることだ」
「……業務内容が被っていますね」
私は溜息をつき、山積みの書類束を二つに分けた。
ドンッ! ドンッ!
それぞれのデスクに、辞書のように分厚い書類の塔を置く。
「では、効率化のために分担しましょう。右の山は帝国側の関税リスト。左の山は王国側の輸出規制リストです」
「これを……僕が?」
クリス皇子が目を丸くする。
「特使なんでしょう? 自国のデータくらい、そらで照合できますよね?」
「もちろんだとも。僕の頭脳は帝国一さ」
「閣下も、当然できますよね?」
「愚問だ。私の計算速度を侮るな」
「よろしい。では――」
私はストップウォッチを取り出した。
「『第一回・リーナ杯争奪、超高速データ照合作業』を開始します。制限時間は一時間。ミスが一箇所につき、私への差し入れ(高級スイーツ)を一回追加とします」
「……なんだその勝負は」
「勝った方には?」
クリス皇子が身を乗り出す。
私はニッコリと笑った。
「勝った方には、今日のランチのお店を決める権利を差し上げます」
その瞬間、二人の目の色が変わった。
「ランチ……つまり、君との食事デート権か!」
「悪くない。……全力で行かせてもらおう」
「位置について、よーい、スタート!」
バババババババッ!!
凄まじい音が執務室に響き渡った。
アレクセイ閣下の氷のような冷静なページめくり。
クリス皇子の炎のような情熱的なペンさばき。
両国のトップエリートが、ただ「私とランチに行きたい」という不純な動機のみで、国家レベルの重要書類をマッハで処理していく。
周囲の文官たちが「速すぎる……」「神々の戦いだ……」と震え上がっている。
私はその間に、自分の優雅なティータイムを楽しみながら、彼らの処理済み書類をダブルチェックする。
(ふふ……完璧ですね)
ミスなど一つもない。
通常なら三日はかかる膨大な作業が、わずか四十分で片付いてしまった。
「終わったぞ!」
「僕もだ!」
二人が同時にペンを置く。
タイムは……同着。
「引き分けですね。お二人とも素晴らしい処理能力です」
「くっ、同着か……! 帝国の皇子、伊達に遊び歩いているわけではないようだな」
「君こそ。堅物メガネかと思ったら、意外とやるじゃないか」
二人は肩で息をしながら、互いに認め合うような視線を交わしている。
(友情が芽生えかけている……? まあ、労働力として使えるなら何でもいいですが)
「では、ランチは三人で行きましょう。割り勘で」
「えっ」
「割り勘です。公費での接待費は使いません」
二人がガクリと肩を落とすが、私は無視して財布を持った。
***
その頃、宰相府の入り口にて。
「た、頼む! 入れてくれ! 叔父上にどうしても話があるんだ!」
ボロボロの服(つぎはぎだらけ)を着たギルバート王太子が、衛兵に懇願していた。
隣には、お腹をさすりながら不満げな顔をしているミミアがいる。
「殿下、アポなしでの面会はお断りしております」
「緊急なんだ! 昨日の夜会のドレス代……あれの請求書が王家に回ってきて、父上が激怒して……!」
「自業自得では?」
「違うんだ! あれはミミアが勝手に……いや、とにかく金が必要なんだ! 叔父上に借金を申し込むしか!」
ギルバートが強行突破しようとした瞬間。
ガチャリ。
扉が開き、私たちがランチに出かけるために出てきた。
「あ、リーナ!」
ギルバートの顔が輝く。
「リーナ、助けてくれ! お前ならなんとかしてくれるだろう!?」
彼は私の姿を見るなり、尻尾を振る犬のように駆け寄ってきた。
しかし、私の両脇には二頭の猛獣が控えている。
「……おい、ギルバート。また来たのか」
「おや、昨日のカーテン王太子じゃないか」
アレクセイ閣下とクリス皇子が、同時にギルバートを睨みつけた。
その迫力たるや、ドラゴンの巣に足を踏み入れた子犬のごとし。
「ひぃっ……!?」
「私のリーナに気安く近づくな。氷漬けにされたいか?」
「僕の女神に薄汚い手で触れないでくれないか? 経済制裁を加えるよ?」
「え、あ、いや……」
ギルバートは後ずさる。
かつて自分が見下していた元婚約者が、今は二大国の実力者に守られ、鉄壁の要塞の中にいる。
その現実をまざまざと見せつけられ、彼は膝から崩れ落ちた。
「な、なんなんだよぉ……! なんでリーナばっかり……!」
「ギルバート様ぁ、お腹空きましたぁ」
「うるさい! 今はそれどころじゃ!」
「もう! ギルバート様の甲斐性なし!」
ミミアがポカポカとギルバートを叩く。
その惨めなコントを、私たちは冷ややかに見下ろした。
「……行こう、リーナ。食欲が失せる」
「そうですね。貧乏神が伝染ると困りますし」
「同意だ。君にはもっと美しいものを見せてあげたいよ」
私たちはギルバートを完全にスルーして、街の定食屋(安くて美味しい店)へと向かった。
背後で「待ってくれぇぇ!」という声が聞こえたが、雑音として処理した。
***
「――で、ランチの権利だが」
定食屋にて。
三人で「日替わり定食(Aセット)」をつつきながら、アレクセイ閣下が口を開いた。
「引き分けだったが、夜の予定はどうなっている?」
「夜は残業はありません。定時退社です」
「なら、ディナーに行こう。今度こそ二人きりで」
「おっと、抜け駆けはずるいよ宰相殿。夜は僕が彼女をオペラに誘う予定だ」
クリス皇子が割り込む。
「却下だ。リーナはオペラより、静かな個室での懐石料理を好む」
「えっ、そうなの? じゃあ僕がその店を買い取って……」
「また買収か。君の国は金でしか解決できんのか」
「愛はお金で表現するものさ。違うかい、リーナ?」
二人が私を見る。
私は最後のエビフライを口に運び、咀嚼してから答えた。
「……どちらでも構いませんが、条件があります」
「条件?」
「明日の業務に『第二回・リーナ杯』を開催します。種目は『決算書の監査』。五千枚あります」
「……」
「これを今日中に終わらせてくれた方の誘いに乗りましょう」
二人が顔を見合わせた。
五千枚。
それは、徹夜必至の量だ。
しかし、彼らの瞳に宿ったのは絶望ではなく、闘志だった。
「……面白い。受けて立とう」
「望むところだ。僕の本気を見せてやる」
ガタンッ!
二人は同時に席を立ち、会計(私の分も含む)を叩きつけるように置いて、店を飛び出していった。
「宰相府に戻るぞ! 誰よりも速く終わらせる!」
「負けないよ! 見てろよリーナ!」
疾風のように去っていく二人。
残された私は、温かいお茶をすすりながら、ほっと息をついた。
「……ふぅ。これで今月の決算も安泰ですね」
彼らは気づいていない。
私が、彼らを競わせることで、自分の仕事を極限まで減らしていることに。
「……さて、デザートでも追加しましょうか。どうせ彼らのおごりですし」
私はメニューを開き、一番高いパフェを注文した。
私の宰相府ライフは、騒がしいけれど、悪くない。
なぜなら、ここでは私が絶対的な「支配者(管理者)」なのだから。
私がいつものように宰相府へ出勤すると、執務室の風景が一変していた。
「おはよう、僕のミューズ。今日も計算高い顔をしているね」
私のデスクの真横に、なぜか黄金に輝く豪奢なデスクが設置されており、そこにはクリス皇子が優雅に座っていたのだ。
「……おはようございます、殿下。朝から目のやり場に困る(眩しい)のですが、その机は?」
「私物だよ。帝国から運ばせた。君の隣で仕事をするには、これくらいの品格が必要だろう?」
クリス皇子はウィンクを飛ばす。
机の上には、薔薇の花束と、最高級のマカロンタワー、そしてなぜか私の似顔絵(油絵)が飾られている。
「邪魔です」
私は即座にマカロンタワーを撤去(おやつ箱へ移動)し、油絵を裏返した。
「おいおい、冷たいな。せっかくの愛の巣なのに」
「職場です。ここは神聖な労働の場であり、愛を育む温室ではありません」
私が鞄を置くと、反対側の扉が開いた。
「――その通りだ、リーナ」
絶対零度の冷気を纏ったアレクセイ閣下の登場である。
閣下はクリス皇子の黄金デスクを一瞥し、鼻で笑った。
「趣味の悪い机だ。成金趣味が服を着て歩いているようだな」
「やあ、宰相殿。嫉妬かい? 君の地味な黒い机より、僕のゴールデンデスクの方がリーナの輝きを引き立てると思うけど?」
「機能美という言葉を知らんのか。……衛兵、この粗大ゴミ(机)を今すぐ中庭へ捨ててこい」
「おっと、外交特権侵害だぞ?」
朝一番から、火花が散る。
二人のイケメンが睨み合う光景は絵画のようだが、私にとっては業務妨害以外の何物でもない。
「……はぁ。お二人とも、席に着いてください」
私は手をパンと叩いた。
「クリス殿下。駐在特使としての業務があるはずですよね?」
「ああ。通商条約の細部を詰めることさ。つまり、君と一日中議論(デート)することだね」
「アレクセイ閣下。今日のスケジュールは?」
「決まっている。君と一日中、条約の精査(デート)をすることだ」
「……業務内容が被っていますね」
私は溜息をつき、山積みの書類束を二つに分けた。
ドンッ! ドンッ!
それぞれのデスクに、辞書のように分厚い書類の塔を置く。
「では、効率化のために分担しましょう。右の山は帝国側の関税リスト。左の山は王国側の輸出規制リストです」
「これを……僕が?」
クリス皇子が目を丸くする。
「特使なんでしょう? 自国のデータくらい、そらで照合できますよね?」
「もちろんだとも。僕の頭脳は帝国一さ」
「閣下も、当然できますよね?」
「愚問だ。私の計算速度を侮るな」
「よろしい。では――」
私はストップウォッチを取り出した。
「『第一回・リーナ杯争奪、超高速データ照合作業』を開始します。制限時間は一時間。ミスが一箇所につき、私への差し入れ(高級スイーツ)を一回追加とします」
「……なんだその勝負は」
「勝った方には?」
クリス皇子が身を乗り出す。
私はニッコリと笑った。
「勝った方には、今日のランチのお店を決める権利を差し上げます」
その瞬間、二人の目の色が変わった。
「ランチ……つまり、君との食事デート権か!」
「悪くない。……全力で行かせてもらおう」
「位置について、よーい、スタート!」
バババババババッ!!
凄まじい音が執務室に響き渡った。
アレクセイ閣下の氷のような冷静なページめくり。
クリス皇子の炎のような情熱的なペンさばき。
両国のトップエリートが、ただ「私とランチに行きたい」という不純な動機のみで、国家レベルの重要書類をマッハで処理していく。
周囲の文官たちが「速すぎる……」「神々の戦いだ……」と震え上がっている。
私はその間に、自分の優雅なティータイムを楽しみながら、彼らの処理済み書類をダブルチェックする。
(ふふ……完璧ですね)
ミスなど一つもない。
通常なら三日はかかる膨大な作業が、わずか四十分で片付いてしまった。
「終わったぞ!」
「僕もだ!」
二人が同時にペンを置く。
タイムは……同着。
「引き分けですね。お二人とも素晴らしい処理能力です」
「くっ、同着か……! 帝国の皇子、伊達に遊び歩いているわけではないようだな」
「君こそ。堅物メガネかと思ったら、意外とやるじゃないか」
二人は肩で息をしながら、互いに認め合うような視線を交わしている。
(友情が芽生えかけている……? まあ、労働力として使えるなら何でもいいですが)
「では、ランチは三人で行きましょう。割り勘で」
「えっ」
「割り勘です。公費での接待費は使いません」
二人がガクリと肩を落とすが、私は無視して財布を持った。
***
その頃、宰相府の入り口にて。
「た、頼む! 入れてくれ! 叔父上にどうしても話があるんだ!」
ボロボロの服(つぎはぎだらけ)を着たギルバート王太子が、衛兵に懇願していた。
隣には、お腹をさすりながら不満げな顔をしているミミアがいる。
「殿下、アポなしでの面会はお断りしております」
「緊急なんだ! 昨日の夜会のドレス代……あれの請求書が王家に回ってきて、父上が激怒して……!」
「自業自得では?」
「違うんだ! あれはミミアが勝手に……いや、とにかく金が必要なんだ! 叔父上に借金を申し込むしか!」
ギルバートが強行突破しようとした瞬間。
ガチャリ。
扉が開き、私たちがランチに出かけるために出てきた。
「あ、リーナ!」
ギルバートの顔が輝く。
「リーナ、助けてくれ! お前ならなんとかしてくれるだろう!?」
彼は私の姿を見るなり、尻尾を振る犬のように駆け寄ってきた。
しかし、私の両脇には二頭の猛獣が控えている。
「……おい、ギルバート。また来たのか」
「おや、昨日のカーテン王太子じゃないか」
アレクセイ閣下とクリス皇子が、同時にギルバートを睨みつけた。
その迫力たるや、ドラゴンの巣に足を踏み入れた子犬のごとし。
「ひぃっ……!?」
「私のリーナに気安く近づくな。氷漬けにされたいか?」
「僕の女神に薄汚い手で触れないでくれないか? 経済制裁を加えるよ?」
「え、あ、いや……」
ギルバートは後ずさる。
かつて自分が見下していた元婚約者が、今は二大国の実力者に守られ、鉄壁の要塞の中にいる。
その現実をまざまざと見せつけられ、彼は膝から崩れ落ちた。
「な、なんなんだよぉ……! なんでリーナばっかり……!」
「ギルバート様ぁ、お腹空きましたぁ」
「うるさい! 今はそれどころじゃ!」
「もう! ギルバート様の甲斐性なし!」
ミミアがポカポカとギルバートを叩く。
その惨めなコントを、私たちは冷ややかに見下ろした。
「……行こう、リーナ。食欲が失せる」
「そうですね。貧乏神が伝染ると困りますし」
「同意だ。君にはもっと美しいものを見せてあげたいよ」
私たちはギルバートを完全にスルーして、街の定食屋(安くて美味しい店)へと向かった。
背後で「待ってくれぇぇ!」という声が聞こえたが、雑音として処理した。
***
「――で、ランチの権利だが」
定食屋にて。
三人で「日替わり定食(Aセット)」をつつきながら、アレクセイ閣下が口を開いた。
「引き分けだったが、夜の予定はどうなっている?」
「夜は残業はありません。定時退社です」
「なら、ディナーに行こう。今度こそ二人きりで」
「おっと、抜け駆けはずるいよ宰相殿。夜は僕が彼女をオペラに誘う予定だ」
クリス皇子が割り込む。
「却下だ。リーナはオペラより、静かな個室での懐石料理を好む」
「えっ、そうなの? じゃあ僕がその店を買い取って……」
「また買収か。君の国は金でしか解決できんのか」
「愛はお金で表現するものさ。違うかい、リーナ?」
二人が私を見る。
私は最後のエビフライを口に運び、咀嚼してから答えた。
「……どちらでも構いませんが、条件があります」
「条件?」
「明日の業務に『第二回・リーナ杯』を開催します。種目は『決算書の監査』。五千枚あります」
「……」
「これを今日中に終わらせてくれた方の誘いに乗りましょう」
二人が顔を見合わせた。
五千枚。
それは、徹夜必至の量だ。
しかし、彼らの瞳に宿ったのは絶望ではなく、闘志だった。
「……面白い。受けて立とう」
「望むところだ。僕の本気を見せてやる」
ガタンッ!
二人は同時に席を立ち、会計(私の分も含む)を叩きつけるように置いて、店を飛び出していった。
「宰相府に戻るぞ! 誰よりも速く終わらせる!」
「負けないよ! 見てろよリーナ!」
疾風のように去っていく二人。
残された私は、温かいお茶をすすりながら、ほっと息をついた。
「……ふぅ。これで今月の決算も安泰ですね」
彼らは気づいていない。
私が、彼らを競わせることで、自分の仕事を極限まで減らしていることに。
「……さて、デザートでも追加しましょうか。どうせ彼らのおごりですし」
私はメニューを開き、一番高いパフェを注文した。
私の宰相府ライフは、騒がしいけれど、悪くない。
なぜなら、ここでは私が絶対的な「支配者(管理者)」なのだから。
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