赤の他人ということでよろしいですね?婚約破棄、承りました。

恋の箱庭

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「――それでは、『第一回・宰相閣下結婚式プロジェクト』のキックオフミーティングを開始します」

宰相執務室の大会議用テーブル。

私はホワイトボードの前に立ち、指揮棒(指示棒)をビシッと鳴らした。

出席者は、新郎であるアレクセイ閣下、王家代表としての国王陛下、王妃様。

そして、なぜか書記係として駆り出されているクリス皇子(帰国前の暇つぶしらしい)。

「まず、本プロジェクトのKPI(重要業績評価指標)を設定します」

私がボードに書き込んだのは以下の三点だ。

1.コストパフォーマンスの最大化
2.参列者の満足度(CS)向上
3.業務への支障を最小限にする(準備期間の短縮)

「特に3が重要です。結婚式の準備で残業が増え、肌が荒れては本末転倒ですので」

私が力説すると、アレクセイ閣下が手を挙げた。

「異議がある」

「なんでしょう、新郎」

「1のコストパフォーマンスだが、私の辞書に『節約』という文字はない。君のためなら国家予算が尽きても構わん」

「却下します。国が滅びたら新婚生活が送れません」

「むぅ……」

「それに、2の満足度も重要だ。国民全員を招待して祝いたい」

「国民全員!? 何万人いると思っているのですか! 立食パーティーでも会場に入りきりません!」

私は即座に電卓を叩く。

「国民五万人とした場合、一人当たりの飲食費を最低ラインの銅貨一枚に抑えても、総額で……却下です。財政破綻します」

「ちぇっ」

天下の宰相が子供のように拗ねた。

国王陛下が苦笑しながら口を挟む。

「まあ待て、リーナ嬢。アレクセイの気持ちも分かる。これはただの結婚式ではない。我が国の威信を諸外国に示す外交儀礼でもあるのだ」

「外交儀礼……。つまり、見栄を張る必要があるということですね?」

「言葉を選んでほしいが、まあそうだ。隣国ランベールとの件もあったし、ここは派手にやって『アルファポリス王国は健在なり』とアピールしたい」

国王陛下の言葉には一理ある。

政治的なメッセージとしての結婚式。

ならば、単なるコストカットでは目的を達成できない。

「承知しました。では、方針を修正します」

私はホワイトボードの文字を書き換えた。

『低予算で、世界一豪華に見せる』

「これで行きます。実質的な費用は抑えつつ、演出とアイデアで『高見え』させる。私の腕の見せ所ですね」

「おお、頼もしい! さすがは神算の令嬢だ!」

国王陛下が手を叩く。

「では、具体的な各論に入りましょう。まず『招待客リスト』です」

私は分厚い名簿束をテーブルに置いた。

「当初のリストでは三千人となっていましたが、精査した結果、五百人に圧縮しました」

「ご、五百人!? 少なすぎないか?」

王妃様が驚く。

「ご安心ください。本当に重要なVIPだけを残しました。具体的には……」

私は名簿をめくった。

「『ただ酒を飲みに来るだけの遠い親戚』『名前も顔も思い出せない貴族』『過去に一度挨拶しただけの自称・友人』……これらは全てカットです」

「合理的すぎる……」

クリス皇子が引きつった笑いを漏らす。

「その代わり、空いた枠には『大口の出資者』や『重要な貿易相手』を招待します。ご祝儀の期待値が高い層ですね」

「結婚式をご祝儀回収イベントだと思っていないか?」

アレクセイ閣下がツッコミを入れるが、私は真顔で答えた。

「回収イベントですが? 愛だけでは式場代は払えません」

「……君らしいな。まあいい、リストは君に任せる」

「次に『衣装』です」

ここが最大の難関だ。

「新婦のドレスですが、お色直しを含めて五着用意するとの提案が上がっていますが……」

「当然だ。ウェディングドレス、カラードレス、民族衣装、夜会用、そして二次会用だ」

アレクセイ閣下が胸を張る。

「着替えるだけで一日が終わります。二着で十分です」

「二着!? 少なすぎる! 君の美しさを表現するには五着でも足りないくらいだ!」

「閣下。着替えの時間コストを計算してください。一回三十分として、五回で二時間半。その間、新郎は一人で高砂に取り残され、招待客の間延びした空気に耐えることになりますよ?」

「うっ……それは辛いな」

「でしょう? ですから、ドレスは『2WAY仕様』にします」

「2WAY?」

「はい。挙式用の純白ドレスの、オーバースカートを取り外すと、瞬時にマーメイドラインのパーティードレスに早変わりする仕組みです」

私はデザイン画(自作)を見せた。

「これなら着替え時間は三十秒。中座することなく、皆様とのお時間を楽しめます。もちろん、製作費も一着分+加工費で済みます」

「おお……! 画期的だ!」

王妃様が身を乗り出した。

「素晴らしいわ、リーナ嬢! これならゲストを待たせずに済むし、何よりサプライズ演出にもなるわね!」

「はい。魔法で色が変わる素材を使えば、さらに視覚効果は高まります」

「採用だ! すぐに王室御用達のデザイナーに発注しよう!」

トントン拍子で決まっていく。

私の効率化案が、王室の伝統に風穴を開けていく快感。

しかし、ここで最大の敵が現れた。

「――異議あり」

アレクセイ閣下ではない。

会議室の扉を開けて入ってきた、一人の老紳士だ。

彼は立派な白髭を震わせ、杖をついて歩み寄ってきた。

「式部官長のヘンドリックスである! このような簡素な式、断じて認めん!」

式部官長。

宮中儀礼を取り仕切る、頭の固い保守派の筆頭だ。

「ヘンドリックス卿。何が不満ですか?」

「全てだ! 招待客削減? ドレスの使い回し? 王家の威厳を何だと思っている! 結婚式とは、伝統と格式に則り、古式ゆかしく厳かに行うべきものだ!」

彼は分厚い『王室儀礼書(全百巻)』をドンと置いた。

「過去五百年の前例に倣い、儀式は朝から晩まで三日間かけて行うべし! 料理は一品出すごとにファンファーレを鳴らすべし! 新郎新婦は一言も喋らず、人形のように座っているべし!」

「……拷問ですか?」

私が呟くと、ヘンドリックス卿は顔を真っ赤にした。

「無礼者! これが伝統だ! 前例踏襲こそが正義なのだ!」

面倒なのが出てきた。

こういう「前例主義者」を論破するのは、私の大好物だ。

私は電卓を置き、ニッコリと微笑んだ。

「ヘンドリックス卿。前例とおっしゃいますが、その『五百年前の儀式』を行った際、王国の財政はどうなりましたか?」

「む? ……記録によれば、一時的に傾いたが……」

「一時的? いいえ、当時の帳簿によれば、その後十年間、国民は重税に苦しみ、一揆が多発しました。それが『王家の威厳』の結果ですか?」

「ぐぬ……」

「さらに、三日間の儀式。これにより国政が停滞し、近隣諸国に外交的な隙を与えました。今の国際情勢で、閣下が三日も拘束されたらどうなると思いますか?」

私はアレクセイ閣下を見た。

「閣下。三日間、一言も喋らず座っていられますか?」

「無理だ。三分で寝るか、卿を氷漬けにするだろう」

「だそうです」

私はヘンドリックス卿に向き直った。

「伝統は大切ですが、時代に合わせてアップデートしない組織は滅びます。……それとも、卿はアレクセイ閣下に氷漬けにされたいのですか?」

「ひぃっ……!」

ヘンドリックス卿は、閣下の冷ややかな視線に気づき、青ざめて後ずさった。

「わ、わかった……。しかし、ケーキ入刀だけは! あの大掛かりなケーキ入刀だけは譲れん!」

「ケーキ入刀?」

「うむ! 五メートルの高さのウェディングケーキを用意し、新郎新婦が剣で切る! これぞ王家の華だ!」

五メートル。

耐震構造計算が必要なレベルだ。

「……食べきれませんよね? 廃棄ロスが出ます」

「そこをなんとか! これだけは私の夢なのだ!」

意外と乙女チックな夢を持っていた。

私は少し考え、妥協案を出した。

「分かりました。では、ケーキは『張りぼて(イミテーション)』にしましょう」

「な、なんだと?」

「土台の四・五メートル部分は装飾を施した模型にし、ナイフを入れる最上段だけ本物のケーキにします。これなら高さは出せますし、材料費は十分の一、倒壊のリスクも減ります」

「そ、そんな手が……!」

「切り分けるケーキは、厨房で別途焼いた美味しいショートケーキを配ればいいのです。味も形も崩れません」

ヘンドリックス卿は目から鱗が落ちたような顔をした。

「……合理的だ。かつ、見栄えも保たれる……。素晴らしい!」

「ご理解いただけて何よりです」

「認めよう! リーナ嬢、君こそ新しい時代の式部官にふさわしい!」

ヘンドリックス卿は私の手を握りしめ、感激の涙を流した。

こうして、一番の障壁だった保守派も陥落した。

「……すごいな、リーナ」

クリス皇子が呆然と呟く。

「あの頑固爺さんを五分で信者に変えたぞ」

「敵を作らないのが、プロジェクト成功の秘訣ですから」

私はVサインを出した。

「よし、これで大枠は決まりました。あとは……」

私が言いかけた時、アレクセイ閣下が私の手を取った。

「リーナ。準備もいいが、一つ忘れていないか?」

「忘れ物? 引き出物の選定ですか?」

「違う。……ハネムーンだ」

閣下は甘い声で囁いた。

「式が終わったら、どこへ行こうか。今度こそ、誰にも邪魔されない場所がいい」

「ハネムーン……。長期休暇の申請が必要ですね」

「一ヶ月くらい休んでもバチは当たらん」

「一ヶ月!? 宰相府が崩壊します!」

「構わん。その間はクリスに留守番をさせよう」

「えっ、僕!?」

クリス皇子が飛び上がる。

「なんで他国の皇子が留守番するんだよ!」

「お前、暇だろう? 宰相代理の経験は帝王学の役に立つぞ」

「ぐっ……魅力的な提案をしてくるな……」

こうして、私たちの結婚式プロジェクトは、周囲を巻き込みながら(主にクリス皇子を犠牲にしながら)、着々と進行していくことになった。

だが、順調に見えるプロジェクトには、必ず落とし穴があるものだ。

式当日、私の計算さえも超える「最大のハプニング」が起きることを、この時の私はまだ予測できていなかった……。
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