赤の他人ということでよろしいですね?婚約破棄、承りました。

恋の箱庭

文字の大きさ
18 / 28

18

「――それでは、『第一回・宰相閣下結婚式プロジェクト』のキックオフミーティングを開始します」

宰相執務室の大会議用テーブル。

私はホワイトボードの前に立ち、指揮棒(指示棒)をビシッと鳴らした。

出席者は、新郎であるアレクセイ閣下、王家代表としての国王陛下、王妃様。

そして、なぜか書記係として駆り出されているクリス皇子(帰国前の暇つぶしらしい)。

「まず、本プロジェクトのKPI(重要業績評価指標)を設定します」

私がボードに書き込んだのは以下の三点だ。

1.コストパフォーマンスの最大化
2.参列者の満足度(CS)向上
3.業務への支障を最小限にする(準備期間の短縮)

「特に3が重要です。結婚式の準備で残業が増え、肌が荒れては本末転倒ですので」

私が力説すると、アレクセイ閣下が手を挙げた。

「異議がある」

「なんでしょう、新郎」

「1のコストパフォーマンスだが、私の辞書に『節約』という文字はない。君のためなら国家予算が尽きても構わん」

「却下します。国が滅びたら新婚生活が送れません」

「むぅ……」

「それに、2の満足度も重要だ。国民全員を招待して祝いたい」

「国民全員!? 何万人いると思っているのですか! 立食パーティーでも会場に入りきりません!」

私は即座に電卓を叩く。

「国民五万人とした場合、一人当たりの飲食費を最低ラインの銅貨一枚に抑えても、総額で……却下です。財政破綻します」

「ちぇっ」

天下の宰相が子供のように拗ねた。

国王陛下が苦笑しながら口を挟む。

「まあ待て、リーナ嬢。アレクセイの気持ちも分かる。これはただの結婚式ではない。我が国の威信を諸外国に示す外交儀礼でもあるのだ」

「外交儀礼……。つまり、見栄を張る必要があるということですね?」

「言葉を選んでほしいが、まあそうだ。隣国ランベールとの件もあったし、ここは派手にやって『アルファポリス王国は健在なり』とアピールしたい」

国王陛下の言葉には一理ある。

政治的なメッセージとしての結婚式。

ならば、単なるコストカットでは目的を達成できない。

「承知しました。では、方針を修正します」

私はホワイトボードの文字を書き換えた。

『低予算で、世界一豪華に見せる』

「これで行きます。実質的な費用は抑えつつ、演出とアイデアで『高見え』させる。私の腕の見せ所ですね」

「おお、頼もしい! さすがは神算の令嬢だ!」

国王陛下が手を叩く。

「では、具体的な各論に入りましょう。まず『招待客リスト』です」

私は分厚い名簿束をテーブルに置いた。

「当初のリストでは三千人となっていましたが、精査した結果、五百人に圧縮しました」

「ご、五百人!? 少なすぎないか?」

王妃様が驚く。

「ご安心ください。本当に重要なVIPだけを残しました。具体的には……」

私は名簿をめくった。

「『ただ酒を飲みに来るだけの遠い親戚』『名前も顔も思い出せない貴族』『過去に一度挨拶しただけの自称・友人』……これらは全てカットです」

「合理的すぎる……」

クリス皇子が引きつった笑いを漏らす。

「その代わり、空いた枠には『大口の出資者』や『重要な貿易相手』を招待します。ご祝儀の期待値が高い層ですね」

「結婚式をご祝儀回収イベントだと思っていないか?」

アレクセイ閣下がツッコミを入れるが、私は真顔で答えた。

「回収イベントですが? 愛だけでは式場代は払えません」

「……君らしいな。まあいい、リストは君に任せる」

「次に『衣装』です」

ここが最大の難関だ。

「新婦のドレスですが、お色直しを含めて五着用意するとの提案が上がっていますが……」

「当然だ。ウェディングドレス、カラードレス、民族衣装、夜会用、そして二次会用だ」

アレクセイ閣下が胸を張る。

「着替えるだけで一日が終わります。二着で十分です」

「二着!? 少なすぎる! 君の美しさを表現するには五着でも足りないくらいだ!」

「閣下。着替えの時間コストを計算してください。一回三十分として、五回で二時間半。その間、新郎は一人で高砂に取り残され、招待客の間延びした空気に耐えることになりますよ?」

「うっ……それは辛いな」

「でしょう? ですから、ドレスは『2WAY仕様』にします」

「2WAY?」

「はい。挙式用の純白ドレスの、オーバースカートを取り外すと、瞬時にマーメイドラインのパーティードレスに早変わりする仕組みです」

私はデザイン画(自作)を見せた。

「これなら着替え時間は三十秒。中座することなく、皆様とのお時間を楽しめます。もちろん、製作費も一着分+加工費で済みます」

「おお……! 画期的だ!」

王妃様が身を乗り出した。

「素晴らしいわ、リーナ嬢! これならゲストを待たせずに済むし、何よりサプライズ演出にもなるわね!」

「はい。魔法で色が変わる素材を使えば、さらに視覚効果は高まります」

「採用だ! すぐに王室御用達のデザイナーに発注しよう!」

トントン拍子で決まっていく。

私の効率化案が、王室の伝統に風穴を開けていく快感。

しかし、ここで最大の敵が現れた。

「――異議あり」

アレクセイ閣下ではない。

会議室の扉を開けて入ってきた、一人の老紳士だ。

彼は立派な白髭を震わせ、杖をついて歩み寄ってきた。

「式部官長のヘンドリックスである! このような簡素な式、断じて認めん!」

式部官長。

宮中儀礼を取り仕切る、頭の固い保守派の筆頭だ。

「ヘンドリックス卿。何が不満ですか?」

「全てだ! 招待客削減? ドレスの使い回し? 王家の威厳を何だと思っている! 結婚式とは、伝統と格式に則り、古式ゆかしく厳かに行うべきものだ!」

彼は分厚い『王室儀礼書(全百巻)』をドンと置いた。

「過去五百年の前例に倣い、儀式は朝から晩まで三日間かけて行うべし! 料理は一品出すごとにファンファーレを鳴らすべし! 新郎新婦は一言も喋らず、人形のように座っているべし!」

「……拷問ですか?」

私が呟くと、ヘンドリックス卿は顔を真っ赤にした。

「無礼者! これが伝統だ! 前例踏襲こそが正義なのだ!」

面倒なのが出てきた。

こういう「前例主義者」を論破するのは、私の大好物だ。

私は電卓を置き、ニッコリと微笑んだ。

「ヘンドリックス卿。前例とおっしゃいますが、その『五百年前の儀式』を行った際、王国の財政はどうなりましたか?」

「む? ……記録によれば、一時的に傾いたが……」

「一時的? いいえ、当時の帳簿によれば、その後十年間、国民は重税に苦しみ、一揆が多発しました。それが『王家の威厳』の結果ですか?」

「ぐぬ……」

「さらに、三日間の儀式。これにより国政が停滞し、近隣諸国に外交的な隙を与えました。今の国際情勢で、閣下が三日も拘束されたらどうなると思いますか?」

私はアレクセイ閣下を見た。

「閣下。三日間、一言も喋らず座っていられますか?」

「無理だ。三分で寝るか、卿を氷漬けにするだろう」

「だそうです」

私はヘンドリックス卿に向き直った。

「伝統は大切ですが、時代に合わせてアップデートしない組織は滅びます。……それとも、卿はアレクセイ閣下に氷漬けにされたいのですか?」

「ひぃっ……!」

ヘンドリックス卿は、閣下の冷ややかな視線に気づき、青ざめて後ずさった。

「わ、わかった……。しかし、ケーキ入刀だけは! あの大掛かりなケーキ入刀だけは譲れん!」

「ケーキ入刀?」

「うむ! 五メートルの高さのウェディングケーキを用意し、新郎新婦が剣で切る! これぞ王家の華だ!」

五メートル。

耐震構造計算が必要なレベルだ。

「……食べきれませんよね? 廃棄ロスが出ます」

「そこをなんとか! これだけは私の夢なのだ!」

意外と乙女チックな夢を持っていた。

私は少し考え、妥協案を出した。

「分かりました。では、ケーキは『張りぼて(イミテーション)』にしましょう」

「な、なんだと?」

「土台の四・五メートル部分は装飾を施した模型にし、ナイフを入れる最上段だけ本物のケーキにします。これなら高さは出せますし、材料費は十分の一、倒壊のリスクも減ります」

「そ、そんな手が……!」

「切り分けるケーキは、厨房で別途焼いた美味しいショートケーキを配ればいいのです。味も形も崩れません」

ヘンドリックス卿は目から鱗が落ちたような顔をした。

「……合理的だ。かつ、見栄えも保たれる……。素晴らしい!」

「ご理解いただけて何よりです」

「認めよう! リーナ嬢、君こそ新しい時代の式部官にふさわしい!」

ヘンドリックス卿は私の手を握りしめ、感激の涙を流した。

こうして、一番の障壁だった保守派も陥落した。

「……すごいな、リーナ」

クリス皇子が呆然と呟く。

「あの頑固爺さんを五分で信者に変えたぞ」

「敵を作らないのが、プロジェクト成功の秘訣ですから」

私はVサインを出した。

「よし、これで大枠は決まりました。あとは……」

私が言いかけた時、アレクセイ閣下が私の手を取った。

「リーナ。準備もいいが、一つ忘れていないか?」

「忘れ物? 引き出物の選定ですか?」

「違う。……ハネムーンだ」

閣下は甘い声で囁いた。

「式が終わったら、どこへ行こうか。今度こそ、誰にも邪魔されない場所がいい」

「ハネムーン……。長期休暇の申請が必要ですね」

「一ヶ月くらい休んでもバチは当たらん」

「一ヶ月!? 宰相府が崩壊します!」

「構わん。その間はクリスに留守番をさせよう」

「えっ、僕!?」

クリス皇子が飛び上がる。

「なんで他国の皇子が留守番するんだよ!」

「お前、暇だろう? 宰相代理の経験は帝王学の役に立つぞ」

「ぐっ……魅力的な提案をしてくるな……」

こうして、私たちの結婚式プロジェクトは、周囲を巻き込みながら(主にクリス皇子を犠牲にしながら)、着々と進行していくことになった。

だが、順調に見えるプロジェクトには、必ず落とし穴があるものだ。

式当日、私の計算さえも超える「最大のハプニング」が起きることを、この時の私はまだ予測できていなかった……。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「ちょっと待った」コールをしたのはヒロインでした

みおな
恋愛
「オフェーリア!貴様との婚約を破棄する!!」  学年の年度末のパーティーで突然告げられた婚約破棄。 「ちょっと待ってください!」  婚約者に諸々言おうとしていたら、それに待ったコールをしたのは、ヒロインでした。  あらあら。婚約者様。周囲をご覧になってくださいませ。  あなたの味方は1人もいませんわよ?  ですが、その婚約破棄。喜んでお受けしますわ。

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

公爵令嬢が婚約破棄され、弟の天才魔導師が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。  リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……  王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。