赤の他人ということでよろしいですね?婚約破棄、承りました。

恋の箱庭

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「わっはっは! 新鮮だろう! 今朝、私が銛(もり)で突いたのだ!」

ソレイユ島のプライベートビーチ。

ガルディア帝国の皇帝陛下は、砂浜に横たわる巨大なマグロ(推定300キロ)をバンバンと叩きながら高笑いしていた。

その後ろには、武装した帝国兵が数百名、整列している。

静かなハネムーンは、一瞬にして築地の初競りのような活気に包まれた。

「……リーナ。許可をくれ」

私の隣で、アレクセイが低く唸る。

彼の手には、鋭利な氷の槍が生成されていた。

「あのうるさい親父と、あの生臭い魚ごと、氷漬けにして海に沈める許可を」

「待ってください、あなた。早まらないで」

私は電卓を弾きながら、冷静に彼を制した。

「あのマグロ、背びれの形状から見て、超高級魚『クロガネマグロ』です。市場価格で金貨五百枚は下りません」

「……金か」

「はい。それを沈めるのは資源の損失です。それに……」

私は皇帝の背後に停泊している軍艦を見つめた。

「あれだけの数の輸送船。手ぶらで帰すのは物流コストの無駄遣いですよね?」

私の目が「¥」の形になった(気がした)。

アレクセイはため息をつき、氷の槍を消した。

「……分かった。君の好きにしろ。ただし、私の我慢が限界に達する前にな」

「愛しています。交渉は任せてください」

私は満面の笑みでアレクセイの頬にキスをし、皇帝の前へと進み出た。

「皇帝陛下。素晴らしい獲物ですね」

「おお、リーナ殿! 分かってくれるか! 息子(クリス)は『野蛮だ』と言って嫌がるのだがな」

皇帝陛下は嬉しそうに髭を揺らした。

「つきましては、このマグロをメインディッシュにした『祝賀会』を開催しましょう」

「うむ! それを待っていたのだ!」

「ただし、会場設営と調理には人手が必要です。……そちらの兵士の方々、お借りしても?」

「ん? 構わんよ。皆、暇を持て余しているからな」

「ありがとうございます。では、業務提携成立です」

私はパンと手を叩き、整列していた帝国兵たちに向き直った。

「注目! これより『マグロ解体および祝賀会設営ミッション』を開始します!」

私はテキパキと指示を飛ばし始めた。

「第一小隊は調理班! マグロを解体し、刺身、寿司、カブト焼きに加工してください!」

「はっ!」

「第二小隊は設営班! ビーチにテーブルと椅子を配置! 日除けのテントも忘れずに!」

「はっ!」

「第三小隊から第五小隊は、島内の果樹園へ急行! 完熟マンゴーとパパイヤを収穫してきてください! デザート用ですが、余った分は貴国の船に積んで『お土産(輸出品)』にします!」

「は、はっ!」

帝国兵たちが蜘蛛の子を散らすように動き出す。

彼らもまた、クリス皇子の部下だけあって「指示待ち」には慣れていないが、具体的な命令があれば優秀だ。

あっという間に、ビーチは豪華なガーデンパーティー会場へと変貌した。

「……すごいな、リーナ殿は」

皇帝陛下が目を丸くしている。

「我が国の精鋭部隊を、まるで自分の手足のように使うとは」

「適材適所です。さあ、陛下。こちらへどうぞ」

私は上座(一番高い席)へ皇帝とアレクセイを案内した。

テーブルには、捌きたてのマグロ料理が並ぶ。

大トロの刺身、中トロの握り、赤身のカルパッチョ。

「うむ、美味い! やはり海で食べる魚は格別だ!」

皇帝陛下が豪快に笑い、ワインを煽る。

アレクセイは不機嫌そうにグラスを揺らしていたが、私が「あーん」をして大トロを食べさせると、少しだけ表情を緩めた。

「……悪くない味だ」

「でしょう? 素材(マグロ)の提供者に感謝ですね」

宴が進み、皇帝陛下が良い気分になった頃を見計らって、私は切り出した。

「ところで、陛下。今回、軍艦十隻でいらっしゃいましたね?」

「うむ。護衛も兼ねてな」

「帰りの積載スペース、空いていますよね?」

「まあ、人は乗るが、貨物室はガラ空きだが……」

「もったいない」

私は一枚の書類を差し出した。

「この島で採れる南国フルーツ、および希少な香辛料。これらを帝国の市場で販売する独占契約書です」

「……ほう?」

「帰りの便にこれらを積んでいただければ、輸送コストは実質ゼロ。売り上げの30%を『運賃』として帝国に還元します。残りの70%は我が宰相府の収入となります」

「……君、ハネムーン中に商談をするのかね?」

「ハネムーンだからこそです。愛を育むにも資金は必要ですから」

皇帝陛下は呆気にとられ、次いで大声で笑った。

「わっはっは! 面白い! クリスが『勝てない』と言っていた理由が分かった! いいだろう、その契約、乗った!」

皇帝陛下はペンを取り、豪快にサインをした。

これで、ただの「迷惑な乱入」が「高収益の貿易便」に変わった。

「ありがとうございます。……あ、ついでにこちらの請求書も」

私は別の紙を滑らせた。

「ん? なんだこれは」

「『会場使用料』および『緊急対応手数料』です」

「……金取るのかね!?」

「当然です。ここはアレクセイ閣下の私有地ですので」

皇帝陛下は「ぐぬぬ」と唸りながらも、楽しそうに支払いのサインをした。

どうやらこの親子、変わった人間に振り回されるのが好きらしい。

***

宴が終わり、夕暮れ時。

皇帝一行は、満載のフルーツと香辛料を積み込み、帰路についた。

「さらばだ、リーナ殿! アレクセイ殿! また会おう!」

「二度と来るなクソ親父!」

アレクセイが叫ぶが、その声には以前ほどの殺気はなかった。

船が見えなくなるまで見送り、私たちは静かになったビーチに残された。

「……はぁ。嵐のような人でしたね」

「全くだ。だが……」

アレクセイは私の方を向き、苦笑した。

「君のおかげで、退屈はしなかった。それに、随分と稼いだようだな?」

「はい。今回の利益で、帰りの船をアップグレードできます」

「……君は本当に、転んでもただでは起きないな」

アレクセイは私の腰を引き寄せ、夕日に染まる海をバックに抱きしめた。

「だが、これでようやく二人きりだ」

「そうですね。……今度こそ、誰にも邪魔させません」

「ああ。……愛している、リーナ」

「私もです、あなた」

私たちは口づけを交わした。

マグロの残り香が少しだけしたが、それもまた、忘れられない思い出のスパイスだ。

こうして、私たちのハネムーンは「大黒字」で幕を閉じた。

王都への帰路。

私は揺れる船の中で、アレクセイの肩に寄りかかりながら、ふと考えた。

(結婚式も、ハネムーンも終わりました。……となると、次は?)

物語で言えばエピローグ。

人生で言えば、新たな日常の始まり。

だが、私の人生設計には、まだ大きなイベントが残されている。

そう、『後継者育成プロジェクト』だ。

私はそっと自分のお腹に手を当てた。

まだ何の兆候もないけれど、近い将来、ここに新たな「計算高い命」が宿るかもしれない。

その時、アレクセイはどんな顔をするだろうか。

「……ふふ」

「どうした? 思い出し笑いか?」

「いいえ。……将来の『教育費』の計算をしていただけです」

「……気が早いな」

アレクセイは呆れつつも、愛おしそうに私の髪を撫でた。

船は進む。

私たちの、騒がしくも幸せな未来へと向かって。

***

そして数年後――。

王都の宰相府には、新たな伝説が誕生していた。

「パパ! だめだよ、その予算案は非効率的だ!」

「ママ! おやつの配分について交渉したいの!」

執務室を走り回る、銀髪の男の子と、黒髪の女の子。

最強のDNAを受け継いだ、小さな「神算」たちの姿がそこにあった。
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