赤の他人ということでよろしいですね?婚約破棄、承りました。

恋の箱庭

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「パパ。このお野菜を食べるメリットについて、具体的かつ定量的に説明して」

「ママ。私がニンジンを完食した場合の成功報酬は、市場価格に見合っているかしら?」

朝の食卓。

私の目の前には、二人の小さな「怪獣」が座っていた。

銀色の髪に、氷のように冷徹な(しかし今は眠そうな)青い瞳を持つ男の子、アルヴィン。

漆黒の髪に、宝石のような瞳を輝かせる女の子、ララ。

今年で五歳になる、私たち夫婦の双子の子供たちだ。

「……アルヴィン、ララ。朝食はビジネス交渉の場ではありません」

私がコーヒーを飲みながらたしなめると、アルヴィンはフォークを置いて溜息をついた。

「でもママ。嫌いなピーマンを摂取することは、僕の精神衛生上のコストが高いんだ」

「そうよ。ララも、ただで食べるなんて労働基準法違反だと思うの」

「……誰に似たんですか、あなたたちは」

私が頭を抱えていると、エプロン姿のアレクセイ(この国の宰相)が、フライパン片手にニコニコと現れた。

「まあまあ、二人とも。ピーマンを食べたら、ご褒美に『南の島』を一つ買ってやろう」

「却下します」

私は即座に言った。

「あなた、教育方針を確認したはずですよね? 『働かざる者食うべからず』。そして『過剰な供給は市場価値を下げる』と」

「だがリーナ。あーんして食べる姿が見られるなら、島の一つや二つ安いものだ」

「親バカもそこまでいくと公害です」

アレクセイは結婚して数年経つが、私への溺愛はそのままに、子供たちへの甘やかしが限界突破していた。

おかげで、子供たちは順調に「計算高いリアリスト(私似)」と「絶対的な権力者(彼似)」のハイブリッドに育ちつつある。

「ほら、二人とも。パパの財布を当てにせず、自分の力で対価を勝ち取りなさい。ピーマンを一本食べるごとに、おやつチケット一枚支給します」

「……交渉成立だ」

「契約書は?」

「あとで作ります。さあ、食べなさい」

二人は「やれやれ」といった顔で、しかし猛スピードで野菜を片付け始めた。

その手際の良さだけは、間違いなく私の血だ。

***

「――というわけで、本日は保育園が休園のため、二人を職場に連行します」

宰相執務室。

私が宣言すると、部下の文官たちが「ひぃっ」と悲鳴を上げた。

「あ、アルヴィン様とララ様ですか……!?」

「前回の来訪時、私の計算ミスを三分で見抜かれた悪夢が……」

「僕なんて、ララ様に『おじさんの働きぶり、給料泥棒ね』って笑顔で言われました……」

戦々恐々とする大人たち。

そんな中、双子は小さな専用デスク(アレクセイが特注で作らせた)に着席し、慣れた手つきで書類を広げた。

「では、業務を開始する」

アルヴィンが父の真似をして足を組む。

その姿は、ミニチュア版アレクセイそのものだ。

「まずは昨日の決算書のチェックだね。……ん? パパ、ここ計算が合わないよ」

「なに?」

「第三項目の交際費。端数の処理が甘い。これだと年間で金貨十枚の誤差が出る」

アルヴィンが赤ペンで修正を入れる。

アレクセイは目を細めて、愛息の頭を撫でた。

「さすが私の息子だ。よく気づいたな。……おい、担当者は誰だ?」

「ひっ、わ、私です!」

「減給だ。五歳児に指摘されるとは恥を知れ」

「は、はいぃぃぃ!」

一方、娘のララは、私の隣で電話(通信魔道具)番をしていた。

『もしもし? こちら、商工会議所の者ですが……』

「お電話ありがとうございます。宰相府、窓口担当のララです」

五歳児とは思えない流暢な敬語。

しかし、その目は笑っていない。

「アポイントメントの件ですね? あいにく、今週のパパ……いえ、宰相閣下のスケジュールは満席です」

『そこをなんとか! どうしても今日中に!』

「無理です。これ以上の押し問答は、あなたの通話料金の無駄ですよ?」

『ぐっ……』

「どうしてもと言うなら、『特急料金』としてお菓子(高級ゼリー)を三箱、受付に置いていってください。そうすれば、キャンセル待ちリストの一番上に入れてあげなくもありません」

『わ、わかった! すぐに届ける!』

ガチャ。

ララは受話器を置き、私に向かってVサインをした。

「ママ、おやつゲットしたわ」

「……ララ。賄賂の要求は慎重にやりなさいと言ったでしょう?」

「賄賂じゃないわ。コンサルティング料よ」

「末恐ろしい子……」

私は我が子の将来(主に悪女方面)を案じつつ、自分の仕事に戻った。

***

昼休み。

私たちは親子四人で、執務室でお弁当を広げていた。

「あーん、パパ。卵焼きちょーだい」

「よしよし、ララ。私の分も全部あげよう」

「パパ、僕には?」

「アルヴィンには、最高級のステーキを用意させたぞ」

相変わらずの甘やかしぶりだ。

平和なランチタイム。

しかし、そこでアルヴィンが爆弾発言を投下した。

「ねえパパ、ママ。相談があるんだ」

「なんだい?」

「僕たちのお小遣いについて、ベースアップ(賃上げ)を要求したい」

「……ほう」

私は箸を止めた。

「理由は?」

「現在の週給(銅貨五枚)では、僕たちの『投資活動』に支障が出るんだ」

「投資?」

「うん。アルヴィン兄様とお金を出し合って、城下町のキャンディ屋さんの株を買おうと思って」

ララが平然と言う。

「……五歳でM&A(企業買収)?」

「オーナーになれば、キャンディが原価で手に入るでしょ? それに、あのお店、立地はいいのに宣伝が下手だから、私たちが経営改善すればもっと儲かると思うの」

論理的すぎる。

私は眩暈がした。この子たち、おもちゃを買う感覚で会社を買おうとしている。

「……感心だな。よし、パパが出資してやろう。金貨一万枚で足りるか?」

「待ちなさい、あなた」

私は財布を取り出そうとするアレクセイの手を止めた。

「安易な出資は子供のためになりません。……二人とも、聞きなさい」

私は居住まいを正した。

「資金調達(ファイナンス)が必要なら、銀行……つまり『ママ銀行』に事業計画書を提出しなさい」

「えーっ、面倒くさい」

「当然です。融資には審査が必要です。そのキャンディ屋の収益見込み、リスク管理、そして返済計画。それらをA4用紙一枚にまとめてプレゼンできたら、融資を検討しましょう」

「……ちっ。ママは手厳しいな」

アルヴィンが舌打ちした(誰の真似だ)。

「でも、望むところだ。僕の計算に死角はないよ」

「ララも手伝う! 可愛いイラスト付きの資料なら、パパはイチコロよね?」

「うっ……イラスト付きだと審査が甘くなるかもしれん……」

アレクセイが早くも陥落しかけている。

こうして、お昼休みの後半は「第一回・お小遣い増額プレゼン大会」となった。

結果として、彼らのプレゼンは完璧だった。

SWOT分析(強み・弱み・機会・脅威)まで盛り込まれた資料を見せられ、私は融資を認めざるを得なかった。

「……審査通過です。ただし、金利はトイチ(十日で一割)ですよ?」

「暴利だ! ママは闇金業者なの!?」

「世知辛さを学びなさい」

家族での丁々発止のやり取り。

部下たちは遠巻きに見ながら、ひそひそと囁き合っていた。

「……この国、あと百年は安泰だな」

「いや、支配される未来しか見えない……」

「アークライト家の血、濃すぎないか?」

午後三時。

おやつの時間になると、クリス皇子(現在はガルディア皇帝)から贈られてきた大量のフルーツが届いた。

「わーい! クリスおじ様だ!」

「あの派手な人、気前がいいから好き」

子供たちは大喜びだ。

「……クリスの奴、また余計なものを」

アレクセイが不機嫌になるが、私はフルーツの山を見て計算した。

「マンゴーが百個……。食べきれませんね。ララ、どうしますか?」

「もちろん、半分は食べて、残りは職員の人たちに『一つ銅貨一枚』で売るわ!」

「正解です」

「……教育方針、本当にこれでいいのか?」

アレクセイが不安そうに呟くが、私は胸を張って答えた。

「いいのです。この子たちは、あなたの魔力と、私の計算能力を受け継いだ『最強の次世代』なのですから」

窓の外には、平和な王都の風景が広がっている。

この子たちが大人になる頃には、きっともっと豊かな国になっているだろう。

まあ、その分、周囲の人間(主に未来の婚約者たち)の苦労は計り知れないけれど。

「さあ、仕事に戻りますよ。定時までに終わらせて、帰りにキャンディ屋の視察に行きましょう」

「「はーい!」」

元気な返事。

今日も宰相府は、アークライト一家によって効率的に、そして騒がしく回っている。
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