赤の他人ということでよろしいですね?婚約破棄、承りました。

恋の箱庭

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「……眩しい」

私が封筒を開けた瞬間、執務室が黄金の輝きに包まれた。

送られてきたのは、ガルディア帝国からの招待状。

純金箔の台紙に、ダイヤモンドの粉末で文字が書かれているという、成金趣味の極みのような代物だ。

『親愛なるリーナ、そしてアレクセイ。ついに僕も年貢の納め時だ。僕の結婚式に来てくれ!』

「……年貢の納め時とは、結婚を『課税』だと思っているのでしょうか」

私はサングラス(眩しさ対策)をかけながら呟いた。

「クリスの奴、ようやく身を固める気になったか」

アレクセイが娘のララを膝に乗せながら、招待状を覗き込む。

「相手は誰だ? あの派手な男を御せる女性など、この世に君以外にいるとは思えんが」

「私を基準にしないでください。ええと、お相手は……『聖女シルヴィア』?」

聖女。

その響きに、息子のア​​ルヴィンが反応した。

「聖女って、あの『祈りで雨を降らせる』とかいう、非科学的な存在のこと?」

「アルヴィン。非科学的ではありません。気象操作系の魔術師の一種です」

「ふうん。じゃあ、パパと同じで『高出力エネルギー炉』ってことだね」

「……息子の語彙が可愛くないな」

アレクセイが苦笑する。

「とにかく、家族旅行も兼ねて帝国へ行きましょう。子供たちの異文化学習(社会科見学)にもなりますし」

「賛成! 私、帝国のファッション市場を視察したいわ!」

ララが目を輝かせる。

こうして、アークライト一家はガルディア帝国へと向かうことになった。

***

ガルディア帝国、帝都。

そこは、我が国とは対照的な「極彩色」の街だった。

建物は赤や金で彩られ、人々は派手な衣装で歩いている。

「わあ、目がチカチカする」

アルヴィンが正直な感想を漏らす。

「色彩心理学的には、購買意欲をそそる色使いね。さすが商業国家だわ」

ララは冷静に分析している。

私たちが宮殿に到着すると、クリス皇帝(まだこの呼び名に慣れない)が出迎えてくれた。

「やあやあ! ようこそ我が帝国へ! 待っていたよ!」

クリスは以前にも増して派手な衣装――背中に孔雀の羽がついたマント――を羽織って現れた。

「久しぶりだね、リーナ。相変わらず美しい」

彼が私の手を取ろうとした瞬間、

ヒュンッ!

鋭い氷の礫が、彼の手の数ミリ手前を通過した。

「おっと危ない。……相変わらず独占欲が強いね、アレクセイ」

「妻に触れるな。その孔雀の羽をむしり取るぞ」

アレクセイが殺気を放つ。

「パパ、落ち着いて。外交問題になるわ」

ララがパパのズボンを引っ張ってなだめる。

「おや、そっちの可愛い子猫ちゃんたちは? まさか……」

クリスが双子を見て目を丸くする。

「初めまして、おじ様。アルヴィン・フォン・アークライトです」

「ララです。おじ様のマント、素材は最高級シルクですが、縫製が少し甘いですね。三割引きで買いました?」

「ぶっ!」

クリスが吹き出した。

「あははは! 間違いない、君たちの子だ! 挨拶代わりに値踏みしてくるとは!」

クリスは腹を抱えて笑い、そして一人の女性を手招きした。

「紹介しよう。僕の婚約者、シルヴィアだ」

現れたのは、クリスとは対照的な、清楚で儚げな女性だった。

プラチナブロンドの髪に、慈愛に満ちた緑の瞳。

まさに「聖女」という言葉がふさわしい。

「初めまして、皆様。シルヴィアと申します」

彼女は深々と頭を下げた。

その声は鈴を転がすように美しく、周囲の空気が浄化されるようだ。

「まあ、なんて素敵な方……」

私が感心していると、シルヴィア様はニコリと微笑み、クリスのマントを掴んだ。

「クリス様。孔雀の羽が曲がっておりますわ」

「えっ? あ、本当?」

「それに、お客様の前でその笑い方は品がありません。口角をあと五ミリ下げて、優雅に」

「は、はい……」

「それと、昨夜の晩酌のつけが残っております。お小遣いから引いておきますね?」

「ええっ!? ひどいよシルヴィア!」

「あら、文句がおありで?」

シルヴィア様が小首をかしげると、背後に巨大な聖なるオーラ(圧)が立ち上った。

「い、いいえ! ありません!」

クリスが直立不動になる。

私たちは顔を見合わせた。

(なるほど……。このチャラ男を御せるのは、猛獣使い(ビーストテイマー)だけということですね)

私は納得し、シルヴィア様に強いシンパシーを感じた。

***

結婚式前日。

帝国の宮殿は大混乱に陥っていた。

「大変だ! 特注の黄金像が届かない!」

「花火の火薬量が多すぎて消防法に引っかかる!」

「料理の予算が底をついた!」

現場監督たちが叫び回っている。

クリスの「派手にしたい」という要望と、現場のキャパシティが乖離しているのだ。

「……見ていられませんね」

私は腕まくりをした。

「アルヴィン、ララ。出番ですよ」

「了解、ママ」

「コンサル料は高くつくわよ?」

私たち親子三人は、混乱する現場へ飛び込んだ。

「そこ! 黄金像がなければ、人を金粉で塗って立たせなさい! 動く彫像として話題になります!」

「花火は中止! 代わりにドローン……いえ、風魔法で光る紙吹雪を舞わせなさい! 回収して再利用可能です!」

「料理の予算不足? メインディッシュを『皇帝自ら釣った魚』に変更! 物語性(ストーリー)で付加価値をつけなさい!」

私の指示に、双子が補足を入れる。

「運搬ルートの最適化、完了したよ。こっちの廊下を使った方が三十秒早い」

「お花の配置、変更したわ。少ない本数でも鏡を使えば二倍に見えるの」

バババババッ!

アークライト一家の介入により、停滞していた作業が嘘のように回り始めた。

「す、すごい……」

「神の使いか……?」

帝国職員たちが涙を流して感謝する。

シルヴィア様が私のところへやってきた。

「リーナ様。ありがとうございます。……クリス様の無茶振りに、私一人では限界でしたの」

「お気持ち、痛いほど分かります。男という生き物は、なぜ結婚式で『伝説』を作ろうとするのでしょうね」

「本当に。……でも、これで無事に式が挙げられそうです」

シルヴィア様がほっと息をつく。

こうして、結婚式当日は無事に(?)迎えられた。

***

式当日。

クリスとシルヴィア様の結婚式は、派手だが品のある、素晴らしいものとなった。

誓いのキスの際、クリスが調子に乗って長くキスしすぎて、シルヴィア様に足を踏まれているのを目撃したが、それもご愛敬だ。

披露宴にて。

「リーナ。アレクセイ」

高砂から降りてきたクリスが、私たちにグラスを掲げた。

「君たちのおかげで、最高の式になったよ。ありがとう」

「礼には及ばん。ただし、子供たちのコンサル料はきっちり請求させてもらうぞ」

アレクセイが言うと、アルヴィンとララが請求書(手書き)を差し出した。

「おじ様、これ」

「……『業務改善手当』『精神的疲労に対する慰謝料』……けっこう高いね!?」

クリスが引きつるが、シルヴィア様が横から請求書を取り上げた。

「妥当な金額ですわ。クリス様、私費でお支払いください」

「ええっ!? 国庫からじゃなくて!?」

「当然です。……ふふ、将来が楽しみなお子様たちですこと」

シルヴィア様は双子に微笑みかけ、こっそりと帝国の最高級お菓子を渡していた。

「わーい! お姉様大好き!」

「僕、将来は帝国に就職しようかな」

「おいアルヴィン、裏切りは許さんぞ」

アレクセイが慌てる。

平和な祝宴。

私はシャンパンを傾けながら、この光景を眺めていた。

かつては敵対し、駆け引きをした相手が、こうして友として笑い合っている。

「……悪くない光景ですね」

「ああ。君が作り上げた世界だ」

アレクセイが私の肩を抱く。

「リーナ。君と出会ってから、私の人生は退屈知らずだ」

「それはどうも。……でも、まだまだ退屈させませんよ?」

私はニヤリと笑った。

「帰ったら、子供たちの教育費と、老後の資金運用の見直しが待っていますから」

「……お手柔らかに頼むよ」

幸せな笑い声が、黄金の国に響き渡る。

かつての悪役令嬢は今、国境を越えて愛と平和(と利益)を振りまく、最強の母親となっていた。

これにて、帝国編は終了。

残すは、この物語を締めくくる最後のエピローグのみ。

私たちの「計算高い幸せ」が、どこまで続くのか。

それは、神のみぞ知る……いや、私の計算書のみぞ知る、である。
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