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「ママ。弟か妹の導入コストについて試算したんだけど」
「パパ。次期・家族構成プロジェクトにおける、僕たちの役割分担(シェア)を確認したい」
ある晴れた休日の午後。
宰相公邸のリビングで、私はいつものように双子たちに詰め寄られていた。
「……二人とも。急になんの話ですか?」
私が紅茶を飲みながら尋ねると、ララが真剣な顔で一枚のグラフを差し出した。
「最近、ママの『おやつ摂取量』が前月比で15%増加しているの。そして『睡眠時間』も20%増。これは統計学的に見て、ある予兆を示しているわ」
「予兆?」
「うん。パパの『ママを見る目のデレデレ度』も過去最高値を更新しているしね」
アルヴィンが補足する。
私は苦笑した。
「ただの疲労と、あなたたちのパパが平常運転(激甘)なだけですよ」
「そうかなぁ……」
双子が顔を見合わせる。
そこへ、アレクセイが大きな花束を抱えて帰宅した。
「ただいま、私の愛しい人たち。庭で一番美しい薔薇が咲いていたから摘んできた」
「おかえりなさい、あなた。……花瓶が足りません」
「君の髪に飾ればいい」
アレクセイはナチュラルにキザな台詞を吐き、私の隣に座った。
その瞬間。
クラッ……。
「……あれ?」
急に視界が揺れた。
世界がぐるりと回り、私はソファに倒れ込んだ。
「リーナ!?」
アレクセイの悲鳴が聞こえる。
「ママ!」
「ママ、しっかりして! バイタルチェック!」
遠のく意識の中で、部屋の温度が急激に下がっていくのを感じた。
(ああ……また彼が暴走して、部屋を凍らせてしまう……。暖房費が……)
そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
***
「……ん」
目を覚ますと、そこは寝室のベッドの上だった。
「気がついたか、リーナ!」
アレクセイが私の顔を覗き込む。その目は真っ赤に充血し、髪は乱れ、まるでこの世の終わりを見たような顔をしている。
「……あなた。どれくらい眠っていましたか?」
「三時間だ。……生きた心地がしなかった」
彼は私の手を両手で包み込み、震える声で言った。
「医師の診察は終わった。……リーナ、落ち着いて聞いてくれ」
「はい。……過労ですか? それとも栄養失調?」
私は覚悟を決めた。
最近、少し働きすぎたかもしれない。入院となれば、長期休暇の申請と、業務引き継ぎ書の作成が必要だ。
アレクセイは深く息を吸い込み、そして、泣き笑いのような表情で告げた。
「……妊娠だ」
「はい?」
「妊娠三ヶ月だそうだ。……私たちに、三人目の子供ができる」
時が止まった。
私の脳内コンピューターが、高速で再計算を始める。
三人目。
想定外だ。双子だけでも手一杯なのに、さらに怪獣が増えるのか。
教育費、食費、被服費。部屋の間取り変更。ベビーシッターの追加雇用。
コストが……コストが跳ね上がる!
「……計算外です」
私が呆然と呟くと、アレクセイは不安そうに眉を寄せた。
「……嬉しくないか?」
「嬉しいとか嬉しくないとかの問題ではありません。予算計画の修正が必要です。帝王学の家庭教師代もバカになりませんし、そもそも私の産休中の機会損失コストが……」
私がブツブツと数字を並べ立てていると、アレクセイが突然、私を抱きしめた。
「……ありがとう」
「えっ」
「君が何を計算しようと構わん。ただ、私の愛する人が、私の愛の結晶をまた宿してくれた。……それだけで、私は世界一の果報者だ」
彼の体温と、震える声。
それが、私の暴走しかけた計算回路を強制停止させた。
「……あなた」
私は彼の背中に手を回した。
「……そうですね。コストはかかりますが、それを補って余りある『利益(幸せ)』が見込める投資案件です」
「投資案件か。君らしい」
彼は涙を拭い、破顔した。
「安心して産んでくれ。金ならいくらでもある。国中の富を集めてでも、君と子供たちを守ってみせる」
「それは横領になりますので、ご自分の資産の範囲でお願いします」
私たちが笑い合っていると、ドアの隙間から二つの頭が覗いていた。
「やっぱり!」
「僕の計算通りだ!」
アルヴィンとララが飛び込んできた。
「ママ、おめでとう! 新しい部下……じゃなくて、弟か妹ができるのね!」
「僕、お兄ちゃんになるのか。……うん、悪くない響きだ」
二人はベッドによじ登り、私のお腹にそっと手を当てた。
「ねえ、どっちかな? 男の子なら僕が『帝王学』を教えるよ」
「女の子なら私が『人心掌握術』を教えるわ。将来、パパみたいなお財布……じゃなくて、素敵な旦那様を見つけるためにね」
「……胎教に悪いのでやめてください」
私は苦笑しながら、愛しい家族を見回した。
夫、息子、娘。そして新しい命。
かつて、婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれた私が、こんなにも騒がしく、温かい場所にいる。
これは、どんなに優秀な計算機でも弾き出せなかった「解」だ。
「……パパ」
ララがアレクセイの袖を引いた。
「赤ちゃんが生まれたら、またお祝いパーティーする?」
「当然だ。国を挙げて祝おう」
「じゃあ、その時のドレス代とケーキ代、今から予算計上しておいていい?」
「許可する。好きなだけ使え」
「やったー!」
「僕も! 赤ちゃん用の最強のゆりかご(魔導式自動揺らし機能付き)を開発する予算が欲しい!」
「許可する!」
「あなた! 甘やかさないでください!」
私が叫ぶと、みんなが笑った。
窓の外には、美しい夕焼けが広がっている。
「……さて」
私は起き上がり、枕元の電卓を手に取った。
「寝ている場合ではありませんね。出産準備リストの作成と、ベビー用品の価格比較(コンペ)を始めなくては」
「リーナ、無理をするなと言っているだろう」
「これが私の胎教です。この子もきっと、数字に強い子になりますよ」
「……ああ、間違いなくな」
アレクセイは諦めたように笑い、私の肩を抱いた。
幸せの決算報告。
今のところ、アークライト家は「超・黒字」である。
そしてこの黒字は、これから先もずっと、右肩上がりで続いていくことだろう。
「パパ。次期・家族構成プロジェクトにおける、僕たちの役割分担(シェア)を確認したい」
ある晴れた休日の午後。
宰相公邸のリビングで、私はいつものように双子たちに詰め寄られていた。
「……二人とも。急になんの話ですか?」
私が紅茶を飲みながら尋ねると、ララが真剣な顔で一枚のグラフを差し出した。
「最近、ママの『おやつ摂取量』が前月比で15%増加しているの。そして『睡眠時間』も20%増。これは統計学的に見て、ある予兆を示しているわ」
「予兆?」
「うん。パパの『ママを見る目のデレデレ度』も過去最高値を更新しているしね」
アルヴィンが補足する。
私は苦笑した。
「ただの疲労と、あなたたちのパパが平常運転(激甘)なだけですよ」
「そうかなぁ……」
双子が顔を見合わせる。
そこへ、アレクセイが大きな花束を抱えて帰宅した。
「ただいま、私の愛しい人たち。庭で一番美しい薔薇が咲いていたから摘んできた」
「おかえりなさい、あなた。……花瓶が足りません」
「君の髪に飾ればいい」
アレクセイはナチュラルにキザな台詞を吐き、私の隣に座った。
その瞬間。
クラッ……。
「……あれ?」
急に視界が揺れた。
世界がぐるりと回り、私はソファに倒れ込んだ。
「リーナ!?」
アレクセイの悲鳴が聞こえる。
「ママ!」
「ママ、しっかりして! バイタルチェック!」
遠のく意識の中で、部屋の温度が急激に下がっていくのを感じた。
(ああ……また彼が暴走して、部屋を凍らせてしまう……。暖房費が……)
そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
***
「……ん」
目を覚ますと、そこは寝室のベッドの上だった。
「気がついたか、リーナ!」
アレクセイが私の顔を覗き込む。その目は真っ赤に充血し、髪は乱れ、まるでこの世の終わりを見たような顔をしている。
「……あなた。どれくらい眠っていましたか?」
「三時間だ。……生きた心地がしなかった」
彼は私の手を両手で包み込み、震える声で言った。
「医師の診察は終わった。……リーナ、落ち着いて聞いてくれ」
「はい。……過労ですか? それとも栄養失調?」
私は覚悟を決めた。
最近、少し働きすぎたかもしれない。入院となれば、長期休暇の申請と、業務引き継ぎ書の作成が必要だ。
アレクセイは深く息を吸い込み、そして、泣き笑いのような表情で告げた。
「……妊娠だ」
「はい?」
「妊娠三ヶ月だそうだ。……私たちに、三人目の子供ができる」
時が止まった。
私の脳内コンピューターが、高速で再計算を始める。
三人目。
想定外だ。双子だけでも手一杯なのに、さらに怪獣が増えるのか。
教育費、食費、被服費。部屋の間取り変更。ベビーシッターの追加雇用。
コストが……コストが跳ね上がる!
「……計算外です」
私が呆然と呟くと、アレクセイは不安そうに眉を寄せた。
「……嬉しくないか?」
「嬉しいとか嬉しくないとかの問題ではありません。予算計画の修正が必要です。帝王学の家庭教師代もバカになりませんし、そもそも私の産休中の機会損失コストが……」
私がブツブツと数字を並べ立てていると、アレクセイが突然、私を抱きしめた。
「……ありがとう」
「えっ」
「君が何を計算しようと構わん。ただ、私の愛する人が、私の愛の結晶をまた宿してくれた。……それだけで、私は世界一の果報者だ」
彼の体温と、震える声。
それが、私の暴走しかけた計算回路を強制停止させた。
「……あなた」
私は彼の背中に手を回した。
「……そうですね。コストはかかりますが、それを補って余りある『利益(幸せ)』が見込める投資案件です」
「投資案件か。君らしい」
彼は涙を拭い、破顔した。
「安心して産んでくれ。金ならいくらでもある。国中の富を集めてでも、君と子供たちを守ってみせる」
「それは横領になりますので、ご自分の資産の範囲でお願いします」
私たちが笑い合っていると、ドアの隙間から二つの頭が覗いていた。
「やっぱり!」
「僕の計算通りだ!」
アルヴィンとララが飛び込んできた。
「ママ、おめでとう! 新しい部下……じゃなくて、弟か妹ができるのね!」
「僕、お兄ちゃんになるのか。……うん、悪くない響きだ」
二人はベッドによじ登り、私のお腹にそっと手を当てた。
「ねえ、どっちかな? 男の子なら僕が『帝王学』を教えるよ」
「女の子なら私が『人心掌握術』を教えるわ。将来、パパみたいなお財布……じゃなくて、素敵な旦那様を見つけるためにね」
「……胎教に悪いのでやめてください」
私は苦笑しながら、愛しい家族を見回した。
夫、息子、娘。そして新しい命。
かつて、婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれた私が、こんなにも騒がしく、温かい場所にいる。
これは、どんなに優秀な計算機でも弾き出せなかった「解」だ。
「……パパ」
ララがアレクセイの袖を引いた。
「赤ちゃんが生まれたら、またお祝いパーティーする?」
「当然だ。国を挙げて祝おう」
「じゃあ、その時のドレス代とケーキ代、今から予算計上しておいていい?」
「許可する。好きなだけ使え」
「やったー!」
「僕も! 赤ちゃん用の最強のゆりかご(魔導式自動揺らし機能付き)を開発する予算が欲しい!」
「許可する!」
「あなた! 甘やかさないでください!」
私が叫ぶと、みんなが笑った。
窓の外には、美しい夕焼けが広がっている。
「……さて」
私は起き上がり、枕元の電卓を手に取った。
「寝ている場合ではありませんね。出産準備リストの作成と、ベビー用品の価格比較(コンペ)を始めなくては」
「リーナ、無理をするなと言っているだろう」
「これが私の胎教です。この子もきっと、数字に強い子になりますよ」
「……ああ、間違いなくな」
アレクセイは諦めたように笑い、私の肩を抱いた。
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