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「……はぁ。やっと二人きりになれたな」
王宮に戻り、あの『牢獄(VIPスイートルーム)』のソファに私を下ろすと、フリード殿下は深く息を吐いた。
時計の針は深夜を回っている。
窓の外には、静まり返った王都の夜景が広がっていた。
「さあ、ラヴィニア。逃亡劇は終わりだ。……ここからは、大人の時間だぞ」
殿下は上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら私に迫ってきた。
その仕草がいちいちセクシーすぎて、私の心臓はすでにレッドゾーンに達している。
「で、殿下! 待ってください! 心の準備が! それにシャワーも浴びてないですし、化粧も崩れてますし!」
私はソファの隅に縮こまり、クッションを盾にした。
「関係ない。今のままでも十分可愛い」
「目が腐っていらっしゃいます!」
「愛と言え」
殿下は私の隣に座り、クッションごと私を抱きしめた。
「ラヴィニア。先ほど広場で宣言した通りだ。……俺は、お前と結婚する」
改めて言われると、破壊力が違う。
ズドン、と重い衝撃が胸に走る。
「……本気、なんですか?」
私はクッションから目だけ出して尋ねた。
「私ですよ? 奇行が目立つ、ストーカー気質の、公爵家の面汚しですよ? チェルシー王女のような完璧な女性ではなく、こんな……イロモノを選んで、後悔しませんか?」
「後悔などするわけがない」
殿下は私の手を取り、指を絡めた。
「お前は自分を卑下するが、俺にはお前以外考えられないんだ。……ずっと前からな」
「ずっと前から?」
「ああ。……覚えているか? 七年前、初めての夜会で、俺が緊張してグラスを落としそうになった時のことを」
「えっ……」
記憶の糸を手繰り寄せる。
確か、殿下の社交界デビューの日だ。
幼い殿下は、周囲の大人の視線に晒され、ガチガチに緊張していた。
「あの時、誰よりも早く駆け寄って、『まあ! 殿下の手から小鳥が飛び立つのが見えましたわ! 魔法ですね!』なんて意味不明なことを言って、周囲を笑わせた令嬢がいただろう」
「……あ」
思い出した。
あまりに殿下が可哀想で、咄嗟に誤魔化そうとして、テンパって変なことを口走った黒歴史だ。
「あの時、俺は救われたんだ。……そして、その変な令嬢が、その後もずっと俺のことを影から見守り、俺が成功すれば誰よりも喜び、俺が失敗すれば誰よりも悲しんでくれているのを知っていた」
殿下の瞳が、優しく私を見つめる。
「俺が辛い時、ふと視線を感じて振り返ると、必ずお前がいた。……庭木の陰や、柱の裏にな」
「……うぅ(隠れきれてなかった)」
「その姿を見るだけで、俺は『ああ、一人じゃないんだ』と思えた。……お前の存在が、俺の支えだったんだ」
殿下の手が、私の頬を包み込む。
「ラヴィニア。お前は俺を『推し』だと言うが……」
殿下は少し照れくさそうに笑った。
「俺にとっての『推し』は、昔からお前だけだ」
「――――ッ!!!」
時が止まった。
世界が真っ白になった。
今、なんと?
殿下が? 私を? 推し?
「お、おし……? 殿下の……推しが……私……?」
脳内コンピューターが処理速度の限界を超え、異音を発し始める。
『警告:尊さ過剰摂取。システムダウンまであと三秒』
「だから、ラヴィニア」
殿下は跪いた。
まるで、物語の王子様が、お姫様に愛を乞うように。
「俺の人生という物語の、ヒロインになってくれないか? ……結婚してくれ」
『三、二、一……』
プシュゥゥゥ……。
私の頭から、見えない煙が上がった。
「あ、あう……あ……」
言葉が出ない。
呼吸ができない。
ただ、涙が溢れて止まらない。
これは夢じゃない。幻覚でもない。
私の大好きな神様が、私という人間を愛してくれている。
「……はい」
私は搾り出すように答えた。
「私なんかでよければ……謹んで、推させていただきます……! 一生!」
「ふっ……そこは『お受けします』だろう」
殿下は苦笑し、私を抱き寄せた。
そして、優しく、甘く、深い口付けを落とした。
「んっ……!」
初めてのキス。
それはクッキーよりも甘く、魔法よりも刺激的で、私の意識を完全に刈り取る威力を持っていた。
(ああ……もう無理。幸せすぎて死ぬ……)
私の視界がブラックアウトしていく。
薄れゆく意識の中で、殿下の慌てた声が聞こえた。
「おい、ラヴィニア!? しっかりしろ! ここで気絶するな!」
「……尊い……」
私は幸せな遺言を残し、殿下の腕の中でガクッと崩れ落ちた。
最強の「推し」からのプロポーズは、私の完全敗北(気絶)で幕を閉じたのだった。
◇
翌朝。
私が目を覚ますと、そこはいつものベッドの上だった。
「……はっ!」
飛び起きる。
夢? 今のプロポーズは夢?
慌てて自分の左手を見ると、薬指に見たこともないほど大きなダイヤモンドの指輪が輝いていた。
「……現実だ」
指輪の裏には、王家の紋章と『Freed & Lavinia』の刻印。
「う、嘘ぉぉぉぉ! 本当に婚約しちゃったぁぁぁ!」
私が朝から絶叫していると、ドアが開いて殿下が入ってきた。
「おはよう、俺のフィアンセ。昨夜はいい反応だったな」
「わあああ! 忘れてください! プロポーズの瞬間に気絶するなんて、一生の不覚です!」
「いや、お前らしくて良かったぞ」
殿下はご機嫌な様子で私の隣に座り、またもや「おはようのキス」をしてきた。
「んっ……!」
「……さて。結婚式の日取りだが、来月に決めたぞ」
「は!? 早すぎませんか!?」
「善は急げだ。それに、早くお前を俺の戸籍に入れないと、また逃げ出すかもしれんからな」
殿下はニヤリと笑った。
「覚悟しろよ、ラヴィニア。これからは『推し活』ではなく『夫婦生活』だ。……たっぷりと愛してやるからな」
その瞳は、もはや隠すことのない独占欲と愛情でギラギラと輝いている。
私は悟った。
これからの人生、私の心臓が休まる日は二度と来ないのだと。
でも。
「……はい、殿下」
私は指輪を胸に抱き、真っ赤な顔で微笑んだ。
「望むところです……!」
こうして、私と「推し」との、甘くて騒がしい婚約生活がスタートしたのだった。
王宮に戻り、あの『牢獄(VIPスイートルーム)』のソファに私を下ろすと、フリード殿下は深く息を吐いた。
時計の針は深夜を回っている。
窓の外には、静まり返った王都の夜景が広がっていた。
「さあ、ラヴィニア。逃亡劇は終わりだ。……ここからは、大人の時間だぞ」
殿下は上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら私に迫ってきた。
その仕草がいちいちセクシーすぎて、私の心臓はすでにレッドゾーンに達している。
「で、殿下! 待ってください! 心の準備が! それにシャワーも浴びてないですし、化粧も崩れてますし!」
私はソファの隅に縮こまり、クッションを盾にした。
「関係ない。今のままでも十分可愛い」
「目が腐っていらっしゃいます!」
「愛と言え」
殿下は私の隣に座り、クッションごと私を抱きしめた。
「ラヴィニア。先ほど広場で宣言した通りだ。……俺は、お前と結婚する」
改めて言われると、破壊力が違う。
ズドン、と重い衝撃が胸に走る。
「……本気、なんですか?」
私はクッションから目だけ出して尋ねた。
「私ですよ? 奇行が目立つ、ストーカー気質の、公爵家の面汚しですよ? チェルシー王女のような完璧な女性ではなく、こんな……イロモノを選んで、後悔しませんか?」
「後悔などするわけがない」
殿下は私の手を取り、指を絡めた。
「お前は自分を卑下するが、俺にはお前以外考えられないんだ。……ずっと前からな」
「ずっと前から?」
「ああ。……覚えているか? 七年前、初めての夜会で、俺が緊張してグラスを落としそうになった時のことを」
「えっ……」
記憶の糸を手繰り寄せる。
確か、殿下の社交界デビューの日だ。
幼い殿下は、周囲の大人の視線に晒され、ガチガチに緊張していた。
「あの時、誰よりも早く駆け寄って、『まあ! 殿下の手から小鳥が飛び立つのが見えましたわ! 魔法ですね!』なんて意味不明なことを言って、周囲を笑わせた令嬢がいただろう」
「……あ」
思い出した。
あまりに殿下が可哀想で、咄嗟に誤魔化そうとして、テンパって変なことを口走った黒歴史だ。
「あの時、俺は救われたんだ。……そして、その変な令嬢が、その後もずっと俺のことを影から見守り、俺が成功すれば誰よりも喜び、俺が失敗すれば誰よりも悲しんでくれているのを知っていた」
殿下の瞳が、優しく私を見つめる。
「俺が辛い時、ふと視線を感じて振り返ると、必ずお前がいた。……庭木の陰や、柱の裏にな」
「……うぅ(隠れきれてなかった)」
「その姿を見るだけで、俺は『ああ、一人じゃないんだ』と思えた。……お前の存在が、俺の支えだったんだ」
殿下の手が、私の頬を包み込む。
「ラヴィニア。お前は俺を『推し』だと言うが……」
殿下は少し照れくさそうに笑った。
「俺にとっての『推し』は、昔からお前だけだ」
「――――ッ!!!」
時が止まった。
世界が真っ白になった。
今、なんと?
殿下が? 私を? 推し?
「お、おし……? 殿下の……推しが……私……?」
脳内コンピューターが処理速度の限界を超え、異音を発し始める。
『警告:尊さ過剰摂取。システムダウンまであと三秒』
「だから、ラヴィニア」
殿下は跪いた。
まるで、物語の王子様が、お姫様に愛を乞うように。
「俺の人生という物語の、ヒロインになってくれないか? ……結婚してくれ」
『三、二、一……』
プシュゥゥゥ……。
私の頭から、見えない煙が上がった。
「あ、あう……あ……」
言葉が出ない。
呼吸ができない。
ただ、涙が溢れて止まらない。
これは夢じゃない。幻覚でもない。
私の大好きな神様が、私という人間を愛してくれている。
「……はい」
私は搾り出すように答えた。
「私なんかでよければ……謹んで、推させていただきます……! 一生!」
「ふっ……そこは『お受けします』だろう」
殿下は苦笑し、私を抱き寄せた。
そして、優しく、甘く、深い口付けを落とした。
「んっ……!」
初めてのキス。
それはクッキーよりも甘く、魔法よりも刺激的で、私の意識を完全に刈り取る威力を持っていた。
(ああ……もう無理。幸せすぎて死ぬ……)
私の視界がブラックアウトしていく。
薄れゆく意識の中で、殿下の慌てた声が聞こえた。
「おい、ラヴィニア!? しっかりしろ! ここで気絶するな!」
「……尊い……」
私は幸せな遺言を残し、殿下の腕の中でガクッと崩れ落ちた。
最強の「推し」からのプロポーズは、私の完全敗北(気絶)で幕を閉じたのだった。
◇
翌朝。
私が目を覚ますと、そこはいつものベッドの上だった。
「……はっ!」
飛び起きる。
夢? 今のプロポーズは夢?
慌てて自分の左手を見ると、薬指に見たこともないほど大きなダイヤモンドの指輪が輝いていた。
「……現実だ」
指輪の裏には、王家の紋章と『Freed & Lavinia』の刻印。
「う、嘘ぉぉぉぉ! 本当に婚約しちゃったぁぁぁ!」
私が朝から絶叫していると、ドアが開いて殿下が入ってきた。
「おはよう、俺のフィアンセ。昨夜はいい反応だったな」
「わあああ! 忘れてください! プロポーズの瞬間に気絶するなんて、一生の不覚です!」
「いや、お前らしくて良かったぞ」
殿下はご機嫌な様子で私の隣に座り、またもや「おはようのキス」をしてきた。
「んっ……!」
「……さて。結婚式の日取りだが、来月に決めたぞ」
「は!? 早すぎませんか!?」
「善は急げだ。それに、早くお前を俺の戸籍に入れないと、また逃げ出すかもしれんからな」
殿下はニヤリと笑った。
「覚悟しろよ、ラヴィニア。これからは『推し活』ではなく『夫婦生活』だ。……たっぷりと愛してやるからな」
その瞳は、もはや隠すことのない独占欲と愛情でギラギラと輝いている。
私は悟った。
これからの人生、私の心臓が休まる日は二度と来ないのだと。
でも。
「……はい、殿下」
私は指輪を胸に抱き、真っ赤な顔で微笑んだ。
「望むところです……!」
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