婚約破棄、清算しましょう。真実の愛は非効率!?

恋の箱庭

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「……閣下。これは『テロ』ですか?」

公爵邸の巨大な第一倉庫。

その扉を開けたイロハは、眼前に広がる光景を見て呆然と呟いた。

そこには、天井まで届くほどの「物資」の山が築かれていた。

高価な壺、絵画、家具、宝石箱、そして得体の知れない置物たち。

それらが雪崩を起こしそうなほど乱雑に積み上げられ、倉庫の容量(キャパシティ)を完全に超えて溢れ出している。

「いや、テロではない。私の人徳の結果だ」

隣でシルヴィスが涼しい顔で答える。

「結婚の知らせを聞いた国内外の貴族や商人が、祝いの品を送ってきたのだ。……まあ、少し多すぎたかもしれんが」

「少し? 誤差の範囲を超えています」

イロハは懐から計算機を取り出し、カチャカチャと叩き始めた。

「この量……推定三千点。倉庫の保管許容量を400%超過しています。床が抜けるのも時間の問題です」

そこへ、執事のセバスが悲鳴を上げながら駆け寄ってきた。

「閣下! イロハ様! もう限界です! 第二倉庫も、第三倉庫も満杯です! 今しがた届いた『東方の巨大な象牙の彫刻』は、置き場がないので庭に放置しています!」

「庭に? 雨が降ったら価値が下がりますよ」

イロハは眉をひそめた。

「それに、このままでは物流が麻痺します。明日届く予定の『式典用ワイン』や『食材』を搬入するスペースがありません。……これは公爵家の兵站(ロジスティクス)崩壊の危機です」

「ふむ。では、新しい倉庫を建てるか?」

「建設には一ヶ月かかります。式は来週です。間に合いません」

イロハは物資の山を見上げた。

「……即時処分が必要です」

「処分? 捨てるのか? これらは高価な贈り物だぞ。送り主への礼儀というものが……」

「礼儀で倉庫は片付きません。それに、見てください」

イロハは山の中から一つの箱を引き抜いた。

「これ、『黄金の招き猫(特大)』です。趣味が悪すぎて、屋敷のどこにも飾れません。こちらは『呪いの仮面』。魔力が漏れています。……こんな『不良債権』を抱え込むことが礼儀ですか?」

「……確かに、いらんな」

シルヴィスも顔をしかめた。

「だが、どうする? 送り返せば角が立つ」

「送り返しません。……流動化(マネタイズ)します」

イロハの瞳が、チャリンと音を立てて金貨のように輝いた。

「閣下。明日の朝、公爵邸の正門を開放してください」

「何をする気だ?」

「『公爵家主催・大放出チャリティーバザー』を開催します」

***

翌朝。

公爵邸の正門前には、前代未聞の行列ができていた。

「おい聞いたか? 公爵様の結婚祝いのお裾分けがあるらしいぞ!」

「なんでも、市場価格の半額以下で高級品が買えるとか!」

「しかも、売上は全額『公爵領の発展』に使われるってよ!」

噂を聞きつけた領民たち、商人、そしてお忍びの貴族たちが殺到していた。

門が開くと、そこにはエプロン姿のイロハが、メガホン片手に仁王立ちしていた。

「いらっしゃいませ! 本日は『断捨離フェスティバル』へようこそ!」

イロハの声が響き渡る。

「商品はすべて現品限り! 早い者勝ちです! ただし、転売目的の購入は固くお断りします! 私の目は節穴ではありませんよ!」

バザーが始まった。

それはもう、戦場のような賑わいだった。

「はい、そこの奥様! この『銀の燭台』、通常なら金貨十枚ですが、今日は特別に金貨三枚! ただし少し煤がついています。磨けば光ります!」

「買うわ!」

「そこの旦那! この『騎士の鎧(フルプレート)』! サイズが大きすぎて誰も着られませんが、庭の案山子代わりにどうですか? カラス除けには最強です!」

「面白い! もらった!」

イロハは次々と商品を捌いていく。

その手腕は見事だった。

ただ売るのではない。

客のニーズを見抜き、一見ガラクタに見えるものでも「使い方」を提案して付加価値をつける。

「この『大量の壺』は漬物石に最適! この『派手な絵画』は魔除けになります! この『謎の石像』は……えーと、ドアストッパーにどうぞ!」

飛ぶように売れていく。

シルヴィスはテラスからその様子を眺め、呆れつつも感心していた。

「……まさか、貴族からの贈り物を『漬物石』や『ドアストッパー』として売るとはな」

「閣下。感心している場合ではありません」

いつの間にか戻ってきたイロハが、汗を拭いながら言った。

「売れ残りが一つあります」

「なんだ?」

「あの『黄金の招き猫』です。趣味が悪すぎて、誰も手を出しません」

イロハが指差した先には、巨大な金色の猫が寂しそうに鎮座していた。

「……あれは私が処理しよう」

シルヴィスは立ち上がると、群衆に向かって手を挙げた。

「領民たちよ! 聞け!」

魔王公爵の声が響くと、会場が静まり返る。

「その『黄金の猫』は、ただの置物ではない! 私が直々に魔力を込め、商売繁盛の祈祷を施した『守り神』だ! これを手にした者は、子々孫々まで繁栄するだろう!」

シルヴィスが猫に手をかざすと、紫色の怪しいオーラ(ただの照明魔法)が猫を包み込んだ。

「おおぉ……!」

「公爵様の魔力が……!」

領民たちがどよめく。

「さあ、誰か欲しい者はいるか!?」

「はい! 俺が買います!」

「いや私が!」

「金貨百枚出そう!」

一瞬でオークションが始まり、最終的に商工会議所の会頭が金貨五百枚で落札していった。

「……詐欺師ですね、閣下」

イロハがジト目で見る。

「人聞きが悪い。付加価値(ブランド)をつけただけだ」

シルヴィスはニヤリと笑った。

***

夕暮れ時。

倉庫は空っぽになり、代わりに金庫には山のような現金が積み上がっていた。

「本日の総売上、五億ゴールド」

イロハは電卓を叩き、満足げに頷いた。

「諸経費を差し引いても、四億八千万の黒字です。これで新しい倉庫を建てるどころか、領内の道路整備まで賄えます」

「相変わらずいい仕事をするな」

「国民たちも『安く買えた』『公爵様は太っ腹だ』と喜んでいます。在庫処分と人気取り(ポピュリズム)、同時に達成しました」

イロハは空になった倉庫を見渡し、深呼吸した。

「ああ……なんて美しいのでしょう」

「何がだ?」

「『余白』です。物が詰まっていた空間が、今は可能性に満ちています。これでまた新しい在庫(とらぶる)を受け入れる準備が整いました」

「……お前、まだトラブルを呼び込む気か?」

「商売とはトラブル解決のことですから」

イロハはシルヴィスに向き直り、ニッコリと微笑んだ。

「さあ、閣下。稼いだお金で、今夜は美味しいものでも食べに行きましょうか。もちろん、経費で」

「やれやれ。……付き合うよ、私の最強のパートナー」

二人の背後では、空になった倉庫に夕日が差し込み、どこか神々しい雰囲気を醸し出していた。

国民の間では、この日の出来事が語り継がれることになる。

「公爵夫人は商売の神だ」と。

そして「公爵様は、あの夫人の尻に敷かれている時が一番幸せそうだ」とも。
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