愛が重すぎると言われまして。婚約破棄された悪役令嬢。

恋の箱庭

文字の大きさ
4 / 28

4

しおりを挟む
 普通の令嬢たるもの、殿下……ではなく、殿方(しんし)の胃袋を掴むべきですわ。

 そう思い至った私は、ブラッディ公爵邸の厨房に立っておりました。

 目の前には、私が調合……いえ、調理した最新作が鎮座しています。


「……お嬢様。お伺いしますが、それは石炭の煮込みですか? それとも、新種の魔物の臓物ですか?」


 アンが、鼻を摘まみながら三メートルほど距離を取って尋ねてきました。

 失礼ね。見た目は確かに、少しばかり漆黒(ダーク)に染まっていますけれど。


「これは、高濃度に濃縮した栄養素の塊ですわ。殿下の……じゃなかった、一般男性の疲労回復と魔力活性を最大化するために、二十四種類の薬草とすっぽんのエキス、それから秘密のスパイスを配合した『特製滋養粥』ですわ!」


「普通の令嬢は、朝食にすっぽんを捌きませんし、薬草をミリグラム単位で調合したりしません」


「でも見て。一口食べれば、三日は眠らずに戦える……いえ、元気に過ごせるはずよ」


 私が自信満々でお玉を差し出すと、アンはさらに二メートル後ろに飛び退きました。

 ひどいわ。私の愛(の残骸)がこもっているというのに。

 その時、厨房の入り口から低い足音が響きました。


「……何やら、凄まじい魔力を感じると思えば。ここで大規模な術式でも展開しているのか?」


 現れたのは、近衛騎士団長のカイン・ナイトレイ卿でした。

 なぜ彼が我が家の厨房に? しかも、その鋭い鼻をヒクつかせて。


「カイン卿!? 公爵家への公務でしたら、応接間でお待ちいただいていたはずでは……」


「……いや。この『香り』に導かれた。これは……古の時代の、超回復薬(エリクサー)の配合に近いな」


 カイン卿は迷いのない足取りで私の前に来ると、鍋の中のドロリとした黒い物体を凝視しました。


「お、お分かりになりますの? これは、栄養学と錬金術を極限まで突き詰めた、究極の……」


「一口、もらおう」


「えっ!? カイン卿、正気ですか!? それはまだ臨床試験……じゃなくて、味見も済んでいない……!」


 止める間もなく、カイン卿はスプーンを取り、迷わずその「暗黒物質」を口に運びました。

 ……一秒、二秒。

 カイン卿の端正な顔が、ピキリと固まります。


「……っ! これは……」


「カ、カイン卿!? やっぱり毒……いえ、刺激が強すぎましたかしら!?」


「……素晴らしい。全身の血流が加速し、視界が二倍に広がるようだ。……ノワール嬢、貴女は天才か? この一皿があれば、我が騎士団の北伐は三週間短縮できる」


 カイン卿の瞳に、見たこともないような熱い光が宿りました。

 ……あら? 褒められた……のかしら?


「ええと……喜んでいただけて何よりですわ。でも、普通の令嬢の料理としては、少しばかり……可愛げが足りませんわよね?」


「可愛げなど不要だ。実用性こそが愛。そうだろう?」


 実用性こそが愛……。

 なんて、なんて心に響くお言葉かしら!

 殿下には「お前の弁当は、中身が効率的すぎて怖いんだよ!」と泣かれたことがありましたが、このお方は私の「重さ」を肯定してくださるのですわ!


「カイン卿……貴方、お目が高いですわね。宜しければ、こちらの『骨密度を三倍にする小魚の粉末』も持っていかれますか?」


「ああ。……それから、ノワール嬢。後で少し、手合わせ願えないだろうか。貴女のその『無駄のない指先の動き』。ぜひ我が団員たちに見せてやりたい」


「手合わせ……? 私、普通の令嬢になる修行中なのですけれど……」


「普通の令嬢は、そんな位置に隠しナイフを仕込まない。……左の袖口だ。先ほどから見えているぞ」


「あら、いけない。これ、ペーパーナイフのつもりでしたの」


 カイン卿は薄く微笑むと、満足げに鍋の半分を容器に詰めて去っていきました。

 ……なんだか、カイン卿といると「素」の自分でいても許されるような、不思議な安心感がありますわ。


 一方その頃。王宮のランチタイム。


「……まずい。なんだ、このパサパサした肉は!」


 セドリックは、豪華な宮廷料理を前にしてフォークを投げ出しました。


「殿下、わがままを仰らないでください。これは一流のシェフが作った鶏の胸肉ですわ」


 ルルネがなだめますが、セドリックの不満は収まりません。


「違う! ノワールが用意していた肉は、もっとこう……私の午後の公務の消費カロリーを計算して、絶妙な厚さにスライスされ、消化酵素を助ける特製ソースがかかっていたんだ! この肉は……ただの肉だ!」


「……殿下。もういい加減になさってください。ノワール様はもういらっしゃらないんです」


「分かっている! 分かっているが……胃が、私の胃がノワールの『重いメシ』を求めているんだ……!」


 セドリックは、自分の身体がどれほど「ノワール管理下」に適応してしまっていたかを痛感していました。

 自由を手に入れたはずなのに、彼の身体は、一歩ごとにエネルギー切れを起こし、一食ごとに胃もたれを起こしています。


「……カインのやつ、最近妙に元気だな。あいつ、何を食っているんだ?」


 窓の外、演習場で「全快だ!」と叫びながら部下をなぎ倒しているカイン卿を見て、セドリックは不審そうに眉をひそめました。


 まさか、その「元気の源」が、自分の捨てた元婚約者の作った「暗黒粥」だとは、夢にも思わずに――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

処理中です...