婚約破棄と自由なセカンドライフを望みます。

恋の箱庭

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「何という嘆かわしい! 効率的な音楽? 効率的な事務? 貴様らベルシュカの民には、魂を揺さぶる『無駄』という名の情熱がないのか!」


王宮の噴水広場に、派手な羽飾りのついた帽子を被り、タイツがはち切れんばかりの足取りでステップを踏む男が現れた。
隣国コレオグラフィ侯国からやってきた「舞踏侯爵」こと、ジュリアンである。


彼は「レオポルド・ビート」に乗って爆速で働く市民たちを見て、激しく憤慨していた。


「……閣下。あの鳥の求愛行動のような動きをしている方は、どなたかしら。私の午後の『全力の無音』を楽しむ予定が、彼の靴音で台無しですわ」


ミュークオは、特等席のソファーで耳栓をしながら、不機嫌そうにカイルへ尋ねた。


「彼はジュリアン侯爵。ダンスこそが人生のすべてという御仁だ。君が提唱する『レオポルド・ビート』が、ダンスの芸術性を損なう『騒音』だとして、決闘を申し込んできているんだよ」


「決闘? またですか。この国の貴族は、暇さえあれば他人の睡眠時間を奪いに来るのが趣味なんですの?」


「今回の条件は『舞踏対決』だそうだ。三時間踊り続け、より観衆を魅了した方が勝ち。もし君が負ければ、この国の音楽放送権をすべて彼に譲渡することになる」


ミュークオは、手元の計算機を一瞬で叩いた。


「……三時間? 私が三時間も有酸素運動に従事するとお思いで? その間に消費されるカロリーと、失われる睡眠時間の損失を金額換算すれば、王宮の柱が一本買えますわ。却下ですわね」


「おーほっほ! 逃げるのですか、ミュークオ・ド・ベルシュカ! 効率主義という名の怠慢を、我が華麗なるステップで暴いて差し上げますわ!」


ジュリアンが、ミュークオの前で無駄に三回転半してポーズを決めた。


「……いいでしょう。ただし、ルールはこちらで決めさせていただきます。私は一歩も動きません。その状態で、貴方を完膚なきまでに敗北させて差し上げますわ」


「一歩も動かない!? それはもはやダンスではない! 彫像ですわ!」


「あら、動くことだけが表現ではありませんわ。……リリィ様、準備はよろしくて?」


「お任せくださいませぇ、ミュークオ様! 殿下の『絶叫出力』、最大にしておきましたわ!」


翌晩。王宮の夜会会場は、隣国の舞踏マニアたちと、ミュークオの「効率的な静寂」を見守る市民たちで埋め尽くされた。


音楽が鳴り響く。ジュリアンは、まるで嵐のように激しく、美しく舞い始めた。
一方、ミュークオは会場の中央で、カイルにエスコートされたまま、ピクリとも動かずに立っている。


「さあ、どうしましたの! 早く踊りなさい!」


ジュリアンが挑発するように彼女の周りを回る。
しかし、その瞬間、ミュークオが扇を軽く開いた。それが合図だった。


会場の床下に設置された、レオポルドの振動エネルギーを増幅させる「共鳴装置」が起動したのだ。


「あ、あばばばばば……あべしっ! ひぎぃぃっ!」


レオポルドの絶叫リズムが、床を通じてジュリアンの足元へダイレクトに伝わる。


「な、なんだ!? 足が……足が勝手に動く! リズムが……リズムが私の意志を追い越していく!」


ミュークオが立っている中心点は、振動が完全に打ち消し合う「静止スポット」に設計されている。
しかし、その周囲は、レオポルドの超高速振動によって、立っているだけで強制的にステップを踏まされる「全自動ダンスフロア」と化していた。


「……侯爵。私のダンスは、この会場すべてを『私のリズム』で支配すること。貴方は今、私の手の平の上ならぬ、私の床の上で踊らされている操り人形に過ぎませんわ」


ミュークオは、カイルの腕に寄りかかったまま、優雅に紅茶を一口啜った。


ジュリアンは、必死に止まろうとするが、レオポルドの「ひぎぃ!」という高音のたびに、足が勝手にバク転を繰り出してしまう。


「や、やめてくれ! もう足が棒だ! 心臓が効率的に破裂しそうだぁぁ!」


一時間後。ジュリアンは泡を吹いてその場に倒れ込んだ。
ミュークオは一度も足を踏み出すことなく、ただそこに「存在した」だけで、舞踏侯爵を踊り疲れさせて勝利したのだ。


「お見事だ、ミュークオ。動かずに相手を動かす。これこそ究極の省エネダンスだね」


カイルが感心したように彼女の腰を引き寄せた。


「あら、疲れましたわ。一時間も立っているなんて、私にとっては重労働です。……閣下、この会場の振動エネルギー、すべて回収できましたわね?」


「ああ。おかげで王宮の冬の暖房費は、向こう三カ月分まかなえる見込みだよ」


「素晴らしいわ。リリィ様、今の映像を『静止の美学』として隣国に売り出しなさい。高値でね」


「はーいですわぁ、ミュークオ様! 殿下の『あばばば』も、いい感じにリミックスしておきますわね!」


ミュークオは満足げに欠伸をすると、カイルの肩に頭を預けて目を閉じた。


「……さて。対決は終わりましたわ。閣下、私を寝室まで『効率的に』運んでくださるかしら? もちろん、歩かずにですわよ」


「了解したよ、私の美しいお姫様」


カイルが彼女を横抱きにし、静まり返った会場を後にした。
悪役令嬢による効率的な舞踏。それは、一歩も動かずに世界を熱狂させ、そして王宮の光熱費をゼロにするという、前代未聞の奇跡を起こしたのだった。
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